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2026年6月1日月曜日

PCがブラックアウト

して何もできなくなり、あたふたしていたら朝を迎え。。
起きたらそれが夢だったことに気づいてめちゃくちゃホッとした今朝。

ちょっとこれがお告げだったら嫌だなと、朝から慌てて月1のバックアップを取り、ひとまずは一安心かなと。

でも機械はいきなり壊れますしね。。
壊れることも想定の範囲として、スケジュールに余裕を持たせるとかしておいた方がいいよなと思う今日この頃です。

2026年5月21日木曜日

立川の子育てのいいところ考

先日の西日本への旅で、
・手塚治虫が宝塚で育ったからリボンの騎士を描けたことや、
・津和野での原風景が安野光雅を育てたこと、
・また自然豊かな「しまね留学」の人気が高まっていること
なんかを見てきて、
そして先日のPLAY! では安西水丸の展示の中で「当時の千倉はひなびた地域で、文化的には何もない所でした」と紹介されつつもその環境が安西水丸の原点になったことが紹介されていて。

そんな数日を過ごして「そっか」と見えてきたのが
「立川が持っているものの多さ」。

立川には、山や海があるわけではない。
でも、昭和記念公園には1年中季節の花が咲いていて、サイクリングや日本庭園、BBQを楽しむことができたりする。そしてここがイベント会場になることで、蚤の市や箱根駅伝の予選会、グルメフェスやペットのフェス、スポーツやアウトドアのフェスなんかも行われ、大きな花火大会もまちにある。
パブリックアートの発祥ともいえるファーレ立川ではさわれるアートを楽しむことができ、立川ステージガーデンやリスルホール、国立音大ではコンサートや演劇、PLAY! では毎回楽しみな展示が行われ、たまに恐竜ショーでまちを恐竜が歩いてたり。
スポーツも立川ダイスにアスレ、ジークスターや東京ヴェルディ、立川競輪やいろんなスポーツが身近でアリーナや競輪場で一流の試合を観戦でき、楽しめる環境がある。マオリンクではスケートの体験も。
買物はルミネに伊勢丹、高島屋にグランデュオ、ららぽーと、IKEAにecute、ドン・キホーテみたいな大型商業施設がずらっと揃ってそれぞれを楽しめて、グルメだって市内に1,000店近くの個性的なお店が揃い、いろんなお店を巡りながらおいしい食事を手軽に楽しめる。
モノレールの車両基地や自衛隊の基地の一般公開、北極・南極の科学館があったり大地震を体験できる防災館や国文学研究資料館、国語研究所や海保試験研究センターの一般公開も貴重な機会。
ロケやアニメの聖地としても、問合せだけなら年間800件を超え、とあるや怪獣8号、最近だと超かぐや姫の聖地として多くの人が訪れ、テレビやスクリーンに自分のまちが出てくる体験、エキストラとして参加する機会としても楽しめる。そしてスクリーンと言えば、シネマシティでは極上爆音上映。キノシネマとTOHOとまちに3つも映画館のあるまちも少ないはず。まんがぱーくなんてマンガ好きにはたまらない施設もあったり。
秋にはイチョウ並木&日本庭園のライトアップ、そして冬にはサンサンロードのイルミネーションでまちがキラキラ。
農業だって都内有数の生産量を誇る立川には収穫体験の機会も多い。まちのお祭りも諏訪神社の例大祭やよいと祭りのような大きなお祭りが残っている。

もちろん市内だけでなく、近隣エリアまで足を伸ばせば山へのキャンプも、川や海での水遊びだって全然行けない距離じゃない。

大人も毎日楽しめるまちだけど、特に、子どもたちにどんな風に育ってほしいかを考えた時に、なんでも吸収していくその時期により多くの、ひとつでも多くの体験を通して好きなことを見つける機会がまちにあることは立川の大きな売りだよなと改めて思った次第。

立川は「子育てのしやすさ」もそうだけど、「子どもたちにたくさんの経験をさせてあげられるまち」としてはちょっと飛びぬけているかなと思った直近の数日でした。

2023年12月3日日曜日

立川近辺でのMICE

最近、立川の観光コンベンション協会に関わるようになり、この数か月で一気に立川の観光ドメインの人たちとの接点が広がっている。

これまでも立川の決して少なくはない人たちとつながりがあったと思っているけれど、切り口が立川食べ歩き隊ベースな以上、「Facebookをやっていて、立川の食に興味のある人」がメインだった。「食」と「観光」は関連する部分は多いけど、切り口を変えるとそこに属する人たちとつながれるのはとても嬉しいところ。

「立川の観光」目線で外の人と中の人と、つながりながらできることが増えていくといいなと思っています。


ただ、入ってみて立川には大きく横たわっている問題が1点あることに気づく。

立川は、「泊まれない」。ホテルはほぼ予約がいっぱいな状況がずっと続いていて、この先パレスホテルもなくなるという。その上で、観光の文脈やまちづくりの文脈でイベントは増えて来ていて、立川ステージガーデンにはファンが集まるイベントが結構あるけど、大阪とかから追っかけてくる人たちが泊まる場所がない。

日帰りしか受け入れないのでは飲んでも早く上がるしかないし、この問題をどうするか、解決策が必要だなと思っています。どうするべきなんだろう。。

2023年12月1日金曜日

3ヶ月で積めた試行錯誤

前回のブログ記事から早いもので3ヶ月が経ってしまった。


「何を書こうかな」と思っていくつか案は考えたものの、前回の投稿を読んで「あ、3ヶ月前はここにいたのか」と思ったのでその話を。


前回「何度も誘うのは迷惑かもしれないけど、自分の声をかけたい人にはかけるべき」みたいなことを書いていたけど、ここからの試行錯誤で自分が認識したのは「上記の正しさ」と、「これまでやりとりがなくても、コミュニティに入るきっかけを求めている人は意外と多い」という事実。

というのも、自分は立川食べ歩き隊の隊長。立川食べ歩き隊で何かを企画するなら、全員が自分のことを知らなくても意識はしてくれている、という立場。

そんな隊長の立場の僕から「今度こんなイベントをするのでよかったらどうですか?」と声をかけてみると、「自分も参加してもいいんだ」と思ってもらえる人もいる。これを一般メンバがやると、ただのナンパと取られてしまうケースもある中で、組織の長がやることでグループとしての歓迎の意志を表すことができるのだ、と認識したのがここ数か月でした。


悩んで、やってみて、わかったことがあって。うまくいったことは続けて、ダメだったことは別のアプローチを考えて。それを繰り返しながらも、3ヶ月前とは全然違うところに来れていることを実感したので、ちょっと嬉しくなってそんなことを書いてみました。^^

2023年9月4日月曜日

イベント連発について思うこと

最近、自分で企画するものが増えていて、中でもその会を成立させるために自分も仕入というか、バスの費用だったり飲食店との最低金額(人数)の約束だったりをした上で開催するケースがちょくちょくある。

それはそのリスクを負うとできることが増え、イベントの付加価値は大きくなるのだけど、ある意味ノルマのような金額的なハードルが設けられることになる。 達成できなければ、自腹で払うことになる。それでもやるかというところで判断(と覚悟)が求められる。

まぁ「やりたいことは、やるべきことだ!」が合言葉なので、基本はやってみる方向にいつもなります。笑。


でも、そういう企画をしたときに、声をかけたい人はわりと一緒だったりする。自分が楽しい時間を一緒に過ごしたいと思って企画しているのだから当然そうなってしまうのだけど、イベントを連発して企画すると、どうしても何度も同じ人に声をかけることになってしまって、申し訳ないなと僕も思うし相手もどこか1回は来てくれても、他は断るケースが多く、何度も断るのいやだろうな~と思いながら声をかける、という形になりがちなのが最近の悩み。

ただ、自分は「人生は短くてできることはできるときにやっておきたい派」なので、「絶対にこの人が一緒じゃなきゃこのイベントはやらない」というもの以外は、その日に来れる人たちと一緒に楽しめればいいや、で企画することが多い。その、「その日に来れる人って誰」というところで声をかけやすい人から声をかける感じになる。


もし自分が声をかけてもらえる方だったら、行けたのに声をかけてもらえなかった、それを後から知るのは残念に思う。なので、人からされて嫌なことはなるべくしない精神に則り、僕から「断ってくれて全然いいけど声はかけとくね」と今日も声をかけています。

人によっては、「自分の仲良ししかいない集まり」なら参加しやすいけど、「自分も知らない人がいる集まり」はそれなりに心の準備をして参加したいって人もいる。

そういう相手のスタンスや性格にもケアできるところはケアしつつ、僕自身はできればより多くの場所やお店に行ってみたいし、それを通していろんな出会いをしてみたい。世界が広がっていく感覚を味わいたい。


その辺、相手に合わせすぎると自分は我慢をする形になってしまうので、ある程度は割り切って、「僕が僕のやりたいことをやっているので、一緒に楽しんでくれる人は一緒に楽しみましょう」という感じで進めていくのが自分の精神衛生的にはいいのだろうなと今日も企画を練っています。

2023年8月20日日曜日

Noのコレクション

先日の飲み会で「私は自分から声をかけて断られたら少なからずガッカリもするし、また断られたらと思うとだんだんその人を誘えなくなる」って言う人がいて、「そういう感覚の人もいるのか」と新鮮な反応をしたら「普通はみんなそうだよ」と言われてしまった。


でも、そこでいちいち意気消沈していたら、話は全然前に進まない。

企画自体が面白くなかったかもしれないし、たまたま興味のある分野じゃなかったかもしれない。興味のある分野で面白そうな企画だと思ってもらえたとしても、それがその人の空いてるスケジュールではなかったかもしれない。

仮に空いていたって、最優先は自分の家族や仕事のこと。その優先順位がある中で、その息抜きの時間や他の友だちとの予定がないときで、場所的にも行ける距離。費用もまぁ割高には感じない。そんなときだけ、だいたいの人はOKをしてくれる。


自分の企画の魅力をあげることも必要だけど、自分が働きかけられる範囲を超えた、不可抗力ともいえる要素がたくさんあるのが当たり前。どちらかといえば、Noと言われるほうが確率が高くて、全滅の可能性だってあるのが企画をするということだと思う。

それでも、だからこそいい企画ができることは価値があるのだし、来てくれた人は自分の誘いに応えてくれた、というのが企画した側としてはとても嬉しく感謝もするし、考え方として確率論を頭にいれながら考えていかないといけない。

要は成功率の法則。

「より多くの人に会えば、より多くのYesに会える」ということ。


最近、企画をたくさんしすぎて、結局声をかける回数も増え、それに比例して断られることも多々ある。でも全然めげる気はしない。断られる中でも、「その日は行けないけど、どっかで飲みたいとは思ってたから別途行こうよ」「こういうの好きそうな人がいるから、今度紹介させてよ」なんて新しいつながりや機会がNoの中からも生まれてくる。(こともある)

だったら、YesでもNoでも、やらないよりはやった方が、声をかけないよりはかけた方が意味がある。少なくとも、自分が来てほしい、連絡を取れたらいいなと思っている人には。


そんな風に考えて自分は企画をしているし、だから断られること自体はYesを増やすためのNoだしまったく気にならない。むしろそれがないとYesは増えないから、ありがたいと思っているところもあるくらい。

そんな考え方でやっているよと伝えたら、珍しがられた、という話でした。


でも、僕はこれでいいと思うんですけどね。

2022年9月26日月曜日

ゆでたまごをきれいにむく選手権

昨日、久しぶりに実家で母と話していたときのこと。

自分「一応、健康のために毎日たまごを食べるようにしてて」

母「ゆでたまごの殻、きれいに向ける?私はうまくできないことが多くて苦労した」

自分「え、苦労したことないかな。。コツがあるじゃん」

母「私も知ってる。最初に○○して…でしょ」

自分「え、そんなのしなくてもできるでしょ。どっちかというとちゃんと時間測ったりする方が大切じゃない?」

母「時間なんて測ったことない」

自分「そしたら、どっちがきれいでおいしいゆでたまごをつくれるか勝負する?」

母「いいわよ」


というわけで、いきなりゆでたまごを作り合うことになりました。^^

結論からいうとどっちもおいしいゆでたまごはできたのだけど、このお互いのやり方の違うところをコメントし合うのが結構楽しくて。

実家に帰って、ただお互いの「最近どう?」みたいな話をしているだけよりも、「こうするでしょ」「えーそんなことする?」「あ、それはありかも」とかやりとりできる時間をつくる。かつて自分が家にいた学生時代、少しでも料理に興味があったなら母とこういう時間ももっと持てたのだろうなと思ったのでした。


一緒に暮らしていく人と、なにかを一緒にやってみるっていうのはお互いのことを知っていくためにもとっても大切だよなと感じた一幕でしたとさ。

役割を決めて分担することも効率的だけれど、たまには交換してみたり、教えたり教えられたりしながら、コミュニケーションを楽しんでいくスタンスは忘れないでいたいと思います。

2022年9月18日日曜日

コロナ禍のマスクの進化

先日、家の掃除と整理をしていたら、おそらくコロナ前に購入していたであろうマスク(40枚入り)が出てきた。箱はすっかり色あせていたけど、個包装のビニールに包まれていたので「まだ使えるかな」と思って1枚つけて過ごしてみた。

そしたら、マスクのサイズが今買えるものよりもだいぶ小さいのと、なんとなく厚さも薄い感じ。。息がしづらくて人のいないところではすぐ外してしまった。

そして、「これを使うなら他のマスクの方がいいな」とそこから2枚目の封を開けていない。


片や、先日「へぇ、こういう形のマスクもあるんだ」と思ってちょっと高かったけど買ってみた三つ折りマスク。これがめちゃくちゃ快適!「今までしていたマスクって息のしにくいタイプだったんだ…」とその日は自分の無知というかいろいろ試さずにきてしまったことを後悔して、週末に三つ折りタイプのマスクをたくさん買ってきた。

マスクをしていても、口の周りの空間が確保されていると快適さが全然違いますね。

僕はもうこれでいく。


思いがけず、この2年半の中でマスクも大きく進歩していて、生活の中での不快感を減らす方向にどんどん進歩していることを実感したできごとでした。

比べる対象があると、その進歩がよくわかるなとか。


みなさんもぜひ三つ折りマスク試してみて、気に入ればつけてみてください。

元気で再会できるといいですな。^^

2022年8月13日土曜日

速さと覚悟と精度と責任感

1ヶ月空いてしまったこの間、怒涛の忙しさとともに過ごしてました。

初めてのことばかりが起こる毎日に立ち向かっている中で、改めて感じたことがタイトルの話。


仕事の速さや精度って、何度も繰り返すことで上がる部分もあるけど、結局は覚悟とか責任感の問題では、ということを感じます。


「その仕事を意地でもやりきる覚悟があるのかどうか」

「その仕事をその人自身が責任を持って果たそうとしているのかどうか」

「その仕事を通して何を得て、どこに向かおうとしているのか」


そういうところを持っていない人に、どれだけ仕事の速さを求めてもスピードは速くならないだろうし、細かいところで自分の作品として見せる意識がないなら精度も上がってこない。

できていないことに謝りはするのだろうけど、それを次に活かそうとする意識がない。それは報告の内容からも熱量として伝わってくるし、言われなければ言ってこないような態度からも伝わってくる。何を伝えても、伝わるのは自分でしかない。


本当に終わらそうと思っているなら、その思いを伝えて協力を求めていくべきだし、それで途中で言い合いになろうがそのスピリットさえ伝わっていれば、最終的に一緒に乾杯もできる。

相手が忙しそうだからとか、大変そうだからとかで自分の手を止めている場合じゃない。手伝ってもらわないと進まないことは手伝ってほしいと、わからないところはわからないが理解したいので教えてほしいと、外聞なんか気にせずに聞いていけばいい。


そういうスピリットを見せながら仕事をしてくれる人は、社内外関係なく一緒に働いていて楽しいし、結果としてうまくいく仕事になるケースが多い。

そういう人たちとたくさん仕事をしていきたいし、自分も相手に「一緒に仕事をしたい」と思ってもらえる人であるようにまだまだ速さも精度も求めていきたいと思う。

2022年7月17日日曜日

20年前の夏

 最近ふと、20年前の夏にMITに短期留学していた頃のことを思い出したりして。



あの夏の経験を今、写真を見返しながら思い返して、2つ思い出したことがあったので忘れないうちに書いておこうと思う。


1. 「きじはグッドコミュニケーターだから、どこに行っても大丈夫だね!」

この留学中、英語をロクに話せない自分はどんどん間違った英語やカタカナ発音の日本語と身振り手振りと表情を駆使してコミュニケーションを取っていた。なんとかコミュニケーションを取らなきゃ楽しめなかったし、知りたいことはそこら中にあったし。

そんな風に過ごしてるうちに、誰にだったかはもう忘れてしまったけど現地でこういう風に言ってもらえて、日本語同士でなくてもやりとり楽しんでいけるかもと大いに自信を持って帰ってきたんだ、と思ったのでした。


2.知らないことだらけだったから面白かった

そして、まったく知らない土地に行き、そこで交わされている言葉や習慣になっていることを知り、覚え、自分でも使ってみる。やってみる。最初はできないものも、やろうとしているうちに教えてくれる人が見つかったりして買い物もコミュニケーションもできることが増えていく。手に入れたときはまったく知らない場所ばかりだった付近の地図も、毎日「あそこに行ってみよう」「歩いてみよう」としているうちにどういう人たちが住んでいて、どんな建物が建っていて、どんなお店があるこんなまちなんだとわかってきて、毎日の進歩が見える。

それが楽しかったし面白かったんだなと。


今思うとこの2つはその後も何度も求めるように進路を取り、ワクワクしながらその中に飛び込んでみて一番弱い立場からスタートして乗り越えて、そのたびにできることを増やしながら自信にしてきたのが自分がこれまで来た道だよなと。


そして、これを書きながら、そうやって自分の安全地帯を増やすことを年齢を重ねるうちに少しトーンダウンさせている自分がいることに気づいたり。何も知らない場所に飛び込むことも、コミュニティに飛び込むことも減ってきているかもしれない。まだまだこんなに世界は広いのに。


ちょっとここらで気合入れて楽しんでいきたいと思った振り返りでした。

2022年4月17日日曜日

人とのつながりのつくりかた

 昨日(4/16)の千夜一夜で、「人のつながりのつくりかた」についての話になったので少し考えを書いてみたい。


基本的に、あまり人数を増やそうとは思っていないところがあるので、自然と増えていったとしかいいようがない。自分のやりたいことを考えて、それをしていく。それを自分が企画をしたり仕掛けをつくったりすることもあれば、何かのイベントに参加して、話す中でつながっていくこともあるんだろう。

目の前にいる人たちと楽しいことをしていく、自分も周りの人たちもやりたいと思うことベースでつながっていったイメージはある。


昔、やっぱりこういう話になったときに、社会の課題や自分たちの取り組むべきことに対しての問題意識が共感を集めて活動は知ってもらうことができ、広がっていくよね、なんて話をしていたことを書きながら思い出した。

これは根底にはあるかもしれない。なぜやろうと思ったのか、それが共感を呼ぶものであれば、その活動に取り組んでいるだけで関わってくれる人は増えていく。あとはどれだけワクワク取り組んでもらえるものにできるか、自分もそれに取り組むことにやらされ感を感じずに熱量を注ぎ込めるか。


そういう取り組んでいるこちらの思いは伝わるものだと思うし、それさえあれば、時間はかかっても広がることを止めることはできないのではないか、とか。こちらが止められるものなら止めてみろ、というテンションでやり方は100万通りあると思って取り組んでいるのなら、それを止めることはできないようにも思う。

それでも、新しい取り組みを始めるといつも初めて出会う人がいて、そういう出会いで大きく視界が開けるときがあったりして、何をしても楽しいしそれだけ世界は広いのだと感じることも多々ある。まだまだ出会えていない、面白い人たちが世の中にいるのだろう。


まずは元気で、なにかをやりたいと思ったときにやれるエネルギーと余裕のある状態を維持しておきたいと思う。


2022年3月13日日曜日

正義の構造とロジカルシンク

コロナの話と、ロシアが戦争を仕掛けた話と、時期的に3.11の話。

ニュースの中も、SNSも、この話が溢れかえっている。

どれも二元的な善悪や誰か(何か)の問題を解決すれば全てがOKになるような話ではなく、人の数だけ考え方や正義はあり、それぞれの立場でのGOALを目指してアプローチをしている、という意味ではわからんでもないところはある、というのが正直なところ。

そういう意味では、動物的というか、放り込まれた世界で自分の生存をおびやかすような火の粉は払っていかなければという本能のようなものを大いに感じる昨今。まぁ、それ以上の「欲」をベースに動いている人もいるようだけれど。


ただ、そのニュースや考え方を見ているのはとても興味深い。

発信している人たちのロジカルシンクの程度が見えてくるし、自分の中でも触れた情報を整理して理解できている得意分野となる範囲と、そうでなくまだまだ解像度が低くて「判断にはこれとこの情報もあった方がいいな」と思うような話もあったりするし、「正直どうでもいい」と思う話も多い。

そもそも、興味がどの程度あるかの点で、自分のコントロールできない世界の話に自分はあまり興味がない。興味がないことで失うものがあるだろうし、この先のリスクになって返ってくることはわかっていても、自分にできることに集中したいという思いの方が強いのだなと思う。その結果、いい結果につながればうれしいし、他の人も喜んでもらえることになれば楽しいとは思うけれど、そこを目指してやってはいないということはあるなと。


で、そういうニュースとかの情報をロジカルに図解して自分がどこまでわかっているかを自分が把握していくために何かいいツールがつくれないかなと考えているのが、最近の自分ですかね。

文章にしてみるのも図解をしてみるのもありだと思う。頭の中だけで考えずにアウトプットして、それを他の人に見せて、認識を周りの人たちと合わせながら、知恵と知識を集めながら前に進んでいけるといいなと思います。

こういう役回りは、パズルが好きだった自分は得意だし楽しいのだろうとつくづく感じる。

2021年11月7日日曜日

追加

昨日、立川の成り立ちをまとめた本を読んでいて、立川は一時代が変わるたびに新しい人種が「追加」されてきたまちなのだ、と書かれていて「それは確かに」とか考えていて、一夜明け。


1人の人も、新しい面を「追加」しながら暮らしているよな、とか思いました。

・両親の息子、祖父母の孫としての自分。

・弟、妹ができれば、兄としての自分。

・学校に入れば、生徒として、誰かのクラスメイトとしての自分。

・また他校との間には、どこどこ校の生徒という自分。

そういった半ば強制的なものから、自分で選んでいく部活や、文理の選択、趣味でのグループ、職場、新しい取り組み、住んでいる地域やまち、そして誰かの夫であったり、子どもができれば親としてという一面も持つことになったり。

その中には、一生その相手とは立場が変わらないものもあるし、数年間という縛りで自動的に「元」がつくような立場もある。今はそれでなくても、そこにいたことは消えはしない。また、職業なんかはステージが分かれていて、「何年経験しないと(=このくらいの経験値がないと)次のステージには上がれない」なんて性格のものもある。


そのそれぞれにベストを尽くしたくても、持ち時間の100%をそれぞれに費やすことはできなくて、その中ではそれぞれの人が100%をどう分けるか、時間の配分を考えながら暮らしている。今の自分が大切にしている立場や役割、求められていることって何なのか。


そして、その配分は適度なバランスを見つけても、この先、新しいものがまた追加されてバランスを取ることを続けなければいけないのだろうし、それは今していることの時間を奪うこともあるかもしれない。


元気なうちに経験できることはしてみたいと思ったりするけど、思いとは裏腹に使える時間は仕事に大半を費やされ、年齢を重ねていくと体力も衰え、健康でなければできることは限られ、使える短い時間の中での同じ期間でもできることは減っていく。


では、どうするか。

まずは、「持ち時間を減らさない」という意味で健康で過ごせる時間を1秒でも伸ばすこと。そして何からしていこうか(逆に何はしないか)を考えるプランニングと、ひとつひとつに取り組むスピードをあげること、この3つなのかな。

あともうひとつ。周りの人の力や知恵を借りたりすることを考えるのも、とても大切か。同じ時代に暮らしている仲間たちとの情報交換は、自分個人のやりたい何かを実現することをより楽しくしてくれたり、早めてくれるかもしれない。そして、逆に自分が、そういう相手の何かの助けになるかもしれない。一緒に取り組むチームを組んでいるなら、相手と同じ意識で同じ方向を見て進めていけるかっていうところも大切にしたいところ。

そういう意味でも、いろんな人たちとコミュニケーションを取りながら持ちつ持たれつ、暮らしていきたいと思う。


そんな暮らしをしながら、次はどんな新しい一面が追加されていくことになるのか、お互い楽しんでいければいいですな。

2021年6月27日日曜日

ありがとうレトロ

先日、早稲田にあるひとつのお店が20年の歴史に幕を閉じた。


▼ル・カフェ・レトロ閉店 / 最後のバースデーのお知らせ

https://lecaferetro.jp/wp/?page_id=694


ル・カフェ・レトロ。23区内での自分たちの活動拠点のひとつとして、本当にお世話になってきたお店。

オーナーの松吉さん、(当時)店長の竹中くんには、「こういう企画やりたいです」「いいね!」というこちらからの持込企画も、「お店、こんな風に使ってもらえない?」「いついつのイベントシーズン、なにか仕掛けてよ」なんてお店からのオーダーに応えることもあったり、両手では収まらないくらい一緒にこの場所でイベント企画をさせてもらってきた。立川に活動拠点を移してからはごぶさたしてしまったけれど、個人的には思い出の詰まったお店。そんなお店にもついに終わりがきた。寂しくも、ひとつの時代が終わった感覚。


このお店との最初の出会いはいつだったろう、と遡ると、きっかけは援農企画「畑楽」をした2009年だったなと。この企画は直接お店とは関係はなく、「畑の隣にDJブースを立てて、音楽を楽しみながら農作業を手伝い、取れたての食材をその場で東京のシェフが調理し、現地の地酒と一緒に楽しもう」という企画でした。これはこれで楽しくて、今思うとだからこそ次の展開につながったいいコンテンツとメンバーが揃った企画でした。

▼畑楽 BREAK BEANZ

https://www.youtube.com/watch?v=7SH3fyQaG6g&t=120s


そこから、一緒に行ったメンバーと「同世代の懐メロでも流しながら、隣の仲間たちとその曲当時の思い出を話せるイベントとかあったら、人がつながっていきやすいよね」とそういうことのできるお店を人づてに探しつながったのがレトロでした。コンセプト的にも、古きよき友人とまた出会う場所、をテーマにしているところがばっちりでしたね。^^


そんな形で始まったお店との関係では、PartyTimeと称した貸切交流会イベントを不定期でさせてもらったり(DJセット持込+mixテープのCD配布)、イベント時にはオリジナルのマンガカクテルを「ドラゴンボールのドラゴンハイボール!」とか「ドラえもん」「ワンピース」「北斗の拳」なんて漫画のキャラクターや名台詞をイメージしてつくってもらったり、マンガナイトでは各お店に置く本棚企画をスタートさせてもらえたり、盟友山内くんとフォトトランプの写真展をさせてもらったり、2010年のサッカー南アフリカW杯のときはパブリックビューイングもさせてもらったり(階段にも座るくらい、お店壊れるかもと思った人の入りでした。懐かしい)。奥多摩でのサイクリング「奥トレ」のオフ会なんかも都心の方が集まりやすいメンバーもいたので、何度も使わせてもらってきました。


基本的にはこちらのやりたいは全部受け入れてくれながら、料理は「炭水化物多めで」とか「立食でもつまめるもので」とかざっくりとしたオーダーにも応えてくれて、さらに「俺ならこうするかなー」って+αしてくれるお店からの提案もあり、お店ととてもいい関係が築けていたのが自分の中ではとてもやりやすく、あの頃のレトロで培ったそういうイベント運営側の経験値と「人を集め、集まった人たちの楽しみとできることを増やしていく」方向性は、今はアラウンド立川での飲食を楽しむグループ「立川食べ歩き隊」として活かされているなと感じますね。


20年のお店の歴史からしたら、2010年~2015年あたりの5年くらいの短い期間でしたけど、あの時できた縁を大事に、レトロがなくなってもそこでつながった人たちと別の場所、別の形でまた何か、これからも一緒にやっていけたらと思っています。


長い間、お店の運営おつかれさまでした。

ありがとうレトロ。

大きな感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございました。

2021年5月9日日曜日

方向性を伝えることの重要性

先日、全社のオールスタッフミーティングがあった。

その場で、自社の全体としての状況の共有や、自分の管轄している本部のこの1年の成果や課題、またそれを受けての今年1年の方向性を発表させてもらったりしてきました。

コロナ禍でこれまで続けていたスタイルでの仕事ができなくなったことはありましたが、それに合わせて形を変えた仕事、また形を変えるために生まれた仕事に合わせて対応できた面もあり、業績も前年比でプラスにはならなくとも、それほど落とさずに終われたのはよかったなと思います。

また、それなりにGW前から作り込んだ資料だったので、発表自体もいい形でできたかなと思うし、自分としても節目節目でこういう形で数字面や個々の成果を振り返れることはとてもいいリフレクションにもなっているなと感じます。


で。


その一方で、コロナ関連のニュースを見ていて思うのは、ここができていないなということ。今、国の全体状況と何を目指して取り組んでいるのか、それがどこまで進んでいるのかが不明瞭かつ、共感できるものではないことが1つ。

その方向性の上で、どんな課題があるので誰々にどうしてほしいのか、という形でメッセージを伝えることができていないことがもう1つ。

だから、個々の判断で動くことが求められてしまい、その判断が個々の間で背景や事情の違いから異なるものになっていくことに対して、分断が発生していってしまう。


総じて、リーダーシップが足りていないように感じる。国も、都も、市も。

であれば、自分はどうするのか。せめて自分の理解している進め方を明示して、自分はここを目指してこうしていくよ、という話が空中戦で終わらずに、地上戦になるようにアプローチを変えながら進めていく必要があるんだろうな、と感じました。


なんにせよ、減ってきてしまっているコミュニケーションをどう増やしていくか。そういうところにもっとケアをしていけるといいなと思いますね。あと、もっとわかりやすい資料や見せ方がないのか、お互いの考え方を合わせるためにできることの模索とか。


安心して頼れるならそうするけれど、そうでないなら降りかかる火の粉は自分の手で払っていかないといけないなと思う最近です。

2021年5月2日日曜日

協力隊への協力隊

 出かけられないGW、昨日(5/1)は地域おこし協力隊を終えたばかりの友人からコンタクトをもらい、壁打ちに付き合っていた。

3年間という期限付きで仕事としてこれまでまったく縁のなかった地域に入り、その中で暮らした時間を振り返ってのリフレクションは、自分自身が経験したことのない分新鮮で、しかも着実にステップアップしてきたことが見て取れて「あぁ、いい経験したのだろうな」と聞きながら感じたものでした。

自分が生まれ育ったまちですでに地縁を持っていても、3年間の期限がなくても、そういうものを積み上げてこれない人が多い。その違いってなんだろう。


答えのひとつに、目標設定があると思う。

「いつまでに、何を(何かを)する」

これを持ちながら暮らしているかどうか。そして、

「それをするために、今はこの作戦で行く」

という戦略面の作戦を決められているかどうか。


そういう目標や当面の取組を設定できていなくても日々を過ごすことはできてしまうわけで、それを毎日積み重ねればその差はどんどん大きくなる。


自分もある程度、そういう「これからの進め方」は考えてきているつもりだけれど、まだまだできることはありそうだなと感じた出来事でした。


その地で頑張って欲しい、という思いと、そういう経験をしたメンバが立川に来てくれたら一緒に楽しいことも仕掛けられるんだろうな、という思いと両方を持ちながら、オンラインでの再会を楽しんだのでした。

2021年4月11日日曜日

まん延防止措置の中途半端さ

いよいよ明日4/12からまん延防止が始まりそうですね。(東京は5/11までの1ヶ月)

これ、立川も範囲に入っている(八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田)ものの、隣接する8自治体(国立市、日野市、昭島市、国分寺市、 武蔵村山市、東大和市、小平市、福生市)では入っている市はなく、とても中途半端な施策に感じます。

立川の人は、21時まで飲みたければ隣の市に行けばOKになる。


そして、この6市が選ばれた理由も基準がよくわからない。

感染者数だけでいえば、4/9までの数字で多摩地域はこうなる。(★が対象)


市町村 感染者数(4/9)
ーーーーーーーーーーーー
八王子市 2914 ★
町田市  2044 ★
調布市  1521 ★
府中市  1367 ★
三鷹市  1203
西東京市 1197
立川市  995 ★
武蔵野市 974 ★


1万人あたりの感染者人数にすると、こうなる。

市町村  感染者数/万(4/9)
ーーーーーーーーーーーー
福生市   68.94
武蔵野市  65.63 ★
調布市   63.43 ★
三鷹市   62.49
西東京市  58.05
昭島市   56.29
小金井市  55.17
立川市   55.06 ★
狛江市   52.39
羽村市   52.11
府中市   51.94 ★
あきる野市 51.5
青梅市   51.09
八王子市  50.56 ★
日野市   47.84
町田市   47.11 ★

どちらもで立川市より上位にいる三鷹市と西東京市はなぜ入らない?感染者数の割合でいえば、市内で行動していても感染する確率が高い福生市はなぜ入らない?

この6市だけが突出しているデータがあれば見せてほしいですね。どういう基準で選んでいるのか、知りたいところです。というか、多摩地域で1つの市だけで生活が完結している人はほとんどいないのだから、出すなら出すで全域に出すほうがまだ足並みを揃えられる。

「立川から入ってくるな」、逆に「立川には行っちゃいけない」そういうやりとりや、「いいなぁそっちは入ってなくて」という不公平感を助長もする。


感染者をまず減らすことを考えるなら、そんな部分的な施策でガクンと減るのか疑問。まずは、感染者の数をゼロを目指して減らしていきたいのではなかったのか。

コブ取りじいさんの話ではないけど、「減らした暁にはこういうことがしたい」はあっていいと思う。これからの暮らしの希望にもなる。でも、減らすことに注力せずにそのやりたいことは叶わない。まずは減らすことに注力をすべきだと思う。

そういう意味では、時間や行動を制限されないと減らせない自分たちを棚に上げて、制限されることを非難するのは順番を間違えているとも思うので制限は基本的に守る。その上で、今回指定から外れた地域がどういう動きになるのか(他の地域に足並みを揃えだすのか、それとも「自分たちは助かった、むしろ制限区域のお客さんが来てくれるチャンスかもなので積極的に営業しよう」とか言い出すのか)、は見ておく必要があるのかもとも思いました。


日野は新選組のふるさとを謳っているのだから、こういうときこそまちのお店の御用改めでも新選組の隊服を着てすればいい。いいPRにもなると思うけど。


2021年3月14日日曜日

効率と効果は違う

 先日のマルベリーフィールドでの講座を前に、「講座の参加人数が足らないので協力をお願いできないか」と相談があり、自分も知り合いに連絡をしたりする中で思ったことがあったので後日談として自分のしている工夫を書いてみたい。

それがタイトルの、効率と効果は違うということ。


「効率のいいこと」をすれば参加したい人が増えるのではない。

(しないよりはいい、というのは間違いはないけれど)


やるべきは、「効果の高いこと」。

20人しか参加できない講座をやるのに、何千人と声をかける必要はないし、大きな広告費用をかける必要もない。それよりも、自分の周りの、講座の内容で盛り上がりそうな「興味が合うことがわかっている人」や、講師とぜひつながってもらえたら次の展開が楽しみになるメンバー、また参加者同士としてつなげたい人がいる人とか、その場に集まることに意味を持つメンバーにその声をかける理由も伝えながら個別に声をかけるべきだと思っているし、自分はそうしている。ついでに別のことの話がしたい人っていうのでもいい。

誰でもよかったわけじゃなく、その人に来てほしいと思っていることを伝えたら伝わる人には伝わるし、そういう伝え方をしなかったなら逆に誰でもよかったというニュアンスで伝わってしまう。

ノウハウやツールで解決するのではなくて、熱意とともに1対1のコミュニケーションを重ねていくことが大切だと思いますね。


あまり、こういう部分は企画を考える中で意識されないのでは、と思える部分だけれど、自分の応援している活動で相談を受けたら話すようにしているので書いてみました。


るろうに剣心の刀匠・新井赤空のセリフではないけれど、

「俺を訪ねて、立川に来な」

そんな風に言えるくらいの相談する価値のある人になれたらな、とか思いますね。

2021年3月7日日曜日

つながる楽しさ

 最近感じていること。

1つ1つの仕事は小さなものかもしれないし、そのひとつひとつは一見、関りがないことに思えたりもする。でも、どこかでつながってくる。

それは、実績を評価して経験知として同じような案件の引合という形かもしれないし、単純に単価アップという形で評価につながるケースもある。また、お手並み拝見案件をしっかりこなしたことで、次の案件や別のお客さまを紹介いただくという形のこともあるし、そこで一緒に働いていた人たちが別の案件を持ってきてくれることだってある。「一緒にまた働きたいから」なんて言ってくれたらとても嬉しい再会になる。また、時間を経たことで別の話として進んでいたこと同士がフックとなる共通項を持ち出して一緒に進められるようになったり。

転職や離職後に相談をしてくれるケースもあるし、国の方針や世の中の情勢で向こうからテーマが降ってきたりすることも。

他にも、一緒に働いていた現場担当者クラスの人たちが、それぞれ何年か経ち役職につき責任とともに決裁権も持っていたりして、話が早くなったりする。

全然違った形で出会ったのに、気づけば一緒に仕事や活動をしていたり。


そんないろいろが、自分も少し年を取り、いくつかのプロジェクトを任されて担当してきた中で見えてきたり。大変だけど、やりがいや面白さという意味では、仕掛ければ仕掛けるほど形になるものもあったりして面白くなってくる。

思惑通りにいかないこともあるけれど、それをなんとかしようと取り組んでいれば見てくれる人もいて、気づけば思惑よりもうまくいくケースもある。先が見えない世の中に、先が見えないことに取り組んでいることって本当に面白いなと思う。

まだまだ、変わり続ける景色をたくさん見ていけたらと思う今日この頃です。

2020年12月13日日曜日

プレゼン力

今の職場での課題のひとつに、提案やプレゼンを任せられるメンバーの少なさがある。

結局、提案もプレゼンも量をこなすことで徐々に書きたいものが書けるようになっていくのだと思うけれど、その量をこなすために準備する機会がとても少ない。

そのために、「提案書を書いてほしい」と伝えても出てこない。出てきたものを、修正しないとお客さまの前に出せない。


文句を言っていても始まらない。

この部分を育てられるようにならなければ、より大きなステージは望めない。

そのための方策づくり、ネタづくりに注力する。

ここが来年のテーマかな、と思う最近です。