立川食べ歩き隊の隊長、そして立川観光コンベンション協会のプロデューサーをしている僕の個人的な見聞録ブログです。 立川の耳寄り情報や、イベントや企画の裏話、いろいろお出かけしてみた報告とかも。
2026年5月5日火曜日
【散策】Life is a picnicな休日
【散策】ポムポムプリン
【散策】青梅大祭
さて、やってまいりました青梅の駅前通り(旧青梅街道)!
ものすごい熱気!
山車がひとつ、ふたつ、みっつ、、1本道の先の先まで続いていて見通せない!
そして道行く人も半纏着た関係者も見物に来た人もでこの道が溢れかえって楽しそう!
2日間で25万人近くの人が集まるこのお祭り、立川からも何人も「毎年行ってる」って人もいるし、このエリアの本当に多くの人が集まっているのでしょうね。
山車が向かってくる大本も見通せなければ、通り過ぎた山車の行く先も遠くまで連なっていて、、ほんと規模がすごいですね。
それぞれにお囃子を担当する人、出しを引く人、全体を見る人がいてどれだけの人が関わっているのだろうという感じ。
立川の諏訪祭りも人出すごいなと思っていたけど、これはちょっとスケールが違うわ。。
なにより「いいな」と思ったのは、これがお神輿ではなく山車なこと。
山車なおかげで、小さい子でも、女性でも肩の高さが合わない人でも引くことに無理なく関われる。縄の長さを長くすれば、人数だって調整できる。関わりをつくるハードルを下げられることで、先日のアロハフェスではないけど関係者の数が爆増している。
とか言いながら、、あったあった「青梅麦酒」。
せっかく来たんだし地元のビールで景気づけしないとね。
というわけで今回は「このお店でしか注いでない」という周年記念ビールのCHII GATOR。フルーティでおいしかったです。僕はフルーツビールが好きみたい。
青空にも恵まれて、夜までいいお祭りになりそうすね。
青梅駅前の青梅観光案内所では、青梅市観光協会の方にもご挨拶。
「まだまだ本番は夜ですから」とのことでしたが、ちょうどさっき立ち寄った「雪おんな」にまつわる珈琲を販売していたので購入してみました。
これからのTTWも、それぞれの地域のイベントにも受け入れたり参加しあったりして、どんどん面識を増やせる機会ができていくとコラボレーションも加速していくのかなと。
いろいろ収穫のあった青梅へのお出かけになりましたとさ。ちゃんちゃん。
【散策】雪おんな・調布橋
シネマネコを後にして向かったのはいよいよ青梅大祭、、の前に、まずはこちらへ。
「雪おんな縁の地」そして「調布橋」。
青梅の観光資源の中でも「雪おんな」はとても有名なコンテンツ。
自分のいつか行くリストにもここがプロットしてあったので、シネマネコから歩ける距離だったこともあり訪ねてみました。
小泉八雲の描いた「雪おんな」、奥さんの身の回りの世話をしていた方のここでの話が最初にあって、それが伝聞され作品となり、今もなお語り継がれている。
原作があり、編集した人がいて、作品化されたものがオペラとなり音楽がつき、コンサートなどにもつながっていく。そんな風につながっていく作品はいくつもない。
冬ならまだしも、新緑のこの季節にこの地で「雪おんな」を感じられる要素はあまりなかったけれど、自己満足としては訪ねたことで満足。
ちなみに、「雪おんな」とは別にこの「調布橋」も戦時中は自殺の名所として有名だったのだとか。確かにこの高さなら踏み切りさえすれば一瞬でしょうね。
普段何気なく通っているときには風が気持ちいい橋ですが、出会いを生みやすく集落の境界にもなりやすいところもあるし、すべての橋にきっと大小の物語があるのだろうな、と思いながらこちらの散策は終了。
さて、いよいよお祭り行きますかね。
【出演】鵜飼社長 のBrand New Day
今月もエフエムたちかわ「鵜飼社長 のBrand New Day」に出演してきました。^^
今回は先月立川食べ歩き隊で盛り上がった「#麻婆探検隊」の宿題の話。
鵜飼社長も次は参加してくれるといいな~!笑
そして先月のTTWで行ったシンポジウムの様子もお伝えしました。
立川と青梅線・五日市線沿線の事業者とが一緒になって東京の西側を盛り上げていけるといいですな。
11時台は…
— 鵜飼社長のBrand New Day[エフエムたちかわ] (@ubd844) May 5, 2026
立川食べ歩き隊・立川観光コンベンション協会(@Tachikawa_event)の木嶋さんが出演
・麻婆豆腐探検隊
・TTWシンポジウム2026
についてお話しをお伺いしました??#鵜飼社長 pic.twitter.com/llJMzYwOGf
【散策】シネマネコ・ARCO
5/3(日)は青梅大祭。
2024年には「2日で24万人(!)」を集める青梅の一大イベント、実は一度も行ったことがなかったので、TTW(東京多摩西部広域経済連携協議会)を進めることにもなってきたわけだし「お互いの地域が何を持っているのか」を確認する意味でも足を運んでみようと思い、「せっかくなら」と他にも青梅駅周辺で見ておきたかった場所を訪ねてみることにした。
まずはシネマネコ。
チャスの菊池さんとは何度か飲みにも行っていたりするけど、ここで映画は初めて。
古民家風の屋内にスクリーンがひとつ。
【散策】立川蚤の市
予想通り、すごい人。。週末のグリスプはいつもといえばいつもだけれど。
ちなみに法人としては「手紙社」、出店ショップなどの屋号は「手紙舎」で使い分けているそうです。1日目の終了時間に近づいていたので、完売も続出。
ただ交換したい本を持ってくるだけじゃなく、贈り物として中身が見えないように包装して渡す。もらう前に欲しかった本が手に入るかわからないけど、その本がなんであれ、もらって嬉しい気持ちになれる。
どこかで使いたい。
クラフトビールもつくる手紙社。
自分たちだけでイベントをそれなりのクオリティまで持っていける、その上に素敵な仲間が集まっているという感じは理想的。
【散策】子規庵
中村不折の展示でもたびたび出てきていた正岡子規。
「子規」はホトトギスのことなんですってね。
ホトトギスが「鳴いて血を吐く」ところを自分になぞらえたとか。
ガラス戸は門人たちのプレゼントだったそうな。
寝たきりの師匠のために、なにか気分の紛れるものをと考えたら確かにモノよりもこういったプレゼントの方が喜んでもらえそう。いいプレゼント送ったな~。
子規も、景色を見るたびに弟子たちに感謝もでき自分も楽しめる、これは嬉しかったろうな。
ちなみに軒先のヘチマは、そのガラス戸がまぶしすぎて設置したのだそう。
景観を過ごしやすくカスタムしていってのこの形だったのだなと。
才能が集まった年だったのだなと。
逆に集まっていたから、お互いを刺激にしてそれぞれの異能が伸びたというところもあるのだろうなと。
トヨタの創始者・豊田佐吉も一橋大学の兼松講堂をつくった伊東忠太もここに。。
最後、そんな正岡子規の日記から食べていたものを再現したという献立日記があったのでペラペラめくっていたら結構驚きのメニューが。
この写真のは鰻の蒲焼七串と。他に鰯十八匹とかもあって、「この日宴会?」と思ってスタッフの人に聞いてみたら、「病弱だった子規は食事療法として食べることに注力していたよう」とのこと。
と、やっぱり現地まで足を運んでみるといろいろその人の人となりや周辺のエピソードも知ることができ、教科書や検索で知ることができる内容に立体感が出て来るなと思ったひと時でした。
こちらもやっぱり訪れていた人は数人で、ゆっくり見ることができた。
GWは過ごしたい時間で場所を選んで過ごすのがいいなと思う散策でしたとさ。
【散策】書道博物館
下谷七福神巡りの最後に、「書道博物館」にも寄ってみた。
正直、書道は苦手科目。
というか、左利きなので右利き用にできた字が上手く書けないのは当然じゃないか、という開き直りが半分以上ある。
上手に書けなくてもいいから、内容は伝わるレベルの字が書ければいいという感じでこれまでやってきた。
そんな僕が書道の博物館に来ることになるとは、縁ってあるんですね。
そんな「書道博物館」では、運のいいことに「中村不折」の展示会をやっていた。
この「書道博物館」の初代館長であり、書家でも洋画家でもあった中村不折は交友関係もものすごい。ここの近隣の正岡子規、夏目漱石やらとのやりとりのエピソードだけでも、例えば夏目漱石の「吾輩は猫である」の挿絵が中村不折で、漱石から不折へ「挿絵のおかげで売れた」という誉め言葉があったり。お世辞ではなく、実感を込めてのものだったろう。
また、その洋画家としての中村不折の作品や欧州修行時代に持ち帰った作品へのコメントがとてもわかりやすく、見せ方として見習うべきところも多いと思いました。
時系列での上達の程度もよくわかる内容で、見どころが多かったです。
そしてここでも博文館。中村不折の欧州修行時代、家族を支えたのは博文館だったそう。樋口一葉だけじゃなく、時代の柱となる人を支えてきたのが博文館だったのだなぁ。と。
本館の方では、石板や硯などの道具の展示も。
マンガ「シュトヘル」でも、一族の象徴としての「文字」の書かれた石板を命に代えても守ろうとするシーンが描かれているけど、実際文字に残せさえすれば、後世にその人の意志や当時の出来事は伝承されていく。
文字を残すこと、物語を伝えること。
それが当たり前ではない時代があったことを忘れてはいけないなと思いました。
今、この文章を書いていることも、そんな思いを持ったことがひとつ発端となっているかもしれない。
館内は基本的に写真撮影は禁止で、許されたところのみOKという形だったので紹介できるのはほんの一部ですが、ぜひゆっくり見てみることをオススメします。
2026年5月4日月曜日
【散策】一葉記念館
そんな書き手の生活を支えるために、博文館は過去の作品も再掲することで原稿料を支払う言い訳をつくってくれたりしていたのだそう。
この利益重視のご時世に、今もそんな会社が存在するとは思えないけど、それをしていた「博文館」すごいな、と思ったりもしました。自分の組織にある体力で、そうやって誰かの暮らしを支えることもできるのだよなと。
時代背景もあったのでしょうね。
ただ頑張らなければいけなかった分なのか、24歳で死去。
自分の年齢を考えると、そして24歳までに何を成し遂げていたかを考えると、人生としては短かったけれど稀有な才能を生きているうちに認められるところまで辿りついたのはやはりすごいことだよなと思いました。
それと、5,000円札って流通量少ない気がしていたけど、実際にそうなのですね。
この樋口一葉の5,000円札はE様式というのだそうですが、福沢諭吉の10,000円札が約250億枚、野口英世の1,000円札は約300億枚に対して樋口一葉の5,000円札は約50億枚の発行枚数だったそう。僕のところにまわってこなかっただけじゃなく、実際に1,000円や10,000円の5~6分の1程度の流通量だったんだなと。
じっくり説明文を読めたおかげで、新しい発見もいくつもあった一葉記念館でした。


















































