2011年10月29日土曜日

官僚の責任【11年21冊目】


官僚の責任

<本の紹介>
「霞が関は人材の墓場」―著者はそう切り捨てる。最高学府の卒業生、志を抱いて入省したはずの優秀な人間たちが集う日本最高の頭脳集団。しかし彼らの行動規範は、「国のため」ではなく「省のため」。利権拡大と身分保障にうつつを抜かし、天下りもサボタージュも恥と思わない…。いったいなぜ官僚たちは堕落の道をたどるのか?逼迫する日本の財政状況。政策提言能力を失った彼らを放置すると、この国は終わる。政官界から恐れられ、ついに辞職を迫られた経産省の改革派官僚が、閉ざされた伏魔殿の生態を暴く。
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<メモ>
・関東大震災直後に必要だったのは、総理のリーダーシップである。「現場で可能な限り判断して結論を出せ」そう言って現場に権限を委譲し、被災者のためになることなら、復旧に効果があることなら、上の決裁を待たずに実行させることが大切なのである。そうすれば、末端の官僚も思いきって動くことができる。しかし、その大前提として必要不可欠な条件がある。「責任は俺がとる!」そういう総理の強い姿勢である。メッセージが明確にあるからこそ、現場は知恵を出し、よかれと思ったことを躊躇なく実行に移せる。
・経産省が会見でつねに「管総理のご判断です」との態度をとり、いっさい経産省の見解を述べずにいたのは、こういう理由である。「東電はこう言っています、管総理はこう言いました、枝野(幸男)官房長官はこう言いました…だから、われわれ経産省もこう判断します」自分たちが直接の責任を押し付けられないよう、常にそのような予防線を張っておくのである。
・はっきり言って、役人にとってはプロジェクトが成功しようと失敗しようと関係ない。「利益」は出なくても「利権」は生まれるからだ。
・政治家は、日頃から国民の生活に重要なテーマや国の中長期的課題に関心を持ちながら、広い視野をもって政策の方向性を決定する。一方、官僚は、その政策を具体化すべく資料や情報を収集し、研究、議論することで集積した専門知識をベースに、その状況に適した具体的な政策を政治家に提案する。そして政治家がそれらをもとに、官僚とは異なる考えをもつ他の専門家や支持者の声も聞きながら、総合的に判断し、結論を出す。仮にそれが官僚の意見を否定するものであっても、政治家自身が示した方向性を実現するために、最も効果的な政策はどのようなものかを優先的に考え、当然ながら、出てきた政策に対しては政治家が全面的に責任を負う―。これこそが政治家と官僚の本来あるべき関係であり、真の政治主導だ。
・国益を無視して省益確保に奔走する先輩を否定すれば、それは省の論理と相容れず、はみ出し者の烙印を押される。国民の生活向上のために頑張っていても省のために頑張っているように見えなければ、そして結果が省のためにならなければ、決して評価されないのである。
・法律作成という作業のなかには、与野党の複雑な利害関係をうまく調整するといったセンシティブな事案も少なくない。それをまとめた能力は評価されてしかるべきなのだが、役人の世界ではそれでは足りず、必ず副産物をつけなければならないという決まりがある。すなわち、権限と予算と天下りポスト。この3点セットをつけることを自動的に考えるように思考回路が形成されているのだ。
・官僚の仕事を評価する基準の一つが「省のために副産物をつくる」ことともう一つ目に見える基準が「労働時間」。というわけで、官僚たちはせっせと残業に励むことになる。
・ヤマトホールディングスは、役員が例えば10人いれば1位から10位までのランクをつける。そして10位になった役員は、たとえ絶対評価が悪くなくても自動的に翌年は降格され、代わりに下から一人が役員に昇格する。こうしたシステムが役員以下、管理職のすべてに適用されており、1割が毎年、自動的に入れ替わる。むろん、降格されても翌年、上位1割に入ればまた昇格できる。結果を出さなければ身分も給料も下がってしまうのだから、緊張感が生まれ、仕事に真摯に取り組むようになるだけでなく、本人の努力次第で昇格のチャンスが高まり、モチベーションも上がる。何より、強制的にポストに空きが出るので、そこに有能な人材を、外部や若手からの登用も含めて投入できる。ヤマトホールディングスの話でもう一つ参考になったのは、子会社の社長や役員も、役人が言うところの「天下り」ではないことだった。子会社プロパーの社員に任せるか、本社の若手を抜擢するのだという。若手に経営の才能があるかどうかを試すためだが、うまくいけば、本社で大きく昇進することもあるそうだ。
・「ハローワークが紹介した仕事を3回断ったら失業保険給付金が下がります」とか、「4回目は給付期間も短くします」というようにしてみるのはどうか。
・中小企業の支援も、もともと優秀な企業で放っておいても成功したはずの企業に補助金を出して支援をしても意味がない。官僚のアリバイづくりになっている。
・日本を代表するような大企業が莫大な利益をあげられるのは、本来は下請けが得るべき利益まで吸い上げて独り占めしている結果と言ってもいいのだ。「われわれについてくれば、あなたも儲かります」ではない。「中国人のように、お前たちも死ぬほど働け」そう言っているに等しいのである。
・「貴社が潰れてしまったら、ウチは大打撃を被る。わが社が最先端を走れているのは、貴社の優秀な製品があってこそ。正当なものであれば、どんどん儲けてくれ。その利益でもっと優れた製品を開発してくれればいい。」
・「このままいけば日本人はみな、今の中国人と同じレベルまで生活を切り下げるしかありませんね。」いくら高い技術力と勤勉な労働力があろうと、経営者に経営能力が欠けていれば宝の持ち腐れになるということである。
・消費者を人質にとっている電力会社の経営情報を守る必要などない。電力会社の情報は、消費者のそれと同義といってもよい。経営情報、なかんずくコスト情報は領収書まで公開すべきだ。これをやれば、おそらく電力会社の高コスト構造が是正され、大幅な電力料金引き下げにつながるだろう。

<感想>
最初の数ページを読んだ感想は「この人レベル低…」でした。その時点で読むのやめようとも思ったけど、読んでいくとなんとなくその感覚がレベルの違いじゃなく底にある考え方の違いにあるような気がしてきました。確かに、官僚の人たちの考え方がよくわかる1冊でした。
税金を使って利権を増やすだけ。本来必要なことかどうかは問わない。国益よりも省益を優先するような考え方、是非も問われるところかもしれない。でもどんな企業にもこういう面はあるなぁと感じて、人の組織の難しさや限界面を考えさせられました。人のことばっか言ってられないなと。
自分がこの国の国民であり税金を払っている以上、その税金を有意義に使ってほしいという思いもある。そのお金でポストを作って、そのポストではほっとんど仕事らしい仕事をしない人が給料として税金をもらう。その人たちの裏には、どれだけの人たちのどれだけの我慢があるんだろう。
決して本音では話してはくれないかもしれないけれど、官僚の人たちがどういう意識で仕事してるのか、聞いてみたいと思いました。
ただ、これだけ自分でこきおろしてる経産省に残って、閑職で著者は何やってんだろうとも思いました。仕事が与えられないなら、辞めればいいじゃん。うまくいくかはわからないけど、ゼロにリセットして新しいこと始めればいいじゃん。と。
それができないのに、こういう本を書いているっていう立ち位置の中途半端さがなんとなく気持ち悪い感じがしました。そのまま閑職でもそこにいればいい給料もらって食べていける。その地位を捨てることができないのかな。あえて捨ててまでやりたいことは特にないのかな。

「通貨」を知れば世界が読める【11年20冊目】


「通貨」を知れば世界が読める “1ドル50円時代”は何をもたらすのか?

<本の紹介>
なぜ我々は「円高・円安」に一喜一憂しなくてはならないのか、そもそも「通貨」とは何なのか……。そんな壮大なテーマを、人気エコノミストがわかりやすくも刺激的に説いていくのが本書。◎そもそもの通貨の意味とは?◎基軸通貨を巡る各国の争いの歴史◎ドルの覇権はすでに終わっている!?◎ユーロは次世代の基軸通貨になりえるか?◎「1ドル50円」時代はいつ来るのか?◎通貨の未来、そして円の未来とは?など、面白くて読む手が止まらないトピックスが満載。知的好奇心を満たすのはもちろん、明日のビジネスにも必ず役立つ内容。本書を読めば、円高・円安に一喜一憂する必要がなくなる!
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<メモ>
・「すべての不可能なことを除去したのちに残った答えは、それがいかにありえなそうに見えても、結局は正しい答えである。」
・決然と滅亡に向かって扉を開ける。これは、呪われし者の特徴的な行動だ。
・仕組みがいびつなために破たんした経済を元の状態に戻そうとすることは、不安定な場所にあったがゆえに落ちた花瓶を、再び同じ場所に置こうとするようなもの。
・日本は世界最大の債権国だ。成長はできなくなったが、蓄積はある。これは成熟経済の当たり前の姿であり、自然なものだ。若者には成長力がある。大人には成長の果実がある。
・鎖国しておのずと自己完結的に経済をまわしていける国など、めったにない。どうしても外部に新たな領地や経済水域が必要になる。その結果は、領土を争う戦争の勃発ということになりかねない。保護主義は保護主義にとどまらず、どうしても拡張主義に転化していく。これが怖い。領土争いなんて、まさか。そう思われる向きは多いだろう。だが、この「まさか」ほど、何度となく実現してきた「まさか」もない。
・短くても、しっかり足元が固まっている諸通貨がひしめき合いながら、共存している。そしてその上に、円やドルといった国内向けの通貨があり、さらにその上に「共通通貨」が存在している。そんな、がっしりした短足通貨に支えられた集合体として、グローバルな通貨秩序ができあがる。通貨体制の三元構図だ。いわば、「3D」型のグローバル通貨秩序である。21世紀的な通貨のあり方として、そのような姿をイメージしてもいいのではないか。通貨の足と経済の腰がしっかりした地域共同体。それらが寄り集まって形成された地球共同体は、土台がしっかりしているから、そう簡単には崩壊したりしないだろう。バランスがとれた小宇宙群によって構成された大宇宙は、いくら大きくてもバランスが崩れないはずだ。それに対して、小宇宙のバランスをないがしろにした大宇宙は、それこそ足腰が弱いから不安定に泣く。

<感想>
ニーベルングの指環の話になぞらえて、これまでの基軸通貨の移り変わりとその中での日本の「円」の立場や果たしてきた役割をまとめてくれてて、非常にわかりやすく、著者の明晰な感じがとっても伝わってきました。そして、歴史が繰り返すわけについても、深い洞察で「確かにな」と思いながら読み進めることができました。
そして、これから起こるであろう基軸通貨の変化に対しての提案もとても根拠のあるもので、地域通貨と基軸通貨それぞれの求められる役割と難しさをうまく解消できるモデルで、「これがあるべき姿なんじゃないか?」って今回のユーロ危機を見ていて感じるところが多々ありました。ちょっと、財布に複数種の通貨があるのははじめはこんがらがりそうだけど、慣れれば今も旅行に行ったときとかそうしてるし問題なさそう。
TPPの話についても、集団鎖国って表現は正しい気もする。そこに入らなった国との通商ってどうなるんだろう。もう少し注意して経過を見てった方がいいかもしれないですね。

日本人の誇り【11年19冊目】


日本人の誇り

<本の紹介>
危機に立たされた日本は、今こそ「自立」と「誇り」を回復するために何をすべきなのか? 『国家の品格』の著者による渾身の提言。
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<メモ>
・現在、30歳女性で出産したことのない人が50%を超えています。ここ5年間の出生率は1.34程度で、人口維持に必要なのは2.08ですから、ある時から急激な人口減少が始まることになります。
・国立社会保障・人口問題研究所は生涯未婚率を算出しています。現在60歳の人では5%に過ぎませんが、現在30歳の人々だと23%、現在20歳の女性だと40%と予測しているのです。
・ケータイ病におかされた子供たちは今や、世界でもっとも勉強をしない子供たちとさえ言われています。中学校で数学教師をしている私の教え子が言っていました。昼休みに勉強や読書をしたり校庭で元気よく遊ぶような子はまず見当たらず、おしゃべりをする子も少なく、ほとんどは黙々とケータイを手にしているそうです。
・学校にはBMWを乗り回しながら給食費を払わないモンスターペアレンツ、病院には治療結果が思わしくないとすぐに病院や医師を訴えるモンスターペイシャンツと、不満が少しでもあれば大げさに騒ぎ立てる人々が多くなりました。人権をはじめとして自らの権利をやたらに振りかざすような行為は、かつては「さもしい」と言われたものですが。
・和をもって尊しとなす。
・アメリカの原爆投下命令は、ポツダム宣言の発表以前に下されていた。原爆は「ポツダム宣言を拒否したから」投下されたわけではない。
・「"正義は力なり"を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反、戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであろう」という記事を1945年9月15日に載せた朝日新聞は発刊停止となった。(言論・表現の自由を米国の作った憲法に明記されているけれど。。。)
・日本の軍人達は、戦場で涙ながらに老いた父母を思い、自分の死後に残される新妻や赤子の幸せを祈り、恋人からの手紙を胸に秘め、学問への断ち難い情熱を断ち、祖国に平和の訪れることを願いつつ祖国防衛のために雄々しく闘いました。それが今、地獄さながらの戦闘で散華した者は犬死にと嘲られ、かろうじて生き残った者は人殺しのごとく難詰されるという、理解を絶する国となってしまったのです。祖国のために命を捧げた人に対し感謝の念をこめ手を合わせて拝むべきものであるのに、戦争の罪を一身に背負わせているのです。
・1945年3月10日の東京大空襲では、下町を中心に一夜で10万人以上が死亡しました。一夜としては史上最大の大虐殺です。あらかじめ関東大震災時における被害状況を調べ、下町に木造住宅が密集していることをつきとめた上で、木と紙でできた日本家屋を最も効果的に焼きつくすために新たに開発されたE46という集束焼夷弾を落としました。だから被害地域が関東大震災の時と似ています。浅草などではまず円で囲うように周囲に焼夷弾を落とし、逃げ出せないようにしてから徐々に内側へ落として行って人々を追いつめました。ビルに逃げ込んだ人も、吹き込む火炎流で焼死あるいは窒息死し、隅田川は川面が溺死体で埋まりました。残忍な皆殺し計画でした。
 東京はその後も何度か爆撃されました。上空の強風を避けるため2000mほどの低空飛行から投下したので、爆撃は極めて精確でした。爆破でもしたら国民の底深い怨恨を買うであろう皇居は目標から外されました。ロシア正教のニコライ堂、ロックフェラー財団の寄付で建てられた東大図書館、米国聖公会の寄付で作られた聖路加国際病院や立教大学、占領後に自分たちが利用とした銀座の服部時計店(米軍PXとなった)、第一生命ビル(GHQ本部となった)なども外されたから無傷でした。
・東京裁判では、「広島、長崎への原爆投下という空前の残虐を犯した国の人間に、この法廷の被告を『人道に対する罪』で裁く資格があるのか」は詭弁により斥けられました。触れてはいけない大地雷に触れたこの爆弾発言は、発言とほぼ同時に日本語への同時通訳が中止させられたため、日本人の耳にも届かずマスコミにも流れませんでした。欺瞞に満ちたこの裁判を破砕するものだったからです。
・人間というものは、他人を攻撃する際に自分が言われるともっとも痛い言葉を用いる、という心理的傾向があるのです。国も同じです。
・もし現代の定義を適用して日本を侵略国というのなら、英米仏独伊露など列強はすべて侵略国です。ヨーロッパ近代史とはアジア・アフリカ侵略史となりますし、アメリカ史とは北米大陸太平洋侵略史となります。清国も侵略国です。ただしこれらの侵略国家が倫理的に邪悪な国ということにはなりません。この2世紀を彩った帝国主義とは、弱肉強食を合法化するシステムだったからです。
・日中が手を携えるというのは白人にとって悪夢中の悪夢だったのです。これは現在に続いています。この2つは対立させる、というのは今も欧米の基本戦略です。
・日本は敗北したとはいえ、白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、植民地主義さらには人種差別というものに終止符を打つという、スペクタキュラーな偉業を成し遂げたのです。日本人の誰もそんなことを夢想だにしていませんでしたが、結果的には世界史の大きな転機をもたらしたという点で、何百年に一度の世界史的快挙をやってのけたと言えるでしょう。

為替占領【11年18冊目】


為替占領 もうひとつの8.15変動相場制に仕掛けられたシステム

<本の紹介>
3・11後に、なぜ円高にふれたのか?誰もが、日本売りで円安になると思ったのに、急激な円高!その後の協調介入はなぜあれほど素早く行われたのか!?全ての疑問がこの本を読むと解明されます。為替を通してみると世界の動きと、日本の位置がはっきりと分かってきます。1971年8・15のニクソン・ショックから始まった苦難の円高、借金棒引きシステムを余す所なく暴きます。なぜ、為替介入が行われ、その米ドルは換金できないのか?しかも、ディーリングで見ていると、必ず先行してプライスアクションが起こるというリアル。全ての経済予測はこの本を抜きにしては語れなくなる。為替は実はゼロ・サムゲームなのです。
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<メモ>
・90年代のアジア通貨危機、ロシア通貨危機、昨今のアイスランドも広義の意味での通貨危機と捉えれば、為替政策の脆弱性が結局は政権や国家の経済システムを崩壊させることに繋がってしまうということは今も昔も変わらない。歴史の中の類似性は偶然の域ではあるまい。であるからこそ、我々が今後の処方箋として歴史のアナロジーを生かす余地は大いにあろう。
・世界の投資資金は、いわゆる平時であればより収益の上がりそうな場所を求めて動いている。スイスも日本円同様に、他国に比べ相対的に低金利であるがゆえに、通常は低金利のスイスを売って、高金利の他通貨を買う、というスイスキャリーが発生しやすい。しかし、一度金融危機などが発生すると、危険な場所を避け安全な場所に戻るという性質が資金にはある。地政学的に経済的にあまり関係のない、あくまでも中立国の立場を取るスイスは緊急避難先なのである。世界の富裕層の資金がスイスに集まり、平時はそこから海外へと投資資金が出ていくのなら、緊急時にはスイスに戻ると考えれば納得がいくのではないだろうか。あるいは、円キャリーやスイスキャリーは危機が発生するという情報が伝わった瞬間に、もともとの資金の出所である円やスイスに戻っていくという方がむしろ説明が付くかもしれない。平時と皆が思っているときに、実は情報をいち早く仕入れている一部の投資家は、一足先に危険な市場から撤収を始めているのである。それが、為替取引においてスイス。フランだけに見られる異常な買いとなって表れる。
・為替と株式市場を中心に季節要因のサイクルをまとめると、、、
▼1月:欧米企業の会計年度がスタートするために変動が大きい。日本人がお正月気分でいる間に仕掛けられることも。ボーナス資金が市場に入ってくるため、前年11月終盤から日本が正月休みの3日目まで米国は株高。それにつられてドル高。よって円は独自の理由からというよりも、ドル高のため円安に。
▼2月:以前はシンガポール、香港などアジアの相場参加者が旧正月に入るため閑散。中国も旧正月を祝う文化圏であるので、世界一のプレーヤーとなりつつある中国の存在を考えれば今後も2月は相場の動きは鈍くなるというのが順当だが、敢えてその隙を狙って政策金利の変更を行う等、相場参加者の裏を読む行動を中国通貨当局は取る。
▼3月:日本の会計年度が終了するために、下旬には日本の投資家の外貨資産の処分で一時的に円高に振れる場合がある。特に3月31日と4月1日ではがらりと相場の雰囲気が変わるので要注意の日。
▼4月:前半は欧米がイースター休暇のため欧米からの参加者は少なめ。日本の会計年度スタートで本邦からの海外投資が活発化し、円売り、他通貨が買いとなりやすい。4月末には日本はゴールデン・ウィークに突入することから、以前は海外旅行による需要などで基本的には円安と言われてきたが、日本人が休み気分でいる中を2010年に見られたようにユーロ危機を演出するなど、狙い撃ちされやすい。ゴールデン・ウィーク前に市場が売り・買い一方方向に偏っている場合は、その動きの加速、あるいは逆の動きもあり要注意。2011年は年初来急騰していた銀相場がターゲットとなった。
▼5月:ゴールデン・ウィーク前の雰囲気が変わっていることもあるが、夏に向け米株高となる場合が多いため、ドル高が定石。本邦の年金など新規投資を始める時期でもあるので、円売り。但し2011年は震災直後ということで本邦から海外への資金流出は手控えられるであろう。
▼6月:1年の折り返し地点ということで、相場も一服。
▼7月:6月に続き大きなイベントはなく、ここまでのドル高、株高の流れを継承しやすい。
▼8月:海外は夏休みシーズンに入り、日本もお盆となるが、このお盆の時期にLTCM、サブプライムなどの経済危機が発生することも多く、ドル安のスタート地点となることが多い。
▼9月:8月にスタートしたドル安の流れを引き継ぎやすい。株価もピーク、あるいは高値から下落を始める時期。米国のデフォルトあるいは新通貨制度の発表などがあるとすれば、8月―9月の可能性が高いと個人的には考えている。
▼10月:ヘッジ・ファンドなどの中で、早めに1年のポジション(持ち高)を調整し始めるプレーヤーが出てくる。ドル安・株安継続。
▼11月:米国はサンクス・ギビング・デー(感謝祭)が後半に控えているため、ポジション調整の動きが加速。以後クリスマスまで長期休暇。
▼12月:中期以降は特に閑散。海外は休暇モードでクリスマス前後の取引はほとんどない。基本的には11月にドル売りが加速し、12月には一服。欧米企業の自国向け利益送金もあって、特にドルは底堅い展開に。12月28日より取引は活発化するので、年末年始は要注意。
端的には春に向け円安(ドル高)、秋口から円高(ドル安)というパターンとなりやすい。
・日本国で経済活動を営んでいるのは、5つの経済主体となる。それは①政府、②家計、③金融機関、④非金融法人(一般企業)、⑤民間非営利団体(NPO)。日本の場合は政府が借金をしている側で、国民がその貸し手である。それにもかかわらず、国民の借金としている点で報道はおかしい。政府が踏み倒さない限り、国民にとって資金の貸し出しは資産である。
・2002年の格付け会社の日本国債の格下げに対して、財務官が送った説明を求めるための書簡。(ま、リーマンショックで格付けが意味をなしていないことはわかっていますが。。)
(1)日米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。
(2)格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。例えば、以下の要素をどのように評価しているのか。
 ・マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国。
 ・その結果、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている。
 ・日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備高も世界最高。
(3)各国間の格付けの整合性に疑問。次のような例はどのように説明されるのか。
 ・1人当たりのGDPが日本の3分の1でかつ大きな経常赤字国でも、日本より格付けが高い国がある。
 ・1976年のポンド危機とIMF借り入れのわずか2年後(1978年)に発行された英国の外債や双子の赤字の持続性が疑問視された1980年代半ばの米国債はAAA格を維持した。
 ・日本国債がシングルAに格下げされれば、日本より経済のファンダメンタルズではるかに格差のある新興市場国と同格付けとなる。

この国の権力中枢を握る者は誰か【11年17冊目】


この国の権力中枢を握る者は誰か

<本の紹介>
日本はなぜチェルニッポンにさせられたのか。大震災・原発事故の国難につけこむ外国勢力に対応できない日本政府の政治無策を問う
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<メモ>
・福島原発の事故がいちばん危機的だった3月17日に横須賀に行ってみたら、アメリカの艦隊は一隻もいなくなっていました。ちょうど3月11日に港に入って、1ヶ月の予定で修理にかかるはずだった原子力空母ジョージ・ワシントン以下、機動艦隊が影も形もありません。アメリカは海軍。海兵隊共同で「トモダチ作戦」と称する被災地救援オペレーションを行うといっていたので、東北沖にでも向かったのかと思ったのですが、何のことはない、全部出航してフィリピン沖まで逃げてしまったのです。米韓合同演習のために来ていた空母ロナルド・レーガンが東北沖に姿を見せましたが、これも福島原発から125海里(230キロ)以内の海域には決して入りませんでした。これが日米同盟の実態です。
・核爆弾も核弾頭も必要ない。核物質があって、それを普通の爆弾に積んで爆発させれば放射能はそこかしこに飛び散る。それだけで世界は恐慌をきたす。テロの手段としてこれほど有効なものはない。今度の福島原発の事故で改めて、そういうことを世界の誰もが認識したのです。
・誰もが放射能の恐怖に怯えているという事態の深刻さを、アメリカ自身が最も強烈に認識したはずです。なぜならアメリカは世界で唯一原爆を投下した国であり、核爆発と放射能の悲惨さをよく知っているからです。9.11を持ち出すまでもなく、自分たちこそがいちばん「報復の女神」のターゲットになりうるということもわかっている。
・アメリカは日本の役人に対して硬軟両面からいろいろなことを仕掛けてきました。その一例が、研修と称するアメリカ留学です。もちろん研修の費用は全部アメリカ側の負担です。選ばれた各省庁のエリートたちは嬉々としてアメリカに行って、帰ってきたらみんな親米、アメリカのお先棒をかつぐようになっている。最近は、今までアメリカと縁のなかった検察庁の若手検事や裁判官までが研修に行くようになっています。これから指導的人物になるだろうと目される各界の人材を選んでアメリカに留学させ、親米派の知識人を養成するという戦略的な留学制度です。
・復興財源として日本がアメリカ国債に手をつけるのをアメリカが恐れている。日本政府が持っているアメリカ国債は8000億ドル前後で推移していると思われます。これは一兆ドルを超える中国に次いで世界2番目の保有高で、もし日本がこれを売りにかかったら、それでなくともデフォルト寸前の状態にあるアメリカ国債は窮地に追い込まれる。だからアメリカは日本の財務省に圧力をかけて、売らせないように画策しているのです。復興税や消費税増税の話の裏側にはこうした事情があることを忘れてはなりません。
・インドの綿花種子市場はいまやモンサントが独占しています。綿花の場合は種が取れるのですが、モンサントは自社が開発した綿花のバイオ種子の特許権を制定していて、自社のバイオ種子から収穫された綿花の種を翌年使用するのは知的財産権の侵害にあたるとして禁じています。これを侵害すれば巨額の賠償金を請求される。だからインドの綿花業者は毎年モンサントから高額な種を買わされ続けているのです。

個人でつくる電子図書館【11年16冊目】


個人でつくる電子図書館 満開佐倉文庫の試み

<本の紹介>
電子図書館運営の先達であった館主・内転儀久が、この10年の経験を集約。ネット万能時代の読書・資料収集・公開について手の内を公開する。
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<メモ>
・個人で電子図書館をつくる時代が到来した。
・郷里を離れて都会や別の地方都市に暮らす人が、郷里の図書情報を提供することもできる。自分が郷里に住んでいなくても郷里の土地勘があるし、幼友達もいるだろう。そうであれば、郷里の図書情報を提供することによって、懐かしい友達に出会えるかもしれない。電子図書館をつくって「ふるさと貢献」するのもよいだろう。
・ローカルな図書情報であっても、特定地域の図書情報を集積していけば、地理的な地域の隔たりを越えて多くの人から特定地域の図書情報を提供してもらえるという電子図書館の利用法。
・お気に入りに登録されたサイトが自分のマイ電子図書館であり、マイ情報センターになる。
・紹介する情報のうち、政治・宗教・販売の情報、プライベートな記事、また個人情報や誹謗中傷するような情報は取り上げない。ただし、テレビ番組の中で芸能人が、まちの「うまい店」として紹介した店は名前を出している。芸能人に紹介されるような店は「地域の文化」だと思っている。
・サイト内検索だけでなく時代別・領域別のデータベース化作業を続けようと考えている。何かを考えるヒントは、系統的に整理された情報の集積から生まれる。
・満開佐倉文庫情報大賞であるが、一年間、当文庫に寄せられた情報を整理し、その中から佐倉の再発見となるような情報、インパクトのあった情報、その年の情報として記録しておきたい情報を十点近く選び、情報大賞の候補とする。その中から電子司書さんと相談して、情報大賞を選んでいる。
・地域の歴史・自然・文化(それを風土といってもよい)に興味を持つことである。家の外に出て地域の風を頬に感じ、地域の史跡を訪ね、地域の食を味わい、地域の文化人と交流することである。そうすることによって、地域の図書は自ずと集まってくる。
・本に限らず情報紙、CD、DVD、記念資料、パンフレット、ポスターなどの資料があり、これらを含めて地域資料と捉えている。しかしこれらの資料は特定の人が特定の人に配るために作成したり、有料であったりして集めづらい。集められればいいですねというところである。
・読書をしながら自分の住んでいる地域が出てくる本に出会うと、思わず嬉しくなる。その本は、知らず知らずに印象に残るものである。どこかにそれを収納する箱をつくり、みんなで読書をしながら地域本を探していくのである。
・地域が小説に描かれたり、映画のロケ地に使われることはその地域に魅力があるからであると考えている。だからその魅力を多くの人に伝えたいと思う。その情報発信の手段が当文庫である。さらに、地域が描かれた作品はそのまま国語教材として、市内にある学校の国語教育にも使えるのではないかと考える。
・当文庫では、過去の書物を集めることよりも、地域の「今」を集めている。「今」は自分が生きている時代の図書情報であるから集めやすい。地域の「今」を集め、「今」を整理し、「今」を次の時代に伝えたい。「今」は、やがて歴史の一ページになる。
・Googleマイマップを使って、全国にある「佐倉」という地名情報、名称、公共施設名などを提供する。
・ウェブサイトに掲載された図書情報は、私と情報提供者が見るだけでなく、世界中の人が見ているのである。私の読書レベルが白日のもとにさらされる厳しさがあるが、それも勉強である。むしろ、「私はここまでわかりましたが、さらに詳しい本を知っている方がおられたら教えてください」という情報発信であり、受付姿勢の表明である。
・くにたち図書館では、くにたち地域資料ボランティアの方々が資料の収集、現地の調査、聞き取りなどを行い、そして議論を重ねて、レファレンスシートを作成している。
・不採用になった情報も何件かありますが、その際の館主さんの判断とその明解な解説連絡を戴くことの方が採用と同じくらい嬉しいですね。「一喜一憂」としないで「嬉々」とした次第です。

武蔵野の民話と伝説〈下巻〉【11年16冊目】

武蔵野の民話と伝説〈下巻〉

<メモ>
・多摩川溝ノ口築堤(1703年)の際には、水神の怒りを鎮め、洪水を未然に防ぐよすがとして2人の「人柱」が埋められた。
・真言宗関東三山:金剛山金乗院平間寺(川崎大師)、高尾山薬王院、成田山新勝寺。

2011年10月23日日曜日

武蔵野の民話と伝説〈中巻〉【11年15冊目】

武蔵野の民話と伝説〈中巻〉

<メモ>
・平将門の遺体は、それぞれゆかりの深い各地に分けて葬られているということだが、わかっているのは、
 神田明神の首
 湯島鳥越明神の胴
 それから、恩方力石のまさかさまの男根
 と、この3つである。あとの手や足も、どこかに祀られているものと思われる。
・八王子から横浜に通じるシルクロード(絹の道)という繭や生糸を輸送する街道があって、蚕には縁の深い地帯である。
・武蔵野の秋月―見渡す限りの萱や芒の原。ところどころにある村落と雑木林。秋から冬にかけての風物が、最も武蔵野らしい姿を見せる、とは昔の文人の言葉だが、秋の冴え渡った月光の下の、このあたりの風情は詩歌などにもいろいろと採り上げられている。
・国分寺地内で、最も古くから人が住みついたのは「恋ヶ窪」あたりだといわれている。近くには約一万年前に人類が生活していたことの証左である黒曜石の打製石器などが発掘されている。
・「昔話」をしてくれる老人が、いまは極めて珍しい。たとえ話してくれる人があっても、それを聞く側―若い世代(子供も含めて)が、それをしんから耳を傾けて聞いてくれるか、どうかだ。炉端や日向の縁で、爺さまや婆さまから「お話」を聞いた時代の子供たちとは、いまは、その受け取り方も感動のしかたも、まるで違うのである。語り手の方でも、話す興味も熱意も、あらかた喪失してしまっている人が多いようだ。

マンガとミュージアムが出会うとき【11年14冊目】

マンガとミュージアムが出会うとき

<本の紹介>
国立メディア芸術総合センター(仮称)構想にみられるように、マンガ・アニメに関する施設の設立が相次いでいる。いっぽうで、どのように展示すればよいか?という方法論は、いまだ模索の段階にある。本書は、マンガをミュージアム空間に置きなおすことで浮き彫りとなるメディアとしてのマンガの性質や、マンガを取り入れることで拓かれるミュージアムの可能性について、現場での取り組みや、ミュゼオロジーの視点をもとに考察する。
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<メモ>
・ルーブル美術館やメトロポリタン美術館が美術の「殿堂」足り得るのは、そこにしかない貴重な美術品が、きちんと系統だてて収蔵され、展示されているからにほかならない。実物がそこでしか見られないということもさることながら、人類が生み出してきた「美」の歴史的系譜の上に個々の作品が位置づけられ、目の前の作品がどんな「美」をふまえて生み出されたのか、また、ここからどんな新たな「美」が生まれたのか、展示された作品の向こう側に壮大な時間・空間を感じさせてくれるのは、そこが古今の「美」を集約した「殿堂」であるからにほかならない。
・膨大な量と多彩な内容、町中どこででもマンガにふれることができ、およそマンガに描かれていないテーマやモチーフはないと思えるほど、老若男女ありとあらゆる年代・性別や趣味嗜好に対応したマンガが生み出されているこの圧倒的なボリュームこそが、マンガの特性なのではないだろうか。
・銀行へ行けば、キャッシュディスペンサーの画面で女子行員のマンガがおじぎをする。小学校の図工の時間で生徒に絵を描かせると、人物の額に汗を描いたり吹き出しでセリフを書いたり「絵画」でなく「マンガ」を描いてしまう…。
・服を体に合わせるのではなく、体を服に合わせていただいた。
・現在は美術館に単体で展示され、鑑賞されている美術品が、かつてある建物の一室を飾る装飾品であり、その部屋の内装と合わせてこそ美を発揮していたものであったこと。さらには、その部屋で来客をあまり儀式張らずにもてなしたいと建物の持ち主が望み、その美術品を作家に発注する際にもその意向が反映されたこと。そういった事柄が、作品のそれ自身の純粋な美や、作家の内的な動機のみを追求していると見えなくなっていく。
・ドラえもんの4つの魅力。
 ・ドラえもんのパーソナリティ…ドラえもんの豊かな表情
 ・ひみつ道具…ドラえもんの人気を不動のものにした数々のアイデア
 ・ひみつ道具が作り出す不思議な空間…ドラえもんのSF的側面
 ・登場人物たちのドラマ…人間ドラマとしての「ドラえもん」
・ミュージアムとは、作品の「アウラ」を強調し、強化する空間である。そこでは芸術は、その一回性―たったひとつのオリジナルであり、複製不可能であること―によってこそ、価値を与えられている。作品をガラスケースにいれ、触ることを禁じ、そこにだけ証明を当て、そして作品と作者を賞賛する、ミュージアムとはそのような場所だ。当然、訪れる来館者も無意識のうちに、この「アウラ」に対する信奉を持っている。そしてたとえばある絵が唯一無二のオリジナルでなかったり、なんらかの複製だったりすることを知って、がっかりするのである。このように「アウラ」はミュージアムに長らく棲み続けておりおり、この空間に足を踏み入れる人は「アウラ」の幽霊にいつのまにか心を奪われる。
・来館者がジブリを知っており、かつ好きであり、自分で物語を想像できることを前提とした展示。
・世論は、一方では「日本が誇る」マンガ文化を賞賛しつつ、他方ではマンガの読みすぎであの首相は漢字が読めないだとか、アニメの見すぎが性犯罪を引き起こす、などという。
・子供向け原寸サイズにすると、子供たちははしゃいで遊びまわり、それを見ている大人は勉強できる、という二重構造ができあがる。空間を使う展示は展示室で必要なスペースや予算との対費用効果を考慮する必要はあるが、いちばん迫力がある。

アマゾン・ドット・コムの光と影【11年13冊目】

さて、更新していこう。


アマゾン・ドット・コムの光と影 潜入ルポ 躍進するIT企業・階層化する労働現場

<本の紹介>
出版業界のタブーをものともせず、急成長した要因は何か。徹底した秘密主義の裏側では何が行われているのか。元・物流業界紙編集長が覗いたネットビジネス、その裏側に広がるのは…。
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<メモ>
・「アマゾンは今後、現状の取次在庫に依存するやり方から脱却して、買い取りによる自社在庫を増やしていく。つまり、取次を中抜きすることで利益率を上げることが、書籍販売におけるアマゾンの目指す完成形だ。」本を売るという小売業から出発したアマゾンジャパンは今後、川上である出版社やメーカーへの影響力を強めていこうとしている。
・物流を見ればその企業の全景が見えてくる。
・アマゾンは、顧客が重視しているのは「品揃え」「利便性」「価格」の三つであることを突き止め、それを強化していくことに全力を挙げるようになる。
・アマゾンドットコムでは、本が擦れ合う音を聞いたり本の匂いを嗅いだりできないし、おいしいカフェラッテを飲むことも柔らかいソファに座ることもできません。ただ、そういうものとはまったく違うサービスを提供することで、訪れる人を感動させ、体験を魅力的で楽しいものにすることは可能です。
・直接人を介さないネット書店において、人のぬくもりが感じられるような書店を作る。
・ピッキング「1分で3冊」検品「1分で4冊」棚入れ「1分で5冊」手梱包「1分で1個」。ノルマとコンピュータによる監視の組み合わせこそが、アルバイトを働きアリへと駆り立てるムチの役割を果たしている。
・「今回のスピード ○.○冊/分」が毎回出る仕組み。数字を自身で確認できることが、落としたらマズイという心理を植え付けていく。
・アルバイトが考えなくていいということは、それだけ単純なミスが減るということ。
・一番大切なことは、間違った商品を送ってはいけないということ。ネットユーザーの間では、悪いウワサが信じられないくらいのスピードで広がるもの。
・書店が帯なしで本を売ったとしても法的な問題はない。アマゾンが平気で帯を捨てるのはなぜだろう。サイトからは消費者に帯のあるなしがわからないからなのか。帯がないくらいでは返品にならないと踏んでいるからなのか。それとも、アメリカの本には帯がないので、帯などは無用の長物とでも思っているのだろうか。些細なことにも思えるのだが、この帯をないがしろにするところにアマゾンという企業の一端が表れているような気がした。
・もしかしたらアマゾンに本好きはいないのかもしれない。本好きというより、コンピュータおたくの集団というのが、アマゾンという企業のある一面をあらわしているのではないかと思い始めた。
・日通は業界紙を総会屋とほぼ同列にみなし、一定の距離を保ちながらも付かず離れずの関係を続けていた。懇親会は懇親会ではなく、にらみを利かせることが目的だった。
・これまでの日本は、教育や雇用の機会が平等に与えられ、その結果として個々に差がつくという"機会平等、結果不平等"の社会であった。しかし今、その平等な機会さえも与えられなくなってきており、はじめから優劣の結果がついた"機会不平等"の社会になりつつある。
 機会不平等
・永遠に続くように思える単純作業に身を沈めていると、緊張感や集中力はすり減って、惰性に取って代わられる。同じ労働であっても、業界紙で働いていたときと比べると全く質が異なる。センターでの作業に自己実現や達成感を見出すことは難しかった。どんなに頑張っても、将来につながるものが見えてこない。
・鈍い痛みを持つ右手首。筋張った右手の指。細かい鉄片が突き刺さった掌。疲れの溜まった背の筋肉。胸やけする胃。これが僕に残されたものだ。
 自動車絶望工場
・アマゾンの場合、どれだけ長く働こうとも時給は900円のままである。アマゾンには長く働きたいと思うインセンティブが欠けている。というより、誰でもできる単純作業なので、アルバイトに長く働いてもらう必要はない、とアマゾンが考えていることのあらわれなのだろう。
・90年代以前のオールドエコノミーと呼ばれる経済成長期の大量生産・大量消費の時代において、企業には労働力を正社員として囲い込み、一生涯戦力として養っていくだけの体力とその必要性があった。しかし90年代半ばからIT企業を中心としたニューエコノミーが台頭してくると、魅力ある商品を安く提供しなければならないという市場のプレッシャーから、企業が正社員として大切にするのはごくわずかな有能な人材だけとなった。代用可能な労働力は、いつでも切り捨てることができるアルバイト、ないし派遣社員を使う。言い換えれば、単純労働者の処遇を気にかけているようでは、国際競争に勝ち残れない時代となってきたのだった。アマゾンはそんなニューエコノミーの典型的企業といえた。
・「自動車絶望工場」を買っているのは、毎年トヨタに絶望して辞めていく労働者たちではないのか。洪水のように出版される"トヨタ礼賛本"では決して取り上げられることのない労働者の悲痛な叫びの詰まったこの本を読んで、つらいのは自分だけではないんだと知る。疲れ果て敗北感にまみれた彼らの心を癒すセラピスト代わりをつとめるのがこの本であり、それが20年もの間売れ続けてきた理由ではないのか。
・日本の書籍流通は、約400社の出版社を出発点にして、およそ100社の取次を経由して、20000軒を超す書店に流れていく。
・新品よりも安い中古商品を同じサイトに載せることは、自らの商売を邪魔しているようにも見える。しかし実は、自ら商品を仕入れ顧客に届けた後で手元に残るわずかな利益よりも、第三者が顧客のもとに届けてくれて、手にする手数料の方が割がいいという計算。
・このマーケットプレイスのような手数料ビジネスに力を入れ始めたことで、アマゾンはようやく利益が上がる経営体質になったという。送料無料によってアマゾンの本業である通販の利益率が若干下がることがあっても、サイトの利用者数が増えれば、副業ながら利益率の高い第三者委託が増えるので、全体としてはプラスとなっている、というのだ。
・能力給とか成果主義といえば、頑張った人がその分報われ、能力次第で収入も増えるような給与体系のようにも聞こえる。しかし、実は働く人間の競争心を煽るだけ煽って、結局は支払い給与の総額を引き下げるための都合のいい口実にすぎないことを、すでに日本中が気づいている。
・通常、書店の取り分は本体価格の22%。直取引であれば35%程度。
・ニューエコノミーの下では、専門的能力を必要とされる職種と、マニュアル通りに働くだけで能力の向上原則不要の職種に2極化していく。前者に属する人は、若い頃から選別され専門能力をつけるよう働きかけられ、後者に属する人は、仕事能力向上の機会がないまま一生単純労働に従事するように運命づけられることになる。前者は、企業から引き留め圧力が働き、収入は高くなり、転職にも有利な条件が示される。一方、後者は、一生低賃金を強いられ、解雇・失業リスクも高くなる。
 希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く