2011年8月15日月曜日

本「多摩 幻の鉄道―廃線跡を行く」【11年31冊目】

<本の紹介>
多摩に鉄道が誕生して既に110年。高尾駅の国産最古のレールや、幻の国鉄スワローズ球場専用の武蔵野競技場線等、多摩には鉄道遺跡が多い。廃線跡、橋梁や煉瓦構造物、古レール、ユニークな駅舎等を紹介。

<メモ>

  • 水道局砂利運搬「軽便鉄道」跡。狭山湖堤にある"何か"を利用した不思議な滑り台。
  • 武蔵野市北部の武蔵野市役所の近くに「グリーンパーク」という名の商店街がある。住居表示にも緑町があり、このあたりを歩くと「グリーン」や「みどり」といった文字が氾濫しているのに気がつく。しかし、現在、どこを探しても「グリーンパーク」という名の公園や施設を見つけることはできない。実は、戦後の一時期、この地にプロ野球の公式戦を行う本格的な野球場があった。その名を「グリーンパーク球場」といった。そして、その観客輸送のための鉄道まで存在し、武蔵野競技場前という駅があったのである。この鉄道の始発駅、三鷹駅から武蔵野競技場前駅に至る線路敷後は、大半が遊歩道として整備されて残っており、現在でもその後をほぼ完全にたどることができる。
  • グリーンパーク緑道の畑と緑道との境に立てられているコンクリート製の境界標柱には、国鉄を示す「工」のマークが刻まれていて、この道が鉄道の跡であることを物語っている。
  • 米軍住宅の跡地が現在の都立武蔵野中央公園である。
  • 下河原線の廃線跡がはっきり残っているのは、国道20号(甲州街道)以南である。下河原緑道という名の遊歩道として美しく整備され、線路跡を完全にたどることができる。スポットパーク下河原線。番場片町北裏通りとの交差部にはレールが埋め込まれている。
  • 五日市鉄道が武蔵岩井まで開通すると、勝峯山の石灰石は同鉄道により搬出され、浅野セメントの川崎工場へと送られた。拝島から先は、青梅鉄道(現・JR青梅線)、国鉄中央本線、山手線、東海道線を経由するというルートであった。しかし、1929(昭和4)年12月11日の南部鉄道(現・南部線)全通により、立川から同鉄道経由で直接川崎へ輸送することが可能となった。南部鉄道は、砂利輸送を目的としてスタートした鉄道であったが、後には五日市鉄道同様、浅野セメントの傘下に入った。
  • 御陵線の南浅川に架かっていた鉄橋の橋台や橋脚は、すべて撤去されてしまい、何も残っていないが、がっかりするのは早い。横山橋を渡り、北岸を上流方向へ川沿いにすすむと、右側に遠藤工務店という看板を掲げた家がある。ちょうどその前が御陵線の渡河地点にあたるところだが、その遠藤工務店の裏の、普通の庭先に1本、隣家との境にもう1本、高さ5mほどのコンクリート製橋脚が立っているのだ。これほど完全な姿で残っているものは他にはなく、御陵線最大の遺構といってよいだろう。
  • 奥多摩駅から、日原鍾乳洞や本仁田山、川苔山などへハイキングに向かう人々が不思議に思うのが、日原川に架かる巨大なコンクリートアーチ橋である。道路とは無関係なところにあり、鉄道橋のように見えるが、橋の上には雑草が生い茂り、使われている様子はない。その正体は、JRの奥多摩駅と小河内ダム直下の水根積卸場を結ぶ、全長6.7kmの奥多摩工業専用鉄道の橋梁なのである。
  • 小金井公園にある「江戸東京たてもの園」のビジターセンター(旧武蔵野郷土館)は、紀元2600年記念式典の会場として皇居前広場につくられた建物を移築したものである。
  • メルヘンの世界だった終点の「ユネスコ村」はすでに無く、駅跡地には、UFOのような遊技施設が鎮座していて、駅であったことをしのばせるものは何も残っていない。幸いなことに、台湾からきた527号機関車と井笠鉄道からきたダブルルーフ客車4両だけは、西武遊園地内で、「レストランぽっぽ」として再利用されており、現在もみることができる。
  • 高尾駅下り線の煉瓦アーチ橋。南浅川から取水した用水路に架かる。
  • 高尾駅の駅舎は社寺風建築で、駅舎正面の屋根の張り出した部分は車寄せであった。
  • 国立は、ドイツの学園都市ゲッチンゲンをモデルにした。国立とは、国分寺と立川の中間であることから、双方の1字ずつをとったものと考えられているが、単にそれだけではなく、自称名付け親の堤康次郎によれば、「新しい日本という国が、ここから生まれるという意気込みで名をつけた」ということである。

本「道の先まで行ってやれ!―自転車で、飲んで笑って、涙する旅」【11年30冊目】

<本の紹介>
踏み出せば、空気が変わる。世界が広がる。
世界87ヵ国を走った『行かずに死ねるか!』の著者が、3年半ぶりに、今度は日本各地のチャリンコ旅へ。クマに怯え、いい感じのお姉さんと踊り、行き当たりばったりで入った店で店主と飲みあかす──。出会いに満ちたロードムービーがてんこもり!

<メモ>

  • いちめんに黒い海が広がり、そのすぐ上に、赤い月が浮かんでいる。黒い幕にナイフをすっと走らせたような、細い、赤い月だ。窓をあけた瞬間にそれが目に飛び込んできたので、なんだかひどく劇的な感じがした。静かな波音が、ずっと下のほうから聞こえてきた。
  • どうも、あらかじめ決めて行った店をまわるような旅だと、人との出会いが極端に減るような気がする。たまたまだったのかもしれないが、結果として、そうなった。
  • 照葉樹林が広がる地域は世界でも限られ、その地域には共通した生活習慣―焼畑、絹、漆、味噌や納豆の発酵食品、餅食などが見られるという。それを「照葉樹林文化」と呼ぶのだそうだ。
  • 唐突に話しかけてきた。まるで以前から互いによく知っているような間柄みたいだ。ああ、沖縄だな、と思う。人同士の距離の近さは北海道でもよく感じるが、こっちはまた違う。人と人とのあいだには最初から壁なんか存在しないのだ、とでも思いたくなるような自然な雰囲気があった。
  • ぼくは自転車旅行に、修行の要素をあまり求めてはいない。だから坂を好んで攻めることもしないし、雨の日などはまったく走る気がしない。ぼくにとって自転車旅行は、自由という点、自然により近付ける点、エンジン音がない点、そして走った後のメシとビールがうまい点などがいいわけで、求めているのは、ただひたすら悦楽。晴天のなかを気持ちよく走りたい、それである。雨の日は本を読んでいるほうがいい。
  • 「たぶん、人間の幸福な生活とは、こういう単調にさえも見える、隔絶されている世界にあるのかもしれない」ほかの人、ほかの人生を見ればきりがない。欲にもきりがない。自分のいる場所、身のまわりのこと、自分の立場、それらを愛することができるかどうか。それが人の人生を左右するんじゃないだろうか。番台のおばあさんの話を聞きながら、そんなことをぼんやり考えていた。

本「多摩のものづくり22社」【11年29冊目】

著者 : 山本明文
ダイヤモンド社
発売日 : 2011-04-08
<本の紹介>
大田区ばかりが中小企業の街ではない。ハイテク地帯の多摩地区で独自の技術を培いつつ、着実に成長を続けている技術先行型優良中小企業を発掘。初めて公開される、オリジナリティあふれる技術と経営者の人となり。10年後の大企業はここから生まれる。

<メモ>

  • 東西に広がる東京都の中で23区を除く西側の多摩地域には、古くは航空機産業が発展して、多くの「もの作り企業」が生まれてきました。
  • 現在はIT、エレクトロニクス、バイオをはじめ、航空機産業は宇宙産業へと発展し、計測機器、光学機器、食品、印刷にいたる実に多様な製造業が存在します。また、多摩には、大学や企業の研究機関が多く立地しているのも大きな特徴で、その利点を生かして盛んに産学連携が行われてきました。
  • 多摩地域が生み出す工業製品出荷額は、東京都全体の8兆236億円のうちの半分以上、53%になり(工業統計、2009年調査)、埼玉県の南部と神奈川県の北部東部を加えた、いわゆる広域多摩まで範囲を広げると、11兆1465億円(2008年度)に及びます。
  • 社団法人首都圏産業活性化協会は、広域多摩をTAMA--Technology Advanced Metroporitan Area:技術先進首都圏地域と名付け、自らも準正式名としてTAMA産業活性化協会と名乗りながら、この地域を世界有数の新規産業創造の地として発展させようとしています。
  • 2世紀に創建されたという大国魂神社。明治神宮や靖国神社と並んで特に格式の高い「東京五社」のひとつだが、1900年のひときわ長い歴史から、別格な存在といえる。毎年4月末から5月にかけて行われるのが「くらやみ祭」だ。1週間にわたって行事が続くが、なかでも24台の山車の巡礼と8基の神輿による神輿渡御は最大の見所で、毎年70万人の観光客が訪れる。「くらやみ祭」とは何やら想像をかきたてる名前だが、実際、かつては若い男女が集まり歌の掛け合いをする歌垣が行われていたという。
  • もの作りではスピードよりコストが優先され、工場もどんどん海外へ行ってしまいます。しかし、サービスビジネスはコストよりもスピードが優先される。
  • 東京商工会議所の「勇気ある経営大賞」、「東京ベンチャー技術大賞」、サービス産業生産性協議会の「ハイ・サービス日本300選」、多摩ブルー・グリーン賞、まちだ経営革新大賞、元気なモノ作り中小企業300社、東京トライアル発注認定制度・認定、優秀経営者顕彰
  • [交通システム電機]立川市の東、多摩モノレールの泉体育館駅近くの住宅地に踏切警報灯を備えた会社がある。交通システム電機の立川事務所だ。といってもそこに鉄道が走っているわけではない。24時間365日、信号を点灯し続けて耐久性を試験しているのだ。「夏休み親子工場見学会」もやっており、道路交通信号や待ち時間表示付きの歩行者用信号など、会社の主要製品の製造現場に親子を案内し、会社の環境への取り組みもていねいに説明した。「学校の先生や親から聞くのと、普段は会わない会社の社長さんから話を聞くのとでは、子どもたちにとっても違った体験だったようです。その後は会えば挨拶してくれますし、地域の方と知り合うことはつくづく大事だなと感じました」。
  • [田倉繃帯工業]こだわったのが自社による一貫生産だ。撚った特殊な糸を作るところから始めて、生地として織り、その後も、裁断して縫製、パッケージに入れるところまで自社工場で行った。他のメーカーは、糸、生地、その後の縫製で分業化が進む中で、製造の主導権を失い、海外とのコスト競争に敗れていった。高い技術を持ちながらも、分断された製造体制の中では、それを製品の付加価値として形作ることができなかったのだ。
  • [千代田第一工業]狛江市の本社前には、色とりどりの花々で囲まれた小さなスペースがある。真ん中には木製のテーブルとベンチも置かれ、ドリンクの自動販売機も据えられている。ミニ公園だ。「この街にはお年寄りが多く、狛江駅まで歩いていくには途中で休める場所が欲しいんじゃないか。そう思って作りました。ここの自動販売機の収益金は全額狛江市に寄付しています。」「みんなが近所の商店で買い物をするようになればいい。そうしなければ街全体が寂れてしまいます。便利さだけを追求する傾向には反省が必要なのでは。」
  • 高い技術が求められるのにも関わらず、急な依頼にも応じ特別に料金を上乗せすることはない。得意先満足を第一にしているからだ。「納期を守る。急な依頼でも特急料金を取らない。いずれも、以前からずっと取り組んできたことですが、このようなことを実現しようとすれば、会社全体の仕組みを変えなければならない。これはある種のイノベーションです。たとえばウチには、営業の社員が外出している時でも、会社に電話がかかってくれば、自動的に転送して取り次ぐ仕組みがあります。営業マンは外出先でも時間を無駄にせずにスケジュールを進めることができます。情報はオープンにされるので、その時、お客様と納期の約束をすれば、翌日には社員全員が知るところとなります。営業マンの約束は、会社の約束。そうなれば全員で守ろうということになります。誰かに命令されたから仕事をするのではなく、自分が約束を守るために働く。そんな自覚が社員に生まれ、それが得意先満足を高める一番の理由になっています。」会長が地域活動としてもうひとつ取り組んだのが、「狛江古代カップ多摩川いかだレース」だ。多摩川を舞台に手作りのいかだで約1.3kmのコースを競う。2010年の第20回大会で実行委員長を務めた。狛江市のほか、多摩川流域の調布市、稲城市、世田谷区、川崎市など多くの地域から、毎年90前後のチームが集結する。
  • [東洋システム]マラソン計測システムでは、タイムは瞬時に出て、テレビ放映されました。開発には1年半がかかり、もちろん相当なお金も使いました。大会当日も社員が20人ほど出て対応はしましたが、こちらも赤字です。ボランティアみたいなものでしたが、一度作れば、あとは仕事ができるたびに回収することができます。日本では3000人以上が出場する市民マラソンが年間3000大会あると言われています。年間100大会でもこのシステムが使われるようになれば、大きなビジネスになります。「研修で何を学んできたのか。教えようとすれば自分でも整理しなければなりません。みんなの前でしゃべれば、自分の耳にも入って、再度、勉強することになります。私もセミナーでお話する機会をいただいていますが、相手の人のためというよりは、自分のためですね。」社長自身、過去にはたくさんの試行錯誤を繰り返してきたという。「失敗も山ほどありました。しかし、苦労しただけ安全地帯は広がります。」とあくまで前向きだ。
  • [野村産業]「損得も大事だけれど、損得じゃないものが世の中には必要ですよね。」
  • 日本古来の終身雇用制もいいね。昔から、十できる人と七しかできない人では当然給料の差がありました。差がついても、お互いわかっているから文句は出ない。数字がよい人は、悪い人を引っ張り上げて、お互い協力するのが日本古来のよいところで、それが"むら社会"なんです。それを、成果主義導入なんていって収益だけで人間を評価しようとするから、世の中全体がギスギスしちゃう。このごろは、リストラといって従業員の首を切っている。おかしい。立ちいかなくなったらまず社長の首を切るべきでしょう。
  • [前田金属工業]前田金属工業のすぐ横を走るのは多摩モノレールである。柴崎体育館駅と甲州街道駅、どちらの駅から向かっても目に止まるのが同社の屋根だ。ちょうどモノレールの高架から見下ろすことができる位置に、黒地に白い格子模様の太陽光発電のソーラーパネルがびっしりと並んでいる。ちょとした近未来の風景に、何をしている企業なのか、興味を惹かれる人も多いに違いない。夜になると工場の壁面に12星座が浮かび上がる。紫外線で発行するルミナイトで描かれており、暗闇に幻想的に光る。

2011年8月14日日曜日

本「TAMAもうひとつの東京―多摩白書」【11年33冊目】

著者 :
東京市町村自治調査会
発売日 :
<本の紹介>
東京論が盛んだが、東京派もアンチ東京派も、もうひとつの東京=多摩を知らずして、東京を語れるはずがない。いま、あなたには、多摩の熱い息使いが聞こえるか。

<メモ>

  • 多摩は紛れもなく東京である。れっきとした東京都の構成員であり、都全体の面積のおよそ2分の1、人口の3分の1を占める一大圏域をなしている。にも関わらず、かつて神奈川県から東京府へ移管したという歴史的経緯も作用して、いわゆる23区とは異なる位置づけがなされてきた。
  • 「金妻シリーズ」は、ホームドラマのお定まりのパターンを打ち破った。登場するのは、30代から40代の核家族である。中には子供のいないDINKSもいる。これらの数組の夫婦は、単なる隣近所のつき合いというわけではなく、妻や夫の友達という関係でつながっている。地縁というよりも、知縁社会の人間関係だ。
  • なんらかの地域活動に関わっている妻の率が高い。先ほどの多摩ニュータウンの調査でも、無職の妻の平日の社会的文化的時間は、平均5時間13分あるという結果が出ている。この地域活動の代表的なものが、生協活動である。それまで培ってきた人生観や価値観を発散する場として、生協を見出したといったケースが多い。
  • 生活時間調査でいえば、通勤時間の短い職住近接の夫は、家族と一緒に過ごす時間や、地域活動に割く時間が平均より長い。もっともこれは当たり前のことだが。だから、長時間通勤というスタイルが変えられれば、夫たちも"会社の仕事"とは別の時間を持つことができるのだといえる。これは別の言い方をすれば、会社を第一義に考えていない夫たちが、職住近接を選んでいるということを意味するのかもしれない。
  • "子供のため"は、多摩の家族の金科玉条である。長い通勤時間も、子供のために我慢を強いられているのである。しかしこれが先の生活時間にも触れたように、父親が家族と接触できる時間が縮められ、母子で過ごす時間が長くなり、母親の子供への関心をますます肥大化させるという結果にもつながるのである。
  • 自然があっても、使いにくい仕組みになっていれば、ないのと変わりがない。特に国が整備する都市公園は使いにくいという声も多い。施設整備は、量や面積よりも、使い勝手を基準に置く時代になってきているということだ。
  • すかいらーくでは車の保有率が高く、子育て中心の専業主婦が多い。しかも大学の進出が予想される。そういう所では、気軽な値段で食事が楽しめるアメリカンスタイルの郊外型レストランが必要だ。郊外型レストランの成否を問うのは、多摩が一番と昭和45年に国立に第一号店を作り、その試みは成功している。
  • 多摩のライフスタイルを左右する3つの軸がある。
    一つは、時間軸であり、どういう生活時間の使い方をするかという点だ。これは基本的に、職場と住居の距離に規定される。多摩地域内で職住近接の条件をどれくらい実現できるかによって、ライフスタイルは大きく変わることは、いうまでもない。
    二つ目は、空間軸だ。車型社会に適応し、しかも自然にアクセスしやすい空間を、どう整備できるかという点である。
    三番目は、価値軸の問題で、これは前の二つの問題をも含む大きな要因である。経済から生活の質へ―という転回点にありそうだが、それがどういうものかは、いまだ獏としている。
  • 自由民権の運動が隆起した背景には、時代の最先端都市横浜と直結していたという多摩地域の経済的・地理的位置づけが大きい。多摩地域には、それだけ独自の歴史的・文化的基盤があったということだろう。以来、多摩地域にはさまざまな地域活動が展開されている。自由民権の運動が形を変えて花開いたともいわれる大正デモクラシー時代の草の根民衆運動。あるいは幅広い社会活動となった農民運動。そして東京府への行政移管や軍事基地をめぐる運動など時代時代の課題によって特徴ある地域活動が活発に行われている。
  • 住民はハコものを要求し、行政はその建設をもって、地域行政の良し悪しが問われる時代であったといえる。施設建設の中でも多摩で充実していたのは、図書館と公民館である。図書館は、1人当たりの蔵書数という点では日本一のレベルである。数だけでなく、ソフトも充実している。
  • 「川というのは、実におもしろいテーマなんです。一本の川が上流から下流まで流れていて、その流れの速さも周辺の環境も変化する。そこに生息している生物も変化する。また季節によっても変わるし、一日のうちでもどんどん変わる。都市人の身近にあるダイナミックな自然なんですね。これを上流から、途中河原でキャンプしながら下がってくると、いろんな発見をするし、自然とのつき合い方みたいなものがわかってくる。これが一日や二日じゃダメなんですね。子供たちはあまりにも便利な生活にどっぷりとつかっているから、それくらいだとただボーっとしてて、何もできない。でも三日目あたりから、野生みたいな本能が目覚めてきて、四日目あたりになると、自分でどんどん工夫して、イカダをあやつったり、生き生きと活動を始める。子供を自然に返すには、川が一番と思ってます。」
  • このようなビジネスとボランティアの中間領域の仕事を、ビジランティアと呼ぶ場合もある。あるいは、第三の働き方ともいう。パートも含めて企業に雇用されるというのでもなく、完全な自由業というのでもない。集団で、いつも仕事の中身や範囲を探りつつ、比較的自由で自主的なネットワークスタイルの中で、仕事をこなしていく。このような働き方は、特に多摩らしい働き方だと女性のワークスタイルやネットワークの調査をしている渡辺まゆみさんは言う。「多摩では専業主婦が多くて、比較的高学歴で、知識も情報も持っている。もう少し収入を増やしたいと思っても、フルタイムで企業に高速されるのは、やりきれない。自分の興味を生かせて、おもしろみがあって、しかも収入があることを、仲間でやってみたい。また、今の世の中は、そうした要求にあてはまるようなスキマの仕事がある。しかも男の人が気がつかないし、まさかそんなことが仕事になるのかと思っているようなことでも、女性のいわば向こうみずと愛嬌で、意外と新領域を切り拓いてしまう。そういう第三の働き方が、多摩ではいろいろ出てくるチャンスが多いでしょうね。」
  • やり方が紳士的でこちらに恥をかかせない。しかも業者としてやったんじゃない。子供の親としてかかわったまでだ。そこで親として最高のレベルの知識や情報を教えましょうというわけです。これはかなり特殊な例かもしれません。しかし、多摩には大学の先生、企業のトップやエリートなど、相当なレベルの方がいらっしゃる。そういう住民の成熟度みたいな話に、まだ、行政は十分に気が付いていないのじゃないか。いつまでも地域ボスや問題を起こす住民としか接触がないと、どこかズレてきてしまうんじゃないかと思いましたね。
  • 昭和40年代から50年代にかけて、施設建設の時代があっとたお触れたが、こうした施設は一律の基準で設置されやすい。たとえば、人口何万人に、かくかくしかじかの施設が一つ、あるいは半径何百メートルに公園を一つといった目安である。これを機械的に実施していけば、そこに住んでいる人が子供が多かろうと、老人が多かろうと、あるいはどんな職業の人が多いといった人々の特性も考えずに、とにかく施設をワンセット取り揃えるということになる。もちろんそのような馬鹿げたことはないはずだが、そうなりやすい。特に規模や機能に関しては、一律の効率主義、補助金の仕様書どおりで融通がきかない。これは、建設者本位の行政で、ユーザー本位の施設ではないので、当然使い勝手が悪い。東京では土地の所有が難しいということもあるが、使いにくい場所に使いにくい施設ができてしまうケースがままある。使い手の便利さに考慮が払われていない。こうした施設はいくらお金がかかっていても、"貧しい"といわねばならない。
  • 今の時代、地方都市にあっては大学誘致に対する熱烈ラブコールが盛んである。大学が立地することによって、なんといっても若い人たちが街を徘徊することになり、街に活気が得られる。大学は知的産業の雄だから、地域の研究開発の能力が上がる。地域の産業との交流を通して、産学共同の実が挙げられる―といった長所を期待してのことだ。
  • お互いを知ろうという気運が芽生えてきた。そこに大きな役割を果たしたのが、多摩川流域テクノルネサンス研究会である。「私たちは、多摩の中に大学を建て、学生たちに教え、研究活動をしている。それが、大学という塀の中だけに閉じこもってちゃいかんですね。開かれた大学を目指そうと考えています。多摩というところは、開かれた大学活動をするには、非常に魅力あるところですよ。まず、掘ればいろいろ出土してくるように、歴史的に重要な土地柄だった。そして先端的な企業がゴロゴロある。こうした多摩の魅力を大学人も企業人もそろって掘りだして、協力しよう。そして人のネットワークを作ろう。そこから新しいことを生み出していこうというわけです。
  • 大学の地域化には熱心だ。講座を開設したり、地域のカルチャーセンターとしての機能を、地元の人々に享受してもらおうという試みを多くしている。特に年に数回、音楽コンサートを大学ホールで開催している。「実は、こういう素晴らしい演奏会をやってくれて…と地元からも感謝されるだけでなく、演奏家の方々からも感謝されるんですよ。切符を申し込むのは子供さんを連れた家族づれが大変老い。そこで最初演奏家の皆さんはびっくりする。こんなに子供が多くてうるさい会場ではとても演奏ができないと怒って帰ろうとする人たちもいる。日本では子供たちがピアノやバイオリンを習っているし、決してうるさい観衆ではない。始まれば静かになると説得して、30分も遅れて始めたこともあります。実際に始まってみると、静かだし、熱心だし、音楽をよくわかっている。信じられないほどいい聴衆だと、最後には感動して帰る。つまり、多摩の観客というのは質が高いんですよ。
  • 東京西部に工場群が増えたのは、一つは国策だったといえる。戦時中に、戦災を避けるために、京浜地区から大工場が移転してきた。いわゆる日野五社といわれる日野自動車、小西六、オリエント時計、富士電機、神鋼電機である。このうちの神鋼電機以外は現在でも操業している。それ以外に大きな役割を果たしたのが戦前から武蔵野市を中心に立地していた中島飛行機である。これは荻窪に航空部隊があったためにここに工場を建てたのだが、三鷹に技術研究所、立川に分工場があった。航空機の技術レベルは他産業よりも精密で高い。この中島飛行機の技術者が三鷹周辺に居住し、戦後は独立したり、他企業に就職したりするなど、技術者の蓄積がこの周辺に生まれた。そうした技術基盤があったことが、高度成長期になって、工場を引き寄せた要因ともなっている。
  • 「多摩が今の東京を創造した」と言ったら誰もが驚くであろう。しかしかつて多摩には、武蔵の国の国府が置かれ、八王子城が築かれ、新撰組の近藤勇や土方歳三が生まれ、まさに政治、経済、文化の中心が多摩であった。
  • 武蔵野武士団というと有名なのが武蔵七党である。武蔵七党の数え方にも諸説があるが、野与、村山、横山、猪俣、児玉、丹、西の七つが一般的である。特に西党は多摩川、浅川、秋川流域に集中していた。西党の一門は平山、小川、小宮、河口、二宮、由比、由木、長沼、立河、狛江、中野など今でも地名を残している。
  • 多摩川の水を堰入れ、江戸まで堀を通そうという玉川上水の開さくは、江戸の水不足を一挙に解決するための一大事業であった。幕府は上水工事を羽村の富農、加藤庄右衛門、清右衛門兄弟に委託する。その折、支給された普請入用金が金6000両という。羽村から大木戸まで、距離にして43km、比高およそ100mの大工事を、この二人は提灯測量でやってのけた。しかし兄弟は、大きな障害に突き当たった。幕府から支給された工事費が、下高井戸までの工事で尽きてしまったのだ。幕府に増額を求め出ても認められず、やむなく兄弟は自分の田畑や家屋敷を売ってその費用に当てた。兄弟は、この工事の完成によって玉川上水役に取りたてられ、名字帯刀を許された。
  • 社倉政策は農民にとって増税以外の何物でもなかった。門訴を決行した12村の新田とは現在の武蔵野、保谷、小平、小金井、国分寺、東久留米の6市にまたがる地域である。もともと水利が悪く江戸末期でも食うや食わずの生活だった。農民たちが期待をかけた「御一新」も彼らの飢えを満たすことなく、その上の増税政策である。もはや門訴にすがる以外に道はなかった。深夜であった。門内に入っては強訴になってしまう。続々と県庁に到着した農民たちは門外で切々と慈悲を訴えた。と、そのとき堅く閉ざされた門がさっと開かれ、抜刀した兵士が切りかかり、大砲までが持ち出された。多数の農民が傷つき、50人以上が召し捕えられた。この御門訴事件の恨みが、北多摩一部の農民を反政府的な自由民権運動へと駆り立てることになった。
  • 明治20年頃大問題となった甲武鉄道(JR中央線)の計画が持ち上がったときには、地元民は反発した。当時の田無町では鉄道開通によって、煤煙が養蚕に影響を与えるとか、石炭の燃え殻を機関車から投げるため、火事が起きるといった反対の声も多かった。農業を中心に生活している田無町にとっては、都心へ通勤通学することもなく、列車の必要性がなかったのである。また、一度鉄道が敷かれてしまうと、従来の生活は様変わりしていく。武蔵野鉄道が開通した久留米村の場合、村から運び出す物は、農作物が中心であり、一方、鉄道を通じてこの村に入ってくるものは、日用雑貨、農機具、化学肥料などの都市的物資や農業の合理化を図るもので、村の自給自足的な経済のあり方が大きく崩れ、現金で物を売買する商品経済へと変化を余儀なくされた。鉄道が敷かれたことによって、東久留米は東京のベッドタウンへと大きく性格を変えていくことになる。

2011年8月13日土曜日

多摩全域の話

■多摩地域

  • 東京区内の23区に対し、多摩地域の市町村は30市町村。
  • 東京都、多摩に無料テレワーク拠点
    • 東京都は2020年度に多摩地域でテレワーク拠点を設け企業に無料で開放し、気軽にテレワークを試せるようにする。東京五輪・パラリンピック期間中に都心の交通混雑の緩和へ、テレワーク導入を検討する企業は多いが、都内の民間テレワーク拠点は都心に集中し、多摩地域は少ない。都の19年7月の調査では都内企業のテレワーク導入率は25.1%。
    • 20年度予算に関連の事業費として3億円を計上する方針を固めた。登録した企業が社員のテレワークを試せる「おためしサテライト」の拠点を多摩地域の主要駅周辺3カ所に設ける。企業の登録も社員の利用も無料とし、自宅近くでテレワークをしたいという需要を開拓する呼び水となるか。
▼歴史・原風景
  • 武蔵野の秋月―見渡す限りの萱や芒の原。ところどころにある村落と雑木林。秋から冬にかけての風物が、最も武蔵野らしい姿を見せる、とは昔の文人の言葉だが、秋の冴え渡った月光の下の、このあたりの風情は詩歌などにもいろいろと採り上げられている。
▼技術・研究の地として
  • 社団法人首都圏産業活性化協会は、広域多摩をTAMA--Technology Advanced Metroporitan Area:技術先進首都圏地域と名付け、自らも準正式名としてTAMA産業活性化協会と名乗りながら、この地域を世界有数の新規産業創造の地として発展させようとしています。
  • まず、掘ればいろいろ出土してくるように、歴史的に重要な土地柄だった。そして先端的な企業がゴロゴロある。こうした多摩の魅力を大学人も企業人もそろって掘りだして、協力しよう。そして人のネットワークを作ろう。そこから新しいことを生み出していこうというわけです。
  • お互いを知ろうという気運が芽生えてきた。そこに大きな役割を果たしたのが、多摩川流域テクノルネサンス研究会である。「私たちは、多摩の中に大学を建て、学生たちに教え、研究活動をしている。それが、大学という塀の中だけに閉じこもってちゃいかんですね。開かれた大学を目指そうと考えています。多摩というところは、開かれた大学活動をするには、非常に魅力あるところですよ。
▼ライフスタイル
  • 多摩のライフスタイルを左右する3つの軸がある。
    1. 一つは、時間軸であり、どういう生活時間の使い方をするかという点だ。これは基本的に、職場と住居の距離に規定される。多摩地域内で職住近接の条件をどれくらい実現できるかによって、ライフスタイルは大きく変わることは、いうまでもない。
    2. 二つ目は、空間軸だ。車型社会に適応し、しかも自然にアクセスしやすい空間を、どう整備できるかという点である。
    3. 三番目は、価値軸の問題で、これは前の二つの問題をも含む大きな要因である。経済から生活の質へ―という転回点にありそうだが、それがどういうものかは、いまだ獏としている。

■多摩地域の人口

  • 多摩地区の人口は1960年に100万人、71年に200万人、81年には300万人を突破している。ほぼ10年ごとに100万人という恐ろしいほどの人口増加のスピードであった。
  • 東京都の人口の約3分の1にあたる400万人が暮らす多摩地域。
  • 約50万人が都心に通勤しているベッドタウンとしての一面もある。
  • 多摩地域の人口は2015年~2018年をピークに減少傾向となると言われている。この地域でも生産年齢人口は減少し、高齢者の割合が確実に増え、東京都内とはいえ地方と同様の傾向になっていく。
  • そのうち人口が1番多いのは八王子市。21の大学があり、約55万人が暮らす多摩地域の中核都市となっています。
    • 八王子市 約55万人
    • 町田市 約42万人
▼人となり
  • 大学の地域化には熱心だ。講座を開設したり、地域のカルチャーセンターとしての機能を、地元の人々に享受してもらおうという試みを多くしている。特に年に数回、音楽コンサートを大学ホールで開催している。「実は、こういう素晴らしい演奏会をやってくれて…と地元からも感謝されるだけでなく、演奏家の方々からも感謝されるんですよ。切符を申し込むのは子供さんを連れた家族づれが大変多い。そこで最初演奏家の皆さんはびっくりする。こんなに子供が多くてうるさい会場ではとても演奏ができないと怒って帰ろうとする人たちもいる。日本では子供たちがピアノやバイオリンを習っているし、決してうるさい観衆ではない。始まれば静かになると説得して、30分も遅れて始めたこともあります。実際に始まってみると、静かだし、熱心だし、音楽をよくわかっている。信じられないほどいい聴衆だと、最後には感動して帰る。つまり、多摩の観客というのは質が高いんですよ。
  • やり方が紳士的でこちらに恥をかかせない。しかも業者としてやったんじゃない。子供の親としてかかわったまでだ。そこで親として最高のレベルの知識や情報を教えましょうというわけです。これはかなり特殊な例かもしれません。しかし、多摩には大学の先生、企業のトップやエリートなど、相当なレベルの方がいらっしゃる。そういう住民の成熟度みたいな話に、まだ、行政は十分に気が付いていないのじゃないか。いつまでも地域ボスや問題を起こす住民としか接触がないと、どこかズレてきてしまうんじゃないかと思いましたね。
  • このようなビジネスとボランティアの中間領域の仕事を、ビジランティアと呼ぶ場合もある。あるいは、第三の働き方ともいう。パートも含めて企業に雇用されるというのでもなく、完全な自由業というのでもない。集団で、いつも仕事の中身や範囲を探りつつ、比較的自由で自主的なネットワークスタイルの中で、仕事をこなしていく。 このような働き方は、特に多摩らしい働き方だと女性のワークスタイルやネットワークの調査をしている渡辺まゆみさんは言う。
  • 多摩では専業主婦が多くて、比較的高学歴で、知識も情報も持っている。もう少し収入を増やしたいと思っても、フルタイムで企業に拘束されるのは、やりきれない。自分の興味を生かせて、おもしろみがあって、しかも収入があることを、仲間でやってみたい。また、今の世の中は、そうした要求にあてはまるようなスキマの仕事がある。しかも男の人が気がつかないし、まさかそんなことが仕事になるのかと思っているようなことでも、女性のいわば向こうみずと愛嬌で、意外と新領域を切り拓いてしまう。そういう第三の働き方。
  • 「金妻シリーズ」は、ホームドラマのお定まりのパターンを打ち破った。登場するのは、30代から40代の核家族である。中には子供のいないDINKSもいる。これらの数組の夫婦は、単なる隣近所のつき合いというわけではなく、妻や夫の友達という関係でつながっている。地縁というよりも、知縁社会の人間関係だ。
  • なんらかの地域活動に関わっている妻の率が高い。先ほどの多摩ニュータウンの調査でも、無職の妻の平日の社会的文化的時間は、平均5時間13分あるという結果が出ている。この地域活動の代表的なものが、生協活動である。それまで培ってきた人生観や価値観を発散する場として、生協を見出したといったケースが多い。
  • 生活時間調査でいえば、通勤時間の短い職住近接の夫は、家族と一緒に過ごす時間や、地域活動に割く時間が平均より長い。もっともこれは当たり前のことだが。だから、長時間通勤というスタイルが変えられれば、夫たちも"会社の仕事"とは別の時間を持つことができるのだといえる。これは別の言い方をすれば、会社を第一義に考えていない夫たちが、職住近接を選んでいるということを意味するのかもしれない。
  • "子供のため"は、多摩の家族の金科玉条である。長い通勤時間も、子供のために我慢を強いられているのである。しかしこれが先の生活時間にも触れたように、父親が家族と接触できる時間が縮められ、母子で過ごす時間が長くなり、母親の子供への関心をますます肥大化させるという結果にもつながるのである。
▼方言
  • 五日市の山の奥まで行ってきたんです。なんじゃもんじゃというのは黒文字のことです。爪楊枝をつくる木です。いい匂いがします。日かげでも成長します。このへんでは黒文字のことを、なんじゃもんじゃというのです。

■多摩地域の情報発信


■多摩地域の地勢

▼面積
  • 多摩地域で一番面積の広い自治体は「奥多摩町」で東京都の10分の1に当たる225.63平方kmです。
    1. 奥多摩町 225.63平方km
    2. 八王子市 186.31平方km
    3. 檜原村 105.42平方km
    4. 青梅市
▼標高
  • 多摩地域の役所標高
    1. 奥多摩町 328m
    2. 檜原村 254m
▼武蔵野台地
  • 関東地方はたくさんの火山に囲まれた地形です。その中でも関東ローム層に覆われる武蔵野台地は、主に富士山と箱根山の火山灰が蓄積しています。
▼日本一の巨樹地帯
  • 2001年に環境省が行った全国巨樹調査で891本の巨樹(地上から130cmの位置で幹周が300cm以上)が確認されています。

■多摩地域の行政

▼市政
  • 最も早くに市になったのは八王子市で1917年。最も新しい市は2001年で西東京市です。
  • ハコもの
    • 住民はハコものを要求し、行政はその建設をもって、地域行政の良し悪しが問われる時代であったといえる。施設建設の中でも多摩で充実していたのは、図書館と公民館である。図書館は、1人当たりの蔵書数という点では日本一のレベルである。数だけでなく、ソフトも充実している。
▼多摩のエネルギー活用

■多摩地域の歴史

▼東京は多摩から
  • 「多摩が今の東京を創造した」と言ったら誰もが驚くであろう。しかしかつて多摩には、武蔵の国の国府が置かれ、八王子城が築かれ、新撰組の近藤勇や土方歳三が生まれ、まさに政治、経済、文化の中心が多摩であった。
▼武蔵野武士団
  • 武蔵野武士団というと有名なのが武蔵七党である。武蔵七党の数え方にも諸説があるが、野与、村山、横山、猪俣、児玉、丹、西の七つが一般的である。特に西党は多摩川、浅川、秋川流域に集中していた。西党の一門は平山、小川、小宮、河口、二宮、由比、由木、長沼、立河、狛江、中野など今でも地名を残している。
▼自由民権運動
  • 社倉政策は農民にとって増税以外の何物でもなかった。門訴を決行した12村の新田とは現在の武蔵野、保谷、小平、小金井、国分寺、東久留米の6市にまたがる地域である。もともと水利が悪く江戸末期でも食うや食わずの生活だった。農民たちが期待をかけた「御一新」も彼らの飢えを満たすことなく、その上の増税政策である。もはや門訴にすがる以外に道はなかった。
  • 深夜であった。門内に入っては強訴になってしまう。続々と県庁に到着した農民たちは門外で切々と慈悲を訴えた。と、そのとき堅く閉ざされた門がさっと開かれ、抜刀した兵士が切りかかり、大砲までが持ち出された。多数の農民が傷つき、50人以上が召し捕えられた。この御門訴事件の恨みが、北多摩一部の農民を反政府的な自由民権運動へと駆り立てることになった。
  • 自由民権の運動が隆起した背景には、時代の最先端都市横浜と直結していたという多摩地域の経済的・地理的位置づけが大きい。多摩地域には、それだけ独自の歴史的・文化的基盤があったということだろう。以来、多摩地域にはさまざまな地域活動が展開されている。自由民権の運動が形を変えて花開いたともいわれる大正デモクラシー時代の草の根民衆運動。あるいは幅広い社会活動となった農民運動。そして東京府への行政移管や軍事基地をめぐる運動など時代時代の課題によって特徴ある地域活動が活発に行われている。
▼神奈川から東京へ
  • 多摩は紛れもなく東京である。れっきとした東京都の構成員であり、都全体の面積のおよそ2分の1、人口の3分の1を占める一大圏域をなしている。にも関わらず、かつて神奈川県から東京府へ移管したという歴史的経緯も作用して、いわゆる23区とは異なる位置づけがなされてきた。
▼米軍基地
  • 福生市、瑞穂町、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市にまたがる横田基地はアメリカの空軍基地となっており、在日米軍司令部が置かれています。
  • なお、立川基地は1977(昭和52)年に日本に全面返還されました。
▼航空産業から製造業へ
  • 東西に広がる東京都の中で23区を除く西側の多摩地域には、古くは航空機産業が発展して、多くの「もの作り企業」が生まれてきました。
  • 東京西部に工場群が増えたのは、一つは国策だったといえる。戦時中に、戦災を避けるために、京浜地区から大工場が移転してきた。いわゆる日野五社といわれる日野自動車、小西六、オリエント時計、富士電機、神鋼電機である。このうちの神鋼電機以外は現在でも操業している。それ以外に大きな役割を果たしたのが戦前から武蔵野市を中心に立地していた中島飛行機である。これは荻窪に航空部隊があったためにここに工場を建てたのだが、三鷹に技術研究所、立川に分工場があった。
  • 航空機の技術レベルは他産業よりも精密で高い。この中島飛行機の技術者が三鷹周辺に居住し、戦後は独立したり、他企業に就職したりするなど、技術者の蓄積がこの周辺に生まれた。そうした技術基盤があったことが、高度成長期になって、工場を引き寄せた要因ともなっている。
  • 現在はIT、エレクトロニクス、バイオをはじめ、航空機産業は宇宙産業へと発展し、計測機器、光学機器、食品、印刷にいたる実に多様な製造業が存在します。また、多摩には、大学や企業の研究機関が多く立地しているのも大きな特徴で、その利点を生かして盛んに産学連携が行われてきました。
  • 多摩地域が生み出す工業製品出荷額は、東京都全体の8兆236億円のうちの半分以上、53%になり(工業統計、2009年調査)、埼玉県の南部と神奈川県の北部東部を加えた、いわゆる広域多摩まで範囲を広げると、11兆1465億円(2008年度)に及びます。
▼遊園地

■多摩地域の文化

▼多摩だるま

  • 多摩の伝統工芸品で青梅市や立川市、瑞穂町で作られている縁起物は江戸だるま、東京だるまとも呼ばれる「多摩だるま」。
  • 高幡不動尊では1月末に、深大寺では3月頭にだるま市が開催されます。特に調布市深大寺のだるま市は日本の三大だるま市として数えられ、だるまの“七転び八起き”と糸を出すときに起き上がる蚕の姿をかけた養蚕農家が、縁起を担いで繁栄を祈願したお祭りが、だるま市のルーツと言われています。
▼天然理心流
  • 幕末、後に新選組の局長となる近藤勇や、副長となる土方歳三が修めた武術の流派で、ペリー来航による沿岸防備や治安の悪化などに備えて多摩地域では天然理心流を習うことが農民の間に広まりました。

■多摩地域の教育

▼多摩地域の大学
▼タマケン -多摩・武蔵野検定-

  • 多摩・武蔵野地域は首都東京のベットタウンという印象が強いですが、大学の立地数は東京圏の20%を占め、世界に冠たる先端企業が多く立地するなど、優秀な人材を有するユニークなエリアです。
  • 多摩・武蔵野検定は、そんな人材の宝庫である多摩、武蔵野の未来を切り開きます。検定を通じて多摩・武蔵野を知り、地域に対する愛情と誇りを醸成していくことで地域活性化につながる「多摩・武蔵野が大好き」といえる人間を一人でも多く育てる『地域づくり・人材づくり』を目標とした検定試験です。
▼多摩地域の学びの場

農業の話


「農」と言える多摩


  • 「高尾」は、東京生まれのぶどうの品種で、種無しでやや細長い形が特徴です。
  • 多摩地域で生産されている梨は「新高」や「二十世紀」「稲城」などがあり、稲城市や日野市などの多摩川周辺で生産されています。

2011年8月12日金曜日

町田市の話

■概要

  • 多摩第二の人口
    • 多摩地域で二番目に人口が多い自治体で約42万人が生活しています。
  • 鶴見川源流
    • 鶴見川の最源流部は町田市上小山田田中谷戸に位置し、一日約1300トンの地下水を湧出する「鶴見川源流の泉」です。この安定した清流は、源流の生き物たちの賑わいを支え、水田の用水としても大切に利用されつつ、中、下流の街にむけて、多摩丘陵をかけおります。
  • 自由民権運動
    • 町田市を含む昔の南多摩郡という地域は、明治政府の初期、強烈な自由民権運動があった場所だった。ここを訪れることはそのまま明治時代のこの地の青年たちの精神性に触れることになる。その青年たちの中には「楚囚之詩」の北村透谷もふくまれる。北村透谷は強烈な精神性の持ち主で、ついに耐えきれず25歳で命を絶ったぐらいだ。なんということだ。
  • 大学のまち
    • 多摩地域には80以上の高等教育機関(大学、高専、短期など)がありますが、町田市には桜美林大学、和光大学、昭和薬科大学、法政大学、玉川大学、国士館大学など、多くの大学が集まっています。
    • 町田市観光ガイド「大学一覧
  • 文学のまち
    • 町田は遠藤周作、森村誠一、白洲正子など多くの作家が住んだ文学のまち。
    • 遠藤周作は療養のため、町田市に移り住んでから「狐狸庵山人」と名乗った芥川賞作家です。遠藤周作が移り住んだ頃の町田は畑が多く長閑な場所だったそうです。「市民文学館ことばらんど」には遠藤周作の遺品などもあります。
  • 特産ワイン
    • 多摩地域の特産ワインとして町田市には「禅寺丸柿(ぜんじまるかき)ワイン」があります。

■主なスポット

  • 町田市立国際版画美術館
    • 日本で唯一の版画を中心とする美術館。国内外の22,000点を超える収蔵品を有しています。
  • 薬師池公園
    • 「新東京百景」「東京都指定名勝」に指定、「日本の歴史公園100選」に選定された町田市を代表する公園。
  • 武相荘
    • 小田急線北口から1kmほどの場所に、白洲次郎と正子が暮らした武相荘がある。GHQをして「唯一の従順ならざる日本人」といわしめた白洲次郎の茅葺き住居、一度見ておくのも悪くない。
  • 町田リス園
    • 町田リス園は、動物の飼育が禁じられている団地の多い町田市で、小動物とのふれあいの機会を設けるために1988年に開園しました。

■町田市ゆかりの作品

▼まほろ駅前多田便利軒
  • 町田が舞台の映画「まほろ駅前多田便利軒」。
  • 主演は瑛太と松田龍平。便利屋を軸に展開するユーモラスで温かい人間ドラマを描いています。原作者の直木賞作家・三浦しをんは町田に20年以上在住。同作品には“町田らしさ”や“町田の魅力”があふれています。
  • 「市民文学館ことばらんど」では映画公開記念の「THE MAKING OFまほろ駅前多田便利軒」が観覧できます。
  • 芹ケ谷公園から、国際版画美術館を見学。昼食後は映画の舞台になった江戸時代の二六(にろく)の市の流れをくむ町田仲見世商店街などを散策。そんなツアーもいいかも。
    多摩地区が絡む本は全部目を通してみたい、と思って本を探していたら出会った、町田駅を舞台にした直木賞受賞作品。届いたときに結構大きい本で、「げ。」と思ったんですが読み始めてみるとテンポが良くてどんどん先を読みたくなって、あっという間に読み終わっちゃいました。町田で遊んだことのある人は、きっと街並みなんかは僕よりも頭の中に描きながら読めるんじゃないかなと。おもしろかったです。
■町田市のお店について

日野市の話

■新撰組

  • 新撰組のふるさと歴史館は、土方歳三のお墓がある日野市にあります。
  • 土方歳三の墓がある石田寺。
  • ふるさと納税ですごい効果!新選組のアニメ「薄桜鬼」のタペストリーを返礼品としたところ、短い期間で500万円の寄付を集めた。
    http://www.city.hino.lg.jp/press/h284/1001570.html

■日野市の観光スポットについて

▼高幡不動尊
  • 関東三大不動の1つで、新選組副長だった土方歳三の銅像が建っている高幡不動尊(高幡山明王院金剛寺)があり、仁王門や丈六不動三尊は、国の重要文化財に指定されている。
  • ここには土方歳三の巨大な銅像があるが、表情とかポーズが立派過ぎ、見ていて何だか気恥ずかしい。新撰組関連で見るべきはむしろその隣にある、近藤と土方を讃えた「殉節両雄之碑」だろう。篆額(てんがく)が会津藩主・松平容保(かたもり)、碑文の筆者が幕府典医で新撰組とも縁の深い松本順という、由緒ある碑だ。ここの山門には高いところに千社札がびっしりと貼りつけられている。
  • 高幡不動の正式な名前は、高幡山明王院金剛寺です。千葉県の成田山新勝寺、神奈川県の雨降山大山寺とともに「関東三大不動」として親しまれています。
▼多摩動物公園
  • 日野市にある多摩動物公園では、高い木の上を渡り歩くオランウータンの優れた能力を見てもらおうと、2005年に空中施設を設置。全長約150メートルのロープをオランウータンがゆっくり移動するスカイウォークが見られます。
  • ちなみにオランウータンのモリーちゃんは2010年5月に世界最高齢(推定58歳)になりました。
  • 年間約100万人の来場者。
▼京王百草園
  • 「梅の名所」としても知られる京王百草園。園内には約50種500本の梅が咲き誇る。

■日野市のトピックス

▼衛星都市
  • 日野町は「衛星都市」を目指していた。戦後復興に伴って東京への人口集中が進み、住宅不足が深刻な問題になっていた。そこで郊外に職住近接の新しい町をいくつか設けて、人口と都市機能を分散させようとしたのが政府の「衛星都市構想」だ。そのための市街地開発地区に日野・八王子地区が指定され、「衛星都市第1号」といわれた。
  • 日野がいち早く名乗りを上げたのは、働く場として日野自動車や富士電機など戦前に誘致した大工場があったからだ。「当時の技術者が優れていたのは、この建物を配置する際に人々の心を潤す領域を大切にしたことでした」自然の地形を生かし、植栽を増やし、コミュニティの場を確保した。欧米の高層住宅の多くが今、老朽化とともに荒廃し、犯罪の温床になっている。手がつけられなくなり、爆破除去された団地もある。高齢化などの問題を抱えながらも日本の団地がこうした事態にならないのは「領域」の豊かさにあるという。
  • 春には桜が咲き誇り、夏は盆踊りの輪ができる。秋の運動会、暮れの餅つき大会。井戸端会議があり、回覧板があり、同好会の集いもある。
  • 「日本初のカラーフィルムが日野で生まれたことを知る市民は今では少ないかもしれません。」
▼発車メロディ
  • たきびの作詞者で、晩年を同市で過ごした巽聖歌(たつみせいか)の功績を地域に広めようと、JR豊田駅の発車メロディーが2010年「たきび」になりました。
▼うなぎ
  • 日野市ではうなぎの大群が堤防を守りまちの洪水を防いでくれたという言い伝えから「うなぎ」を食べない地区があります。

■日野市の特産


▼ブルーベリー酒
  • 日野市では、ブルーベリーを発泡酒にして市内で6月下旬に限定販売しています。 新選組のキャラクターをラベルにしてある330ml瓶に入った1本300円の発泡酒。 ご興味ある方はお早めに!
▼日野ファーストトマト
  • 日野市が誇る特産物はトマト。3月頃からハウス栽培のトマトの販売が始まり、4月中旬を過ぎると「日野ファーストトマト」と名付けられた温室トマトが出そろい、5月最盛期を迎えます。市内直売所などで購入できます。
▼トヨダビール
  • 2017年に復刻!

■行政

  • 三鷹市、立川市と住民情報システムを共同利用。

■日野市の著名人について

▼歴史上の人物
▼芸能
▼放送
▼スポーツ
▼諸分野
▼ゆかりの人物
  • 小川 麻衣子 - 漫画家(市内在住)
  • 上崎 洋一 - 編集者、著作家、俳人(俳号:日野百草、市内在住)
  • 平沼 義之 - フリーライター(市内在住)
  • 田中 冬二 - 詩人(晩年、市内在住)
  • 巽 聖歌 - 児童文学者、歌人(晩年、市内在住)
  • 山田 花子 - 漫画家(3歳から21歳まで市内在住)
  • 松尾 久美子 - 歌手、女優(市内で育つ。生まれは東村山市)
  • ほいけんた - ピン芸人(市内で育つ。生まれは中野区)
  • 野口 貴公美 - 法学者(市内で育つ。生まれは北海道)
  • 関口 一郎 - ドイツ語学者(市内で育つ。生まれは長野県)
  • 安田 善衛 - 実業家(市内在住)
  • 上杉 憲秋 - 室町時代の武将(高幡不動で自刃、墓所も同寺)
  • 小谷田 勝五郎 - かつて程久保に住んでいたが6歳で死んだのち、八王子の勝五郎として生まれ変わったと語った人物
▼日野市を舞台にした作品
  • 日本沈没 - 2006年版映画の劇中に一時避難所として登場する。
  • 図書館戦争 - 同市立図書館を導入部の舞台(日野の悪夢)とした近未来小説。
  • 夕闇通り探検隊 - 本ゲームの舞台である陽見(ひるみ)市は同市をモデルとしている。
  • ゆりてつ 私立百合ヶ咲女子高鉄道部 - 私立百合ヶ咲女子高が日野市にあるという設定。
  • もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら - 架空の高校名として「程久保」高校が舞台となっている。
  • もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら - 架空の高校名として私立「浅川学園」高校(立地的には都立日野高校にあたる)が舞台になっている。
  • ポッピンQ - ヒロインのひとりが高幡不動在住。

多摩市の話

▼12番目の誕生

  • 1971年に自治体が誕生し、多摩地域で12番目に広く面積は21.08平方km。

▼多摩ニュータウンと遺跡発掘
  • 八王子市・町田市・多摩市・稲城市にまたがる多摩ニュータウンで知られる多摩市は新しいまちというイメージですが、多摩ニュータウン開発時に見つかった遺跡は約1000ヶ所を数えるなど実は古い歴史を持っています。
  • 1965年から2006年の約40年間に渡り遺跡調査が行われ、発掘された遺跡から3万年前から暮らす人々の生活様式が明らかになりました。発掘された面積は300haで、開発面積の1割にあたります。これまでに1000ヶ所近くの遺跡が確認され、その遺跡は、時代別では縄文時代が一番多かったそうです。
▼旧富沢家住宅
  • 旧富沢家住宅。江戸時代中頃に建てられた連光寺村(現在の多摩市連光寺)の名主の家で、明治天皇が行幸した際には御小休所として利用された由緒ある建物。
パルテノン多摩
  • 多摩センター駅近くには80段の大階段、8本柱のパーゴラなど特徴的な外観の複合文化施設があり正式名称を「多摩市複合文化施設」といい、客席数1,414席がある大ホールや展示室、リハーサル室などがあります。また、美術展・歴史ミュージアムも開催されています。多摩ニュータウンの開発で多摩丘陵がどのように変貌を遂げたかを探ることができます。
  • 年末の時期は大通りの楠木を彩る40万球の電飾やハローキティイルミネーションなど、都内で最大級のストリートイルミネーションが見られます☆
▼よこやまの道
  • 一本杉公園では旧有山家・加藤家住宅を見た後、万葉集にも詠われた「よこやまの道」が約4キロ歩けます。
  • この道は多摩丘陵の尾根部に位置する古道で、眼下に市街地を見ながら歩ける、とっても気持ちの良い道です。防人見返りの峠からは、晴れていれば丹沢や秩父の山並みが眺望できます。
▼キティちゃんが親善大使
  • 例年冬の季節になると、駅周辺のイルミネーションの華やかさが人気を呼んでいる、サンリオピューロランド。昨年はおよそ210万人もの人が訪れた、多摩地域の冬の大人気スポットです。
  • 多摩センターにサンリオピューロランドがあることから、1994年に多摩市はハローキティを多摩センター親善大使に任命しています。
  • 多摩市HPより「ハローキティにあえる街・多摩センター」→ http://www.city.tama.lg.jp/event/2254/009455.html
▼耳をすませば
▼ベネッセコーポレーション
  • ベネッセコーポレーションには、事務所以外にプラネタリウム「ベネッセ・スター・ドーム」が併設されています。オフィスに設置された地上100mの高さにあるドーム空間で一般公開日は土・日曜日、国民の休日、祝日、観覧料は大人400円、子供200円です。
▼旧多摩聖蹟記念館
  • 「聖跡桜ケ丘」の聖跡だが、この言葉には「天皇が訪問した場所」という意味がある。明治天皇がこの一帯で兎狩りなどを楽しんだことに因んでいる。なるほど。
▼エネルギー生産
  • 多摩市で、多摩電力合同会社が始まった。ソーラー設置の支援会社?これは多摩地域で協力できるかもしれない。

■多摩市のコワーキングスペースについて

  • CoCoプレイス
    • キャリア・マムが運営するコワーキングスペース

■多摩市の企業について

■多摩市のまちづくり

  • タウンハウス諏訪
    • 旧日本住宅公団が1979年に手掛けた低層の集合住宅「タウンハウス」の第1号。
    • 高層の集合住宅中心だった団地設計の転換点となった。
    • 2,3階建ての家屋が、長屋のようにつながった構造になっている。
    • 計58戸あり、それぞれ庭付きの3LDK。
    • 住民が顔を合わせやすいよう、玄関が同じ広場などに面しているのが特徴。
    • 完成当時から人気は高く、築40年以上が経過した今も空き家はない。
    • 公団からの依頼で設計に携わった建築士の山田正司さんは「団地は住んでいる人が育てる」と考え、コミュニティーを大切にする観点から構想を練ったという。「私のデビュー作。自分の仕事を見極めたい」と、自身も2015年にタウンハウス諏訪に移り住んだ。隣近所と和やかにあいさつを交わす関係ができ「住みやすい」と話す。
    • 公団初の「タウンハウス」 未来に残したい「多摩の宝物」 市内で企画展

八王子市の話

■概要

▼多摩地域最大
  • 八王子市は、多摩地域で一番人口が多い自治体で、約55万人が暮らす多摩地域の中核都市。
  • 八王子ラーメン
  • 夕やけ小やけふれあいの里、童謡『夕焼小焼』のモデルとして知られる上恩方町にある
  • 懐かしい里山風景に囲まれて、川遊び、釣り、キャンプなど様々な体験ができるレクリエーション施設。
  • 忌野清志郎さんが、高尾霊園(高乗寺)に眠っている。
▼史跡
  • 八王子城跡
  • 平将門の遺体は、それぞれゆかりの深い各地に分けて葬られているということだが、わかっているのは、「神田明神の首」「湯島鳥越明神の胴」それから、「恩方力石のまさかさまの男根」と、この3つである。あとの手や足も、どこかに祀られているものと思われる。
  • 浅川地下壕(見学会あり)
▼養蚕業と絹の道
  • 養蚕が盛んな八王子市では、江戸時代に絹織物業が発展していました。
  • 1859年の横浜開港により、八王子宿に集荷された生糸を輸出品として横浜に運ぶために八王子から横浜を結ぶ浜街道が利用され、のちに絹の道と名付けられました。とくに町田市街地の駅周辺に老舗乾物屋さんが多いのは、この街道が生み出した文化のひとつといわれています。
  • 絹の道資料館もあります。
  • 八王子から横浜に通じるシルクロード(絹の道)という繭や生糸を輸送する街道があって、蚕には縁の深い地帯である。
▼八王子千人同心
  • 1590年江戸入りした徳川家康は、多摩を江戸防衛の地として重要視し、なかでも八王子は甲州口の警備のために体制を整えます。1600年には有力農民などを集め、「八王子千人同心」という甲州の国境警備や治安維持、後に日光火の番に当たった半士半農の武士集団を組織しました。その名の通り総勢1000人で、10組に分かれ各組は1人の千人頭の下に、組頭10人と平同心90人によって構成され、本拠地だった八王子市千人町には千人頭や同心の屋敷が建ち並んでいました。
  • 彼らが篤く信仰した寺院や日光東照宮を戦火から守った千人頭・石坂弥次右衛門の墓などを巡るツアーの備忘録。
    ・モデルコース 西八王子駅→馬場横丁→宗格院・石見土手→興岳寺→千人同心屋敷跡記念碑→追分道標→信松院(武田信玄の四女、松姫が開基。松姫坐像、木製軍船ひな形)→真覚寺→高宰神社→旧甲州街道→西八王子駅
▼オリンパスホール八王子
  • JR八王子駅南口に直結している地上41階建ての複合施設サザンスカイタワー八王子の4階に、多摩地域で最大の座席数2021席を備えた新八王子市民会館「オリンパスホール八王子」がオープン。オリンパス(株)がネーミングライツスポンサーになっています。
▼全関東八王子夢街道駅伝競走大会
▼いちょう祭り
  • いちょうは八王子のシンボルツリーでもあります。市内追分町から高尾駅入口付近までを会場にした市民手作りのお祭りで、毎年様々なイベントが開催されています。
▼高尾駅
  • 高尾駅の駅舎は社寺風建築で、駅舎正面の屋根の張り出した部分は車寄せであった。
  • 高尾駅下り線の煉瓦アーチ橋。南浅川から取水した用水路に架かる。
▼高尾山(599m)
  • 正式名称は高尾山役王院有喜寺。山岳宗教者、いわゆる山伏によって開山されたのが奈良朝の時代。山岳宗教開祖の人と言われる役行者(えんのぎょうじゃ)が祭られた由緒正しき寺院。
  • 都心から約50km、日本最高の登山者数を誇る高尾山。
  • ミシュランで「大都市近郊にもかかわらず豊かな自然にあふれている」と3つ星の観光地に選ばれた高尾山の薬王院。天平16年(744年)に聖武天皇の勅命により開山されたと伝えられ、毎年、多くの初詣の参拝客でにぎわいます。
  • 天然林が広がっていて、北側斜面には冷温帯の林(イヌブナなど)、南側斜面には暖温帯の林(カシなど)、それぞれの気候帯の境となっているため多彩な花々や動物・昆虫などを見ることができます。
  • 昆虫は5000種いるといわれ、中でも美しいアサギマダラ(渡り蝶、アジア各地に生息)と鳴く虫の帝王といわれるカンタン(アジア各地に生息)は高尾山の代表。1300種を超える植物からも目が離せません。
  • 高尾山薬王院に祀られており、JR高尾駅のホームにも石像に備えられた天狗は除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、古来より神通力をもつとされています。
  • 高尾山にも多くの天狗伝説が残っているそうです。
  • なにげに東海自然歩道の起点と関東ふれあいの道の起終点。
  • オリエンテーリングは北欧での軍事訓練から発達したといわれ、日本では1966年(昭和41年)6月26日に、東京・高尾山で初めて行われた。
  • 冬至(12/21前後)の数日は、高尾山でダイヤモンド富士が見れる。
  • 裏高尾1月中旬?下旬にかけてシモバシラが見れる。
    ※いきなり一丁平方面に登ること。遠回りの道にはシモバシラはない。
  • 真言宗関東三山:金剛山金乗院平間寺(川崎大師)、高尾山薬王院、成田山新勝寺。
  • 高尾山ハイキング帰りの温泉となると、アクセスは駅直結というわけにはいきませんが「高尾の湯」があります。京王高尾山口駅前から無料バスが出ているので、ぜひご利用くださいな。
▼学園都市
  • 多摩地域の中でも八王子市は、23の大学が集積している学園都市です。 
  • 八王子市と日野市境の多摩モノレールの駅には「明星大学・中央大学駅」と「大塚・帝京大学駅」があります。
  • 首都大学東京は2005年に石原都知事主導の下、東京都立大学、東京都立科学技術大学、東京都立保健科学大学、東京都立短期大学を統合してできました。キャンパスは八王子市の南大沢や日野市にあります。
▼八王子観光大使
  • 八王子の観光大使には北島三郎さん、西川古柳さん、羽生善弘さんが任命されており、今年、八王子出身の3人組「ファンキーモンキーベイビーズ」が任命されました。
▼夕焼け小焼け
  • 童謡「夕焼け小焼け」の作詞者として知られる中村雨紅は今の上恩方町に生まれました。戸籍上の誕生日は1897(明治30)年2月6日だが、実際は1月7日でした。山奥の冬は厳しく生まれた時、逆さにして振り蘇生させたという話もあり、無事に育つか分からなかったので1ヶ月ほど様子を見て、届け出たと言われています。
  • この歌は学生時代、駅から家まで歩いて帰る体験がもとになったといわれています。
  • 八王子市内にも子供の帰宅を促すため、夕方放送されています。
▼日野オートプラザ
  • 八王子市みなみ野にある「日野オートプラザ」は96年にオープンした日野自動車の博物館だ。
  • 50年前のボンネット型トラックや、日野ルノー、コンテッサ―。往年の車が並ぶ。その中でひときわ目を引くのが軍用自動貨車「TGE-A型」。
  • 前進の東京瓦斯電気工業が戦前に造った国産トラックの草分けである。
▼多摩動物公園
  • 「当時の多摩動物公園はまさに山の中にありました」と振り返る。京王動物園線はまだ開通していなかった。動物舎も「アジア園」だけ。それでも5月5日の開園日はものすごい人出だった。約2キロ離れた京王線の高幡不動駅から長い列が続いていたのを覚えている。
  • いずれもオスのコアラ2匹は「タムタム」と「トムトム」と名付けられた。「多摩の夢」「東京都の夢」という意味が込められていた。
▼多摩森林科学園
  • 日本中の桜が集まっているため、2月の下旬から5月頃までずっと桜を見ることができる場所。半日くらいのんびり歩きながら話をしたりって過ごし方がとっても気持ちいい場所です。
  • 多摩の動物や昆虫の標本があったり、木々の話があったり、そういった展示も参考になりますね。
  • 森林講座でも毎回興味深い話がテーマとなって開催されているので、森林に興味のある方はぜひ参加してみてくださいな。

■八王子市の酒蔵について

▼桑の都(クワノミヤコ):小澤酒造場
▼月丸(ツキマル):西岡酒造株式会社
  • 2003年福井県の河村酒造(株)と合併、西岡河村酒造(株)として〝福井の地酒〟となる
▼日出山(ヒノデヤマ):有限会社中島酒造場
  • 2012年6月30日製造、販売終了

■八王子市の企業について

田倉繃帯工業

  • こだわったのが自社による一貫生産だ。撚った特殊な糸を作るところから始めて、生地として織り、その後も、裁断して縫製、パッケージに入れるところまで自社工場で行った。
  • 他のメーカーは、糸、生地、その後の縫製で分業化が進む中で、製造の主導権を失い、海外とのコスト競争に敗れていった。高い技術を持ちながらも、分断された製造体制の中では、それを製品の付加価値として形作ることができなかったのだ。

稲城市の話

■概要

  • いなぎの特産品として「稲城の梨」と東京生まれのぶどう「高尾」
  • 夏に稲城フェスティバル
  • 牧場、7月にはブルーベリー狩り

▼多摩川梨
  • 多摩川流域の稲城市や日野市などの生産組合が特産品「多摩川梨」を出荷しています。幻の大玉といわれる「稲城」、さらに一回り大きい「新高」などの種類があります。地元の秋の味覚を愉しみましょう。
▼日輪の遺産
  • 稲城市内の多摩火工廠(かこうしょう)【現在の米軍多摩サービス補助施設】を舞台とした浅田次郎氏の小説『日輪の遺産』が映画化され全国公開されました。
東京ヴェルディ
  • 稲城市は2001年からプロサッカーのJリーグに所属する、東京ヴェルディの本拠地となっています。市内のよみうりランドに隣接している東京ヴェルディクラブハウスからは、選手の練習風景を観ることができます。
■稲城市のお店について


  • SOCOLA若葉台
    • スーパーマーケットやドラッグストア、生活雑貨、衣料品店やレストラン、クリニックなどの集まる商業施設として2020年3月6日にオープン。


■その他

  • 多摩ニュータウンの開発がされた。
  • よみうりランド
  • 稲城市は17.97平方kmで多摩地域で14番目に広い自治体で1971年11月に誕生しました。
  • 市内にジャイアンツ球場があります。
  • せいせきみらいフェスティバル
    • 多摩市内唯一の花火大会を催すフェスティバル。

武蔵村山市の話

■概要

  • 都下では唯一鉄道のない市。市民の悲願である、多摩都市モノレール市内への早期延伸に向け取り組んでいる。
  • 市民による食の祭典「Food(風土)グランプリ」の開催、都営村山団地の広大な土地をひまわり畑に整備するなどをしている。
  • 市立野山北公園の周辺には、市の中心部から中西部へと伸びる野山北公園自転車道があり、桜並木やトロッコトンネル群で有名なサイクリングロードを楽しめる。
  • 住みよさランキング2013:7位

■武蔵村山市の見どころ

▼カタクリ
  • 狭山丘陵に位置する野山北公園ではカタクリの花が自然群生します。4月上旬になると、約2万株の春を告げる花・カタクリが薄紫色のかれんな花を咲かせます。
  • 都立公園の狭山丘陵ガイド→  http://www.sayamaparks.com/noyama/#migoro
▼村山デエダラ祭り
  • 2006年から始まった、武蔵村山市に伝わる“デエダラボッチ(大多羅法師)“伝説からその名前がつけられた村山デエダラ祭りでは、伝説の巨人「デエダラボッチ」をモチーフにした山車が登場します。毎年10万人以上の来場者が訪れるお祭りです。市内にはデエダラボッチが歩いた足跡とされる井戸なども残っています。
  • 武蔵村山市HP「村山デエダラまつり」→  http://www.city.musashimurayama.lg.jp/2368/002106.html
▼かたくりの湯
  • 武蔵村山市に2002年にオープンした温泉施設。狭山丘陵を背にしており、すぐ近くにある野山北公園では秋には紅葉が見ごろを迎え、4月上旬には約20,000株のカタクリが自然群生し、紫色のかれんな花を楽しめます。
▼村山大島紬
  • 「トンカラリン、トンカラリン・・・」という機の音がまちにひびき、丈夫で軽く着心地がいいという特徴を持つ村山大島紬(つむぎ)。板締(いたじめ)染色という特殊な染め方を用いており、東京都の伝統的工芸品に登録されています。
▼武蔵村山市の酒蔵
  • 吟雪(ギンセツ):渡邊酒造合名会社(※2007年廃業)
    • 武蔵村山市中藤1-15-1
    • TEL:0425-62-3131
■武蔵村山市の企業

三鷹市の話

■三鷹市の概要について

IT推進
  • 三鷹市は光通信網を生かしたビジネスを育てようと、コンピュータネットワークを利用して業務を行う「SOHO」施設を設置しています。
  • 地域SNS「ポキネット」が市民の手で運営されています。
  • 立川市、日野市と住民情報システムを共同利用。
▼道路
  • 三鷹と武蔵境の間に掘合遊歩道という道があるのですが、実は線路跡だったということを最近知りました。見ただけではただの遊歩道としか思えませんが玉川上水に架かるぎんなん橋には線路がありました。(ぎんなん橋自体は去年作られました)
  • 遊歩道は橋より北側からグリーンパーク遊歩道と名を変えて武蔵野中央公園の方まで続いてます。この線路は戦前は中島飛行機武蔵製作所への引込線として利用していたそうです。戦後は国鉄武蔵野競技場線として工場跡地に造られた野球場への観客輸送に利用されましたが1959年には廃止されて現在に至っています。
▼発車メロディ
  • 駅開業80周年を記念して、三鷹ゆかりの中田喜直氏作曲の童謡「めだかの学校」が2010年6月に三鷹駅の発車メロディーになりました。
▼団地開発
  • 高度経済成長期に人口は急増し1955年公団団地の建設が始まりましたが、多摩地域最初の公団は1956年に建設された三鷹市の牟礼団地で490戸が建設されました。以降、多摩地域各地に団地が登場していきます。
▼特産
  • 多摩地域の特産ワインのひとつ、三鷹キウイワインがある。
  • TAKA-1(タカワン)
    • 「TAKA-1」とは三鷹の魅力的な商品を認定し、広く紹介するプロジェクト。
    • TAKA-1太宰セットは、TAKA-1認定商品の中から三鷹で多くの作品を生んだ作家、太宰治をモチーフにした商品の詰め合わせ。ロゴを使ったお菓子やゆかりの地を案内したマップなど、魅力がいっぱいの一箱(内容:①太宰ロゴ入りクッキー、②DAZAI COFFEE、③太宰治コースター、④太宰治 刺繍タオルハンカチ、⑤元祖 太宰マップ)。

■三鷹市の観光スポットについて

▼国立天文台
  • 森に囲まれた国立天文台は、最新鋭の研究施設を擁する日本の天文学のナショナルセンター。世界に広がる観測・研究ネットワークの中心。月2回の観望会がおすすめ。三鷹市星と森と絵本の家もこのキャンパスの中にある。
▼三鷹の森ジブリ美術館
  • スタジオジブリの宮崎駿監督が館主をつとめる美術館。決められた順路のない建物はそれ自体が1本の映画のよう。オリジナル短編アニメーションの上映なども行っている。
  • 三鷹の森ジブリ美術館は日時指定の予約制となっていて、チケット(入場引換券)は全国のローソンでしか購入できません。
  • チケット料金は大人1000円、中高生700円、小学生400円、幼児(4歳以上)100円です。
▼中近東文化センター
  • 数千年の時間の厚みと、その中で積み重ねられた智慧と美を感じられる中近東文化センター。彩色された陶器のあたたかみや、素焼きの鹿や水牛ののびやかな造形、古代イランの凛々しいグリフォンの飾板、そしてイスラーム世界の息を呑むような幾何学文様、知を受け継ぐ文字の営々たる積み重ねと変遷…。どれひとつ取っても想像以上であり、時間が経つのを忘れて見入ってしまう。
▼出山横穴墓群8号墓
  • 三鷹市の公開しているこの遺跡は、野川に削られた崖の斜面にある。「この見学室に1人で閉じ込められると怖いんだ」
▼禅林寺
  • 三鷹市の禅林寺には太宰治の墓のはす向かいに鴎外の墓があります。太宰が鴎外を慕っていたことから、美知子夫人が太宰の気持ちをくんで鴎外の墓の近くに葬ったといわれています。
▼龍源寺
  • JR中央線武蔵境駅を出てまっすぐに南下して人見街道を右に行く。東八道路を交差して坂を下ると野川。近藤勇は小さい頃、このあたりで遊んだのだという。程なく進むと龍源寺。ここには近藤の墓がある。寺の門の前には胸像が。さらにすぐ先には生家跡の古井戸も残る。

■三鷹市のお店

  • 地球屋
    • 野川と人見街道とが交差する手前には蕎麦屋の「地球屋」がある。漫画家・吉田戦車が自転車エッセイ「吉田自転車」の中で「すげえうまかった」と紹介している、有名な場所。
  • おでん屋えがお
    • 「起業に適齢期なんてありません」と60代半ばで三鷹市内におでん屋を開いた石原郁子さん。「家庭の味を気軽に味わい、お客様同士が仲良く過ごせる店をつくりたい」。そんな主婦の思いを実現した店内に、えがおの輪が広がっている。
    • 「おでん屋えがお」はJR三鷹駅北口から歩いて1分、玉川上水沿いのマンション1階の店舗街の一角にH26年5月オープンした。赤ちょうちんが招く店に入ると、8席ある白木のカウンターの向こうで割烹着が似合う石原さんが迎えてくれる。大根、厚揚げなど10数種のおでんが150円から、きんぴらや地卵を使った卵焼きなど家庭料理も200円からと「割安で体にやさしいメニュー」が"売り"だ。木の香りがする和風の店に60年代のポップスが流れる小粋な店。サラリーマンや若者、シニアに混じって女性の一人客も珍しくないという。
  • ミタカフェ
    • 地域のビジネスコミュニティの創造と会員相互の協働を目的としたコワーキングスペース。

■三鷹市の活動について

  • 三鷹シネマ倶楽部
    • 「映画」でつながる仲間が集う、イベント参加を主とした公開グループ。
    • みんなで映画館で映画を観て飲み会(毎回ではないですがゲスト多数)をする「映画遠足」、おすすめ映画のプレゼンバトル「推しシネバトル」、他にも「ジブリ遠足」、「アカデミー賞授賞式鑑賞会」、「映画修学旅行」など楽しく広がりのあるイベントばかり。

武蔵野市の話

■武蔵野市の評価

  • 富裕度ランキング2013:2位
  • 吉祥寺という全国トップクラスの商業集積を擁しているうえ、市内には高所得層が居住する住宅街があり、「財政力指数」「1人当たり地方税収」「納税者1人当たり課税所得額」の3指標すべてでトップ。

■武蔵野市の施設について

▼武蔵野プレイス
  • ひと・まち・情報創造館武蔵野プレイス。図書館機能をはじめとして生涯学習支援・市民活動支援・青少年活動支援機能を併せ持つ複合機能施設。
  • 武蔵境駅から徒歩2分の好立地
  • 施設前に原っぱと読書向きな椅子が並んでる(オシャレ!)
  • きれいなカフェがある(オシャレ!)
  • 電源を借りられてパソコン(持ち込み)利用も可能なノマド、コワーキングスペースあり(4時間/400円)
  • 武蔵野ビールなどのアルコールが飲める(公共施設なのに!)
▼井の頭恩賜公園
  • 吉祥寺駅にほど近い井の頭恩賜公園は日本最初の郊外公園です。元は幕府の御用林で、明治時代には宮内省の御用林でした。1913年、当時の東京市に下賜されて1917年に公開されました。
  • 井の頭公園アジア象はなこは69歳まで生きた。(1947-2016/5/26死没)
  • 井の頭自然文化園。井の頭恩師公園の一角に今年70周年を迎えた緑豊かな自然文化園がある。園内には、哺乳類や鳥類の飼育展示、熱帯植物園などがあり、幅広い年齢層に親しまれている。
  • 井の頭弁財天の近くに湧水「お茶の水」がある。家康が茶をたてた湧水で、いまなお、透明な水がコンコンと湧いている。
  • 井の頭池は、家康がこの水を神田上水として江戸へ給水した大もとの水源だ。池の水は七カ所から湧き出るので「七井の池」とも呼ばれていた。この一帯は、縄文時代から村があった所で、つまりは水が豊富だった。江戸時代は鹿が放たれた狩猟地であり、皇室料地を経て東京市に下賜された、という歴史をもつ。僕は、井の頭動物園の分園にある水生物館が好きで、日本の小川や沢にいる魚が見られる。
▼武蔵野中央公園
  • 「武蔵野は私の第二のふるさとです。私が青春時代を過ごしたところです。父の美濃部達吉が暴漢に襲われたのは、あの森のあたりです」と市政30周年の壇上から成蹊大学の杜を指さしました。あの感慨深げな話しぶりが目に見えるようです。
  • 帰途、新設の都立武蔵野中央公園に立ち寄り記念植樹をしました。その木は今大きく枝をはり葉を繁らせています。
  • 米軍住宅の跡地が現在の都立武蔵野中央公園である。
▼グリーンパーク遊歩道
▼関前高射砲陣地跡
▼武蔵野市平和の日制定記念樹
▼中島飛行機旧変電室

■武蔵野市の交通インフラについて

  • ムーバス
    • 武蔵野市内を走るコミュニティバスの名前は、ムーバスといい武蔵野市の頭文字「ム」と、「MOVE US」(私たちを動かす)をかけています。

■武蔵野市のお店について

  • 松屋
    • 牛丼チェーン店・松屋は1966年に練馬区江古田で開業し、現在は武蔵野市に本社を置いています。
  • ハーモニカ横丁
    • 吉祥寺の人気スポット「ハーモニカ横丁」。1962年、文芸評論家・亀井勝一朗氏が、間口の狭い店舗が並んでいる様子をハーモニカの吹き口にたとえたことから「ハーモニカ横丁」と呼ばれるようになりました。
  • BOOK ROAD

■武蔵野市の寺社仏閣について

  • 延命寺
    • 延命寺には、空襲の犠牲者を悼む平和観音菩薩像があり、その側にはB29が落とした250kg爆弾の破片が置いてある。
  • 吉祥寺
    • なんでもある吉祥寺に、たったひとつないもの。それはズバリ、吉祥寺というお寺です。

府中市の話

■概要

  • 観光情報は「ぶらり国・府
  • 国史跡の武蔵府中熊野神社古墳
  • 市内中心部には国指定天然記念物である馬場大門のケヤキ並木
  • ムサシノキスゲで有名な浅間山
▼プレモル発祥
  • 府中市にあるサントリー武蔵野ビール工場は、サントリー初のビール工場として1963年に開設されました。
  • 松任谷由美の「中央フリーウェイ」にも歌われたビール工場です。
  • ザ・プレミアムモルツ発祥の工場でもあり、工場見学の際には出来立てのザ・プレミアムモルツ(黒も!)を試飲できます。
  • 事前予約優先ですが、予約に空きがあれば当日参加も可能なので問い合わせてみてはいかが。TEL:042-360-9591
▼郷土の森博物館
  • 「武蔵府中の歴史と自然」をテーマに野外を含めた「森」全体を博物館としています。天文の他、歴史や民族学などの資料、明治時代~昭和初期の建物があります。
  • 直径23メートル、平面床国内最大級の規模を誇るプラネタリウムでは当日の星空をライブ解説してもらえます。
  • 約60種1000本の梅が咲き誇る梅まつりが2月1日から開催されます。
  • 公園内には府中市美術館も併設。誰でも無料で利用できる美術図書室や市民ギャラリー、こども造形室でワークショップなども開催。全国的にも珍しい公開制作室があり、現代美術家たちの作品制作過程を見ることができる。牛島憲之記念館も。
  • 郷土の森観光物産館では府中産の農産物を使ったメニューが食べられるカフェがある。
▼JRA競馬博物館
▼東芝府中
  • 3億円事件
    • 1968年12月、「3億円事件」が府中市内で起こりました。3億円は東芝府中工場の従業員に支払われるボーナスで、当時は給与もボーナスも現金支給が一般的でした。事件は犯人が捕まらないまま1975年公訴時効となりました。
    • 三億円事件の捜査で三多摩地区の学生のアジトは、ローラー作戦で完全に潰されてしまって、左翼学生たちの火炎びん闘争は終息したのです。
  • 東芝町
    • "東芝町"という町名までできた広大な地域に工場があり、6000人の従業員が働く。すぐ隣が府中刑務所だが「東芝の門は刑務所より入りにくい」という人がいる。厳しい守衛の監視、厳重な防犯装置を巡らしたヘイ。"規律と権威"の象徴であり、それがまた東芝マンの誇りであるよう。
    • 「北府中」駅で下車すると、線路の西側に通じる通路は跨線橋と地下道の2つがあるのだが、そのいずれもが東芝の社員専用となっている。一般の利用客は西側には出られないシステムなのだ。それもそのはず、東芝の敷地は線路と接しており、西側には一般道路がない。西側に出る人間は東芝の社員か東芝に用事のある人間に限られ、入口で厳しいチェックを受けることになる。企業城下町の面目躍如といったところか。
▼土器の出土
  • イネ(陸稲)の栽培はすでに縄文時代後期には始まっていましたが、多摩地域に本格的な水稲農耕が定着するのは、弥生時代です。近年、東京競馬場遺跡から、稲作文化の伝播の指標と考えている遠賀川系土器の弥生時代のものと東海系の弥生土器が発見されました。
▼大国魂神社
  • 大国魂神社は、近藤の天然理心流四代目襲名披露の野試合が行われた場所。
  • 2世紀に創建されたという大国魂神社。明治神宮や靖国神社と並んで特に格式の高い「東京五社」のひとつだが、1900年のひときわ長い歴史から、別格な存在といえる。毎年4月末から5月にかけて行われるのが「くらやみ祭」だ。1週間にわたって行事が続くが、なかでも24台の山車の巡礼と8基の神輿による神輿渡御は最大の見所で、毎年70万人の観光客が訪れる。
  • 「くらやみ祭」とは何やら想像をかきたてる名前だが、実際、かつては若い男女が集まり歌の掛け合いをする歌垣が行われていたという。
▼府中基地
  • 府中基地をぐるっと一周するように走る。フェンスの向こうに戦闘機が2機鎮座しているが、むろん府中基地に滑走路はない。退役したものからエンジンの主要部品を外して展示しているのである。
▼浅間山公園
  • 多摩丘陵を一望できるビューポイント。武蔵野の面影を残す雑木林で覆われ、浅間神社、水手洗(みたらし)神社などもある。
  • ニッコウキスゲの変種「ムサシノキスゲ」が日本で唯一自生することでも知られている。
▼府中市の企業について

東村山市の話

■概要


  • 花菖蒲が咲き誇る北山公園。
  • 国宝・正福寺は東村山市の正福寺地蔵堂は建築物としては都内唯一の国宝に指定されています。堂内には江戸時代の地蔵信仰により、小地蔵尊像がたくさんあり、千体地蔵堂とも呼ばれている。
  • 久米川駅は宿泊できるホテルが多い。ビジネスでの利用が多く、ブリヂストンの東京工場、山崎製パンの武蔵野工場や東村山工場、あとは日機装、特殊ポンプや人工透析機械や、航空部品で有名な企業もある。

■地域ブランディングについて


▼ご当地キャラクター「ひがっしー」
  • 東村山市の広報戦略としてご当地キャラクターによる広報活動を展開、ご当地キャラクター選手権を開催した。「誕生後もずっと多くの方に愛されるキャラクターをつくるために市民からデザインを募集し、『選手権』として市民投票で選んでいこうということになった」
  • 「未来を担う子どもたちに考えてもらいたい」と市内の小中学校に応募用紙を配布したほか、デザイン募集をきかっけに、「東村山を知ってもらおう」と全国にも呼び掛けた。1650点の応募があり、親しみやすさ、発想のユニークさ・個性、インパクト・区別化、東村山らしさ、ネーミング、広報展開力の6項目を得点化し7作品を選定。7作品から市民投票により公式ご当地キャラクターを「ひがっしー」に決定した。
▼地域ブランド「里に八国」
  • 伝統食としての武蔵野うどんやB級グルメの黒焼きそばなど、東村山自慢の味を厳選した地域ブランド

■地域ゆかりの有名人・作品

▼志村けんさんの出身地
  • 東村山市出身で東村山市民に大人気の志村さん。出演していたテレビ番組「8時だョ!全員集合」で、東村山音頭を披露したことがあります。
  • 東村山市HPより「東村山音頭
▼となりのトトロの舞台
  • 東村山市、東大和市、武蔵村山市、瑞穂町にまたがる狭山丘陵は、スタジオジブリ作品「となりのトトロ」の舞台になっています。
  • 映画「となりのトトロ」のふるさとといわれる八国山
    • 八国山たいけんのさとは映画「となりのトトロ」の舞台ともいわれる八国山周辺の自然・文化財を題材とした展示や様々な体験学習ができる施設。どんぐりトトロ、お花のしおりづくりなど、季節に応じた体験ができる。
▼東村山市の酒蔵について
  • 金婚(キンコン):豊島屋酒造株式会社 http://www.toshimayasyuzou.co.jp/
    • 東村山市久米川町3-14-10
    • TEL:0423-91-0601
▼東村山市のシェアライフ
  • コワーキングスペース「Choito
    • 一軒家のコワーキングスペース。友達の家みたいな、隠れ家みたいな、自分の家ではない、地域のもうひとつの「家(居場所)」。

東大和市の話

■概要

  • プラネタリウムを備えた郷土博物館
  • 日本一美しいといわれる取水塔(ネオ・ルネッサンス様式)がある多摩湖は周囲に約4万本の桜の木がある。

■東大和市のお店について


■空襲跡

  • 都立東大和南公園一帯はかつての日立航空機立川工場で、航空機用エンジン生産の拠点だった。集中的な爆撃の標的となり、計3回の空襲で工場の半分が壊滅し、110人が死亡したという。その当時の変電所跡がそのまま残っている。これはいつ見ても言葉を失う。

■東大和市の団体について


■東大和市の施設について

  • 中小企業大学校
  • ビジネスト
    • BusiNestとは「ビジネスの巣」。新たなビジネスのタマゴを持ち、ビジネスの実現に向けて取り組んでいる方々が、ビジネスのタマゴを温める場。

西東京市の話

▼概要

  • 西東京いこいの森公園
  • 東京大学大学院農学生命科学研究科付属生態調和農学機構、農場博物館を含む見学コースのみ公開

▼誕生

多摩六都科学館

  • こちらの施設は小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市の5市で運営されています。こちらの施設の開館は平成6年3月で、その時西東京市は田無市と保谷市にわかれていました。その名残が今でも残って、5都ではなく6都となっているんですね。
  • 多摩地域には、六都科学館のような魅力的な施設がたくさんあります。プラネタリウムもありますよ。

多摩地域最大のキャベツ産地

  • 明治初年に日本にお目見えした野菜としてのキャベツは戦後から近年までその産地といえば、東京でした。初夏産と秋冬産の年2作が定着し始めた昭和30年代半ば、多摩地域最大の産地・西東京市では小麦の栽培よりも労力がかからず、収量が良いことからキャベツ栽培に転作した農家が目立ちました。

はなバス

  • 西東京市内を走るミニバス(コミュニティーバス)の名前は「はなバス」。 地域ネットワークを表現したデザインに花をペイントして、明るく夢のあるまちにという思いをこめているそうです。

スカイタワー西東京

  • 多目的電波塔「スカイタワー西東京」は地上195mあります。予報される翌日(午前中)の天気によってライトアップの色が変わります。紫が晴れ、雨は水色、曇りは緑。 今日は何色に光るのでしょうね。
  • タワー内部は安全上の理由から一般公開はしていません。

東久留米市の話

■概要

  • 市内の多くの場所から地下水が湧き出し、小さな流れとなり、そして黒目川、落合川、立野川となって西から東に流れている。
  • 落合川と南沢湧水群は平成の名水百選に東京都で唯一選ばれた。
  • 富士見テラス(東久留米駅西口2階)、関東の富士見百景としてダイヤモンド富士が眺望できることでも有名。

■豊富な地下水

  • 東久留米市は豊富な地下水があり、その地下水の湧き水が黒目川、落合川、立野川の3つの河川になっています。
  • 川と湧水

■最「東」端

  • 多摩地域の北東に位置する市町村の中には、東村山・東大和・東久留米といった「東」の字を冠した自治体が3市あります。この中で最も東に位置しているのは東久留米です。

■東久留米市のスポットについて

立川市の話

■立川市の情報発信について


■立川市のゆるきゃら

▼くるりん
  • 公認キャラクター。

▼ウドラ
  • 立川市の公認キャラクターなりそこねのウドラ。
  • 当初は2013年産のウドで、大きめ&少し固めだったが、2018年産になりシルエットが細くなり、肌触りがやわらかくなった。

■立川市の歴史

  • 絹糸と機織り
    • かつて、養蚕は日本中で行われていた。立川市域では、江戸時代中頃には農業の副業として養蚕が行われていたという。砂川四番の阿豆佐味天神社が、安政7年(1860)に筑波より蚕影神社を勧請していることからも、幕末には立川では養蚕が盛んだったといえる。幕末の柴崎村名主が残した日記「公私日記」にも、家の女性たちや下女が、糸引きや機織りをしたことが記されている。家で織られた自家用の織物を「うちおり」と呼び、家族で着ていたが、時には商品として現金を得ることもあった。
    • また砂川地域では、江戸時代末期から明治時代にかけて、砂川太織りという絹織物が織られ、東京にも出荷されるほど人気を博した。しかしその生産状況が資料上で出てくるのは明治20年代までで、その後は全くわかっていない。一般的には、村山絣(かすり)と太織りの技術が合体して村山大島紬(つむぎ)となり、太織りは消えてしまったと言われているが、実物が未発見のため今のところ詳細がつかめていない。
  • 流泉寺
  • 砂川闘争
    • 直接的な原因は、米軍の滑走路拡張に反対したもの。米軍のグローブマスター級の飛行機は日本軍にはなく、立川飛行場が米軍基地として接収された際に長い滑走路が必要になった。
    • 根底にあったのは戦争への憎しみ。農民のリーダー格の男は、敗戦復員し目にした、粗末な家で暮らす家族がショックだった。
    • 砂川闘争史上で最大の激突があったのは1956年10月13日、午前11時。測量隊を援護する形で2,000人の武装警官隊が拡張予定地に迫り、農民や労働者ら5,000人と対峙。断続的に降り続く雨の中、衝突。振り上げられる警棒、肉を打つ音、怒号、うめき声。あまりの苦しさに「お母さん」と叫んで倒れる女学生もいたという。
    • 負傷者730人、検挙者13人。
    • 反対同盟の戦いは「無抵抗の抵抗」。殴ったり物を投げたりしていない。なのに、どうしてこんなひどい仕打ちをするのか。悔しさでいっぱいだった。疲れきって夕方を迎えた。みんな泣いている。警察官は黙って下を向いていた。労働歌ではない。懐かしい歌。それは「赤とんぼ」だった。
    • 警官隊の中には涙ぐむ人もいた。機動隊の巡査は8日後、「私の人生観は砂川で変わりました」という遺書を残し自殺した。砂川から帰ると直ちに辞職願を出し、郷里で福祉の仕事についた警官もいたという。
  • 砂川判決
    • 砂川事件に関連して在日米軍を違憲とする判決が言い渡された(伊達判決)。これに対して、検察は極めて異例な跳躍上告を行い、最高裁は新条約締結の1カ月前に逆転判決を出した。これらのことから、検察と最高裁への政治的圧力が疑われた。
    • 後に判明した事実の一つに、東京地裁の「米軍駐留は憲法違反」との判決を受けて当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世が、同判決の破棄を狙って外務大臣藤山愛一郎に最高裁への跳躍上告を促す外交圧力をかけたり、最高裁長官・田中と密談したりするなどの介入を行なっていた。
  • 日野の渡し碑
    • 日野橋の立川側には、日野の渡し碑が残っている。

■立川市のインフラ

  • 環境
    • たちかわし環境ブック2014
  • 電力
    • 立川市は2010年から原発を持っていないPPS(電力事業者)から東京電力より安く電力を購入、現在では全ての小中学校や地域学習館、本庁舎など53施設で使用しています。
      →本当にそうなのか、ちょっと調べてみたい。53施設がどれなのか、100%購入しているのか、それによりどのくらい安くなっているのか、他の施設はなぜやらないのか。とかとか。
      →2012年7月に、「シェーナウの想い」を実行委員会形式で市内で上映したことがある。ドイツで住民投票からスタートした市民運動が「市民電力会社設立」までに至った経緯を実録したドキュメンタリー映画。
  • ガス
    • 立川市のガスホルダー(ガスタンク)は、昭和44年に建設され、立川市・国立市・国分寺市のガス安全供給の使命を担っている。
  • 水道
    • 下水処理場
      • 錦町下水処理場の老朽化への対応や下水の処理水質の向上(高度処理)のため、おおむね市全体の半分の区域の下水処理を、錦町下水処理場から北多摩二号水再生センター(国立市泉1-24-32)に切り替える、流域下水道への編入事業を進めている。編入の開始時期は平成34年度を予定。
      • 下水処理場へ流れてきた下水は約13年間(年間平均)をかけて処理されます。錦町下水処理場では、おおむね市全体の半分の区域の下水を処理しています(単独処理区)。処理した水は多摩川へ放流しますが、その一部は高度処理し、根川緑道のせせらぎ用水や柴崎市民体育館の雑用水として再生利用している。
  • 建物
    • 耐震化
      • 2015年3月までに民間住宅の耐震化率を90%にする計画をしているが、現在69.5%。
      • 緊急輸送道路の耐震化は市費3億円、民間住宅の耐震化は市費550万円。少なくね?
    • 空き家
      • 市内には7,000戸の空き家が存在する。
      • 市内で年間約30人(警察調査では90人近く)の孤独死が発生、見守りが必要な人は市の把握を超えている。
      • 住まいの貧困が孤独死を生んでいるという指摘もされている。
        →経済的困窮だけでなく人間関係の孤立によって、社会の中で自分の居場所を確保していくことが困難なお年寄りやホームレスを支援するシェアハウス等が必要か。。。
    • 対策
  • 交通
    • 道路
      • 天王橋の南北の渋滞を解消する必要がある。
  • 公園
    • ボール遊びを含む子どもの外遊びの確保について、現在は学校行事に支障のない範囲で学校施設を開放している。今後は団体貸出をしている体育施設について、安全性の確保などを整理し一定時間の開放を検討していく。
    • 初代めがね橋は甲武鉄道立川ー八王子間が開通した明治22年、日野の高さと線路を調整する際、掘り抜かれた土地に「日野煉瓦」を使って造られた。レールを使った2代目めがね橋は複線化工事に伴って、昭和10年に架け替え。現在の3代目めがね橋は幅員も広がり、柳を模した斬新なデザインになっている。2代目から3代目に架け替える工事の際、初代めがね橋の煉瓦橋脚が土の中から当時のままに現れた。
    • 多摩川鉄橋は明治22年、甲武鉄道開通に伴い多摩川にかけられた鉄橋。当時20万個の「日野煉瓦」を使用。現在も上り線橋脚は当時のまま、中央線を支えている。中央線の立川以西電化は昭和5年。
  • バス
    • 立川市コミュニティバスはくるりんバス。
  • 電車
    • 多摩最大の乗降客数のJR立川駅は1日に平均15万人の乗降客数が利用しており、多摩の拠点になっています。駅の周りには、ルミネ、グランデュオ、高島屋、伊勢丹などがあり、2007年にJR東日本のエキナカ商業施設、e-cute立川がオープンし、休日には流行に敏感な買い物客で賑わっています。
    • 西立川駅は松任谷由実(当時、荒井由実)さんが作詞、作曲した「雨のステイション」が、発着メロディになっています。
  • 農業
    • 東京都には52戸の酪農家、30戸の和牛農家、13戸の養豚農家、16戸の養鶏(採卵鶏)農家があり、立川市内には以下の8戸がある。酪農家(3戸:メスのホルスタインを育て、牛乳を搾っている)、和牛繁殖農家(1戸:和牛のメスを飼育し、その子牛を7~8ヶ月育てて市場に出荷している)、養豚農家(2戸:生後70~80日の子豚を買い付け、5ヶ月ほど育てて出荷する)、養鶏農家(2戸:肉用の軍鶏と卵用の烏骨鶏を飼養している。軍鶏は130~140日ほどかけて生育し出荷する。烏骨鶏は毎日卵を産むものではない)

■立川市の自転車事情

  • サイクルシェアリング
    • 立川駅南口第一タワー有料自転車駐車場、立川駅南口第二有料自転車等駐車場で実証実験として実施。自転車駐車場の定期利用料金と同額で自転車駐車場に用意してある自転車を利用できる。
  • 自転車運転免許制度
    • 現在小学3年生向けに市内の19(/全21)小学校で実施され、免許取得者数は7,720名。
    • 数回の講習や実技指導ののち、試験を実施、合格し免許を手にしたものだけが、はれて一人で町中を運転していいことになる。
  • 駐輪場の自動化
    • NCDでは、市内8つの施設に対して電磁ロック式の駐輪機を設置した。これにより、24時間の料金支払いを可能にし、利便性を向上。利用者が公平・平等になるような駐輪場づくりを目指している。
  • 駐輪場の有料化
    • 自転車用道路「サンサンロード」上にある無料駐輪場が、2014年6月30日で廃止。イケア立川への歩行者増に伴い、歩行空間を確保するため。無料駐輪場は短時間の買い物客向けに2003年から設置され、500台を収容できた。2012年の調査では、平均で一日600台の利用。
    • 新しい有料駐輪場は、国営昭和記念公園あけぼの口に近い農産物直売所跡に2014年7月1日設置。600台収容。最初の3時間は無料、その後は4時間ごとに100円。
    • モノレール立川北駅の下と西側の無料駐輪場も7月1日から有料となり、最初の2時間は無料、その後は4時間ごとに100円となる。
  • 市民自転車教室
    • 立川市が、立川競輪場で市民自転車教室を開催している。市民向けのピスト走行会。教室だからピストの貸し出しもしてくれる。しかも無料。立川市民でなくても、参加していい。
  • 自転車安全利用指導員
    • 東京都は2016年度より自転車安全利用指導員の制度を導入した。制度導入初年度は江東区で、翌2017年度と2018年度は世田谷区と八王子市を加えた3区市。そして2019年度は新たな3区市として大田区、江戸川区そして立川市が選定。

■立川市の公共施設について

  • 立川市役所
    • 2013年に新庁舎。約100人の老若男女の立川市民が市民委員として参加、設計者はコンペ形式。選ばれたのは野沢正光と山下設計、家具デザインに小泉誠さん。
  • 子ども未来センター(旧立川市庁舎)
    • WiFi・電源完備で非常に使い勝手がいい。となりはまんがぱーくだし。
  • たましんRISURUホール(立川市市民会館)
    • 昭和49年開館。「たましんRISURUホール」は多摩信用金庫がスポンサーとなって命名した新愛称。これまでの「アミューたちかわ」は使用しない。
    • 指定管理者は隣接する子ども未来センターの指定管理者でもある合人社計画研究所グループ。
  • たちかわ創造舎
  • たまがわ・みらいパーク(旧多摩川小学校)
  • 錦学習館
    • 学習とふれあいを通じた豊かな生活と地域社会をめざして、講座や事業、施設貸出などを行っている。
  • 第一小学校等複合施設
    • 明治3年、普済寺に郷学校として開設されたのが継承され、145年という年を刻み現在に至る日本でも有数の歴史を持つ学校。
    • 第一小学校等複合施設は、市内で初めての学校教育と社会教育の複合施設。第一小学校に柴崎学習館と柴崎図書館、柴崎学童保育所を併設。
  • 柴崎学習館(旧中央公民館)
    • 柴崎学習館は1971年に市中央公民館としてオープンし、2007年から現在の名称に変更。耐震強度の不足により、2014年8月11日で閉館し、近隣の市立第一小との複合施設として建て替えることになっている。
    • ドキュメンタリーやアニメなど448本のフィルム映画を所蔵していた。
    • 移転後は保管場所が狭くなるため、劣化の激しい8割のフィルムを廃棄。ディズニー映画やムーミンなどアニメ映画80本ほどは幸学習館(幸町二)に移した。
    • 新館で保管するのは10数本で、移転後はあまり上映会ができないかもしれないとのこと。
      →施設同士の連携についても考えていく必要があるのでは。
▼図書館
  • 図書館の相互利用
    • 昭島市・国立市・武蔵村山市の図書館は立川市民であれば利用が可能。冊数・返却方法はこちら。
▼教育施設
▼林間施設
  • 八ヶ岳山荘
    • 山梨県清里にある市の林間施設。〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545-1
▼公共施設の現状
  1. 施設の現状
    • 立川市は、約41.9万㎡(市民1人当たり床面積2.4㎡、東京都25市の平均1.99㎡より多い)の公共施設を保有しており、築30年以上の建物が全体の約61%と老朽化した施設が多い状況。
  2. 人口の現状と将来推計
    • 人口と世帯数はH26年~27年頃を境に増加傾向から減少に転じ、H55年には立川市民の約3分の1が65歳以上の高齢者となり、人口構造の変化が予測される。
  3. 財政の現状
    • H14年度~23年度の10年間の推移では扶助費(児童手当・生活保護費など)が約1.7倍に増加している。一方で道路や学校の改修等に要する投資的経費は、この10年間の平均額からH23年度は約30%低くなっている。
  4. 将来コスト試算
    • 今後40年間に必要な公共施設の更新コストを試算すると、40年間で年平均49.4億円となり、現状の公共施設における投資的経費(年平均29.5億円)の約1.7倍のコストが必要。
▼活動
  • ウドラ夢たち基金
    • 子どもたちが夢を形にする事業などを資金面で支援するために設立されたプロジェクト。
  • まちの種プロジェクト
    • 立川青年会議所 地域国際委員会がサポートする、自分たちが住むまち・通うまちのことを知り、盛り上げるための活動を行うプロジェクト。

■立川市内の団体

▼団体分類
  • 優遇措置を受けやすいのは、優先団体。
  • 優先団体になるには、社会福祉協議会登録団体のうち、基準がある(らしい)。
▼ポータルサイト
▼自治会(地縁型コミュニティ)
  • 加入率が右肩下がりの状況が続いており、2014年は47%を切ってしまった。
▼市民活動団体(テーマ型コミュニティ)
▼立川市の社会福祉協議会
  • 立川市社会福祉協議会とは
    • 社会福祉法に位置づけられた「地域福祉の推進」を目的とする民間の福祉団体。
    • 立川市の防災計画でボランティアセンター運営を所管する組織。ボラセンが立ち上がらなければ、被災者のニーズに応えて支援に駆け付けたボランティアの力も生かせない。
  • 立川あいあいプラン21
    • 地域の福祉課題(生活課題)を解決するために、住民をはじめ、行政、社協を含めた民間の福祉関係団体、地域のさまざまな団体が連携して、それぞれの役割を担いながら、地域福祉を推進するための活動計画。(H27/4~H31/3)

■立川市のスポット

  • 立川観光協会
  • 国営昭和記念公園
    • 昭和天皇在位50年記念事業として昭和58年に開園。
    • 西立川駅の入場口を境に西は昭島市、東は立川市に位置。
    • イルミネーション時には、シャンパングラス2311個で作った21段(高さ約2・8メートル)の「シャンパングラスツリー」2基のほか、グラスを3段重ねたミニツリーが100基も設置される。
    • こもれびの里はNPO法人武蔵野の里作りクラブが管理、運営している。
    • 事務局長清原輝雄さんが藍綬褒章を受章。
    • 日本庭園
      • 伝統的な技術を活かし、四季折々の季節感を表現した「池泉回遊式庭園」。
      • 池を中心に滝・流れ・州浜・木橋・菖蒲田等の自然景観を巡る庭園で、江戸時代の大名庭園に多く見られる様式。
      • 庭園のほぼ中央に約6300㎡の池がある。建物は全て数寄屋造りで統一され、一般の木造建築にはほとんど見られなくなった左官や漆塗り等を用いている。
    • 富良野自然塾東京校
      • 北海道富良野市において作家倉本聰氏が塾長を務める「富良野自然塾」のコンセプトをそのまま国営昭和記念公園において実施するもの。
      • 今治・京都・北九州でも実施されていて首都圏では初の開校。
      • 五感を使って生活する大切さや地球46億年の歴史が学べる体験プログラムは広大な敷地で行われ、まるで北海道富良野に来ているよう。
    • 昭和天皇記念館
      • 昭和天皇(1901~89)御在位50年記念事業として設置された国営昭和記念公園内にあり、緑を愛された昭和天皇の生物学ご研究や昭和天皇、香淳皇后のご遺品・写真等の昭和天皇ゆかりの資料が展示されている。
      • ホールの真ん中には昭和42(1967)年から使われた国産初の御料車「ニッサンプリンスロイヤル」も展示。また皇居の吹上御苑に隣接して建てられた昭和天皇の生物学御研究所の研究室も復元(一部)されている。
    • 旧石井家住宅
      • 平成25年8月24日、昭和30年代の農村風景の再現を目指して整備を進める「こもれびの里」に新たに推定築250年の古民家がオープン。もともと狛江市にあった石井家住宅が移築。
      • 主屋は18世紀後半に建築された建物で、正面軒先のセガイ造、ヒロマの押板、西妻側屋根の葺きおろしが特徴。
  • オニ公園(錦第2公園)
    • 鬼の形をした滑り台のある児童公園。昭和40年代、この公園の位置が立川の「鬼門」に当たることから地域の守り神としてこの滑り台が設置された。今では、オニの顔をかたどった滑り台をシンボルとしてポストカードや携帯電話のストラップが作成され、街おこしにも活用されている。
    • 人気ドラマ「ごくせん」のロケに使われたり、漫画「聖☆おにいさん」に登場している。
  • ファーレ立川
    • 「まち全体が美術館」構想の具現化に向けて、1994年10月13日に完成した「ファーレ立川アート」はアートディレクター北川フラム氏が36ヵ国92人のアーティストによる109点の作品を配したもの。歩道・車止め・壁・換気塔・点検口・街路樹・散水栓など都市の機能を生かしてアート化した。六本木ヒルズ、東京ミッドタウンなどさまざまな場所がファーレ立川を基本にしている。
    • ファーレという言葉は、イタリア語の「FARE(創造する、生み出すの意)」に立川の頭文字"T"をつけ「FARET」となった。
    • オープンから20年目の2014年はアート作品を蘇らせる「ファーレ立川アート修復再生事業」が行われた。
    • ボランティアグループ「ファーレ倶楽部」によるガイドツアーも実施。
    • ファーレ立川アートマップ(1部150円、オリオン書房ノルテ店にて販売中)
    • 今、これらのアート作品を作ろうとしても3分の1も作れない。作家はみな世界的ビッグアーティストになっており、現在の価値は1000億円はくだらないとのこと。
    • 坂口寛敏:バーコード・ブリッジ
      • ペデストリアンデッキのブリッジの上に貼ったタイルがバーコードになっている、もともとの建築予算だけでできた作品。資本主義社会を端的に表すバーコード・ブリッジが一番安いという論理に作家の遊びがある。
  • 立川駅南口アート時計
    • 2013.11.22、駅前ロータリー内に高さ8.7mのアート時計が設置された。
    • 女性と女児の地位向上と人権を守ることを主として活動している「国際ソロプチミスト立川」から創立30周年記念として市に寄贈いただいたもの。
    • 制作は市内在住の銅板作家・赤川政由さん。「南の風が吹く頃-Bon Voyage!-」と名付けられたこの作品では、船のマストをイメージしてブルーに塗られたポールの中間デッキに「小鳥と語らう少女」が立っている。
  • みどりの美術館
    • アートと緑が楽しめる「みどりの美術館」が2014年9月オープン。
    • 養樹園を一般に開放した屋外型の美術館。作品は緑を刈りこんでつくるトピアリー。樹々が動物やいろいろな形に刈り込まれている。アートと融合させた作品は、「みどりのすべり台」「空飛ぶブランコ」など子どもが遊べる遊具となっていて、子どもから大人まで楽しめる。
  • すずかけ三兄弟
    • 場所は、南北道路の多摩モノレール沿い、立川駅方面から進み、立飛入り口を越え国立病院と分かれる三叉路の角。
    • 米軍が立川基地に進駐した際に日米親善の為に植えたものと云われている。伐採される予定だったが市民の要望で残った。
  • 雨のステイション
    • 西立川駅は松任谷由実(当時、荒井由実)さんが作詞、作曲した「雨のステイション」が、発着メロディ。国営昭和記念公園の西立川口に歌碑がある。
    • JR東日本ニュース「西立川駅の発車メロディー変更について
  • 阿豆佐味天(あずさみてん)神社
    • 阿豆佐味天神社は境内に10もの神社がある。
    • そのひとつで行方不明になった愛猫の無事を祈って石像をなでると戻ってくるという逸話のある像「ただいま猫」があり「猫返し神社」といわれるのは「蚕影神社」。
  • 普済寺
    • 武蔵七党の立川氏の菩提寺。
  • 殿ケ谷緑道
    • 殿ヶ谷緑道は立川市と福生市にまたがるが緑道の名は、福生市内ではまったく見られない。立川市内に入ってやっと見られるようになる。
  • もぐら街道
    • 場所がいまいち判然としないが、こういう街道があるらしい。探しに行かねば。
  • 金比羅山
    • 立川市唯一の山。
  • 国立極地研究所
    • 極地に関する科学の総合研究の推進と南極観測事業の中核的役割を担う。
    • 2009年5月、板橋区から立川に移転。
    • 2010年7月24日に「南極・北極科学館」がオープン。南極観測の話を聞いたり、南極の石やオーロラシアターを観賞したりできる。
    • 日本時間の正午は現地の朝6時。氷点下30度が普通だとか。
    • 上映内容が月ごとに変わるオーロラシアター。南極・北極のオーロラがフルカラーで映しだされる。
  • 立川防災館
    • 受付に行くと、希望の体験コーナーに合わせて予定を組んでもらえる。「防災ミニシアター」「地震体験」「煙体験」など1体験30分程度。
  • Lalala アーティスティックスタジオ
  • 永井画廊(テレビ東京の鑑定番組にも出演の永井 龍之介さん所有)
  • IKEA
    • IKEAができたことで、80人の雇用が立川に生まれた。
  • 根川のせせらぎ
    • 普済寺のはけ下に水をせき止めて作った「遊船ボート」「さくらボート」があったが、今は水の少ない残堀川となっている。平成5年に完成した根川のせせらぎは、水を循環しているが市民の憩いの場となっている。
    • 貝殻坂橋。名前の由来は、旧甲州街道で使われていた「万願寺の渡し」から来ているらしい。万願寺の渡しは、上流の日野の渡しができる以前に使われていた多摩川の渡しで、旅人は、この貝殻板橋の東に位置する国立市青柳から段丘を下って川原へと下り、国立市石田の川辺から日野市石田(万願寺)へと渡し舟で渡っていた。その段丘を下る坂の辺りは、土中を掘ると蛤の貝殻が大量に出たといわれ、当時は「貝殻坂」と呼ばれていたという。つまり、かつてはこの辺りも海だったということだが、その坂の名を取って橋は貝殻板橋と名づけられた。根川緑道の橋の中ではランドマーク的な存在で、人が通るたびに板を踏む音が響く、素敵な板橋である。
  • ラーメンスクエア
    • モノレールの立川南駅から徒歩1分。アレアレア2にある食べ物テーマパーク、ラーメンスクエアでは同じフロアにしょうゆベースの縮れ麺が特徴の「いちや」など全7店舗が出店。アメリカのニューヨークをイメージしたフロア全体の装飾が、訪れる客を楽しませています。
  • アリーナ立川立飛
    • MAX 3,000人は金土日はほぼ予約が埋まっている状況。
  • GREEN SPRINGS
  • CsTACHIKAWA
    • 立川駅南口徒歩5分のシェアオフィス・貸事務所&貸し会議室/スペース。
▼映画

■立川市の聖地巡礼(作品名 / @撮影場所 / 訪れた有名人ほか)

  • 痛快TV スカッとジャパン / たちかわ創造舎 / ISSA
  • 俺の話は長い / たちかわ創造舎 / 清原果耶,水沢林太郎
  • 凪のお暇 / サンサンロード,錦第二公園ほか / 黒木華,中村倫也
  • シン・ゴジラ / 立川広域防災基地,多摩モノレール車両基地 / 長谷川博己,竹野内豊
  • グッド・ドクター / サンサンロード / 山崎賢人
  • 二度めの夏、二度と会えない君 / たちかわ創造舎,サンサンロード / 村上虹郎,吉田円佳
  • 兄友 / たちかわ創造舎ほか / 横浜流星
  • レインツリーの国 / サンサンロード / 玉森裕太,西内まりや
  • 海月姫 / 子ども未来センター / 芳根京子,瀬戸康史
  • お迎えデス。 / 多摩川緑地 / 福士蒼汰,土屋太鳳
  • 失恋ショコラティエ / 諏訪ノ森公園 / 爽太(松潤)が紗絵子(石原さとみ)にバレンタインチョコレートを渡すシーン
  • ごくせん / 諏訪神社,根川緑道,ファーレ立川,中華料理五十番
  • アライブ がん専門医のカルテ / 立川病院 / 松下奈緒

■立川市のスポーツチーム


■立川市の行政

  • 三鷹市、日野市と住民情報システムを共同利用。
  • プレミアム婚姻届。2016年登場から9ヶ月で1,300部発行。
  • 空き店舗の検索に「空き店舗情報サイト」。
  • 立川市長 清水庄平さんはかつて野球少年だったらしい。
  • 多摩地区初のマザーズハローワーク立川。仕事と育児の両立を目指す人のハローワーク。"託児所付"求人なども探すことができる。
  • 立川市初のネーミングライツ施設は「たましんRISURUホール」。
  • 第一小学校は立川最古の小学校であると同時に、日本でも2番目に古い小学校でもある。
▼立川市の政治について
  • 総合計画
    • 平成27年度から10年間の市政運営の基本的な指針となる「第4次長期総合計画」の策定を進めている。
  • 入札
    • 立川市の入札で、空調工事、給排水衛生工事、造園関連工事の3業種で談合の疑いのある高値落札が続いている。
  • 市議会議員の活動
    • 政務活動費
      • 政務活動費が支給されており、市政の課題や市民の意見を把握し、市民の福祉の増進を図るための活動に使用する費用とされ議員報酬の他に、月額5万円が支給される。この活動は報告義務があり、報告書は市政情報コーナーで閲覧することができる。
      • 政務活動費として認められないものは、
        • ①政党本来の活動に属する経費(党費や党大会賛助金、党大会参加のための旅費等)、
        • ②交際費的な経費(餞別、病気見舞い、年賀状(印刷代を含む)等、
        • ③飲食に要する経費(飲食費(宿泊に伴うもの、各種会議の会費に含まれるもの、茶菓子代を除く)等、
        • ④レクリエーション等の経費、
        • ⑤選挙活動に伴う経費、
        • ⑥その他議員個人の私費的経費
    • 継続審査からの廃案[裏ワザ]
      • 議会に出された陳情や請願は審査をしてできるだけ早く結論を出すようにするべきだが、表だって否決しにくい場合は、継続審査として次の議会へと判断を持ち越すことがある。今回2014年6月の市議会議員選挙を前に、任期が切れるタイミングで継続審査にすると、その案件は「審議未了廃案」となってしまう。2014年5月の議会では、「民間賃貸住宅居住者への家賃補助制度を求める請願」「原発の再稼働・輸出に反対する意見書を国へ提出することを求める陳情」など4件が審議未了廃案となった。
        →これはちょっとずるくない?大きな問題になることほど対応されないっていうことになる。
  • 国民健康保険料
    • 立川市の国民健康保険料は、現在4人家族300万円貸家住まいモデルで40万円。多摩地域で一番高い。日野市(32万円)、国立市(30万円)に比べて年に10万円も高い水準であり、さらに2014年から4年連続で値上げを行うことを決めている。これに伴い、払えない人が3人に1人、増加中。。。
  • 市議会議員選挙
    • 平成26年6月22日 
      • 立川市市議会議員選挙(定数28人)は、投票率41.67%だった。
  • 政治家Website

■立川市の人口

  • 多摩最大の乗降客数
    • JR立川駅は1日に平均15万人の乗降客数が利用しており、多摩の拠点になっています。駅の周りには、ルミネ、グランデュオ、高島屋、伊勢丹などがあり、2007年にJR東日本のエキナカ商業施設、e-cute立川がオープンし、休日には流行に敏感な買い物客で賑わっています。
  • 人口推計
    • 立川市も人口減少が始まっている。10年後の人口は175,000人と減少に向かう一方、65歳以上の高齢者人口は4.2ポイント上昇し、約25%を占めると推計されている。
    • H25年度:178,407人
      H35年度:175,794人(推計)
      H45年度:167,909人(推計)
      H55年度:156,686人(推計)
  • 成人数
    • 2020:1,868人
■立川市の農業・特産品

  • 植木
    • 立川市は植木の生産本数が東京都で1位。
  • うど
    • 立川市はうどの生産量が東京一です。市内では、うどラーメンやうどピザ、うどパイなど、うどを使った様々な食品が販売されています。ちなみに漢字で書くと「独活」です。
    • 立川ウドの成分の中には、アスパラギン酸が多く含まれていて、エネルギー代謝などを高め、カルシウムなどミネラルを体の隅々まで運ぶ働きがあり、疲労回復にとっても効果的!水分量が多く、食物繊維も豊富で超低カロリー!ダイエットにも最適ですよ~。
    • 立川市内のうどを使った料理を食べられるお店
      • 五十番 / 福心楼 / ハルピン / 中華くるま / 香来飯店 / 鴛鴦(ヤンヤン) / 入船茶屋 / トスカーナ / やな瀬 / 信濃屋
  • 西国立ビール
    • 無門の「西国立ビール」は多摩地域の代表的な地ビールです。 味はもちろん、色、香り、ラベル、それぞれに特徴があり愉しめます。(閉店)
  • 立川ハニーエール
    • 立川産の蜂蜜を使ったビール。今年で2回目。立川の物産を使った地ビール作りを考えていた和田さんが、立川で養蜂を営む果樹農家を紹介されたことをきっかけに、「いわて蔵ビール」(岩手県一関市)に醸造を依頼し開発した。開発に当たっては、「ビール製造に必要なだけの蜂蜜の確保のほか、国産蜂蜜が比較的高価なため、使用量を制限しながらも『蜂蜜の風味のあるビールスタイル』を決めるのに苦労した」と振り返る。
    • 同ビール100リットル当たり立川産の蜂蜜約3キログラムを使用。エールタイプのビールで麦芽と蜂蜜のほのかな香りの相性が良く、蜂蜜の糖分がアルコールになることから甘味は少ないのが特徴。
▼立川市のお祭り
  • 「立川よいと祭り」の「よいと」とは、「良い所」「良い人」「ヨイショ」などからイメージした言葉。

■立川市のイベントスケジュール

  • 4月
    • 春うらら桜ウォーキング
    • 国営昭和記念公園 フラワーフェスティバル
  • 5月
    • 立川フラメンコ
    • 立川いったい音楽まつり
  • 6月
    • 富士見夏まつり
  • 7月
    • 立川まつり国営昭和記念公園花火大会
    • 国営昭和記念公園サマーフェスティバル
  • 8月
    • 立川よいと祭り
    • 曙町祭礼パレード
    • 諏訪神社例大祭
    • 羽衣ねぶた祭
    • たちかわ真夏の夜の演劇祭
    • 西砂川地域ふれあい松明祭
  • 9月
    • 国営昭和記念公園コスモスまつり
    • 立川南フェスタ
  • 10月
    • 箱根駅伝予選会
  • 11月
    • たちかわ楽市
    • 立川あにきゃん
    • たちかわ欅イルミネーション
    • Tachikawa燦燦Illumination
  • 12月
    • 国営昭和記念公園ウィンタービスタイルミネーション
  • 1月
    • 立川市消防出初式
  • 2月
    • 諏訪神社節分祭
    • まちパ
  • 3月
    • 立川シティハーフマラソン

■立川市の事件

■その他関連リンク