2011年8月12日金曜日

立川市の話

普済寺

  • 武蔵七党の立川氏の菩提寺。

ガスホルダー

  • 立川市のガスホルダー(ガスタンク)は、昭和44年に建設され、立川市・国立市・国分寺市のガス安全供給の使命を担っている。

日野の渡し碑

  • 日野橋の立川側には、日野の渡し碑が残っている。

国立極地研究所

  • 極地に関する科学の総合研究の推進と南極観測事業の中核的役割を担っています。2009年5月、板橋区から立川に移転。2010年7月24日に「南極・北極科学館」がオープンして南極観測の話を聞いたり、南極の石やオーロラシアターを観賞したりできます。日本時間の正午は現地の朝6時。氷点下30度が普通だとか。

ラーメンスクエア

  • モノレールの立川南駅から徒歩1分。アレアレア2にある食べ物テーマパーク、ラーメンスクエアでは同じフロアにしょうゆベースの縮れ麺が特徴の「いちや」など全7店舗が出店。アメリカのニューヨークをイメージしたフロア全体の装飾が、訪れる客を楽しませています。

くるりんバス

  • 立川市コミュニティバスはくるりんバス。

国営昭和記念公園

  • 昭和記念公園は西立川駅の入場口を境に西は昭島市、東は立川市に位置しており昭和天皇記念館は、昭和記念公園内の立川市にあります。シャンパングラス2311個で作った21段(高さ約2・8メートル)の「シャンパングラスツリー」2基のほか、グラスを3段重ねたミニツリーが100基も設置されます。

雨のステイション

  • 西立川駅は松任谷由実(当時、荒井由実)さんが作詞、作曲した「雨のステイション」が、発着メロディになっています。国営昭和記念公園の西立川口には、松任谷由実さんの『雨のステイション』の歌碑があります。
  • JR東日本ニュース「西立川駅の発車メロディー変更について」→  http://www.jreast.co.jp/hachioji/pdf/nishitachikawa.pdf

うど

  • 立川市はうどの生産量が東京一です。市内では、うどラーメンやうどピザ、うどパイなど、うどを使った様々な食品が販売されています。ちなみに漢字で書くと「独活」です。

多摩最大の乗降客数

  • JR立川駅は1日に平均15万人の乗降客数が利用しており、多摩の拠点になっています。駅の周りには、ルミネ、グランデュオ、高島屋、伊勢丹などがあり、2007年にJR東日本のエキナカ商業施設、e-cute立川がオープンし、休日には流行に敏感な買い物客で賑わっています。

西国立ビール

  • 無門の「西国立ビール」は多摩地域の代表的な地ビールです。 味はもちろん、色、香り、ラベル、それぞれに特徴があり愉しめます。

阿豆佐味天(あずさみてん)神社

  • 阿豆佐味天神社は境内に10もの神社があり、そのひとつで行方不明になった愛猫の無事を祈って石像をなでると戻ってくるという逸話のある像「ただいま猫」があり「猫返し神社」といわれるのは「蚕影神社」です。

砂川闘争

  • 敗戦。女三人でリヤカーを引き、廃材のトタンや畳を集めた。12月、復員した夫は粗末な掘っ立て小屋で震えている家族を見てショックを隠せなかったという。やがて「砂川闘争」が起きた時、夫は農民のリーダー格になった。軍靴の響き、燃え落ちる姿―。その信念の根底にあったのが戦争への憎しみだった。
  • 砂川闘争史上で最大の激突があったのは56年10月13日のことだった。午前11時。測量隊を援護する形で2千人の武装警官隊が拡張予定地に迫り、農民や労働者ら5千人と対峙した。断続的に降り続く雨の中、衝突が始まった。スクラムの最前列にいる人たちが一人ずつごぼう抜きされていく。振り上げられる警棒、肉を打つ音、怒号、うめき声。あまりの苦しさに「お母さん」と叫んで倒れる女学生もいたという。
  • 負傷者730人、検挙者13人。
  • これまでも衝突は繰り返されてきたが、これほど多くの人が傷ついたのは初めてだった。反対同盟の戦いは「無抵抗の抵抗」だ。殴ったり、物を投げたりはしていない。なのに、どうしてこんなひどい仕打ちをするのか。どうして、どうして、血を流さなければいけないのか。みんな同じ人間じゃないか。悔しさでいっぱいだった。疲れきって夕方を迎えた。誰かが歌うのを栗原さんは聞いた。その輪が次第に広がった。みんな泣いている。警察官は黙って下を向いていた。労働歌ではない。懐かしい歌。それは「赤とんぼ」だった。
  • 警官隊の中には涙ぐむ人もいた。機動隊の巡査は8日後、「私の人生観は砂川で変わりました」という遺書を残し自殺した。砂川から帰ると直ちに辞職願を出し、郷里で福祉の仕事についた警官もいたという。

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