あと、魚の定食がリーズナブルに食べれるからか飲みではなく定食をオーダーしているお客さんも結構いて、居酒屋というよりは定食屋として利用する層もいるのだなと。
立川に暮らして
立川食べ歩き隊の隊長、そして立川観光コンベンション協会のプロデューサーをしている僕の個人的な見聞録です。 立川の耳寄り情報や、イベントや企画の裏話、いろいろお出かけしてみた報告とかも。
2026年5月6日水曜日
【食べ歩き】えきまえ 菊松食堂
あと、魚の定食がリーズナブルに食べれるからか飲みではなく定食をオーダーしているお客さんも結構いて、居酒屋というよりは定食屋として利用する層もいるのだなと。
【映画】わたしの見ている世界が全て
昨日は、こちらの上映会がリオンホールであったので国分寺へ。
この映画、国分寺がロケ地となって撮影されたそうで、この日は監督・佐近圭太郎さん、日吉小町・森田芳子さん、清水農園・清水雄一郎さんのお話も聞けるというスペシャル企画。
50名の募集に応募していたら当たったので、隣町のロケの話も聞きたいぞと行ってきました。
配布されたのはチラシのほかに、こくベジの紹介ペーパーと、こくベジからつくったというポップコーンといちごのジュース(いくつか選べた)。
こくベジ盛りだくさん。
さすがのスムーズな進行。
映画の前に、簡単にこの映画のできた経緯や見どころを監督の左近さんに聞いたあと、映画上映。
「わたしの見ている世界が全て」 公式サイト
自分ひとりの力で生きてきたつもりの女性が、疎遠だった兄弟との交流を通して大切なことに気づいていく姿を描いたヒューマンドラマ。
とのことでしたが、この主人公の他の人を見下した感じ、好きじゃなかったなぁ。。笑。
主人公の兄弟の、嫌々ながらも家族だから離れられもしない感じ、よく描けてるなと思いました。
自分の兄弟がこんな感じでなくてよかった。とも。
で、そんな映画をはさんでアフタートーク。
もともと、日吉小町の建物がちょっと面白い建物で、そこで映画を撮ろうという「建物ありき」で話が進んだ制作だったのだそう。そして日吉小町も50周年で、記念に撮るのにタイミングがあったのだとか。
確かにちょっと変わった設定にぴったりな建物で、ぜひ現地も見に行ってみたいところ。
そしてこの建物以外で撮影される場所や登場人物も日吉小町の森田さんが地元の人たちをどんどん紹介して話が進んでいったとのことで、ロケの相談を受けた作品の制作にそういう形でロケ地側が関与しながら、まちの見せたいものや紹介したいところも残してもらえるようにしていくアプローチは面白いなと思いました。
立川では、撮影スポットとして紹介できるロケ候補地はどんどん増えているけど、基本的に物件のオーナー次第というとこで「まちとして見せたいものを見せていく」ことはあまりできていない気がする。
タイトルの「わたしの見ている世界が全て」にも思いが込められていて、
「わたしの見ている世界が全て(じゃないよね)」の()の方が伝えたいメッセージなんです、と。誰でも自分の見ている世界があって、もちろんそれをベースに暮らしていくしかないんだけれど、コミュニケーションをとる相手はまた別の世界を持っていて。
自分の知らない世界があること。
それを尊重しながらコミュニケーションをとっていくのがエチケットなのではという思いがあったそう。そんなメッセージに、とても共感した。
また主人公についても、もちろん人間関係は目標達成が全てではないけれど、だからといってみんなに優しくしていて話がちっとも前に進まない、というのもよくはない。
バランスなのだろうなという話もその通りだなと。
農家の後継ぎや、お店の後継ぎ問題は国分寺でだけ起きている問題ではなく、立川でも起こっている話。そんな問題を考えさせられながら、ひとつのお店を映像としても残していける、映画をつくる、ということの価値を感じた上映会でもありました。
立川も、立川の残したい風景を作品に残していけるようなロケの受け入れができたらいいなと思いながら会場を後にしたのでした。
P.S.
立川ロケーションサービスはロケ候補地、ロケ弁登録、エキストラ登録の募集をしています。エキストラは市外の方でも大歓迎なので、興味のある方はコチラから応募をお待ちしています。
【散策】『チ。 ―地球の運動について―』×東京シティビュー
MoN Takanawaからはじまった今回のお出かけトリップ、ラストはこちらへ。
「『チ。 ―地球の運動について―』×東京シティビュー」
「チ。」のファンなので、この展示がある間に、行けるときに行っておこうと。
会場は六本木ヒルズの東京シティビュー。空を見上げるにはうってつけのスポット。
「チ。」で印象に残っていることといえば、僕はやはり「文字」のチカラ。
「 文字は、まるで奇蹟ですよ。」
「本当に文字はスゴいんです。アレが使えると、時間と場所を超越できる。200年前の情報に涙が流れることも、1000年前の噂話で笑うこともある。そんなの信じられますか?私たちの人生はどうしようもなくこの時代に閉じ込められてる。だけど、文字を読む時だけはかつていた偉人たちが私に向かって口を開いてくれる。その一瞬、この時代から抜け出せる。文字になった思考はこの世に残って、ずっと未来の誰かを動かすことだってある。そんなの、まるで、奇蹟じゃないですか。」
本当にそう。
文字で、文章として残してくれていたおかげで、僕は今直接話を聞けなくなってしまった人たちの考えや見つけたことを知ることができる。それを次に活かしていける。
その「文字のチカラ」で時間軸を越えていくこのマンガは、本当に読む価値のあるマンガだと思う。
自分の好きなものを好きな人が、この国にたくさんいる。
展示のコメントメッセージってそういう部分を可視化してくれるから、とてもいいコーナーだと思う。
自分は何を信じ、何を実現したいのか。
それが大きなものになるほど1人では成し遂げられないし、一生をかけても叶わないかもしれない。でも、その思いは書き残すことができ、次の時代に託すこともできる。
伝えていくことがすぐに形にならなくても、いつか仲間を増やし、どこかで形になるかもしれない。
それができなかった時代もあったことを思うと、今誰かに自分の思いを伝えられることは幸せなことだと思うし、このありがたさを忘れてはいけないなと。
とてもいい展示でした。
最後に、僕が「チ。」の中で心を動かされたセリフを、上で書いた「言葉」について以外もつらつら書いておこうと思います。興味を持ってこのマンガを読み始めてくれる人がいたらいいなと。
「俺が言いたいのは、ピャスト伯の態度こそが、「自らが間違ってる可能性」を肯定する姿勢が、学術とか研究には大切なんじゃないかってことです。第三者による反論が許されないなら、それは信仰だ。」
「俺はずっとそれが不思議だった。「託す」とか「任せる」とか一見聞こえはいいですけど、実際、他人が自分の思い通りに受け継ぐかなんてわからない。それどころか思いもよらない反論をされる可能性もあるわけで、だから託すなんて不安でとても希望とは思えない。でも、実は、寧ろ反論や訂正をされることが託すことの本質というか、自分の思い通りいかない誤解とか事故とか予想外の存在とか、それこそ、教徒にとって異端者が。天動説にとって、地動説が。そういう他者が引き起こす捩れ(ねじれ)が、現状を前に向かわせる希望かもしれない。って思ったんです、ここ最近で。」
「どんな雄弁も語りを止めれば声は消える。どんな支柱も時が経てばいつか朽ちる。皆、死ぬ。万物は流転する。だが我々は方法を知った。信念を固定化し、思想を可視化し、瞬間を永遠に移し、"今"を遠い場所へ、遥かな未来へ、または誰かの所へ、届くようにする方法を。この方法は強烈だ。既存秩序を破壊し、階級を解体する力を持つ。我々はそれを実行する。これより出版活動を開始する。」
「確かに、僕らは敵対した関係でしたね。この世には様々な人がいる。正直者も、嘘吐きも、情けない奴も、勇敢な奴も。さらに驚きなのが、1人の人間にそのすべての要素が入ってることもざらにあるし、それが日々変化したりする。こんなに大勢いるのに誰1人、同じ人はいない。そりゃ争いは絶えないでしょう。でも、だけどです。過去や未来、長い時間を隔てた後の彼らから見れば、今いる僕らは所詮、皆押しなべて"15世紀の人"だ。僕らは気付いたらこの時代にいた。別の時代でもよかったのにこの時代だった。それはただの偶然で無意味で適当なことで、つまり奇蹟的で運命的なことだ。僕は同じ思想に生まれるよりも、同じ時代に生まれることのほうがよっぽど近いと思う。だから、絶対そんな訳ないと思いつつも、感情と理屈に拒絶されようとも、こう信じたい。今、たまたまここに生きた全員は、たとえ殺し合う程憎んでも、同じ時代を作った仲間な気がする。」
【散策】毛利庭園
【散策】港七福神
続いては、先日の下谷七福神に続き港七福神。
目的地へのルートの途中にあった3つだけ立ち寄れたのでご挨拶をしてきました。
【散策】ヒュースケンの墓
【散策】蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)
MoN Takanawaをあとにして、「懐かしいな」と暮らしていた港区の未訪スポットをめぐるサイクリング。
続いて到着したのは、「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」。
「三田のサグラダ・ファミリア」と呼ばれたこちらのビルがついに2026年3月10日、行政の検査を経て完成したとのことで眺めに行ってきました。
すごい建物。。でも街なかにこんな建物があるまちも面白いですね。
もし立川にあったら、ロゲイニングのスポットなんかにぜひしたいとこでした。





































