2011年10月23日日曜日

武蔵野の民話と伝説〈中巻〉【11年15冊目】

武蔵野の民話と伝説〈中巻〉

<メモ>
・平将門の遺体は、それぞれゆかりの深い各地に分けて葬られているということだが、わかっているのは、
 神田明神の首
 湯島鳥越明神の胴
 それから、恩方力石のまさかさまの男根
 と、この3つである。あとの手や足も、どこかに祀られているものと思われる。
・八王子から横浜に通じるシルクロード(絹の道)という繭や生糸を輸送する街道があって、蚕には縁の深い地帯である。
・武蔵野の秋月―見渡す限りの萱や芒の原。ところどころにある村落と雑木林。秋から冬にかけての風物が、最も武蔵野らしい姿を見せる、とは昔の文人の言葉だが、秋の冴え渡った月光の下の、このあたりの風情は詩歌などにもいろいろと採り上げられている。
・国分寺地内で、最も古くから人が住みついたのは「恋ヶ窪」あたりだといわれている。近くには約一万年前に人類が生活していたことの証左である黒曜石の打製石器などが発掘されている。
・「昔話」をしてくれる老人が、いまは極めて珍しい。たとえ話してくれる人があっても、それを聞く側―若い世代(子供も含めて)が、それをしんから耳を傾けて聞いてくれるか、どうかだ。炉端や日向の縁で、爺さまや婆さまから「お話」を聞いた時代の子供たちとは、いまは、その受け取り方も感動のしかたも、まるで違うのである。語り手の方でも、話す興味も熱意も、あらかた喪失してしまっている人が多いようだ。

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