2012年5月22日火曜日

奥多摩トレックリング#5イベントレポート!

またまた行ってきました奥多摩トレックリング#5!
いやぁ、今回も天気も気温も走りやすくて楽しかったなぁ。

参加してくれた人たちはもちろんのこと、
寄るとこ寄るとこで迎えてくれた人たちのあったかさが本当に嬉しい一日でした。^^

今回は何年来の付き合いの友人から今日初めて参加してくれて
やっとお会いできた人まで10人のみなさんが集まってくれました!
ありがとうございました!

それぞれのバックグラウンドも暮らしてきたところも様々だけど、
みんなフレンドリーで僕としては最初から最後まで安心していられましたね。^^

それでは、そんな一日をレポートさせていただきまーす。

まず集合は11:00に奥多摩駅!
青梅から乗り合わせたみんなと一緒に駅に降りた瞬間、
一歩目から胸に吸い込む空気がおいしいったらない。

ほんと新緑の奥多摩は空気が違いますね。

こういう空気の中でリラックスできちゃうと、みんなが嬉しそうで、
自然と会話が始まって仲良くなれちゃったりして。^^

そしてみんなが揃ったところで簡単に今日のイベントの説明をして、
早速トレックリングに自転車を借りに行きます。
駅から徒歩1分。近いっていいですな。

今日一日お世話になるピッカピカに整備された自転車とヘルメットを借りて、
まずは自転車の乗り方講義。今日は、中学生以来に自転車に乗るって人もいたから、
こうやってしっかりレクチャーしてもらえるのは本当にありがたかったです。^^

自転車の乗り方レクチャー@トレックリング
そしてみんなで準備体操を経て、いざ出発!

行ってきます!
今日は、まずはエミケン工房さんの新緑祭りにお邪魔しました!
このお祭り、奥多摩のモノ作り作家さんが一堂に会す、
大人から子供まで地域の人たちみんなが楽しめるイベントで、
元気にはしゃぐちびっ子たちと、イキイキしている大人たちが新緑に負けずにまぶしかったです。

 

ケンさんの人柄がエミケン工房HPの「一期一会」というコーナーを見ると
一目で伝わるかなと思うのですが、とっても気さくでいい人です。^^
僕たちも今回みんなで写真を撮ってもらえたので、いつかこの一期一会コーナーに
仲間入りできるかな~。
たくさんの人が来てたので大変そうだけど、ケンさんのHP更新が今から楽しみです。^^

そしてこのエミケン工房の裏庭には、プライベート河原が!
裏手のスペースを利用した手作りのブランコや秘密基地があったり、
ここがまた、最高に涼しくって気持ちいい素敵な場所なのでした。

 
 

いやぁ、なんだか一ヶ所目から幸先良く一緒に笑って落ち着いて話せて、
本当にリフレッシュできてしまいました。エミケンさんありがとうございました!

そして、エミケン工房を後にして、今度はお待ちかねのお昼ご飯!
森の中の一軒家カフェ、アースガーデンへと向かいます。

いざ、アースガーデンへ!
ここも橋を渡った林にひっそり佇む本当にいいロケーションにあるところで、
自然食を中心にしたメニューを楽しむことができます。^^
今回は、僕は地魚ランチを注文。

そして料理が来るまでに、みんなの自己紹介をしてみたり。
みんなの興味深い話を聞いていると、料理を待つのなんてあっという間ですね。^^

あ、キタキタ。いやぁ~、ありがとうございます。いただきます☆

体にやさしく腹ごしらえ!
このアースガーデン、6月1日からは奥多摩駅の2階でも「アースガーデンマルシェ」を
オープンされるとのこと。今からちょっと楽しみです。
山登りのお供に、ピクニックのお弁当に、ぜひぜひ寄ってってみてくださいな。^^

そしてお互いのことも少しわかって、お腹も満ちたところで自転車観光スタートです!

出発~☆
まず最初の目的地は、白丸ダムです。
ぐるぐると螺旋階段を下りていくと、、その先には魚に優しい仕掛けがあったりします。

白丸ダム入口☆
そしてひんやりとしたコンクリートのダムの中の見学を経て地上に出れば、
今度は湖の青と山の緑が広がる開放感に満たされて。^^
そんな気持ち良さを味わいつつ、ダムの上で1枚☆
奥多摩に来ました。
そんな感じで奥多摩の緑にずっと癒されながら向かった次の目的地は、シェアビレッジnosnos
シェアハウスではなく、シェアビレッジ。みんなで家を共有するのに留まらず、
村全体、地域とのつながりをみんなで共有する、そんな思いでこの活動を続ける菅原くんが
僕たちにnosnosの案内や奥多摩の良さを話してくれました。

nosnosのお庭は一見の価値あり!
いつもながら菅原くん、ありがとう!^^
そしてここでは嬉しいサプライズが!

今日の参加者には僕も含めマンガナイトのスタッフが半分くらいいたのですが、
そのマンガナイトと今年の3月に「ザ☆マンガ飯」というイベントをした
マンガ皿デザイナー・太刀川さんが全然別行動だったのにnosnosでお茶飲んでたりして。笑。

ザ☆マンガ飯!
こんなところでもつながってる人たちというのは出会うもんなんですね~。なんて。
せっかくなんでマンガ皿もちょっとだけご紹介させてもらいます。
こんな感じのお皿で食べると、いつものご飯もまた違った臨場感が出るもんですよ。なんて。^^

 
 

そして、このnosnosではシェアビレッジのメンバーに迎えてもらいながら休憩しつつ、
本の交換会なんかもしてみました。みんなで自分の読み終わったオススメ本を持ち寄って、
その本を紹介しながら自分の読んでみたい本と交換していく。

読書は1人で楽しむのもいいけれど、同じ本を読んだ人同士であとで感想を話し合うのも
楽しみ方の一つとしてあると思うので、今日はここで知り合った人同士がつながった記念に
本を交換して、また次に会ったときはその本の話ができるようになってる。
そんな風になってったらまた奥多摩に来る楽しみも増えるだろうし、本でつながる
人と人っていうのも素敵だなぁと、そんな「耳をすませば」作戦を企ててみたのでした。^^

ちなみに僕は、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を持って行きました。
多摩で読む、多摩に縁のある人の本っていうのもいいのかなと。^^

そんな感じでいい出逢いのあったnosnosでゆっくりして、
最後にみんなで写真を撮って次に向けて出発したのでした。

ありがとうnosnos!
っと、ここまでで大分今日は時間を使ってしまったので、
ここからは一気に大自然を満喫しながら下ります。^^

ながーい下り坂をまったくこがずに下ってみたり、線路沿いのゆったり走れる小道を
おしゃべりしながら走ったり、時には景色のいいとこで休憩を楽しんだり。^^

たくさんいい景色があったんだけど、ゴメンナサイ、
今日は写真撮るの忘れるくらい気持ち良く走ってました。笑

思い思いにサイクリングを楽しみながら、海禅寺を経て一気に青梅駅前まで
駆けてった先に今日はちょっと寄ってみようと思ってたとこが一つありました。

青梅の駅前にあるという噂のにゃにゃまがり通り。

元々は七曲がり通りだったそうですが、いつの頃からかネコを集めた
「にゃにゃまがり」になったそうで、その名の通りにネコだらけの道を
ゆっくり歩きながら、たくさんのネコに会うことができました。^^

 
 

そして、青梅の駅からレトロな街並みをゆっくり見学がてら走りつつ、河辺の駅前の
トレックリングのゴール地点、自転車コーキ屋さんへ。

到着~☆
自転車を返却して、最後にみんなのちょっと疲れた集合写真。笑

ちなみに本日の奥多摩~河辺までのコースはこんな感じでした。
みなさん長旅おつかれさまでした~☆

 

さぁ、自転車を返したあとは、第2幕。お待ちかねの温泉タイムです。^^
河辺駅そばの梅の湯で、ゆっくり今日の疲れを癒しましょ~☆

温泉でのんびり。^^
そして温泉でゆっくり裸の付き合いを楽しんだあとは、
ポカポカした体に水を飲むのをちょっとだけ我慢!
最後は河辺イチ(コーキさん談w)の居酒屋、「今(コン)」にて打ち上げです!^^

今日の一日の思い出を話したり、趣味談義に興じたり、
今度はこんなこともしてみたいね!なんて話を聞かせてくれたり
いい気分でワイワイと飲んでました。^^
いい顔してんなぁほんと。笑
運動して、温泉入ってお酒まで飲んでしまうフルコース☆
これもレンタサイクルならではの楽しみ方なんじゃないかなと。

そんなこんなで今回もいい自転車旅行になりましたとさ。
参加してくれたみなさん、どうもありがとうございました!
またぜひぜひ一緒に遊びましょ~☆^^


◆参加者アンケートより抜粋◆

―参加してよかったこと、満足できた点を教えてください

「久しぶりに乗った自転車の楽しかったこと楽しかったこと!ちょっと遠出しただけなのに、本当に遠くへ来てしまったかのような緑の凄さと風の気持ちよさに感動しました!ジェットコースターが大好きなので、そんなスピード感もステキでした。あと、参加者さんが皆さん話しやすい方ばかりでずっと笑って過ごせて良かったです。」

「初めて会った人達も含め、参加者の方々と少し仲良くなれた気がします。嬉しかったです。」

「ゆるやかな登り坂などいろいろなコースを走れたこと。事前にストレッチがあったのも安心でした。人数多くて大丈夫かと思いましたが、全員で走れて楽しかった。青梅の「猫通り」もよかった。一人なら絶対に行かないから。」

「素晴らしい方々に出会えたこと。ダムやシェアハウスなどの寄り道で、よい体験ができたこと。」

「きちんと運動できたこと。新しい人のつながりを持てたこと。東京近郊の自然を見直すことができたこと。」

「ゆったり回るプランで快適だったこと。ちょうど良い人数構成で初対面同士でも話がしやすかった点。特に書籍のexchengeタイムが良いコミュニケーションのきっかけになりましたね。経由したスポットもバランスが良く、タイムスケジュール含めよく練られていると感じました。あっという間の一日だったように思います。」

「奥多摩の大自然の中を風を切って走り、ステキな人々と触れ合い、露天風呂に浸かり、最後に美味しいお酒を飲み交わし、言うことなしです!!」

「10年振りに河原で水切りをすることができたのが大満足です(笑)。あとは、前回行けなかった『ビストロ今』に行けたのも嬉しかったです。シェアビレッジも面白かったです。」

「一人では気づかなかった楽しみかたを知ったことですかね。寄り道の大切さっていう感じ。」

「ゆったりとした時間の流れの中で、自然からパワーをもらえた感じがよかったです。」

◆◆

2012年5月10日木曜日

論より走行!奥多摩トレックリング#5のお知らせ



こんにちは、最近は天気がいい日は
多摩中を自転車で走り回ってるきじです。

タマケン(多摩・武蔵野検定)っていうのがあるのを知って、
勉強しながら、実際に巡ってみたりしてるのが楽しかったり。
http://www.tamakentei.jp/

そしていよいよ#4も終えたので、
奥多摩トレックリング#5の告知も初めてみようかなと。

第5弾は、5/20(日)にやりますので
これまで来れてなかったみなさん、よかったら来てくださいな!

新緑の森林浴。ふかーく息を吸って、吐いて。
これを贅沢だな~と思うのは僕だけじゃないハズ。

ちょうどこの5/20は、奥多摩駅からも近くの注文家具エミケン工房という所で
「新緑祭」というイベントがあって、いろんな作家さんの展示とワークショップ、
それとちょっとしたカフェやっているそうなので、そこにもお邪魔してみようかなと。

≪第六回 氷川城例祭 エミケン新緑祭り!!≫
http://www.emiken.com/osirase/rireki/renraku/2012/r20120519.html

10人くらいの、みんながみんなと話せるくらいの人数感で、
奥多摩から青梅までのながーい渓流沿いの下り坂を走りながら、
おいしいもの食べたり、ちょっとした観光してみたり。

ちなみに、過去にまわったコースはこんな感じでした。
5/5(土)#4イベントレポート
3/24(土)#2イベントレポート

せっかくちょっと遠出をするなら、
単に名所を見て回るだけじゃなくて、
その土地にいる人たちと少し接点ができたりするのも
嬉しい思い出になったりするんじゃないかなぁと、
そんなことも考えたりしてます。

体力に自信がなくても、普段自転車乗ってなくても大丈夫。
トレックリングでは電動自転車も借りれるし、それにほとんど下り坂だから
あんまりこがなくても乗ってればつきます。
トレックリングHP:http://trekkling.jp/

自転車を青梅(正確には河辺)で返したあとは駅前の温泉に入って、
時間のある人は飲みにいきましょう。
自転車は返しちゃってるしお酒飲んでも大丈夫!^^v
その日の話をしながらおいしく飲めるんじゃないかな~と。

手軽さ、自由度、気持ち良さ、コストパフォーマンス、
いろんな面で無理がないこの奥多摩トレックリング。

みなさんの参加をお待ちしてまーす。

■日時:05/20(土) 11:00 - 19:00
■集合:11:00 JR奥多摩駅前
■費用:3000円+レンタサイクル代※
     (参加費1000円+昼食+温泉)
 ※レンタサイクルは、車種や電動あり/なしで2000円~3500円と
   レンタル料に幅があります。自分の体力に合わせて選んで欲しいので、
   実費でお願いします。
   レンタルできる車種:http://trekkling.jp/howto_rent.html#type
 ※輪行で自転車持ってきてもらっても大丈夫です。
■スケジュール:
 11:00 JR奥多摩駅集合、自転車選んで準備運動(大事)
 11:30 いざ出発~
 12:00 エミケン祭り入城~アースガーデンでご飯
 13:30 再出発~
 14:30 途中でどこによるかは考え中。リクエストあればぜひ。笑
 17:00 到着~さぁて温泉「梅の湯」へ!
 19:00 乾杯!梅酒も飲んどきますか。
 21:00 解散~おつかれさまでした!
■体力レベル:
 初心者向け
■人数:多くても10名程度
■持ち物:
 ・自転車用の手袋があると安心です。
 ・あと途中の水分補給に水は手持ちであるといいかと。
 ・あればカメラ。撮りたくなる景色がいっぱいあります。
 ・山の天気は変わりやすいので、カッパもあれば安心。
 ・そうそう、リュックは雨降ると後輪の泥除けにもなるのでいいかも。
 ・温泉後の着替え。
■レンタルできるもの
 ・自転車
 ・ヘルメット
 ・温泉のタオル
■注意点:
 ・動きやすい服装でお願いします。
 ・前日17時の天気予報で雨の確率が50%を越えている場合、中止とします。
■参加連絡:
 ・僕まで直接メッセージください。 kijimasashi{@}gmail.com
  あと参考までに参加連絡の際に、普段どの程度自転車に乗っているかも
  合わせて教えてもらえると嬉しいです。

5/10現在、既に6名の方に参加表明いただいてます。
マンガナイトを運営してる仲間たち、過去に参加してくれたリピーター、
一緒に富士山登ったり箱根駅伝を走った仲間、、今回も楽しくなりそうです。^^

あと4名、ご検討よろしくお願いしまーす。

2012年5月6日日曜日

奥多摩トレックリング#4イベントレポート!

5/5(土)超快晴の下、奥多摩トレックリング#4を開催してきました。

いやぁ、やっと晴れました。
これまで3回企画して、2回雨で中止。
あとの1回は開始直後に雨に降られて、その後晴れても路面が濡れていたので
はねっかえりでビショビショ。

それでも楽しかったって言ってもらえてたから良かったけど、
早く晴れた天気の下で走ってみたいと思ってた中でようやくの晴れでした。
ほんっとよかったー。

で、今回はGW中にも関わらず、5名の方が集まってくれて。
ありがたいことです。

というわけで超快晴の下、気分上々で奥多摩駅に向かったのですが、、

なんだなんだ今日はすごい人でした!

いつもは車両に10人前後の4両編成の青梅線奥多摩行が、
満員電車と間違うほどの混雑ぶり!

やっぱりみなさん晴れるの待ってたんでしょうね。
家族連れも、友達同士も、年配の方たちもたくさん。
でもこの世代を選ばないフトコロってのも奥多摩の魅力なんだろな~とか思います。^^

そんなこんなで駅について、揃ってきたみなさんをお互いに紹介しながら
簡単に今日の流れの説明と、注意点の確認。
普段自転車に乗ってない人はもちろん、
乗ってる人もいつもと違う自転車に乗ると感覚違ったりしますからね。
あと団体ならでは走り方もあるので、その辺をね、簡単にね。

そして、トレックリングのお店に行って、借りる自転車とヘルメットを選んで、いざ出発!
トレックリングでは自転車を単に貸すだけじゃなくて、初心者向けにサドルの高さ調節や
ギヤチェンジの方法他のレクチャーもしてくれるから、連れてく方としても安心です。笑

一通り準備ができたところで記念写真を一枚。いざ、出発です。

店舗前で記念撮影☆

出発後最初に向かったのは、数馬の切り通しトンネルを通っての白丸ダム

ダムの入口。ワクワクしますね。

この先には何があるでしょうか。。。それは来てからのお楽しみ。笑
無料で見学できるので、奥多摩来た際にはぜひ立ち寄ってみるといいと思います。^^

そして、圧巻だったのはダムの外!
ダムにかかる橋の上に出てみると、昨日の雨での増水もあってか大放水!!

白丸ダムの大放水!

すごい勢いで水が飛び出して来てて、ダムの造りの頑丈さを思い知らされた一幕でした。
虹もちょっと出てて、晴れて日射しは強いのに涼しい空間でした~。^^
そして景色を見渡せば、新緑と青空のコントラストが素晴らしい!
これでテンション上がらない人っているのかな。。。

これぞ奥多摩!って感じの一枚。

そして白丸ダムを後にして、一路鳩ノ巣駅そばのシェアビレッジnosnosへ。
先日より多くのメディアで取り上げられてるところです。

読売新聞 奥多摩の空き家、共有別荘に
All About 奥多摩の空き家をシェア-地元企業が会員制サービス、若者層狙う
西多摩経済新聞 奥多摩の空き家をシェア-地元企業が会員制サービス、若者層狙う

今日ここに行くことにしたのは、今日の奥多摩トレックリングの参加者の1人に
全国で「まちライブラリー」を展開する磯井さんが来てくれていて、
僕は彼の大ファンなんですが、そのまちライブラリーがこのnosnosにもあるんです。
それで見に行ってみようということで、足を運んでみました。
ちょうど菅原くんもいて、快くnosnosの案内を買って出てくれました。
菅原くんありがとう!

nosnos正面入口。
庭では藤棚が見事でした。
nosnosの広間でしばしの休憩を取りつつ、まちライブラリーを見学。
予想以上にしっかりした作りに驚きと喜びとを一緒に感じました。^^
ここにある本はほとんどが隣に住むHさんの寄贈した本らしいですが、
これからちょっとずつ増えていくといいですね。^^
僕も記念に、「木嶋蔵書」の蔵書印を押印した一冊を寄贈させてもらいました。
上棚中央の「柳橋物語」です。
ジブリ作品として企画されながらも残念ながら作品にはならなかった、
幻のジブリ物語といってもよい、江戸の時代のお話。
よかったらnosnosで見つけてみてくださいな。^^

まちライブラリー@nosnos
nosnos会員は年間6万円で、何度来ても一泊500円の破格でこの広々古民家に泊まれます。
よかったら下見も、菅原くんに紹介もできるので、興味のある方は教えてくださいネ。
僕は、会員になってみようかなとか思ってます。一緒に自然の中で遊べる方募集中です。

ちょっとした休憩後、菅原くんが「ぜひ見せたいところがある」って案内してくれる
オススメスポットへ行ってみることにしました。
nosnosから坂を登って数分、着いたところは少し開けた川辺の広場。
BBQをしたり、アウトドア読書をしたり、ここもいろいろ使えそう。^^

 

ほんと気持ちいいって言葉以外が見つからない場所で、
しばらくいたら立てなくなる人も出てきそうだったので、
一息着いたとこで菅原くんたちと別れて次の場所に向かいました。
いや~でもnosnosもここもまた絶対来るな。そんな確信を持ちました。^^

で、そろそろお昼もいい時間ということで、次にやってきたのは
鳩ノ巣駅から坂を降りてすぐのとこにある喫茶店、山鳩。
実はここにもまちライブラリーがあるのです。^^

鳩ノ巣駅そば、山鳩
ここもすごく良かったなぁ。山小屋風の店内の静かな雰囲気。
写真の通りメニューが木箱に入っていたり、ちょっとした演出が随所に。
ここで、まちライブラリーの仕掛け人、磯井さんに奥多摩でのこれまでの活動の話とか、
他の地域での話とか聞かせてもらいながら食べるハヤシライス、おいしかったです。^^

 

そして元気を回復したみなさんに、絶景の山道小道をご案内。

ここからは一気に下ります。

もちろん、景色のいい場所でちょっとずつ休憩を取りながら、ですね。
目的は早く降りることじゃなくて、この奥多摩の自然を満喫してもらうことですから。^^

 

途中、これまで企画しつつも寄れていなかった吉川英治記念館に寄ってみました。
今回は読書が好きな人たちが集まっていたので、吉川英治もなじみが深かったようで、
ゆっくり味わってくれていたのが一ファンとして嬉しかったですね。
ちょうど4/28~7/1にかけての「吉川英治没後50年と吉川英治記念館35年の歩み」展が
始まったばかりで、いつもは入れない資料室も開示されてました。

英治邸・縁側にて。
最後は、奥多摩トレックリングでは渓流と触れあえる最期の地、釜の淵公園へ。
さすがにあれだけの白丸ダムの大放水もあり、いつもの3割増し~5割増しくらいには
増水していましたね。それにしても水辺と自転車は相性がいい!
渓流沿いにかかる橋の上はその空間だけ常に涼しくて、何度も天然の冷蔵庫に
涼をもらいながらのサイクリングでした。^^

釜の淵公園にて。
釜の淵公園を後にして、河辺の自転車コーキ屋にて自転車を返却。
いっつもゴキゲンなスタッフのみなさんの笑顔に疲れが回復する気がします。
いつもありがとうございます。^^

本日は奥多摩~河辺までこんなコースで下ってきました。
詳しいナビはコチラをご覧くださいな。^^


さぁ、疲れた体にお待ちかねです。
温泉からの乾杯!の時間です。

まずは自転車コーキ屋からすぐの梅の湯にて心身を癒す。
日本人で良かったと思う瞬間。そして本音でゆっくり語れるいい時間。

温泉ターイム♪
そして最後は乾杯!自転車コーキ屋ご主人、コーキさん曰く「河辺イチ!」オススメのBitro今へ。
ここは、本当になんでもおいしいです!料理全部食べてみたかったくらい!

河辺イチ!Bistro今。
そんな感じで気持ちよーく酔っぱらいまして、
一日を遊び尽くし、奥多摩を味わい尽くした2012年のこどもの日でした。

ちゃんちゃん。^^


◆参加者アンケートより抜粋◆

―参加してよかったこと、満足できた点を教えてください

「奥多摩の自然に触れ合えた。都心からそんなに離れてないのに豊かな自然にお目にかかれて東京の良さを再確認出来た。あと、地元の方々がみんなとても温かだったのも印象的でした。」

「前回途中で降りてしまった坂を登れたこと。運動したなと思えたこと。」

「自然環境・訪問地と人!メシと酒席!天候と現地集合までの旅程!リーダーのコース先導!自転車に乗りながも、ボーっとできる時間が比較的多いコースだったこと、等。」

◆◆

2012年4月26日木曜日

論より走行!奥多摩トレックリング#4のお知らせ




こんにちは、きじです。

奥多摩トレックリング、もう上着のいらない日もあったりで
いよいよシーズン到来って感じですな!

そんなわけでまたまた企画していきます。
第4弾は、5/5(土)の大きな子どもの日にやることにしました!

これまでの奥多摩トレックリングに参加してくれた人はもちろん、
来れなかった人もぜひぜひ来てくださいな~☆

「奥多摩の一番いいシーズンは?」って奥多摩の人たちに聞いてみると、
誰もが口を揃えて「新緑でしょ!」「新緑が気持ちいいよ~。」って
オススメしてくれます。

僕自身、そんな新緑の奥多摩を走ったことがないのですごく楽しみだし、
そこまで言わせるナニカをぜひ感じてみたいなぁ、とか思ってます。^^

10人くらいの、みんながみんなと話せるくらいの人数感で、
奥多摩から青梅までのながーい渓流沿いの下り坂を走りながら、
おいしいもの食べたり、ちょっとした観光してみたり。

ゴールデンウィークでも帰省しない仕事頑張るつもりの人たち、
渋滞とか人混みの苦手な人たち、1日くらい、のんびりと一緒に走りませぅ。

体力に自信がなくても、普段自転車乗ってなくても大丈夫。
トレックリングでは電動自転車も借りれるし、それにほとんど下り坂だから
あんまりこがなくても乗ってればつきます。
トレックリングHP:http://trekkling.jp/

自転車を青梅(正確には河辺)で返したあとは駅前の温泉に入って、
時間のある人は飲みにいきましょう。
自転車は返しちゃってるしお酒飲んでも大丈夫!^^v
その日の話をしながらおいしく飲めるんじゃないかな~と。

自分が10年やってきたいろんな企画の中でも
手軽さ、自由度、気持ち良さ、コストパフォーマンス、
いろんな面で無理がない「やってるこっちも気持ちいい」企画になってます。笑

ちなみに前回のコースはこんな感じでした。
http://yahoo.jp/Ms3m41

ではでは何はともあれ「論より走行!」、みなさんの参加をお待ちしてまーす。

■日時:05/05(土) 11:00 - 19:00
■集合:11:00 JR奥多摩駅前
■費用:3000円+レンタサイクル代※
     (参加費1000円+昼食+温泉)
 ※レンタサイクルは、車種や電動あり/なしで2000円~3500円と
   レンタル料に幅があります。自分の体力に合わせて選んで欲しいので、
   実費でお願いします。
   レンタルできる車種:http://trekkling.jp/howto_rent.html#type
 ※輪行で自転車持ってきてもらっても大丈夫です。
■スケジュール:
 11:00 JR奥多摩駅集合、自転車選んで準備運動(大事)
 11:30 いざ出発~
 12:00 蕎麦でも食べますか。
 13:00 再出発~
 14:30 途中でどこによるかは考え中。リクエストあればぜひ。笑
 17:00 到着~さぁて温泉「梅の湯」へ!
 19:00 乾杯!梅酒も飲んどきますか。
 21:00 解散~おつかれさまでした!
■体力レベル:
 初心者向け
■人数:多くても10名程度
■持ち物:
 ・自転車用の手袋があると安心です。
 ・あと途中の水分補給に水は手持ちであるといいかと。
 ・あればカメラ。撮りたくなる景色がいっぱいあります。
 ・山の天気は変わりやすいので、カッパもあれば安心。
 ・そうそう、リュックは雨降ると後輪の泥除けにもなるのでいいかも。
 ・温泉後の着替え。
■レンタルできるもの
 ・自転車
 ・ヘルメット
 ・温泉のタオル
■注意点:
 ・動きやすい服装でお願いします。
 ・前日17時の天気予報で雨の確率が50%を越えている場合、中止とします。
■参加連絡:
 ・facebookのイベントページ上で参加ボタンを押してもらうか、このページでコメント、
  もしくは僕(kijimasashi{@}gmail.com)まで直接メッセージください。
  あと参考までに参加連絡の際に、普段どの程度自転車に乗っているかも
  合わせて教えてもらえると嬉しいです。

ではでは、前回はあっという間に14人集まってしまったので、
興味のある方が早めに連絡お願いします。^^

お待ちしてまーす。

2012年3月25日日曜日

奥多摩トレックリング#2イベントレポート!

さてさて、行ってきました噂の奥多摩トレックリング!

3/10に#1を、青梅の梅が咲き乱れるのを逃すものかと勇んで企画してみたけれど、
当日大雨&梅なんて全然咲いてなくて、すっかり空振りでした。あは。
むしろ、雨降ってくれてラッキー的な。。

そして、一息着いたこの3/24(土)、リベンジということで
待ちに待ったトレックリングを使った奥多摩探検ツアーをやってみました。^^

当日は奥多摩駅集合。
何度来ても、独特の駅舎が遠くに来た感を感じさせてくれます。^^
奥多摩駅の駅舎
今日の参加者は8人!
僕のイベントに来たことがある人たちばっかりとはいえ、初めてやるサイクリングツアーでおもしろいかわからないのにこんなに集まってくれるなんて、嬉しかったですね。ありがとうございます。


出発前の一枚!
そして出発!
まずは、みんなで揃ってご飯でも、ということで今日はトレックリングのお店で紹介してくれた森のカフェ・アースガーデンに行ってみることにしました。

アースガーデン入口!
いい雰囲気☆
僕は、ここで「手打ち麦切り 麦飯セット」を注文。どのメニューもおいしそうです。
ちなみにこの麦切りとは、アースガーデンの麦切りを作ってくれている蕎麦太郎さんによると「蕎麦にあらず、うどんにあらず、独特のノド越しをもった古の新商品です。」とのことでした。とにかく一回食べてみると、すっきりしたおいしさに箸が止まらず、ハマりますよ。^^

麦飯セット!
そしてみんなで自己紹介とかしながらご飯を食べていると、、なんと通り雨が降ってきました。
そんなわけでちょっと雨宿りに長居させてもらって、雨をやり過ごしてから再出発!
(過ぎてくれて良かった~)


晴れ間が見えてきました!^^
雨上がりで若干路面は湿っているものの空気のとっても澄んだ奥多摩を、渓流の音をBGMにしながら下っていきます。
今回は、普段自転車にそんなに乗ってない人もちょこちょこいたので休憩も多めにゆっくりめで。
せっかく来てくれた奥多摩の自然に溢れた景色を楽しんで欲しかったので、「わーい」「いぇーい」「気持ちいい~」って声が先導している後ろから聞こえてくるのはなんとも嬉しかったです。^^

 

 

そして今日の目的地、吉野梅郷・梅の公園に到着。

なぜここに来たかったかと言うと、一昨年、青梅市のウメで、日本で初めてのプラムボックス病感染が確認されました。

ヒトへの感染はないですが、調査の結果感染の恐れのある梅の木を一斉に切り倒すことになった、とのことです。

その前に、関東一とも言われる梅の地に、一番いい季節に来てみたかったんです。
まだ5分咲きってことだったけど、やっぱり揃うと貫禄ありますね。
こんなにたくさんの梅が見られるところがあるなんて知りませんでした。
みんな時間を忘れて梅に見入って、写真撮ることに夢中になってましたね。^^

 
 

そして、今回梅の公園に寄って嬉しかったことに、公園近くの駐輪場の場所がわからなくて困っていたら、入口のすぐそばにお住まいの方が「うちに停めて行きなよ。」って言ってくれて。
お言葉に甘えて置かせてもらった帰り際、お礼を伝えたら「お茶でも飲んでく?お菓子もあるから食べていってよ。^^」って。

「大丈夫です、大丈夫です、置かせてもらえただけでほんとにありがたいです。」って言っても全然聞き入れてもらえず、、みんなでごちそうになってしまいました。はは。
それで「奥多摩から自転車で降りてきたんです。」って話をしたり、「梅ならここもいいけど明白院もいいよ。行ってみなよ。」って教えてくれたり。

なんか、こういうやりとりが旅の醍醐味というか、なんとも幸せなひと時を過ごせたのでありました。本当にありがとうございました。

そして、一息ついてお暇して、次はせっかくなので目指すは明白院!
ここのしだれ梅も一見の価値ありでした。
しだれ桜はたまに目にするけれど、しだれ梅ってのはそうそう見ないなぁと。
噂の明白院のしだれ梅!
そしてここまで来ればもうゴールまでは一息!
少し疲れの見えてきたみんなを引き連れて、一気に河辺の駅まで自転車こいで降りていきました。

奥多摩で自転車を借りたのが12時、河辺で返したのが17時。
約5時間の自転車旅行はあっという間だったけど自転車ならではの自然に触れ合う、人と触れ合う時間が新鮮だったかなと思います。

ちなみに、今回のコースはこんな感じでした。

最後は、河辺駅の駅前にある梅の湯でゆっくり疲れを癒して、乾杯!
みんなで気持ちよく酔っ払って帰りましたとさ。^^

いやぁ、楽しかった~。
参加してくれたみなさんおつかれさまでした!
また一緒に走りましょう~!^^

◆参加者アンケートより抜粋◆

―参加してよかったこと、満足できた点を教えてください

「参加して良かったのは、奥多摩という場所に行って気持ちのいい道を走れたことです。ランチの場所、休憩のペース配分、いざというときのヘルプを出せる人がいること、最後の温泉など初心者が参加しやすいものでした。適度な運動(私にとっては)になり、観光も出来て、次も来たいと思える場所に出会えました。
乗りやすい自転車を貸していただけたうえ、サドルの調整(疲れたらあげるといいなど)、ギアの使い方も教えていただいたので助かりました。あと、ヘルメットのレンタルはすごく助かりました。」

「自転車の楽しさを垣間見れたこと!景観も抜群で、特に下っている時は最高に気持ち良かったです!」

「参加してよかったことは、友だちが増えたこと。満足したのは、完走できたこと。」

「色々な業種の人が居て面白かった。人数も丁度良い位。」

「最近もやっとしていた事がスッキリしました。」

「今まで自転車は乗れればいいやって感じだったけど、こだわりを少し持てば楽しめる事に気が付きました。」

「奥多摩の自然を堪能できたことと、美味しいごはんが食べられたこと。そしてなんといっても気持ちよく温泉につかれたことです!」

◆◆

2012年3月18日日曜日

論より走行♪奥多摩トレックリング!#2[リベンジ]



こんにちは、きじです。

あ~め~ふりぃ~♪バ~ス~停ぃ~♪
先週の土曜日は雨でした。昨日の土曜も雨でした。
やれやれだぜ。3月は天気がなかなか安定しないみたいですね。

先週、奥多摩トレックリングを企画してたんですが
その雨で中止せざるを得ずでした。
ただ興味を持ってくれる人はかなりいて
「どっかでリベンジしたいな~」と思ってたんで、
直近ですが来週末空いてる人っています?
もしいたら、一緒に奥多摩走りませんか~?

実は、先週から日程ずらしたことでいいこともあるんです
青梅の梅の開花が今年は遅れてるみたい。
現在の開花情報:http://www.omekanko.gr.jp/ume/kaika/

先週の時点で開催してたら「ほとんど見れなかったろうね」って
現地の人には言われちゃいました。たは。^^;
来週はちょうど見頃になるそうなんで、それ聞いたらね、
準備期間が必要とか言ってられないなと。よかったらぜひ

そんなわけで、もっかいお誘い文載せさせてもらいます。
ゆるーく走るんで、興味ある人はご一緒しませぅ☆^^

>>>
自然が好きな方、多摩が好きな方、自転車が好きな方、
それと、運動不足なあなた。お待たせしました!

そろそろ寒い冬も過ぎて、あったかくなってくるのかなってことで
今年最初の自転車企画、奥多摩トレックリングをやってみようと思います。

去年、友人の始めた奥多摩から青梅までのながーい下り坂を利用した
レンタサイクル「トレックリング」を使って、
奥多摩~青梅の渓流沿いを気持ちよく自転車で走りながら
おいしいもの食べたり、ちょっとした観光してみたり。
そんな一日もいいかなぁなんて考えてます。
トレックリングHP:http://trekkling.jp/

体力に自信がなくても、普段自転車乗ってなくても大丈夫
トレックリングでは電動自転車も借りれるし、それにほとんど下り坂だから
あんまりこがなくても乗ってればつきます。

自転車を青梅(正確には河辺)で返したあとは駅前の温泉に入って、
時間のある人は梅酒でも飲みにいきましょう。
自転車は返してるから大丈夫!^^v
運動してるし、きっとおいしく飲めると思います。

東京の梅を堪能できる残り少ない期間(※1)、
一度くらいそんな一日を過ごしてもいいのかなと。

長年愛されてきた関東一の梅の里での梅づくし。
年度が変わる季節がら、桃園の誓いならぬ梅園の誓いなんてのも
いいのかもしれないですね。^^
ぜひ気軽に参加してもらって、一緒に見れたら嬉しく思います。

奥多摩、いいっすよ。

東京にもこんなに自然があったのかってびっくりしてもらえるんじゃないかと思います。
まぁ、ここでどれだけ語るより、「論より走行!」です。

一緒に遊びましょ。お待ちしてまーす。

■日時:3/24(土) 11:00 - 18:00
■集合:11:00 JR奥多摩駅前
■費用:2000円程度(昼食+温泉)+実費でレンタサイクル代
   ※レンタサイクルは、車種や電動あり/なしで料金が1500円~3500円と
    レンタル料に幅があります。自分の体力に合わせて選んで欲しいので、
    実費でお願いします。
    レンタルできる車種:http://trekkling.jp/howto_rent.html#type
   ※輪行で自転車持ってきてもらっても大丈夫です。
■スケジュール:
   11:00 JR奥多摩駅集合、自転車選んで準備運動(大事)
   11:30 いざ出発~
   12:30 蕎麦でも食べますか。
   13:30 再出発~
   15:00 吉川英治記念館、梅の公園観光
   16:30 再々出発~
   18:00 到着~さぁて温泉「梅の湯」へ!
   19:00 乾杯!梅酒も飲んどきますか。
   21:00 解散~おつかれさまでした!
■人数:多くても10名程度
■注意点:
  ・動きやすい服装でお願いします。
  ・前日17時の天気予報で雨の確率が50%を越えている場合、中止とします。
■参加連絡:

  ・facebook上で下記ページの参加ボタンを押してもらうか、僕まで直接メッセージくださいな。
   facebook: http://www.facebook.com/events/188905517880237/
   mail: kijimasashi{at}gmail.com  ※{at}⇒@に変換お願いします。

※1:
一昨年、青梅市のウメで、日本で初めてのプラムボックス病感染が確認されました。
http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/keneki/090408.html
ヒトへの感染はないですが、調査の結果感染の恐れのある梅の木を
一斉に切り倒すことになった、とのことです。

2012年2月28日火曜日

論より走行♪奥多摩トレックリング!




こんにちは、きじです。

久しぶりだなぁ、投稿するの。

自然が好きな方、多摩が好きな方、自転車が好きな方、
それと、運動不足なあなた。お待たせしました!

そろそろ寒い冬も過ぎて、あったかくなってくるのかなってことで
今年最初の自転車企画、奥多摩トレックリングをやってみようと思います。

去年、友人の始めた奥多摩から青梅までのながーい下り坂を利用した
レンタサイクル「トレックリング」を使って、
奥多摩~青梅の渓流沿いを気持ちよく自転車で走りながら、
おいしいもの食べたり、ちょっとした観光してみたり。
そんな一日もいいかなぁなんて考えてます。
トレックリングHP:http://trekkling.jp/

体力に自信がなくても、普段自転車乗ってなくても大丈夫。
トレックリングでは電動自転車も借りれるし、それにほとんど下り坂だから
あんまりこがなくても乗ってればつきます。

自転車を青梅(正確には河辺)で返したあとは駅前の温泉に入って、
みんなで飲んじゃいましょう。自転車は返してるからビールも飲める!^^v
運動してるし、プラマイゼロでもいいでしょう!笑

個人的には去年から奥多摩来て下見(兼遊び)走行は何度もしてるけど、
自転車の良さは「行き当たりばっちり」なとこだったりもするんで、
あんまり詳細なコース設定はしないつもりです。

ただ、今回この3月に設定した理由が一つあります。

それは、この時期を過ぎると、青梅の梅がなくなってしまうこと。

一昨年、青梅市のウメで、日本で初めてのプラムボックス病感染が確認されました。
http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/keneki/090408.html

ヒトへの感染はないですが、調査の結果感染の恐れのある梅の木を
一斉に切り倒すことになった、とのことです。

長年愛されてきた関東一の梅の里が見おさめになるかもしれない。
その前に、自分の目で一帯に広がる梅の美しさを、香りを覚えておきたい。
だから今回は、この梅まつりをしている時期に合わせました。
すごく混んでるかもしれないけど、それでもいいよ~って人は
ぜひ気軽に参加してもらって、一緒に見れたら嬉しく思います。

奥多摩、いいっすよ。

東京にもこんなに自然があったのかってびっくりしてもらえるんじゃないかと思います。
まぁ、ここでどれだけ語るより、「論より走行!」です。

一緒に遊びましょ。お待ちしてまーす。

■日時:3/10(土) 11:00 - 18:00
■集合:11:00 JR奥多摩駅前
■費用:2000円程度(昼食+温泉)+実費でレンタサイクル代
※レンタサイクルは、車種や電動あり/なしでレンタル料に1500円~3500円と幅があります。
自分の体力に合わせて選んで欲しいので、各自の実費でお願いします。
レンタルできる車種:http://trekkling.jp/howto_rent.html#type
※輪行で自転車持ってきてもらっても大丈夫です。
■スケジュール:
11:00 JR奥多摩駅集合、自転車選んで準備運動(大事)
11:30 いざ出発~
12:30 蕎麦でも食べますか。
13:30 再出発~
15:00 吉川英治記念館、梅の公園観光
16:30 再々出発~
18:00 到着~さぁて温泉「梅の湯」へ!
19:00 乾杯!梅酒も飲んどきますか。
21:00 解散~おつかれさまでした!
■人数:10名程度
■注意点:
・動きやすい服装でお願いします。
・保険とか入ってないので、自己責任でお願いします。
・前日17時の天気予報で雨の確率が50%を越えている場合、中止とします。
■参加連絡:
・facebook上で下記ページの参加ボタンを押してもらうか、僕まで直接メッセージくださいな。
facebook: http://www.facebook.com/events/188905517880237/
mail: kijimasashi{at}gmail.com  ※{at}⇒@に変換お願いします。

2012年1月14日土曜日

本「中央線なヒト 沿線文化人類学」【12年006冊目】

<本の紹介>
何かにつけてウンチク、ビンボーそうなのにヨガやマイブームには大枚をはたく、上昇志向なんて恥、夜は馴染みの飲み屋で一杯……。そんな「中央線人」の変なオーラとディープな生態を観察する、お笑い「沿線文化人類学」。何かにつけてウンチクを垂れ、ビンボーそうなのにヨガやマイブームものには大枚をはたき、上昇志向を持つことを恥とし、夜は馴染みの飲み屋で一杯…。そんな""中央線っぽい""人、あなたの周りにもいませんか?本書は、そんな「中央線人」の変なオーラとディープな生態を鋭く解き明かす、抱腹絶倒の「沿線文化人類学」。中央線沿線の住人はもちろん、東京を知る人なら誰でも笑える!中央線に住んでる女は男に口説かれなくなるって、ホント!?

<メモ>

  • 甲武鉄道は、起点の新宿から終点の立川までの間に、二つしか駅がなかったというから、驚き。その二つとは、中野と、意外なことに武蔵境。
  • 昭和初期には、高円寺から西荻窪にかけての文化人・作家グループが、井伏鱒二を中心に集って「阿佐ヶ谷会」というのを作った。これが、"元祖中央線文化人"の集合体です。そのメンバーとは。彼を慕って集まった太宰治。仏文学者の青柳瑞穂。『チャタレイ夫人の恋人』を訳した伊藤整。文壇のまとめ役、巌谷大四。『安曇野』の作者・臼井吉見。芥川賞受賞の小田嶽夫、社会評論家でもある亀井勝一郎、仏文学者の河盛好蔵、私小説の上林暁、木山捷平、外村繁などなど、近代文学に貢献したそうそうたるメンバーが顔を連ねています。
  • 喫茶店はパリでは、さまざまな人々が集って討論したり、刺激し合う場所なのに対して、中央線のソレは、ひたすら個人が内向し、内省する場所なのです。
  • 環境保護に熱心な中央線人は、車の出す排気ガスを非常に遺憾なことだと考え、ノーカーデーすら画策されていた。
  • 中央線の名曲といえば、南こうせつの同棲生活を歌った『神田川』、『荻窪二丁目』、The Boomの『中央線』。他にも甲斐バンドの『新宿』、そして斉藤哲夫の『吉祥寺』などなど。不思議なことに中央線絡みの歌はアッパーではなくすべてダウン系。聞けば心が落ち着き、頑張らなくっていいんだという気持ちにさせられるものばかり。
  • 風水師・御堂龍治さんによれば、風水の龍脈は、富士山から中央線上を出たり入ったりしながら、江戸城まで到達するというお話。龍脈というのは、簡単に言えばエネルギーの流れるラインのことです。さらに日本最高の預言者の一人、出口王仁三郎は、荻窪の地で「ここから関東の神の仕組みがはじまる」とのたまわったとか。霊界の案内人・丹波哲郎さんは、そのせいかどうか、西荻在住。オウムの基となった団体や幸福の科学、芸能人の信者の多いワールドメイト(かつてのコスモメイト)も、西荻が発祥の地。ヒゲとインド服の人が多い「ほびっと村」では、瞑想講座や夢見講座がひらかれる。インドの覚者ラジネーシのセンターも荻窪にある。高円寺には、立正佼成会。超心理学者・本山博氏の国際宗教・超心理学会は吉祥寺に。エホバの証人の王国会館は三鷹に。女優の沢口靖子さんも信者の真如苑は立川に。国分寺は、聖武天皇が建てた武蔵野国分寺があったところ。当時最大規模だったというから驚きますね。
  • なんでもある吉祥寺に、たったひとつないもの。それはズバリ、吉祥寺というお寺です。
  • 東京経済大学では多摩をより良くする"多摩学"の研究がなされています。
  • 高尾駅北口にある「多摩森林科学公園」は、桜のメッカ。日本全国の二百五十種にもおよぶ桜があり、五月に行ってもひと月遅れの桜を楽しめる場所です。

プレゼンテーションZen【12年005冊目】


プレゼンテーションZen プレゼンのデザインと伝え方に関するシンプルなアイデア

<本の紹介>

本書はアマゾン・ドット・コム「Best Of 2008」ビジネス書部門 Customer Favorites 分野第3位に選ばれた大ベストセラー「Presentation Zen: Simple Ideas on Presentation Design and Delivery」の邦訳版。
聴衆と自分にとって分かり易い、「抑制」・「シンプル」・「自然さ」を心がけた、効果的なプレゼンテーションのための原則や概念、創造的なアイデア、実例などをバランスよく提供。従来のパワーポイント中心のプレゼンテーションに異議を唱え、プレゼンテーションの実施やデザインに発想の転換を促す注目の1冊である。

<メモ>
・一体いつから、聴衆は文字を読むことと話を聞くことを同時にこなせるようになったのか(スクリーンに表示された12ポイントの文字が読めたとしての話だが)?
・目の前にある日本の弁当はすばらしく効率的で、献立は十分に練られており、無駄なものは一切ない。それに比べて、通路越しに見えるPowerPointのスライドは、まとまりがなく、とても分かりやすいとは言えない。
・目標はより多くを知ることではなく、より多くを無視し、忘れ去ることである。そうすれば本質に目が向き、少数の重要な機能だけに集中することができる。
・剣術の第一原則は、小手先の技術に頼らないことである。大抵の剣士は技術を重視しすぎており、場合によっては、それを最大の関心事にしている。
・ビジュアルは言葉より記憶に残りやすい。しかし、ほとんどのスライドにおいて、いまだに箇条書きが主流になっている。それらは通常、何のメリットもない。
・いつの頃からか、「物語」はフィクションや嘘と同義語になってしまった。物語やそれを語ることは、ビジネスや学問の分野では無視され、真面目な人間が関わるものではないと思われてきた。しかし大学生たちの話から判断すると、もっとも有能な教授とは実際にあったエピソードを話してくれる人のようだ。私の教え子は、一番いい教授は、ただ教科書を進めるのではなく、物語を語ることで、自分の個性や人柄、経験を題材に反映させていると言う。その結果、分かりやすく、印象的で、人を引き付ける授業になるらしい。
・コンセプトの時代において、仕事に欠かせないものは、真面目さだけではなく遊び心である。
・自分のアイデアを推進したい人々は、内外の聴衆を説得しなければならない。もしその場にいる全員があなたと同じ意見なら、プレゼンテーションを行う必要などないではないか?その代わりに1ページにまとめたプロジェクト報告書を印刷して全員に配れば、かなりの時間を節約できるはずだ。そう、我々がプレゼンテーションを行う理由は、言い分を主張し、一つの、あるいは複数のアイデアを受け入れさせることである。
 自分のアイデアに自信があるのなら、それを売り込もう。できる限り主張を通し、プレゼンテーションの意義を果たそう。聴衆はあなたに感謝するだろう。なぜなら、心の底では誰もが説得されたがっているからだ。
・スライドはあなたの言葉をそのままなぞったものではなく、それらの言葉を効果的に演出するものでなければならない。
・例えば、ヒューストンの大気汚染について語るとしよう。環境保護庁によるデータの箇条書きを4つ並べるのではなく、データを読み上げながら、大量の死んだ鳥や、スモッグや、公害病患者の肺の写真を見せてはどうだろうか?「ひどいじゃないか!」「あんまりだ!」効果てきめんである。
・初心者の心には可能性が溢れているが、熟練者の心にはそれがない。
・僕にとってコンピュータは、人間が考えついた最も素晴らしい道具なんだ。それは知性にとっての自転車に相当するものだ。
 移動することにかけては、人間は他の動物に比べてあまり効率のいい動物とは思えない。しかし、自転車に乗れば、人間は地球上で最も移動効率のいい動物になる。自転車は我々のインプットをとてつもなく生産的な形で増幅してくれる。これこそ、コンピュータの果たすべき役割ではないか?
・今日の人々は、往々にして、何らユニークな視点や創造性、新しい要素をプレゼンテーションに持ち込むことができていない。その理由は、彼らが賢くないから、あるいは独創的でないからではない。スローダウンし、1人になってじっくり問題を見つめる時間を持たなかったからである。物事の全体像をつかみ、核となるメッセージを見いだすには、「文明の利器に頼らず」に、1人で過ごす時間が欠かせないのかもしれない。
・社会は孤独や一人きりの時間を過小評価し、他者への愛着を過大評価している。
・「何が言いたいのか?」核となるメッセージを見いだし、それを分かりやすい形で表現することだけでも、プレゼンターにとってはかなりの難題だ。では、「なぜそれが重要なのか」は?人々が一番つまづきやすいのはこの部分である。プレゼンターにとって自分の題材はあまりに身近な存在であるため、なぜそれが重要なのかは明白であり、改めてアピールするまでもないような気がしてしまうのだ。しかし、人々(大部分の聴衆を含む)があなたから聞きたがっているのは、まさにこの部分なのである。「それは我々とどんな関わりがあるのか?」こうした問いに答えるためには、筋の通った議論に加えて、相手を説得したり、感情に訴えたり、共感したりする必要がある。ここで言う共感とは、ある事実がプレゼンターにとって明白であっても、みんながそれを分かっているわけではないことを知ることである。
・スピーチを分かりやすく演出するビジュアルを生み出すべきか?それとも、会議後に読む資料のようなスライドを作成すべきか?大抵のプレゼンターは2つの間を取って妥協しようとする。その結果、スピーチを演出する視覚効果に乏しいビジュアルが作り出され、読みづらい(ゆえに、誰も読もうとしない)、文字やデータだらけの文書のようなスライドが生まれる。こうした疑似文書は非常に読みにくい代物である。文字や画像が載った小さなスライドを延々と印刷しても、文書の代わりにはならないからだ。
・物事を突き詰めてみると、最後に行きつくのは、何かをやりたいという欲求と、学ぶ意志、そしてものを見抜く力になる。
・SNR(シグナル/ノイズ比)とはスライド等のディスプレーにおける、無意味な情報に対する意味のある情報の比率を指す。目標はスライドのSNRをできる限り高くすることである。認知上の過度の負担に人は対処できないものである。新しい情報を効果的・効率的に処理する人間の能力には限界があるのだ。高いSNRを目指すことは、人々にとって分かりやすいデザインを作り出そうとすることを意味する。
・人は成功や失敗のことを思い浮かべたとたん、心に好きのできてしまった剣士のようになる。ほんの一瞬、技術や勝敗のことが頭をよぎるのだ。その瞬間、剣士は試合に敗れる。逆説的に思われるが、パフォーマンスの途中で成功や失敗、あるいは成果や技術に関して思いをはせた瞬間に、我々は失敗への道を歩み始めているのである。

街角の煙草屋までの旅【12年004冊目】


街角の煙草屋までの旅

<本の紹介>
吉行さんが書き残したエッセイを読みたどることで「吉行淳之介の魅力」を探るシリーズ『吉行淳之介自身による吉行淳之介』第三巻。本書は一九七九年吉行さん五十五歳の時に書かれた「エア・ポケット」から、亡くなる一年前、一九九三年に書かれた「井伏さんを偲ぶ」まで六十四篇を収める。

<メモ>
・葬式は死んだ当人のためではなく、遺族や親切な友人たちのためにおこなわれる、と考えた方が良いだろう。本当の新設は当人の意志を尊重することだと思うのだが、世の中は厄介なもので、その通りにすることは不可能に近く、小規模で終わらせるのがせいぜいである。正式の遺言状をつくって、葬式を拒否しておいても、それが無視されるのが実情である。
もっとも、死んでしまったら、なにも分からなくなるわけだから、そのあとでどんな形の葬式をされても当人には無関係ということになる。「どんな葬式をされたいか」という考え方は、当人の気質の参考になるだけのことのようだ。
・私たちが飲み屋や角の八百屋まで歩いていくときでさえ、それが二度と戻って来ないことになるかもしれない旅だということに気が付いているだろうか?そのことを鋭く感じ、家から一歩外へ出る度に航海に出たという気になれば、それで人生は少しは変わるのではないだとうか?そこの街角までとか、ディエップなりニューヘイブンなり、どんなところへでも、小さな旅をするあいだに、地球の方も、天文学者さえも知らないところへ小旅行をしているのだ。
・無声映画時代に画面に若い二枚目が登場すると、弁士は「現れましたのはジョンであります」と言い、恋人役の若い女は「メリー」、悪漢は「ロバート」ということになっていた。
・一つの病気の専門医が、その病気を体験していないということには、問題がある。患者の苦痛を頭の中では理解できても、実感として分からないというのが、その問題点である。

〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考【12年003冊目】


〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考

<本の紹介>
本来の「アイデア」とは単なる思いつきではない。課題に対する解。電通の社内で先輩から後輩に継承されてきた秘伝を初めて公開する。

<メモ>
・知識とは「意味のある情報」です。たとえばインターネット上で大量に流通しているのは単なる情報ですが、これと人間の思いが一緒になって初めて「知識」になります。ですから知識を準備するためには情報を仕入れなければなりません。
・そもそも「数値データだから正しい」というのも怪しい話です。一度でも自分でアンケートに答えた人なら心当たりがあるかと思いますが、記入し終わった回答票は何とも中途半端な代物です。決して嘘をついたわけではないけれど、自分のある一面しか表現できていないというか。もっと別の聞き方をしてくれたら、もっと別の答え方もある、というか。まぁ、そんなものです。
・「人にもよりますが、だいたい50本くらいは書けちゃうんですね。そんなに努力しなくても。自分の手に負える範囲で。でも、その先はうなりながら、あるのかないのかよくわからないので、恥を捨てて引っ張り出してこないと数がつくれなくなるんです。そんな窮地に追い込まれた状態でないと、他の人が考え付かないようなアイデアは出ない、ということなんだと思います。
・「これからは問題を素早く解決するヒトが偉いんじゃなくて、いかに面白い問題を作ることができるか。そのままではどうにもならない問題を、ドラマチックで興味深い問題に作り変えることができるかがポイント」
・ジンバブエのムガベ大統領が新聞社に重税を課したとき、彼らは「ムガベの悪政を知らしめる」ことを選びました。そして、それを解決するために注目したのが、インフレーションで紙屑同然の価値しかなくなった「1兆ドル紙幣」でした。白いポスター用紙を使うよりもはるかに安価な「1兆ドル紙幣広告」というアイデアは、それだけで力強いメッセージを発信し、世論を喚起し多くの資金集めに成功したといいます。
・すぐれたアイデアは身近で、簡潔で、実感があるのです。それが「手のひらに乗る」ということです。

地宝論 地球を救う地域の知恵【12年002冊目】


地宝論 地球を救う地域の知恵

<本の紹介>
・チェルノブイリ原発事故の後、キログラムあたり370ベクレルという輸入食品の放射能汚染基準に、シイタケがよく引っ掛かっていたことを思い出しました。調べてみると、放射能をよく集めてくれる作物がありました。「NPOチェルノブイリ救援・中部」がチェルノブイリ現地でナタネを育てていたのです。ナタネやヒマワリは効率よく土地の放射能を集めてくれるのです。種から油を絞ってバイオディーゼル燃料に使い、バイオガスにして煮炊きに使い、その後の搾りかすだけを放射能物質として管理保管していました。
この仕組みを進めれば、土壌はいずれ回復していくことができます。僕はこれを進めるべきだと思うのです。
・問題のあることはわかっています。でも汚染された土壌に自ら残って、命がけで浄化しようとする人を禁止すべきでしょうか。立証データがなければしてはいけないでしょうか。問題があるからあきらめるべきでしょうか。違いますよね、解決しながら進めるべきなのです。社会を変えるのは学者や評論家ではありません。小さな市民のたった一歩の活動だと思うのです。
・「農薬なしに農業はできない」とよく言われますが、日本で本格的に農薬が使われ出したのは戦後10年ほど経ってからでした。それまでは農薬がないのに作物は今よりずっと多く作られていました。
「日本は国土が狭くて自給できない」とも言われますが、1960年時点ではカロリーベースで8割、穀物や主食用穀物は9割自給されていました。
「国産だったらスギ・ヒノキで家を建てるのが当たり前」と人々は思っていますが、戦後の拡大造林までは、一部の地域を除いてスギ・ヒノキは植えられていませんでした。しかも育つのに50年、100年かかりますから、建築材として使えるようになったのはごく最近のことなのです。
・国境線を越える燃料には税金がかからないんです。燃料はコストの中で大きな比重を占めますから、日本国内で作ったものを燃料代と税金を払って運ぶより、人件費の安い中国で作らせて、税金のかからない燃料で東京に運んだ方が安くなってしまうんです。その結果、中国で作られたものを輸入した方が儲かる仕組みになってしまいました。
もし飛行機の国際航路に国内と同じように税金をかけてしまったら、その日のうちに経済のグローバリゼーションはなくなってしまいます。今の経済学者は経済のグローバリゼーションは合理的だと言いますが、これは税金が作ったトリックなんです。
・私たちが地球温暖化の防止をしようと思ったときに一番簡単で効果的な方法は、普段、車に乗らないこと。往復8キロの道のりであれば、1800グラムの二酸化炭素が削減できます。しかし、もっと減るものがあります。たとえばブルーベリーです。ブルーベリーは国内でも収穫できますが、現在、そのほとんどがアメリカからの輸入です。しかも空輸されてきます。たった200グラムのブルーベリーを国内産に替えるだけで、2800グラムの二酸化炭素が減るんです。
たくさんの飛行機が国境線を越えて二酸化炭素を出す。この分は京都議定書の規制を受けていないんです。あくまでも京都議定書のCO2の排出規制は、それぞれの国ごとの約束です。国と国の間を飛び回るCO2はどこの国にも貴族しないので、規制されないのです。そのために現在もどんどん増えています。でも、これを止めないと何の解決にもなりません。そのための「国際炭素税」が考えられていますが、それが実現するまでは野放しなんです。
・小麦やトウモロコシといった同じ種類の作物を大量に作っている大規模農家と、いろんな種類の作物を作っている日本の小規模農家を比べた数字にはおかしなところがあります。いろんな作物のトータル収穫量と、大規模農家の単一作物の収穫量を比べると、小規模農家の方が作物全体の年間収穫量では5倍大きいんです。よく言われている話とは逆です。だから大規模化するのは収穫の効率性、つまり、売りやすさの問題でしかなくて、単位面積当たりの生産性では小規模農家を増やすべきなんです。貧しい国の食糧問題の解決策はよく言われる大規模化ではありません。逆に大規模プランテーションをなくして、小規模農家を増やしたほうが、食べられる人の数は5倍も拡大するんですよ。
・そもそも、アメリカの大量の穀物はどこからやってくるのでしょうか。サハラ砂漠をセンターピボットという巨大な水撒き機で、半径2キロにぐるっと水を捲いて生産をしているから、畑の形が丸いです。アメリカの中部、西部に広がる農地も同じです。こうした場所で、トウモロコシや小麦などを育てています。この捲かれている水は、オガララ帯水層という地下に数千年かけて溜まった化石状の水たまり=化石水です。ここからどんどん吸い上げて使っているので、2020年には枯れると言われています。そんなところに食品の生産を任せておいて、日本は自動車を輸出していればいいなんて、まったく冗談じゃないです。
・現在、農家の平均的な取り分は、スーパーな店舗で売っている価格のわずか12.5%です。スーパーで200円で売っている作物(農家の取り分は25円)を、私に100円で売ったとしても、農家の収入は4倍増えることになります。
こんなこともできます。例えばお米であれば、私は円が暴落してインフレになって食べ物が手に入らなくて飢えるような状況になったとしても食べていけるように、今後20年分確保したい。1年間に1人当たり1俵(60kg)のお米を食べると言われていますが、1俵のお米を作っても、今の買取価格はわずか1万3000円です。これでは農家はやっていけない。農家から3倍の値段で売ってもらうとしましょう。そうすると1年分で3万9000円、10年で39万円、20年で78万円になります。玄米ならほぼ完全栄養の食品ですから、あとリジンを含む豆類と少しのビタミンCを補えば、飢え死にする心配はなくなります。私は78万円出すことで、20年間生きていける保障が得られるわけです。
・ネオニコチノイド(農薬)はフランスやドイツですでに禁止されています。しかし日本ではまだたっぷり使われています。それどころか、単位面積当たりで最も大量に使っているのが日本なのです。しかも食品に認められる残留基準も極めて甘い。ものによってはヨーロッパの500倍の甘さです。1年は365日ですから、日本の基準では、1日でヨーロッパの人たちの1年半分の農薬を摂取することができてしまうのです。
・アセタミプリドは「キャベツに薬液散布後、200ppmで散布21日後まで、100ppmでも散布14日後まで90%の殺虫効果を示し、キャベツ苗の根部を希釈液に浸しただけでも低濃度で殺虫活性を示した」と書かれています。低濃度のアセタミプリドでも、2,3週間残っていたということです。しかもキャベツへの使用時期は、出荷7日前までとなっています。家にあるキャベツも、まだ殺虫効果を持ったままだということになります。私たちの脳が虫と同じアセチルコリン受容体を持っているのに、殺虫効果を持ったままのキャベツを摂取することになるのです。しかもまずいことにこのアセタミプリドはネオニコチノイドの中でも例外的に、脳に蓄積するのです。
・「農薬を使うなというのは人権侵害に等しい」と言われました。たとえば除草など、大変な手間になるので人々を苦しめるだけだというのです。しかし、現実にドイツでもフランスでも実現しています。農の技術・知恵・歴史ともに格段に優れているはずの日本に、なぜできないのでしょうか。吉田さんは自分の「お腹の畑を耕そう」と、野菜の芯や根菜類の皮などの”成長点”を食べようと提案しています。そして現実に、吉田さんのアドバイスを聞き入れた子供たちの多くが低体温を改善させ、病気にかかりにくくなっています。「農」は医療より重要で、「食」は薬より効果があります。
・ベニヤ板、接着剤、集成材がぷーんとにおう『毒物の館』が普通の家。反対に、スギを生かした住宅に住めば病気を寄せ付けず、抗酸化物質ですから、病気や老化を防ぐ効果もあるでしょう。私たちは本来生き物が持っていた優れた効果を、単なる機械のように扱うことによってダメにしてきたように思うのです。ちなみに、スギにもヒノキにも殺菌効果がありますから、家ダニ駆除の効果があります。ですがヒノキのフィトンチッドには興奮作用がありますから風呂場に使うと元気になりますが、寝室に使うと眠れなくなるかもしれませんね。一方、スギには鎮静作用があり、気持ちを落ち着かせてくれますから寝室にはうってつけです。
・「いのちの林檎」というドキュメンタリー映画があります。無農薬で除草せずに作る「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんが出てきますが、彼が主人公ではありません。中心はCS(化学物質過敏症)患者の母娘です。
・「この世界に無駄な命などない」と考えるアミタ株式会社が、森で育てる酪農を鮮烈な形で復活させました。丹後半島の森の中で牛の放牧を始めたのです。しかも山地酪農では徐々に丘状にしていくのに対して、アミタの考える「森林酪農」では森のまま維持します。アミタで放牧されているのは種牛を除いて乳牛で、乳牛は一日一度、乳が張ってそれを絞ってほしくて牛舎に並びます。それ以外の時間すべて、牛たちは山の中を散策しています。雪が降る真冬でも牛たちは外にいます。出産するときも牛だけで自力でします。
森の中で牛に出会うと驚きますね。森の中で大きな動物に出会うことはないですから。ここで作られた牛乳は、成分の調整などせずに大手の百貨店で販売しています。週一回の販売、しかも市販の牛乳価格の7倍だというのに、これまで3年間、一度も売れ残ったことがありません。
アミタはその牛を、林業にも役立てているのです。牛は下草を食べてくれるので、夏場、人が立ち入ることができないほど密生する下草が、すかすかになります。そして牛は大きな図体で自然に枝落としをしてくれます。まるで下草刈りしたみたいな森になるのです。牛糞は一頭当たり一ヘクタールあれば、そのまま山の栄養になります。逆に草の成長量から言うと、一頭あたり二ヘクタールの面積があれば牛と雑草が共存できます。
これを林業に役立てたら、最大の費用がかかっている草刈りがいらなくなります。林業から考えると、コストをかけて乳牛を管理しなくても、雄牛を中心に飼うことで除草を任せることができます。
・ブタが耕運機代わりになるのです。放棄されて大分経って竹林になってしまった土地でも、根っこから掘り返します。生えている木も、根っこから掘り返します。ブタは土を食べますが、特に木の根の周りの土が好きなようです。柵をしておかないと、ブタは倒れるまで木の根を掘ってしまうのです。たいがいの耕作放棄地ならブタに開墾させるのが、一番早道な気がします。
このブタたちは健康です。健康だからおいしいのです。このブタ肉はあるシェフに認められて、北海道で洞爺湖サミットが行われたときの食材にも使われました。
・竹の中には乳酸菌が含まれています。そのおかげで竹を粉にしてビニール袋に入れておくと、発酵して「ぬか」そっくりなものになります。そこに生ごみを入れれば、臭いも出さずに二週間で分解され、それが堆肥になります。それどころか、その竹粉そのものが飼料になるのです。特に牛やブタは大好物で、竹粉を混ぜた飼料を与えると、その後は竹粉がないと食べなくなるほどです。堆肥としても有効で、竹粉を捲いたところだけ、草の成長が飛びぬけていました。
こうして使えたら、竹害が国産飼料になります。カロリーベースで日本の食糧自給率が40%と低いのは、配合飼料の輸入が多いためです。もし竹粉でまかなうことができたなら、日本の食糧自給率は52%まで向上することになります。
・もっと複合的な、自然に近い生産方法に戻すことが解決策になると思います。森は林業のためだけのものではない。農家は農業生産だけするものではない。畜産は畜舎で動物に配合飼料を与えるだけのものではない。それらが複合した形で生産されるとき、自然は元の形に戻り始め、私たちの生活はお金に頼らなくても生きていけるようになっていくでしょう。どこか生命の機能の一部分だけを取り出して、それだけを極大化・大量生産化させてきました。それが巨大農場だったり、巨大な畜産向上だったり、その他の向上だったり会社だったりしたのです。会社は私たちの能力のほんの一部分だけ取り出して、それだけで評価するところですね。そうではなくて、どんな人にも役立つ部分を見出すこと、役割を探していくことが大事だと思います。役立たずと思う前に、役立てられるものを見つけられていない自分を恥じた方がいいのではないかと。
・青森県の六ヶ所村で再処理工場の建設が始まった。これは、原子力発電所で使い終わった燃料を切って溶かして、廃液の中からプルトニウムを取り出す施設です。これまでトータルで3兆円かけて作った仕組みですが、ものすごい量の放射性物質を流すんです。1年間に流すことが許される最大の放射性物質の放射線量を「致死量」で割ると、なんと5万人を超えます。5万人分の致死量の放射性物質を、排水管と煙突から流していいことになっているのです。海に流していいと設定されている量は、最大4万7千人分に相当します。太平洋全体に希釈されて濃度が薄くなるから大丈夫だ、というのが理由です。
この建物はアクティブ試験中にセシウムで比較して広島に落ちた原爆の2.5発分の放射能がたまってしまい、もう建物を開けることができなくなっています。この中の一番寿命が短い装置はあと1年半しかもちません。でももう放射能漬けになってどうしようもない。この施設に投じた数千億円は、アクティブ試験をしただけで捨ててしまうことになりました。もう一つの系統を使って再開しようとしていますが、実用品にはならないでしょう。施設はこのままコンクリート詰めにしないといずれこぼれてきて、重茂漁協にも放射能が流れてしまいます。
・私たちが六ヶ所村再処理工場に反対しているとします。一方でお金を郵便貯金に預けていたとする。そうすると、預けたお金は意志とは関係なく工場に投じられてしまうんです。反対をしているのに、貯金という形で資金を与えることになるわけです。資金が止まらなければ、もし六ヶ所村の工場を止めさせることができたとしても、別の場所に新たな工場が建ってしまいかねない。そこにお金がある限り、永遠のむぐらたたきゲームをやらされることになります。再処理工場を本当に止めさせるためには、郵便貯金を止めるしかありません。
歴史をたどると、もっとすごいことがわかってきます。日本がアジアへの侵略戦争をしたときの戦争資金のうち、8分の1は税金から、残りの8分の7はなんと郵便貯金を使いました。
・イスラエルという国に最も援助をしているのはアメリカです。ODA(Official Development Assistance=政府開発援助)の対象国といえば、援助する必要がある貧しい国をイメージしますね。ところがアメリカが一番援助をしている相手国はイスラエルなのです。しかも軍事援助です。アメリカ自体は貿易赤字で財政赤字。カネがないんです。国債をほかの国に売って、資金を集めて援助資金を出しています。その国債を日本が買っているのですから、「私たちのお金が使われている」ということです。
具体的には、私たちの郵便貯金や銀行などから政府の発行する短期国債が買われ、その資金で政府は米国債を買っている。アメリカはそれで得た資金で、軍事援助をしている。つまり、パレスチナへの爆撃も私たちのお金のおかげで実行できたという構造になっているのです。これが、私たちのお金が引き起こしている現実です。
・基地を撤去した後の日本の安全は?と心配する人もいるかもしれません。しかし、アメリカの基地を全部追い出した国があります。南米エクアドルです。当然アメリカは怒りました。「なんで俺の基地を置かせないのだ!」と。そこでエクアドルの大統領は言いました。「じゃあ分かった。全部置かせる代わりに条件をつけよう。わが国に置いているアメリカ基地と同じだけ、アメリカ国内にエクアドル政府の基地を置かせてくれ」と。
これが対等な国同士の当たり前の論理です。明治期の不平等条約でない限り、普通はそういうものです。しかし、アメリカ国内には、他国の軍隊をおかせていないですね。こうしてエクアドルは、アメリカの基地を撤収させました。
・日本は、日本人が食べる分の作付けのために、国内に存在する農地の約3倍の農地を海外に確保しています。その国では、自分たちの生産する土地が奪われてしまって、自分たちの食べるものを作ることができない。これを「飢餓輸出」と呼んでいます。
・世界の貧しい国で3秒に1人の子どもが死んでいくのは、他国からの借金(債務)が問題なのです。子どもたちを救いたいのだったら、まずは債務を免除してやることが重要なんです。実は、途上国に世界で一番カネを貸し付けているのが、私たちの日本です。
・2005年に「ほっとけない世界の貧しさ」と呼びかけ、「ホワイトバンド運動」が広がりましたが、そもそも貧しい国を日本が放っておいてくれていたら、それらの国は貧しくならなかった。元凶の日本が、「放っておけない」なんて言っていたわけです。
・ヨーロッパには、「クラスター爆弾を作っている企業に融資してはいけない」と国会で決議した国もあります。儲かる話ですが、融資ができない形になっています。イスラム教は、そもそも兵器に融資できません。そんな中、全く制限がないのが日本。その結果、日本の三大メガバンクが、クラスター爆弾を作っている企業に世界で一番融資していました。「将来の暮らしを守る」つもりで預けたお金が、知らぬ間に世界中の子どもを攻撃することにつながっていたのです。
・市民の力は小さなものです。ですが無力ではなく「微力」なのです。
・世界銀行は何をしているところかというと、「世界の農業の自由化を進めている」ところなのです。これでは「農業自由化に反対して農協に貯金をすると、もれなく農業の自由化がプレゼントされる」という構造になってしまうのです。
・私たちが口で言ったり、祈ったりしたことは現実にはなりません。未来は、お金をどこに預けたか、どう使ったか、どう稼いだかによって決まるものなのです。
・私たちは、ナナメの方向として「未来バンク」というものを作りました。市民が自分たちで出資し、自分たちが望む方向にだけ融資する非営利のバンクです。未来バンクが融資の対象にしているのは、環境にいいことか、福祉か、市民が社会を作ろうとするような市民事業にだけです。
・皆さんが郵便貯金に貯金しても、農協に預けても、銀行に預けても、それらのお金の使い道を決めるのは必ず東京になります。みなさんがそのお金を使うことができるのは、公共事業を引っ張ってきたときだけ。しかもこれまでの公共事業では環境を破壊し、経済をダメにし、赤字を残してつぶれて消えていってしまいます。みなさんがそのお金の使い道の決定権を放棄し、東京に決定権を委ねてしまったことに問題があります。
お金がもし自分たちの手元にあって、そこで融資なり、投資なりされると、そこには必ず雇用が生まれます。雇用された人は何か食べる必要があるので、必ず生産を必要とします。つまり、経済循環を生み出す最初の一撃は、「地域がカネを持っていたかどうか」で決まるのです。だから地域の中にお金を残す。自分たちの地域に資金を残すことは、どうしても必要なことだと思っています。だから、未来バンクは大きくなるのではなくて、各地域にバンクを作ろうとする人がいるならそこに協力するのです。
・私たちがお金に関わるのは3つの場面です。「どう稼ぐか」「どこに貯金するか」「どこで何を買うか」ですね。「働く」「貯金する」「買う」、この3つです。
・地域の中でお金がまわる仕組みを考えることはとても大切です。なぜなら地域経済が活性化しているときは、必ずモノやサービスが回転しています。そのときには必ず逆方向にお金が回るのです。地域経済の活性化の程度は、「地域の資金量×回転数」で決まるのです。しかも「円」と「共通商品券」があったら、人々はまず先に「共通商品券」から使いますね。他の地域では使えませんから。そうすると回転数が高まります。不安定な通貨は回転数を高めるのです。
・ミスチルの櫻井さんは「僕は人並みには努力したと思うし、人並みには苦労したと思う。でも、人並み外れたお金を稼ぐようになってしまった。こんなことを続けていたら、いずれ罰が当たる」と。その矢先に脳の病気になったので、「そら見たことか、やっぱり罰が当たったんだ」と感じたそうです。音楽が大好きでミュージシャンになったのに、彼はお金が儲かり過ぎることに罪悪感を感じて、音楽をやることが嫌になりかけていたのです。彼は「ギフト」という言葉に特別な思い入れを持っています。世間では、よく「ギブアンドテイク」と言います。日本語に訳すと「やるからよこせ」ですね。でも同じことなのに、逆の方法もあるんです。「あなたに差し上げたい、どうか受け取ってほしい」と、「ありがとう、あなたの思いを受けとめます」という関係です。いうならば「ギフト・アンド・レシーブ」です。その循環に入れば、きっと彼のように良循環の中で生きていくこともできるのだと思うのです。
・NPOふうどが進めたバイオガスのプラントがあります。まず、地域の団地から生ごみを集め、それを空気に触れない形で微生物に分解させます。空気に触れないところで微生物が分解すると、メタンガス発酵します。メタンガスは別名「都市ガス」、燃えるガスが取れます。これをバイオガスと呼んでいます。残った生ごみ由来の液体は、すっかり臭くなくなって液体状の堆肥、つまり「液肥」になります。これを地域の有機農家に販売しています。そこから作られたコメや大豆を「液肥米」「液肥豆腐」として、ブランドづけして販売しています。ここがバイオガスプラントを作ろうとしたときに、ap bankが融資したのです。福岡県大木町は、以前は海に捨てていたし尿や生ごみを回収しバイオガスに入れたところ、ごみの量が実に44%も減ったのです。
・一面を緑にしたいと考えたとき、例えば法律で上から強制するみたいに一気に緑のペンキで塗ってしまえと考える人もいます。しかし、小さな緑の点をたくさん増やすことでも、一面を緑にすることができるのです。
・金利を2桁も取るような銀行から借りていてはダメです。現時点で経済成長率はたった1%ですから、その事業が2桁も成長するんだなんてあり得ません。そんな無理をしなくても社会を成り立たせられる仕組みを、自分たちで作ればいいのです。地域は今、国から公共事業をもらうことばかりに躍起になっている。そうやって国に頼ってばかりではなく、自分たちの経済を自分たちでつくる地域のモデルが、どんどんできればいいと思っています。
・お金は、「時間差」を作り出すことができるんです。その時間差が、すべての問題を引き起こしているのではないでしょうか。現在、ヤシから取れる油を使ってバイオディーゼルを作っている企業は、優良企業と呼ばれています。ヤシを取るためには、山の熱帯林を全て丸裸にし、ガソリンをつけてあたり一面燃やし尽くしています。トウモロコシや大豆からバイオ燃料が作られ、人々の食べる分を失わせてまでクルマを走らせる。しかしそれらの作物は、過去数百万年かけて貯まった水を使って作られ、間もなく砂漠に戻ることになる。そうやって将来世代をだめにしながら金儲けをしている企業が、「優良」とされているのが今の世界なんです。
・そうでない生き方もありました。ヒノキは成長が遅くて、育つまでにスギの倍、つまり約100年かかります。それでも人々は土まで背負って山にヒノキを植えました。しかし彼らは、自分の植えたヒノキで得することがないのです。なぜなら100年以上生きられることはまずないからです。では何のために植えたのか。子孫のためです。そんな彼らはなぜ生きていられたのか。祖先が植えてくれたヒノキがあったからです。だから彼らは祖先を大切にしますよね。それは当然です。今生きていられるのは祖先がヒノキという財産を残してくれたからなのですから。
・家庭内の光熱水費で最大なのは電気料金です。しかもその電気は、四天王だけで3分の2を消費しています。その四天王は、「エアコン、冷蔵庫、照明器具、テレビ」です。この4つだけで家庭の3分の2の電気を消費します。
・「リバース・モーゲージ」というのですが、その人が死ぬまではその住宅に住んでいたいが、死んでからは手放してもいいと考えていたなら、その人の住宅と土地の価値分を、年金として死ぬまで先払いする仕組みも可能です。亡くなったときには天然住宅がその土地と家を取得します。
・世界の紛争は、ほぼ5つの地域で起きています。「石油が取れるか、天然ガスが取れるか、パイプラインが通っているか、鉱物資源が豊かか、水が豊かか」の5つです。「宗教紛争」や「民族紛争」というのは、後から取ってつけた理由ですね。実際には、エネルギー資源をめぐる金儲けのために戦争が起こっているのです。だから戦争を避けたいのであれば、エネルギーに切り替えていくことが最も大きなカギになります。しかも日本政府が出しているグラフによると、石油は41年分、天然ガスは65年分、ウランは85年分しか残っていません(2006年現在)。石炭は150年分ありますが、天然ガスの2倍近い二酸化炭素を発生させるので、地球温暖化で滅びてしまいます。
ヨーロッパやアメリカが自然エネルギーに切り替えようとしているのは簡単な理由です。100年後の未来には、自然エネルギーしか頼れるものがないからです。
・家電製品すべてを省エネ製品に入れ替えた後、今の生活の電気すべてを太陽光発電でまかなうとなると、どれほどの発電装置が必要になるでしょうか。なんと8畳間1つ分強の広さ、2キロワットで足りるんです。8畳間1つ分強の広さがあれば自給可能になります。それがイラク人を100万人以上殺して奪ってくる石油と同じ価値です。命がけでやる原子力発電と同じです。馬鹿げてないですか?
・家庭の水の消費は、炊事、洗濯、風呂、トイレの4つでほぼ全部です。風呂の残り湯で洗濯すると20%ダウン。雨水でトイレを流すと24%ダウン。節水コマを入れて節水トイレにして、手洗いより食器洗浄機の方が水の消費が少ないから洗い物から解放されて、それでも水の消費量は減っていきます。
・家賃を部屋の広さで割ってみると、家具のためにたくさんの家賃を払っていることに気づきます。
・今、多くの人たちは会社にぶら下がって生きています。これは極めてセキュリティが低い生き方です。なぜなら会社をクビになると生きられなくなってしまうわけですから。会社に尽くし、会社に依存している状態、これではセキュリティが低すぎです。
・百姓というのは、百の生業を持っているから、たとえどれかひとつが不作であっても他の作物で暮らせます。多少のことにはびくともしません。とてもセキュリティが高い生き方です。様々な方法で、様々な収入源を得るような生き方をしてほしいのです。そうすることで、私たちはもっと自由になれる。仮に会社をクビになっても、自殺なんて考えることもない。
・地産地消を実現することは、つながりを実感する一番の近道です。しかも同時に、温暖化防止の意味でも、私たちにできる最大の効果を持つものです。経済はグローバル化すべきものではなかったんです。知恵や交流はグローバル化すべきですが、相手の顔が見えないグローバル経済化は同時に無責任化させるからです。
・緑の革命により生産量は40倍に増えたかもしれませんが、その土地は10年とたたずに固くなってしまって何も取れなくなりました。十分な排水設備もないまま進めた灌漑は、蒸発と共に土壌中にあった塩分を吸い上げ、塩害によって何もそだたない荒れ地にしてしまいました。もともと1しか生産がなかった土地だったかもしれないけれど、過去1万年もの間、農地として受け継がれていました。40倍になったと言ってもわずか10年ももちませんでした。1万と400、どっちが大きいですか?
・電気というのは、発電・送電・配電、その3つに分けることができる。発電と配電はどんな事業者がやってもいいんだけども、このまん中に入る送電線というものは、これは本当に公共財です。車にとっての道路のようなもの、すなわち、道路のあちこちに関所を設けられてしまったとしたら車はもう走ることができない、現状の電気はそういう状況です。いろんな人たちが、例えば、北海道ではたくさんの風車を建てたがっている、ところが送電線を握っている北海道電力はそれを買おうとしない、そのおかげで日本では自然エネルギーが伸びない、という構造になっている。この送電線というものは、本来公がもって自由利用にすべきものです。
・日本の場合には、メディアが、テレビ・ラジオ・新聞が同じ系列で動くという形になっている。これは諸外国では情報を制限してしまうことになるので禁止されていたりするんですが、日本では、テレビ・ラジオ・新聞が同じ資本でやっていて、そこの最大の広告宣伝費のオーナーになっているのが電力会社、そのおかげでまともな情報が流れない。日本の中でメディアを握ってしまっているのは、はっきり言ってエネルギー産業、しかも電力会社という構図になってしまっている。
・電気消費のピークは実は毎日は出ません。1年8760時間ありますが、その中で10時間以下しか出ません。しかも日本最大の東京電力のピークは、これは定式があります。ピークが出ているのは、夏場・平日・日中、午後2時から3時にかけて気温が31度を超えたとき。そしてこのピークに家庭は最も消費しない時間帯に当たっています。なんとピーク時の91%の消費が家庭以外の事業者によってのものです。
・事業者の電気料金は使えば使うほど単価が安くなるようにできている。一方で家庭の電気料金は途中まで安くなるんですけれど、途中からは使えば使うほど高くなるように作られているんです。
・私たちの不幸は、会社などに所属して努力することが、将来の滅亡や遠くに住む人たちの不幸につながってしまっていることだとぼくは思います。


2012年1月5日木曜日

本「中央線の詩〈上〉」【12年001冊目】

<本の紹介>
駅ごとに強烈な個性があり、独特な文化があり、「自己主張」がある都内のJR中央線沿線を紹介。上では、吉祥寺から八王子へと西に向かい、沿線のまちの一世紀を描き出す。『朝日新聞』(むさしの版・多摩版)連載を単行本化。

<メモ>

  • 「中央線文化」とはどんなものですか。
    -「文学や音楽、マンガ、アニメ、サブカルチャー、エスニック―。こうしたものが沿線に広がっていて、作家やミュージシャン、漫画家らがたくさん住んでいる。アバウトな人が息がしやすい環境があるんです。
  • 「中央線人」の気質とは。
    -「反骨があげられますね。ただ、がちがちの反骨ではありません。金持ちもいるし、成功者もいる。でも『とにかく銭や』という人は少ない。うんちくを語り、議論好きで、軽薄を嫌う。インテリですが、早大中退みたいなのが格好いいというような独特の美学の持ち主です。」
  • 山手線とは違いますか。
    -「山手線の内側の人たちは、他人と比べたがります。追いつけ、追い越せ。中央線人にはそれがない。等身大の成功、自分が充実していればいい。」
  • なぜ中央線文化が生まれたのでしょう。
    -「はっきりとは分かりません。ただ、山系の文化であることは間違いありません。理屈、議論好きで長野県人に似ている。一つのルーツが長野にあると思う。それから、学生運動やヒッピー文化、60年代、新宿を拠点にしていた文化が西へ向かった面もあるでしょう。団塊世代が核になっているのは確かですね。」
  • 学校の前は玉川上水だ。水量が多くて流れも速く、当時は「人食い川」とも呼ばれていた。落ちたらまず助からない。身投げする人も少なくなかった。
  • 三鷹に住む作家の太宰治が愛人の山崎富栄さんと上流で身投げして自殺した。太宰の遺体はすぐに運ばれたが、山崎さんはしばらく放置された。「有名人の方だけ大切に扱うのか」とがっかりしたという。
    没後半世紀が過ぎた今も、太宰は世代を超えて熱烈なファンを持つ稀有な作家だ。先日、最年少で芥川賞を取った綿矢りささんも愛読しているという。
  • 「今でこそ太宰は街づくりの目玉です。でも、当時はまだ拒絶反応が残り、煙たがる人も少なくありませんでした。」愛人と心中して、市民の飲み水を汚した男。禅林寺での相次ぐ後追い自殺。桜桃忌にあつまるファンたちが騒々しく、シャッターを閉める店も少なくなかった。「迷惑な存在」。そんな見方が一変するのは98年に、三鷹など各地で没後半世紀ののイベントが開かれるようになってからだ。
  • 市民グループが主催するガイド養成講座が目に留まる。テーマは「太宰治の足跡案内」。今まで見向きもしなかった地元を知るにはいい機会だと思い、参加した。
    集まった50人のうち、男性はみな同じ思いを抱えていた。「このまま散り散りになるのは惜しい。続けていこう」。月に一度、5回の講座を修了した後の飲み会で誰彼となく声があがる。翌年、20人で発足したのが「みたか観光ガイド協会」だ。
    毎月第4日曜日の午前9:50に三鷹駅南口を出発。2時間半かけて太宰ゆかりの場所を案内する。参加費無料で雨天決行、予約なし。根強い太宰人気に支えられ、これまで参加者ゼロという日は一度もない。
  • 三鷹市立高山小学校の校歌発表会の9ヶ月後、交通事故で露風は逝った。葬儀場に参列した児童たちは近衛の指揮で校歌と「赤とんぼ」を歌い、母校の恩人にさよならを告げた。
    その墓前には、長い間花が絶えなかった。誰が供えているのか分からなかった。女子児童たちがひそかに続けていたと知ったとき、露風の妻なかさんは涙を流したという。
  • JR三鷹駅から玉川上水沿いを進むと、おしゃれな洋館が目に留まる。三鷹市山本有三記念館だ。戦前から終戦直後の11年間を過ごした有三の旧邸である。有三はここで代表作『路傍の石』や戯曲『米百俵』を書く。
  • 「『船が難破して絶海の孤島にたどり着いた気持ちで、それぞれ長所を役立て社会をつくろう』と、おやじは彼らによく言っていました。」
    主人公の精神的成長を描く『次郎物語』の執筆を始めたのはその頃だ。その第5部に描かれる青年塾「友愛塾」はこの浴恩館がモデルである。
  • 「地球の未来のために何をすべきかを考える時に、戦争とは何事か。世界に役立たなければ日本は生きていけない。」
  • 91年、小金井の新しい公民館に風変わりな壁画が誕生した。1から16までの数字が書かれたタイル720枚で作られ、どこをとっても魔方陣になる。安野さんの「ハテナのカベ」だ。子供たちが不思議そうに見上げている。
  • 泉は黄金のようにきれいなことからその昔「黄金井」と言われた。小金井の地名の起こりとの説がある。
  • さいとうたかをさんら国分寺に集まった漫画家たちが提唱した大人向け漫画は「劇画」と呼ばれる。政治の季節と言われた60年代、劇画は若者の支持を集める。米ソ対立を背景に、一匹狼のスナイパーを主人公にした『ゴルゴ13』の連載が始まったのは68年だった。
    その後さいとうさんは中野に移転。もう36年になるのだが、国分寺は苦しい思い出が多く、振り返るのも嫌だったという。「とにもかくにも私の青春だった。懐かしい」
  • 青春時代のさいとう・たかをさんが足しげく通った店が今も国分寺駅北口にある。
    名曲喫茶「でんえん」。大正時代の米蔵を使った店は昔のまま。変わったのは50円のコーヒーが450円になったことぐらいだ。
  • ぽつんと裸電球がともる店先。「良き品を安くと日々勉強いたします」と書かれた看板。国分寺駅北口にある「上海リル」には昭和30年代の雰囲気が漂う。
    運動で世の中を変えるのではなく、日々降りかかる身近な問題の一つ一つに自分らしく向き合う。それでいいじゃないか。そう思えるまでに時間がかかった。結婚して国分寺に来て、2人の子供を育て上げ、たどり着いた結論だった。
  • 『無能の人』を父に持つ次男の有さんは昨年、『猛スピードで母は』で芥川賞を取った。
  • 「きっと呼び寄せるからな」。8歳上の長男が挿絵画家としての腕を認められて上京が決まったときの約束。三男の吉田豊治さんの青年時代の記憶だ。
    1年後、弟たちも兄の家に集まり、少年雑誌などに描き始める。静かな環境を求めて国分寺に移り、設立した会社に、兄竜夫さんの名前を取ってこう名付けた。「竜の子プロダクション」。1962年のことだった。
  • 長さ23センチ、直径1.8センチ、重さ200グラムの「ペンシルロケット」。1955年、国分寺の工場跡地で試射された29機の一つだ。
    試射したのは東大生産技術研究所。「ロケット博士」と呼ばれた故・糸川英夫教授らのグループだ。この試射をもって、日本のロケット開発は始まったと言われている。
  • 日本初の試射があった場所は国分寺市本町1丁目の中央線沿いとされる。01年、早稲田実業学校が新宿区から移転してきた。「歴史的な場所に開校したと知り、驚いています」と初等部の阿部泰久教頭は話す。
  • スプートニク、ガガーリン、アポロ11号―。田中さんたちの青春時代は、米ソを軸に繰り広げられた「宇宙開拓」と重なる。そうした中、日本は世界で4番目の人工衛星の自力打ち上げに成功する。そこに至る努力が国分寺から始まることを誇りに思っていた。
  • 山口瞳と関頑亭。二人で街を歩いた。ツリガネニンジンソウの揺れる土手。一橋大の松林に落ちる夕日。行きつけの飲み屋に集う人々。谷保天満宮の由来―。その見聞をもとに小説『わが町』は生まれる。以来、「なんじゃもんじゃ」「迷惑旅行」といった紀行文に「ドスト氏」は欠かせない存在になった。
  • 「文蔵さんのこと、書いてみたいんだけど」。JR谷保駅前で居酒屋「文蔵」を営む八木方敏さんに山口瞳が声をかけたのは79年夏のことだった。
    山口は旅の友だった木彫家関頑亭さんに連れられて来て以来、常連になっていた。当時、ある雑誌に連載小説を頼まれたが、準備期間が1ヶ月しかなかった。家に近いこの店に毎晩飲みに行き、客の言葉を記録して日記風の小説が書けないかと考えたのだ。こうして『居酒屋兆治』は生まれた。高倉健や渡辺謙主演で映画やテレビドラマにもなり、最も名の知れた山口作品である。五時になった。兆治は、そろそろ縄暖簾をおろし、赤提灯をさげ、灯をいれようかと思った(略)一日に、二万円の売り上げがあればいいと思っていた。それ以上、欲をだすと、ロクなことはない。赤提灯で終わりたいと思っていた。兆治のモデルになった八木さんが国立駅前で人気のあった屋台「まっちゃん」で修行して始めたのがこの店だ。居酒屋「文蔵」をモデルにした小説に、山口瞳はなぜ「兆治」と名付けたのだろうか。「当時、まさかり投法で有名だったロッテの村田兆治が念頭にあったようです」と、店主の八木さんはいう。速い速球で真っ向勝負する村田投手に山口は引かれていたらしい。
  • 居酒屋兆治は映画のロケ地は函館だったが、テレビの方は国立で撮影された。小料理屋の2階を借りて行われた宴会シーンの撮影。旅の友だった頑亭さんをはじめ、山口を知る町内の人たちがこぞってエキストラ出演した。八木さんもその中にいた。宴会に集まった客の役でセリフは一言もない。それでも撮影中は緊張のしっぱなしだった。
  • 生きてるうちのこういう時間が幸せなのかも知れないと思う。そして酒の最高のつまみは、人だってことをぼんやりと思う。
  • ロージナ茶房は現在、国立で最も古い喫茶店だ。創業は54(昭和29)年にさかのぼる。「ロージナ」とはロシア語で「祖国」や「大地」を表す言葉で、それに「路地裏」を掛けたらしい。画家であり、旅行家であり、骨董などにも造詣が深かったマスターの接さんは、政治家や学者、芸術家との多彩な交流があった。丈衛さん(接さんの次男)の小学生時代、父親は喫茶店を家族や従業員に任せ、一年の半分は海外に出ていた。世界中の港を訪ねてカメラに収めたり、大学の先生と中近東を調べて回ったり、共産主義者の芸術家の集まりに顔を出してみたり―。だが、そんな生き方が人々を引きつけてやまなかった。
  • 「『邪宗門』の屋号を持つには条件があるんですよ」と名和さんは子供っぽく笑う。一つは、儲からないこと。もう一つが、マスターは手品師である、ということだ。
  • 「文教都市・国立」の顔とも言える存在だった喫茶店。国立駅前の一角に隣り合う「邪宗門」と「ロージナ茶房」はその代表格として市民に愛されてきた。国立市内にはたくさん喫茶店があるけれど、皆仲が良いですよ。お互いに客を引き合い分け合いっこして商売は成り立ってる。自分らしさを出せば共存共栄できるんですね。(私が)いつも店の中の客席に座っているのは、私自身もこの自分らしい空間が好きだからなんです。
  • 1924年の夏。堤康次郎たちは山林100万坪の買収計画を説明。1反(300坪)当たり千円という金額を提示した。当時は1反100円から200円が相場で、破格の高値だった。康次郎には夢があった。広大な山林を切り開き、ドイツのハイデルベルクのような「学園都市」に整備する壮大な計画である。「父にそれを勧めたのは大隈重信だったようです。『欧州には学園都市がたくさんある。君はまだ若いのだから一つ考えてはどうか』と。あちこち土地を探した結果、たどりついたのが国立でした。
  • 湯島、亀戸とともに「関東の三天神」と呼ばれる谷保天満宮には1100年の歴史がある。菅原道真の三男道武は父の大宰府左遷に伴い、武蔵国に流された。そこで父の死を知り、祠を祭ったのが始まりとされる。その道武の子孫が津戸姓を名乗り、天満宮を守ってきた。現宮司の津戸最さんで64代目になる。「きわめて野暮なこと」を意味する「野暮天」の語源にもなった。その昔、喜捨を得て神社の財源にあてようと盛り場だった江戸の目白にご神体を持ち込み、ご開帳をしたことがあった。それが10月(神無月)だったことから、「谷保の天神様は何とヤボな」と皮肉られたのだ。「その逸話が示すように谷保の読みは『やぼ』が正しい。それがいつのまにか駅名も地名も『やほ』になった。『やほてんまんぐう』じゃ力が入りませんよ」と津戸さんは笑う。
  • 建築材料を積んだリヤカーを自転車でひいて得意先を回った。遠く青梅にも得意先はいたが、隣町の国分寺にはいなかった。多摩蘭坂のせいだ。国立と国分寺を分かつ、この坂は傾斜がきつく「たまらん、たまらん」と言っていたのがその名の由来とも言われる。
  • 山口瞳の「子分」を自認する嵐山さんは、国立が好きな理由のひとつに「学校」を挙げる。学生がたくさんいる。安い食べ物屋がある。どこからともなくブラスバンドの音が聞こえてくる。街に青春があふれているという。「青臭いところもあるが、心は穏やかで、清潔感があり、歩いていて安心する。一言でいうと、便ボーだけど、ココロザシがある街なんです」
  • 「国立で一番背の高い木にしたいんだ」。生前、山口が話していた庭のミズキは今、13メートルの高さに育った。「夏になると白い細かな花をつけるんですよ」と治子さんがほほえむ。
  • 敗戦。女三人でリヤカーを引き、廃材のトタンや畳を集めた。12月、復員した夫は粗末な掘っ立て小屋で震えている家族を見てショックを隠せなかったという。やがて「砂川闘争」が起きた時、夫は農民のリーダー格になった。軍靴の響き、燃え落ちる姿―。その信念の根底にあったのが戦争への憎しみだった。
  • 砂川闘争史上で最大の激突があったのは56年10月13日のことだった。午前11時。測量隊を援護する形で2千人の武装警官隊が拡張予定地に迫り、農民や労働者ら5千人と対峙した。断続的に降り続く雨の中、衝突が始まった。スクラムの最前列にいる人たちが一人ずつごぼう抜きされていく。振り上げられる警棒、肉を打つ音、怒号、うめき声。あまりの苦しさに「お母さん」と叫んで倒れる女学生もいたという。負傷者730人、検挙者13人。これまでも衝突は繰り返されてきたが、これほど多くの人が傷ついたのは初めてだった。反対同盟の戦いは「無抵抗の抵抗」だ。殴ったり、物を投げたりはしていない。なのに、どうしてこんなひどい仕打ちをするのか。どうして、どうして、血を流さなければいけないのか。みんな同じ人間じゃないか。悔しさでいっぱいだった。疲れきって夕方を迎えた。誰かが歌うのを栗原さんは聞いた。その輪が次第に広がった。みんな泣いている。警察官は黙って下を向いていた。労働歌ではない。懐かしい歌。それは「赤とんぼ」だった。警官隊の中には涙ぐむ人もいた。機動隊の巡査は8日後、「私の人生観は砂川で変わりました」という遺書を残し自殺した。砂川から帰ると直ちに辞職願を出し、郷里で福祉の仕事についた警官もいたという。
  • 日野町は「衛星都市」を目指していた。戦後復興に伴って東京への人口集中が進み、住宅不足が深刻な問題になっていた。そこで郊外に職住近接の新しい町をいくつか設けて、人口と都市機能を分散させようとしたのが政府の「衛星都市構想」だ。そのための市街地開発地区に日野・八王子地区が指定され、「衛星都市第1号」といわれた。日野がいち早く名乗りを上げたのは、働く場として日野自動車や富士電機など戦前に誘致した大工場があったからだ。
  • 「当時の技術者が優れていたのは、この建物を配置する際に人々の心を潤す領域を大切にしたことでした」自然の地形を生かし、植栽を増やし、コミュニティの場を確保した。欧米の高層住宅の多くが今、老朽化とともに荒廃し、犯罪の温床になっている。手がつけられなくなり、爆破除去された団地もある。高齢化などの問題を抱えながらも日本の団地がこうした事態にならないのは「領域」の豊かさにあるという。春には桜が咲き誇り、夏は盆踊りの輪ができる。秋の運動会、暮れの餅つき大会。井戸端会議があり、回覧板があり、同好会の集いもある。
  • 「日本初のカラーフィルムが日野で生まれたことを知る市民は今では少ないかもしれません。」
  • 八王子市みなみ野にある「日野オートプラザ」は96年にオープンした日野自動車の博物館だ。50年前のボンネット型トラックや、日野ルノー、コンテッサ―。往年の車が並ぶ。その中でひときわ目を引くのが軍用自動貨車「TGE-A型」。前進の東京瓦斯電気工業が戦前に造った国産トラックの草分けである。
  • 「当時の多摩動物公園はまさに山の中にありました」と振り返る。京王動物園線はまだ開通していなかった。動物舎も「アジア園」だけ。それでも5月5日の開園日はものすごい人出だった。約2キロ離れた京王線の高幡不動駅から長い列が続いていたのを覚えている。
  • いずれもオスのコアラ2匹は「タムタム」と「トムトム」と名付けられた。「多摩の夢」「東京都の夢」という意味が込められていた。
  • 童謡「夕焼け小焼け」の作詞者として知られる中村雨紅の戸籍上の誕生日は2月6日だが、実際は1月7日だった。山奥の冬は厳しい。生まれた時、逆さにして振り、蘇生させたという話もあり、無事に育つか分からなかった。1ヶ月ほど様子を見て、届け出たと言われている。

2011年12月25日日曜日

本「さらば国分寺書店のオババ」【11年27冊目】

<本の紹介>
笑撃のパワーの中に天才的なセンスがキラキラしている、著者のデビュー作新装版。初版当時、「スーパーエッセイ」という発作的創作ジャンルをつくり出した伝説的作品が甦る。

<メモ>

  • 津田塾大学というとこれはまぎれもない女子大であり、大学の横にはあの太宰治が投身自殺した玉川上水が流れ、春には武蔵野の野鳥のオナガなども飛んでくるし…
  • いつだったか伊豆急の伊豆高原駅で早朝、電車を待っていたら、三人しかいないのに「まもなくナントカ行きがやってくるから白線の内側までさがれ」などと言っていたのでおかしくなってしまった。1時間に2本しか電車が来ないのだから、みんな列車の到着時間はわかっているし、ときどき時計をみては、あと5分ぐらいかな、などとぼんやり待っている。
  • 昔から警官と教師と坊主というのは、日頃の行動がつねに抑圧されているから、なにかの時にはもっともスケベになる日本の三大チャンピオンである、といわれている。