2011年12月25日日曜日

本「さらば国分寺書店のオババ」【11年27冊目】

<本の紹介>
笑撃のパワーの中に天才的なセンスがキラキラしている、著者のデビュー作新装版。初版当時、「スーパーエッセイ」という発作的創作ジャンルをつくり出した伝説的作品が甦る。

<メモ>

  • 津田塾大学というとこれはまぎれもない女子大であり、大学の横にはあの太宰治が投身自殺した玉川上水が流れ、春には武蔵野の野鳥のオナガなども飛んでくるし…
  • いつだったか伊豆急の伊豆高原駅で早朝、電車を待っていたら、三人しかいないのに「まもなくナントカ行きがやってくるから白線の内側までさがれ」などと言っていたのでおかしくなってしまった。1時間に2本しか電車が来ないのだから、みんな列車の到着時間はわかっているし、ときどき時計をみては、あと5分ぐらいかな、などとぼんやり待っている。
  • 昔から警官と教師と坊主というのは、日頃の行動がつねに抑圧されているから、なにかの時にはもっともスケベになる日本の三大チャンピオンである、といわれている。

2011年12月24日土曜日

本「フリーエネルギー、UFO、第3起電力で世界は大激変する」【11年26冊目】

<本の紹介>
永久機関の原理「第3起電力」はすでに見つかっている(入力に対して出力200 0300%)。だから原子力も石油もなくていい!太陽電池、風力発電の落とし穴も詳述。アメリカで認められた研究論文も掲載。新エネルギー・ルネッサンスが生み出すパンドーラの奇跡の全貌。

<メモ>

  • 日本人から集めた多額の税金と視聴料で打ち上げたかぐやの映像を、なぜ日本人である我々が見られないのか。
  • 2011年3月11日に起きた東日本大震災の影響もあって、最近は少し減りましたが、いわゆる「地球温暖化」をテーマに掲げる報道&情報番組がここ数年で激増しました。温暖化は謀略である、単なるビジネス=錬金術的システムであると、声を上げ始めたジャーナリストや評論家も出始めていますが、やはり、本当の目的は「原発の復活」にあったと思います。米国スリーマイル島と、ロシアのチェルノブイリの原発事故の後、原発を危険視する世界的な風潮が生じました。これを打ち破る手段がCO2による温暖化論であり、最終的には「CO2を出さない原発はクリーンだ」という何とも滑稽な論調が出始めたわけです。この問題の根本は、もちろん化石燃料によるエネルギーにある。しかし省エネは、問題の根本を解決するわけではありません。二酸化炭素を排出する化石燃料を使用し続ける限り、究極的にやってくる破滅を、ほんの少し見たいに先送りするだけ。
  • 最近、メディアでよく取り上げられる電気自動車は、最近になって作られたと思っている方が多いと思いますが、実はガソリン自動車が世に出る以前に製作されています。排気ガスを出さないことからクリーンカーだとも言われますが、これも間違い。確かに走行中は排気ガスを出しませんが、エネルギー源であるバッテリーを充電する際、エネルギー供給における大元である火力発電所で排出されます。バッテリー充電のための電気を作るには、火力発電所で石油を燃やして発電しないといけません。
  • 根本的に新しいものを開発するときに必要なのは、「君主」か「独裁者」です。本当に未来を見通す目を持った独裁者が必要なのです。誤解を恐れずに言えば、アドルフ・ヒトラーという人物は世界中で悪の代名詞にされていますが、科学技術上はそうではありません。このことは、ナチスドイツが第二次大戦中に生み出した数々の新技術をチェックすれば理解できます。ロケット兵器であるV2号がなかったら、アメリカとロシアの宇宙技術は生まれていませんでした。
  • 電気自動車が最も問題なのは、通常のモーターを使用する限りではまったく空気を汚さないわけではないことです。道路上での排気ガスは出なくなりますが、バッテリーを充電する際に、その分余計に発電所で排出されるからです。汚い部分は、どこかにある火力か原子力発電所に隔離されて、目の前からはなくなるだけです。エネルギー源は基本的に化石燃料か原子力ですので、廃棄ガスと放射能を排出して環境を汚染します。ちなみにスイスは国家として、「電気自動車は大気汚染に対して無効である。」というオフィシャルな見解を発表しています。世の中では、このあたりのカラクリを理解していない、いわゆる「電気自動車の信者」も増えています。
  • アインシュタインがユダヤ人であることはあまりにも有名ですが、その他、歴史上の独創的で偉大な科学者にユダヤ人が多いことも事実です。ノーベル賞受賞者の約3分の1はユダヤ人、もしくはユダヤ系です。世界の人口に対するユダヤ人の割合の小ささを考慮すると、この数字がいかに大きいものかがわかります。ちなみにスピルバーグもユダヤ人です。
  • 「スピルバーグの映画には、世界に離散しているユダヤ人に向けられた独特のメッセージがある。それはユダヤ今日からきているもので、他の民族にはなかなかわかりにくい」
  • 「日本人は2,3年先を見て、ものに投資することしかできないが、ユダヤ人は20~30年先の未来を見て、今それに投資する。」
  • 「発明とは99%の努力と1%の霊感である。」byエジソン。(ちなみに原文では99%の「汗」)
  • 「発明とはおしゃれな直感である。」byテスラ。
  • 異常現象というものは、何かを探している人が見ないと、それが起きても気が付かないものです。海面から出てくるUFOを見ても、単細胞の頭脳の科学者なら、大きな鯨が跳ねているくらいにしか見えないでしょう。
  • パソコンには、精神を引き込んで奴隷にする「魔性」があることがわかった。
  • 今の科学は間違っていません。なぜなら、今の科学文明を動かしているのは、今の科学だからです。何かが足らないだけです。だから重要なことは、今の科学も、新しい現象をも、一律に説明できる科学理論を構築しないといけない、ということです。物理学の理論はこのようにして進化するわけですが、現在の科学者のほとんどは、止揚することを知らないように見えてなりません。物理法則は常にファジーなものです。その時々で変わるわけです。それを固定化・権威化していることが、諸悪の根源です。地球上のほとんどの科学者たちは、まるで既存の科学理論に反する現象など、あってはならないと思いこんでいます。短絡的な表現をすると、知識ばかり詰め込んで、科学思想を教えない「受験制度」による教育が原因だと言いたくもなります。それと研究の考え方についても、今の科学界は失敗か成功かという二元論が支配しています。そもそも研究に失敗という概念はありません。すべてが進歩です。成功か失敗かという考え方が存在するのは、そこに利益が絡んでいるからです。結果に利益が絡むかどうかという話であり、サイエンスにとってはどの方向に進もうと進歩です。
  • 米海軍が1943年に行った「フィラデルフィア実験」について、ご存じの方も多いと思います。米軍は駆逐艦を透明化する実験を行ったと言われています。正式名称は「レインボー・プロジェクト」と呼ばれます。これはステルス機のように、レーダーの電波を反射しない方法ではなく、強力な磁場で光を曲げ、本当に透明化させようとする試みでした。このときに使われた駆逐艦がエルドリッジ号です。管内ではテスラコイルらしきものも使われたようです。その結果は、青緑色の霧が発生して、何か制御不能の空間の暴走状態が生じ、エルドリッジ号は不可視状態になったのではなく、本当に消滅してしまったのです。驚くべきことに、エルドリッジ号はフィラデルフィア港からテレポーテーションして、1600マイル(2560km)離れたノーフォーク港にあらわれました。悲劇はそこから始まりました。乗員は全員、とんでもなく悲惨な状態に巻き込まれていました。体の一部が船の壁や床に融合してしまった乗員も少なくありません。通常は、とても想像できません。映画「フィラデルフィア・エクスペリメント」という映画をご欄になった方は、よくおわかりでしょう。
  • 電力会社は、夜間電力を使え、湯を沸かせとやっているだけです。オール電化なんて、全部原発に合わせた戦略です。夜、グーッと電力需要が下がったら、その分はコントロールできないから夜間電気温水器などで使えというわけです。さらに熱効率も悪いので余った熱をどんどん海に逃がします。だから原発は海のそばにあるというわけです。アメリカでもそうですが、内陸の場合は必ず川のそばにあります。川に余った分を流しています。しかしこれは原発だろうと火力発電所だろうと、どんな発電所も60%は川か海に逃がします。
  • 東電の上層部に必要なのは利権、権威、それに競争原理のない市場性。
  • コンピュータの必要以上の進歩によって、人間の心が奴隷化され、本来の思考力、発想力が明らかに落ちています。さらにそれに必要な、感性力もそうでしょう。CGで作った味気ない映画、CDやもっと悪い音のMP3によるデジタル音で音楽を聞いていれば、感性が鈍くなるのは当然のことです。こんなものを作って「ビデオやオーディオの技術は進歩している」なんて言ってるわけです。またそのことに気づかないで、コンピューターを上から操る人間の奴隷となっている人が、なんと多いことでしょう。奴隷は、自分が奴隷であることがわかりません。

本「石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力」【11年25冊目】

<本の紹介>
世の中は過剰なサービスに溢れている。過剰でとらえきれない状態から、選択し、絞り込み、結びつけ、編集し、新しい価値を生み出す。より多くから、よりシンプルへ。多機能高性能から、絞り込まれた“好機能”“賢機能”へ。マルチから、スマートへ。FREE、SHAREに続く新たな時代のキーワード!「キュレーション」こそ成功へのカギとなる!

<メモ>

  • 過剰な世界から絞り込みの世界へ。より多くからよりシンプルへ。
  • 日本でもキュレーション関連のサービスを始めている会社がある。韓国の検索サービス最大手の日本法人ネバージャパンが始めたユーザー参加型の情報集約・共有サービスの「NEVERまとめ」です。ユーザー自身がネット上で自分の関心のあるテーマに関連する情報へのリンクを選別収集し、編集して、それ自体にコンテンツとしての価値を持たせ、共有することを目的とする。こうして情報がキュレーションされたサイトは「まとめサイト」と呼ばれ、そのまとめページをつくったユーザーに広告収入が還元されるという仕組み。
  • キュレーションで最も問われるのは、新しい関係性の中でどれだけ新しい意味が編集され、いかに新しい文脈が生まれるかだね。
  • ジョブズが天才的なキュレーターであるのは、単にテクノロジーだけでなく、新しい価値を生み出すため、人間を中心に置くリベラルアーツの軸を忘れないから。
  • テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立つアップルに対し、ソニーはテクノロジーで対抗しようとした。アップルがコトのイノベーションを起こしたのに対し、ソニーはモノの性能の次元でしか考えず、何と何を結び付ければソニーらしいコトづくりができるかという発想を持てなかった。モノとコトはどう違うのか。それは、そこに人間がかかわっているかどうかです。つまり、コトとはモノとユーザーの関係性の中で生まれる文脈であり、物語であると言えます。体験と言ってもいいでしょう。その物語や体験に共感するとき、ユーザーは手を伸ばす。だから、テクノロジーの軸だけでなく、人間を中心に置くリベラルアーツの軸が必要なのです。
  • ゲームに熱狂するファンがいる一方で、実は声を出さずに静かに立ち去った人たちも多くいたのではないか。かつては茶の間でコントローラーを奪い合い、ギャラリーも一緒に楽しんだのに、コントローラーはどんどん複雑化して、差し出すと後ずさりするようになった。ギャラリーも消え、1人暗い部屋にこもって遊ぶようなイメージになってしまった。
  • 「任天堂は重厚長大なものばかりつくっていてはダメだ。軽薄短小でお客を満足させることを考えろ。」「任天堂は力のケンカなどするな。よそと違うから価値がある。」
  • キュレーションの大きな特徴は、iPadがユーザーによって多様な使われ方をしているように、新しい意味が提供されると、今度は受け手が自分でその意味を再編集し始めることにあります。
  • 自分たちを取り巻く知の貯水池から、今取り組もうとしているプラットフォーム上に何を選び、何と何を結び付ければ、価値のある「知のリンク」を生み出せるか。固定観念にとらわれず、リンクを縦横に張る柔軟な編集力が求められている。
  • なんでもできる多機能高機能の製品は、ややもすると「コンバーチブルのバンでオフロード仕様」のようなもの。「一台で荒野を疾走し、ハイウェイを彼女とドライブし、荷物の運搬もできる”万能”なクルマ」ですべてのユーザーのニーズを満たそうとして、”八方美人の総花的商品”をつくり、結局、誰も満足しない製品を生み出してしまうこと。
  • 過剰を究極まで排した余白は、詰め込まれた情報よりはるかに多くを語ります。「少ないほうが時には多さに勝る」。それをジョブズは禅の精神から学んだとすれば、わたしたち日本人のDNAにはもともと、「より多く」「より高度に」を志向する以上に、選択し絞り込むキュレーションの感性が根づいているのかもしれません。
  • 東京にしがわ大学
  • 「黒川温泉一旅館」という、顧客の視点からの再定義を何より大切にする。定義が明確であるほど、何をキュレートすべきかがわかる。そして、売り上げよりも優先すべきことがはっきりしている組織は真の強さを発揮することを黒川温泉は物語っています。
  • 「僕らは、まず、自分が欲しいものは何かを把握する。そして、同じものを多くの人も欲しがるかどうか、きちんと考えることがアップルは得意なのだと僕は思う。僕らはそのプロなんだ。だから、次にブレークするのは何だと思う?って社外の人に訪ねたりしない。」
  • イノベーションの偉人は常に自分の井戸を掘る。掘り当てた地下水脈は、常に普遍的な意味を持つ。
  • 教養のある人間とは自分の生き方を常に問いかけている人である。
  • 自分もいつ死ぬかわからない。そう思い起こすことが人生で重大な決断をするときに、後押ししてくれる最も重要な手助けになる。なぜなら、まわりからの期待、プライド、失敗や困難への恐れ…すべてが消え去り、本当に大切なことだけが残るからです。

本「ダントツ経営」【11年24冊目】

<本の紹介>
経営改革を断行し、「右肩上がりを前提にしない経営」を確立。グローバル化を進め、売上高の7割を新興国市場で稼ぎ出す体制に―「世界で勝てる製造業」への取り組みをコマツ会長が語る。一足早く“世界経済の大転換”にさらされた建設機械業界。世界で勝つための答えが、ここにある。

<メモ>

  • リーダーの役割は、政治でも企業経営でも、あるいはその他の組織でも同じです。明確なゴールを示して、構成員を同じ方向に向かわせ、全員の汗と知恵のベクトルを結集して新しいうねりをつくりあげていくことです。
  • 建設機械というのは技術の粋を集めて開発・生産しているにも関わらず、単価が非常に安いです。最も普及しているモデルの建設機械では、車体重量1トンあたりの価格が約50万~70万円です。ということは、1kgあたり500~700円。これは、牛肉やマグロとは比べ物にならないぐらいに安いのです。
  • 私は、代理店は「ハンター」だと思っていた。とにかく腕を磨いて、「獲物(お客)」のいそうなところへ出向いて、それを仕留める。そんな感覚で仕事をやってきた。しかし、しばらくして「これは違うな」と思うようになった。その頃から、代理店は「ファーマー」だと考えるようになった。過去のお客さんにも情報を提供したり、よいサービスを提供したりすることで、定期的に「収穫(買い替え需要)」が得られる。地道な取り組みでコマツや代理店の評判が上がれば、新たな顧客も自然に獲得できるようになる。それがわかって、いまの商売でずっとやっていけるという自信が生まれた。
  • 中国の人は「発展空間」という言葉をよく使います。いまの仕事を続けて、自分がさらに発展できる空間があるかどうか、企業はそうした発展空間を提供できるかどうか。それが、中国で優秀な人材を確保できるかどうかの分かれ目になるでしょう。
  • 企業あるいは国の財政再建もそうですが、ひとつの組織の収益体質を改善しようとするとき、最も陥りやすい誤りは、手っ取り早い「変動費の削減」ばかりを追いかけて、現場や外部に負担を押し付けることです。自分の都合ばかりを押し付ける傲慢な企業に、部品メーカーはついてきてくれるでしょうか。それよりも組織にどっかりと覆いかぶさり、活力を損ねる「固定費」にこそメスを入れるべきです。
  • 「バッドニュース」(不祥事)をフラッシュレポートの一番上に書かせることにし、その次に市場で発生した主な品質問題などについて報告させ、最後に業績についてレポートさせます。「トップが何を重視しているか」をこういうかたちで「見える化」することで、コンプライアンスの精神が徐々に組織全体に根付いていくのだろうと思います。
  • 東京一極集中が、高学歴化・晩婚化を促します。生活コストや教育コストが高まり、世代が別々に生活するパターンを生み出し、少子化を加速させました。ちなみに、コマツの既婚女性の子どもの数は、東京本社が0.5人、大阪・北関東地区が1.3~1.4人、北陸地区は2.0人です。北陸地区の子どもの数が多いのは、親子3世代が近くに住んでいるため育児も容易で、生活・教育コストにも余裕があるからでしょう。
  • 日本の行政コストも固定費と変動費とに分けずに議論されているため、予算がカットされたとき、その大変が変動コストにしわ寄せされます。変動コストのほうがカットしやすいからです。しかし、変動費が削られると困るのは現場です。少ない経費で、これまで通りの(あるいは、これまで以上の)パフォーマンスが求められるからです。最近、注目されている事業仕分けも、固定費と変動費を分けずに進められています。固定費である間接部門の人件費、すなわち雇用をどうするかという一番肝心な問題点を避けて予算削減を指示するので、それに関わっている人たちが新たに別の仕事をつくりだしてしまうのは当然です。固定費にメスを入れないと、予算削減とともに、どんどん現場の余裕がなくなっていく。国民は、この悲惨な状況に気づくべきです。
  • 「会社がこういう状況になったのは、経営陣の責任が一番重い。しかし、皆さんも悪かった。それぞれが「何かできるはずだ」と考えるように意識を変えて欲しい。」

本「多摩のまち自転車探検」【11年23冊目】

<本の紹介>
広範囲の移動が可能な自転車ならではの特性を生かし、多摩地域をじっくりと巡ってみませんか。それぞれの土地への思いがぎっしりと詰まった一冊に仕上がったと自負しておりますがいかがでしょうか。
《ジブリの風景》聖蹟桜ヶ丘では、映画「耳をすませば」で描いたそのままの風景をたどり、現実と物語の交差を楽しみます。《自然と歴史》玉川上水では、約350年前に掘りぬかれ今なお現役で活躍する「生きた史蹟」を源流めざして走ります。また、《基地と戦跡》稲城・南山では米軍の多摩サービス補助施設(旧・弾薬庫)が皮肉にも開発から森を守った様子を語っていきます。
著者の斉藤円華(東京都小金井市在住)は地域や環境をテーマに執筆活動を行っており、スローライフ研究家として持続可能なライフスタイルを探求しています。あとがきでは「宝物のような思いがけない情景に出会うこともあれば、開発によって自然が切り刻まれる痛々しい光景を見せつけられもした。良くも悪くも多摩の現在を、私なりの視点で活写した」と語っています。移りゆく多摩の景色を、本書とともにご堪能いただければ幸いです。

<メモ>

  • 多摩にとって、玉川上水は格別の意味がある。今から350年以上前に、羽村から四谷大木戸まで、43kmを標高差わずか100mの勾配で、1年弱(8ヶ月と伝わる)という短期間で掘り抜いたこの水路は、江戸の水不足を解消し、武蔵野台地の新田開発の原動力となった。1965年まで全区間が現役だった玉川上水は、江戸と東京、そして多摩の繁栄を支えたのだ。
  • 石川酒造は幕末頃から続く蔵元。清酒「多満自慢」はもちろん、立派な蔵と自家醸造の地ビール、それに併設された「雑蔵(ぞうくら)」で提供されるおいしい蕎麦でもよく知られている。2本並んでそびえる大きなケヤキの木は夫婦欅(めおとけやき)といって、お米と水の神様をそれぞれ祀っている。
  • 新奥多摩街道が福生駅西口通りと交差する付近からようやく用水沿いを走れるようになる。ここには石川酒造と並ぶ福生の蔵元、田村酒造がある。ここの清酒「嘉泉」も旨いのである。
  • 「投げ渡し堰」で用水に水を横取りされた多摩川の、何と流れの弱々しいことよ。私たちの飲み水のために必要とはいえ、少しばかり心が痛む。水は大事に使わなければ。
  • 多摩川にかかる橋を渡った対岸には羽村市立郷土資料館がある。羽村堰の水門を再現した展示や、河川敷には大雨時に流れの勢いを弱める木組みの枠を見ることができる。
  • 玉川上水駅から下流に向かって左の道路に入ると、小川分水の放流口手前にちょっと面白い場所を見つけた。なんと足湯ができるというではないか。地元の人たちが野外に設けられた足湯場でのんびりとくつろいでいる。その名も「こもれびの足湯」。隣接するごみ焼却施設から出た排熱を利用して、汲み上げた地下水を温めて循環させているのだとか。
  • 貫井神社の境内には湧き水による小さな滝が見られる。
  • 野川と人見街道とが交差する手前には蕎麦屋の「地球屋」がある。漫画家・吉田戦車が自転車エッセイ「吉田自転車」の中で「すげえうまかった」と紹介している、有名な場所だ。
  • JR中央線武蔵境駅を出てまっすぐになんかして人見街道を右に行く。東八道路を交差して坂を下ると野川だ。近藤勇は小さい頃、このあたりで遊んだのだという。程なく進むと龍源寺。ここには近藤の墓がある。寺の門の前には胸像が。さらにすぐ先には生家跡の古井戸も残る。人見街道から新小金井街道を左に入って旧甲州街道を右へ。その先にある大国魂神社は、近藤の天然理心流四代目襲名披露の野試合が行われた場所。
  • 橋を渡って左の路地に入ると、土方歳三の墓がある石田寺が現れる。次に高幡不動尊。ここには土方歳三の巨大な銅像があるのだが、表情とかポーズが立派過ぎ、見ていて何だか気恥ずかしい。新撰組関連で見るべきはむしろその隣にある、近藤と土方を讃えた「殉節両雄之碑」だろう。篆額(てんがく)が会津藩主・松平容保(かたもり)、碑文の筆者が幕府典医で新撰組とも縁の深い松本順という、由緒ある碑だ。ここの山門には高いところに千社札がびっしりと貼りつけられていて、どうやってあの高さに貼るのかと感心する。
  • 小田急線北口から1kmほどの場所に、白洲次郎と正子が暮らした武相荘がある。GHQをして「唯一の従順ならざる日本人」といわしめた白洲次郎の茅葺き住居、一度見ておくのも悪くない。
  • 文豪の森鴎外、太宰治が眠る禅林寺。
  • 米軍ハウス近く、16号沿いのラーメン屋「福実」がうまい。ここは山田詠美や忌野清志郎が通ったことでも有名だ。
  • 延命寺には、空襲の犠牲者を悼む平和観音菩薩像があり、その側にはB29が落とした250kg爆弾の破片が置いてある。
  • 数千年の時間の厚みと、その中で積み重ねられた智慧と美を感じられる中近東文化センター。彩色された陶器のあたたかみや、素焼きの鹿や水牛ののびやかな造形、古代イランの凛々しいグリフォンの飾板、そしてイスラーム世界の息を呑むような幾何学文様、知を受け継ぐ文字の営々たる積み重ねと変遷…。どれひとつ取っても想像以上であり、時間が経つのを忘れて見入ってしまう。
  • 岡本太郎は、父岡本一平、母かの子と共に多磨霊園の一角(16区1種17側)に葬られている。太郎の墓碑は、作品「午後の日」(1967年)がそのまま使われている。一平の墓碑も太郎の作だ。ちなみにかの子の墓碑だけ観音菩薩。面白い取り合わせである。東郷平八郎ら海軍提督の巌のような墓石もある中で、ここだけはほのぼのとした空気が漂っている。
  • 都立東大和南公園一帯はかつての日立航空機立川工場で、航空機用エンジン生産の拠点だった。集中的な爆撃の標的となり、計3回の空襲で工場の半分が壊滅し、110人が死亡したという。その当時の変電所跡がそのまま残っている。これはいつ見ても言葉を失う。
  • 府中基地をぐるっと一周するように走る。フェンスの向こうに戦闘機が2機鎮座しているが、むろん府中基地に滑走路はない。退役したものからエンジンの主要部品を外して展示しているのである。
  • 旧多摩聖蹟記念館。「聖跡桜ケ丘」の聖跡だが、この言葉には「天皇が訪問した場所」という意味がある。明治天皇がこの一帯で兎狩りなどを楽しんだことに因んでいるが、ここを訪れるまでは意味も由来も知らなかった。なるほど。
  • IHI瑞穂工場を迂回するように進むと、野山北公園自転車道の起点がある。多摩湖(村山貯水池)への導水管の上を走っている。1921年からの導水管建設時、その後の狭山湖の堤防工事のときには、資材運搬のための軽便鉄道が走った場所だ。本当ならば、羽村からまっすぐ自転車道が伸びていてもおかしくないのだが、ご覧の通り、工場と横田基地が間にでんと居座っている。ちなみに、基地の向こうの羽村側は神明緑道として整備されており、基地がなければ羽村堰から1本で自転車道が続いていたかもしれない。