2014年7月31日木曜日

森林資源の活用

■林業

  • 山仕事を担う人々のヴィジョンが将来の山と環境に大きく関わってくる。林業は一朝一夕に成果が出ない。植栽をして50年、100年経ってようやく伐採し木を売ることができる。その間、適切な手入れをしないと木は育たないし、周りの環境にも悪影響を与えてしまう。親が子供に教え、その次の世代、またその次の世代へと様々なことを継いでいってもらうように、林業も代々受け継いでいかなければならない。
  • そのためには、「どんな山にするか?」という最初の意志が大切。どんな意志でつくられ、育てられてきたのかを知らなくてはならない。
  • "生きている木を伐るなんて可哀想"とセンチメンタルな気分になりがちではあるが、ここは原生林ではない。人の手によって保たれる"林"なのである。むやみやたらに生長した樹木は、枝を拡げ絡み合い、地面に太陽光を届きにくくしてしまう。十分に根を巡らすこともできず、地盤は弱くなり、大雨などで斜面が崩れる心配だってある。
  • 中山間地においては農林業が主要産業にならざるを得ないため、林業の復興なくして地域振興はありえない、という事情も抱えている。
  • 「緑のダム」が現在、社会的に注目される大きな背景がある。林業復興のための意義づけ、手段といったらいいだろうか。木材消費に占める国産材比率が18%を割り、材価格の暴落や人材不足により国内林業が産業として成り立たない状況に陥って久しい。拡大造林期に植え日本の森林の約40%を占めるスギ・ヒノキ・カラマツなど大々的に間伐しなければならない時期を迎えている人工林が放置され、「国土保全」機能を果たすべき森林がむしろ土砂崩壊や雨水流出の危険度を高めている、というのである。
  • 多種の弊害が予想される人工構造物でなく、多面的に有用な機能をもたらす森林整備を中心にすえていくべきだ。国が森林整備は数字で定量化できないからと流域対策として認めないのは、自らの研究不足を棚に上げ、時代の要請に逆行しているのではないか。
  • 森林環境税は、森林保全を目的として、県民税に一律500円を上乗せして徴収する仕組みである。年約1億4000万円の基金を財源として、一方では公益上緊急に間伐を要する「水源林」等の強度間伐、すなわち「緑のダム」整備事業のために使い、もう一方では「山の日」関連イベントなどの普及啓蒙のための事業費として使われる。
  • 交付金事業とFSCの森林認証をセットにして進めた結果、認証森林は私有林の過半を超え、FSCのロゴマークを付けた木材の販売も少しずつ増加している。当初は木工製品の開発から始まったものが現在では高知市、大阪市などの工務店と提携して国産FSCで造った住宅・環境配慮の家という販売戦略が展開されつつある。
  • 間伐を実施すれば、国・県の補助金に加えて1ha10万円の交付金が支払われることが、間伐推進・「緑のダム」整備への大きなインセンティブとなった。
  • 町は森林認証の取得に全面的に協力するとともに、1999年に風力発電施設を2基設けた。設置場所は常時風の強い高原であることもあって、年間2000万~3000万円の収益が上がった。この収益をもとに町は「環境基金」を作り、森林認証の推進とタイアップさせながら、独自のユニークな間伐促進事業を立ち上げるなど、積極的な展開を図っている。
  • 森林認証では森林組合が管理者となって、国有林の一部と県有林、町有林そして多くの私有林を対象に趣旨に賛成する者と管理契約を結んで、グループ認証を受けるという全国初のチャレンジであった。製材工場の認証を取ることによって、認証森林から製材加工された木材製品に「環境に配慮した製品」であるというFSCのロゴマークを付けて販売することができるようになった。
  • 50年前の価格にまで暴落した木材価格のもと、「どうしようもない林業山村の危機から脱却をめざす」ためには、これまでの林業の効率化路線だけではやっていけないことを認識した中越森林組合長は、1998年末に高知県主催の「森林認証制度に関する勉強会」に出席したとき、再生・発展の新たな可能性を森林認証に見いだしたのである。
  • それまでの木材生産を目指したスギ・ヒノキ一辺倒のモノカルチャーの森づくりから、間伐推進による林内への広葉樹導入と合わせて平面的にも立体的にも多様な「モザイクの森」づくりへの転換を図ったものといえる。それによって、生態系の豊かさの回復と「緑のダム」機能の改善、水の再生を図る。
  • 1950年代~1970年代においては、全国的に、燃料革命(薪・炭から石油等へ転換)が進み、茅葺き屋根が激減し、まぐさや肥料も山の採草地からの依存がなくなり、山林利用が激変した時期で山地で広範に行われていた畑作や棚田農業も減り始めた。それらの山地に、当時価格が急上昇していたうえに、林野庁の植林奨励と補助金によってスギ・ヒノキなどが大規模に植林された。
  • 広葉樹の優れている点は、立地環境に適応した多様な樹種が生育できる、気象災害に強い<風への抵抗性、雪氷害の起こりにくさ、折損後の再生性など>、病虫害に対して危険分散できる、リター<枯葉や枯枝>の分解が早く土壌化しやすい、などがあげられる。そこで手入れの行き届かない人工林<針葉樹一斉林>の弱点を広葉樹が補うことによって、森林の諸機能が強化され生態的にも資源的にもバランスが図られる。広葉樹林については、現状の保全を基本に必要であれば手入れを行い、その利点が遺憾なく発揮されることが期待される。
  • そもそもわが国では古来より、川を治めるには山を治めよ、と言われ続けてきたのである。私たちはそろそろ洪水対策の発想を変えなければいけないのではないか。明治以来営々とダムとコンクリートで洪水を河道に閉じ込めてきた「線の治水」から、洪水量そのものを押さえて被害を減らす「面の治水」へ重点を変えていく時代がやってきたのである。そのためには、今、流域面積の7割を占める森林の質にこそ目を向けてほしい。これは山に暮らす人々、川に暮らす人々、それぞれの現場からの切なる声である。
  • 流域の人工林を20年間かけて強間伐を行えば、2025年には18,000トン/秒となり、新たなダム建設は必要ないことがわかった。またこれによって毎年7億円の新たな公共投資が生まれる。
  • 森林の違いを取り入れて雨量と河川流量の関係を再現したところ、ピーク流量は森林状態により変化する。浸透能の低い1970年代のデータで計算するとピーク流量は大きくなる。浸透能が高い1961年の森林状態に回復すれば、ピーク流量は20%下げることができる。現在では、旧建設省が定めた基本高水流量24,000トン/秒は過大である。
  • 吉野川流域ビジョン21委員会報告所が指摘したのは、自然林は放置人工林にくらべ、2.5倍の浸透能力がある。強間伐して10年以上経過した人工林は放置人工林にくらべ、約2倍の浸透能力がある。
  • 戦後の拡大造林政策によって自然林の一斉皆伐が行われた結果、森の治水力を測る平均浸透能は、1970年代急激に低下した。この時期、毎年のように洪水が頻発している。1990年代、自然林の皆伐のあと植林されたスギ・ヒノキが成長し浸透能はある程度回復したが、現在は手入れ不足のためその回復が頭打ちとなっている
  • 洪水への影響度がもっとも大きいのは降雨量やその降り方である。また、流域の地質、地形、土壌などの地域性、さらに表土の攪乱も大きな影響要因で、長期流出における蒸散の影響を除いて、森林の影響はこれらの諸要因に比較して小さい。したがって、森林の影響を検知するためには、森林以外の要因の影響を取り除く必要があり、そのためには時系列的な降雨強度を入力し斜面での実際の水の流れを物理的に追跡する流出モデルと組み合わせて評価する手法をとるべきである。
  • 世界的には、熱帯地域、開発途上地域を中心に、森林が減少している国が多い。国連世界食糧農業機関(FAO)による「世界森林資源調査2000」によれば、1990年代の世界の森林面積の正味変化(増加と減少の差し引き)速度は年平均939万haの減少であった。これは世界の森林面積の0.2%に相当し、北海道の面積(780万ha)より大きい。
  • 大量に木材を消費する国であるにもかかわらず、自国の森林を温存できるのは、需要の80%を輸入でまかなうことができる経済力があるからこそである。
  • 日本は、森林面積67%という森林大国であり、その面積率は過去100年間ほとんど変わっていない。主要先進国のなかで、これほどの森林面積率を長期間、維持している国は他にない。日本で森と川とのつながりが問題になっているとはいっても、それは森林が減少して、その悪影響によって困っているのではなく、逆に森林が成長しているのに、それを切る人がいないので困っているのだから、考えてみれば贅沢な話である。
  • 近年、「水源税」というかたちで、上流の森林管理費用を下流域の住民に負担させようという趨勢もあるものの、現状では、税金が水源涵養のために有効に使われているかについて評価することが難しいのが現状である。
  • 国内の森林資源を使えば海外に富を流出させずに済む。しかも森林を失った国では、日本の森林と水を狙って、得た資金で日本の森を買い取ろうとしているのだ。日本は資金を流出させただけでなく、自らの国の水や森林まで失ってしまうのだ。だから国内の森林資源を使って家を建て、燃料に使うべきだ。

▼スギ・ヒノキ

  • ヒノキは成長が遅くて、育つまでにスギの倍、つまり約100年かかります。それでも人々は土まで背負って山にヒノキを植えました。しかし彼らは、自分の植えたヒノキで得することがないのです。なぜなら100年以上生きられることはまずないからです。では何のために植えたのか。子孫のためです。そんな彼らはなぜ生きていられたのか。祖先が植えてくれたヒノキがあったからです。だから彼らは祖先を大切にしますよね。それは当然です。今生きていられるのは祖先がヒノキという財産を残してくれたからなのですから。
  • ヒノキ林の特徴は、広葉樹に比べて落葉量が非常に少なく、さらには、その落葉も容易にバラバラになりやすいことである。そのためヒノキの落葉は容易に林内からうすなわれる。したがって、手入れの悪いヒノキ林では、下層植生も落葉層も失われるため、林床が裸地化し、遠目には緑の森林と見えるものの、森林の内部は砂漠のような状況となる。
  • 日本の森林の40%はスギ・ヒノキを中心とする人工林である。スギやヒノキの価格は、この25年間でなんと約半値まで下落し、最近5年間だけをとってみても、暴落といっていい値崩れを起こしている。40~50年前に山にスギ・ヒノキを植えた人たちは、林業で金もうけをすることを夢見て植えたのだが、そのもくろみは見事に外れてしまった。
  • ヒノキは、枝葉を水平方向に展開し下層への入射光をさえぎる、落葉が細片化して容易に移動するといった特性をもつため、下層植生の侵入や有機物層の発達が妨げられる。この結果、雨滴衝撃によって表層土が目詰まりを起こして浸透能が低下し、表面流が発生してしまうと考えられている。このような林では、間伐等の手入れを行うことによって「緑のダム」機能を向上させることができる可能性がある。服部らは、ヒノキ林にアカマツが混交したり、ヒノキ林の林床面をササが被覆したりした結果、土砂の流亡が大幅に減少したことを報告している。
  • スギは、樹齢30年ぐらいから花粉の量が増えてくるとされていて、70年代に入ると、花粉がどんどん飛ぶようになった。
  • スギ林の面積は、全国の森林の20%弱。日本の国土でいうと、なんと12%がスギ林なのだ。なんでこんなにスギ林が多いのか?その理由は、第二次大戦中にまで遡る。戦時中の日本では、武器や道具を作るため、たくさんの樹木が伐採され、いたる所、禿げ山だらけになってしまった。 そのせいで、大雨や台風が来るたびに、山崩れや洪水などの被害が起こるようになったため、対応策として、成長の早いスギの木が大量に植林されることになったのだ。
▼担い手不足
  • 香川県のように、水をもらっている吉野川・早明浦ダム上流の高知県の森林に対して、間伐補助金を出している「越境補助金」のような例もある。このような動きは今後各地に広がるであろう。しかし、林業は採算の問題以外にも、過疎化、高齢化の問題を抱えており、自己負担ゼロの補助金が用意されていても、実際に山に入って作業する人がいないために、予算が消化できず、間伐は進めない、という事態も起きている。
  • 1ha当たり3000~4000本程度の苗木を植え、大きくなったら2,3回間伐を繰り返して、最終的に1ha当たり1000本程度にする、というのが標準的な林業のやり方なので、過密になった人工林は、間伐をしないとダメになってしまう。しかし間伐しても、将来儲けにつながる見込みがないので、間伐が行われない、いわゆる手入れ不足の人工林が増えてしまっているのが現状である。
▼森林の機能
  • 森林には「ゆっくり流す」機能と「水を消費する」機能の二つが備わっている。水を消費する機能とは、葉や枝が雨水をさえぎって蒸発させたり、葉から水を蒸散させる機能のことで、森林は草地や荒地などとくらべて、より多くの水を消費することが知られている。

■森林酪農


  • 「この世界に無駄な命などない」と考えるアミタ株式会社が、森で育てる酪農を鮮烈な形で復活させました。丹後半島の森の中で牛の放牧を始めたのです。しかも山地酪農では徐々に丘状にしていくのに対して、アミタの考える「森林酪農」では森のまま維持します。
  • アミタで放牧されているのは種牛を除いて乳牛で、乳牛は一日一度、乳が張ってそれを絞ってほしくて牛舎に並びます。それ以外の時間すべて、牛たちは山の中を散策しています。雪が降る真冬でも牛たちは外にいます。出産するときも牛だけで自力でします。
  • 森の中で牛に出会うと驚きますね。森の中で大きな動物に出会うことはないですから。ここで作られた牛乳は、成分の調整などせずに大手の百貨店で販売しています。週一回の販売、しかも市販の牛乳価格の7倍だというのに、これまで3年間、一度も売れ残ったことがありません。
  • アミタはその牛を、林業にも役立てているのです。牛は下草を食べてくれるので、夏場、人が立ち入ることができないほど密生する下草が、すかすかになります。そして牛は大きな図体で自然に枝落としをしてくれます。まるで下草刈りしたみたいな森になるのです。牛糞は一頭当たり一ヘクタールあれば、そのまま山の栄養になります。逆に草の成長量から言うと、一頭あたり二ヘクタールの面積があれば牛と雑草が共存できます。
  • これを林業に役立てたら、最大の費用がかかっている草刈りがいらなくなります。林業から考えると、コストをかけて乳牛を管理しなくても、雄牛を中心に飼うことで除草を任せることができます。

■広葉樹


  • 広葉樹の生態系に合わせた利用法を考えるべき。生態系の問題は、即環境問題。
  • 広葉樹が本当になくなれば、秋の紅葉がなくなってしまう。またいろんな木から採れる果実もなくなる。となれば、山に棲息する動物たちの食糧事情に多大な影響を及ぼすことは必至。サルやリスがいなくなり、昆虫がいなくなり、鳥がいなくなる。もはや生態系に以上をきたしはじめた山々は、日本のあちこちに出てきている。
  • 四季いずれの時期も炭酸同化作用をし、休まず地中から養分を取り続ける針葉樹だけでは、山の土は痩せてしまうといわれている。たしかに、広葉樹の土は養分に富むので、飛騨地方では苗代に入れている。
  • 今、日本の国土の66%を占める森林地帯の環境を守るキーポイントは、広葉樹にあるのではないだろうか。
  • 落葉広葉樹林の場合は、常緑針葉樹ほど樹冠遮断量は多くなく、草地とそれほど変わらないという研究もある。しかし降水量の少ない地域では、深い根の影響で草地よりも水を消費する。また湿潤な土地を好むポプラやヤナギなどは、蒸散量が非常に大きく、結果として水流出量を50%またはそれ以上減少させる。
  • 上流域(高標高域)では、(成熟した)常緑針葉樹林の面積率が10%増加するごとに、水流出量は1.5~2.0%減少する。このことは、森林を皆伐すると水流出量が20~25%増加することを意味する。これは森林が草地に対して樹冠遮断蒸発量が多いためである。下流域(低標高域)では、上流域に比べて雨が少なく、樹冠遮断蒸発量の影響は少ないが、樹木は深い根を持ち、草地に比べて蒸発量が多くなる。低標高域では、水流出量はもともと少なく、森林の影響によって水流出量は70%またはそれ以上減少する。
  • 現在、多摩川の水源林のおよそ3割は、植林された針葉樹林で占められている。一般に針葉樹の森では、広葉樹の森に比べて川の水量が少なくなる。川の水量を増すためにできるのは、広葉樹の森を復活させることだ。すでに、多摩川の水道水源林では、針葉樹の人工林を、広葉樹の天然林に戻す取り組みが始まっている。

■照葉樹


  • 照葉樹林が広がる地域は世界でも限られ、その地域には共通した生活習慣―焼畑、絹、漆、味噌や納豆の発酵食品、餅食などが見られるという。それを「照葉樹林文化」と呼ぶのだそうだ。

■竹


  • 竹の中には乳酸菌が含まれています。そのおかげで竹を粉にしてビニール袋に入れておくと、発酵して「ぬか」そっくりなものになります。そこに生ごみを入れれば、臭いも出さずに二週間で分解され、それが堆肥になります。それどころか、その竹粉そのものが飼料になるのです。特に牛やブタは大好物で、竹粉を混ぜた飼料を与えると、その後は竹粉がないと食べなくなるほどです。堆肥としても有効で、竹粉を捲いたところだけ、草の成長が飛びぬけていました。
  • こうして使えたら、竹害が国産飼料になります。カロリーベースで日本の食糧自給率が40%と低いのは、配合飼料の輸入が多いためです。もし竹粉でまかなうことができたなら、日本の食糧自給率は52%まで向上することになります。
  • 竹は杉よりも高いとこまで一気に伸びてから葉を茂らせる。その結果、杉林すら竹に負けて朽ちていくのだ。しかも竹は上だけ伐っても地下茎で広がるから駆逐できず、地下茎を取ろうとすると山の表面全部をはがすことになる。この困りものの竹が、粉にすると畑地の栄養となるだけでなく飼料にもなるのだ。これで竹の害を利益に変え、自給率を向上させることができる。それらを飼料に使えば、自給率ははね上がる。こうすれば最悪の資金流出を防ぐことができ、地域経済の活性化ができる。

■緑のダム


  • 「緑のダム」とは何か、といわれれば、それは森林そのもののことである。河川の源流域にある森林はすべて、そう呼ぶことができる。森林にはたくさんの機能が備わっているが、そのなかには洪水を軽減し、渇水を緩和するという、コンクリートのダムの機能とよく似た機能がある。これを「『緑のダム』機能」と呼ぶ。
  • 数時間先に現在よりも大規模な降雨が予測されるような場合、人工のダムであれば放流により空き容量を増やしておく操作が可能であろう。それに対して「緑のダム」の「貯水量」や「放流量」は土壌間隙の性質と降雨パターンを反映して自ずと決まるもので、人為的な調節はできないことを認識しておく必要がある。予測されるさまざまな降雨パターンに対して「緑のダム」の限界を正確に評価することが重要であり、洪水制御(や渇水制御)の社会的要請がその限界を超える場合には、それを補うための工夫(たとえばダムや堤防の整備)が必要となる。
  • 実際に水を使おうとしたときに多すぎて困ったり(洪水)、足らなくて困る(渇水)のは、最大流量と最低流量だから、最大流量を減らし、最小流量を増やすことによる、流出量の平準化が森林の水源涵養機能ではないかという視点。
  • 国内からハゲ山がほとんどなくなったといっても、海外には中国をはじめとしてかつての日本と同様の状態の山地は多く存在しており、ハゲ山を消滅させた日本の経験は世界各地で役立てうる情報となっている。ハゲ山では、地表に降った雨の多くがそのまま流出し、洪水をもたらす。また、この流出は地表の土砂も押し流す。階段工を施工し、植林すると、流出はおだやかになり、土砂流出も急激に低下する。このようにハゲ山を対象とした多くの調査事例があるが、ハゲ山を緑化したことの影響はとても大きいので、その効果は誰にもわかっていた。
  • 「緑のダム」が失われた川では、雨が降れば洪水、晴天が続けば渇水が起きる。奥多摩のシカが増えた原因は、長らく保護のために狩猟禁止になっていたことに加えて、温暖化が進み、冬に自然淘汰される数が減ったためではないかと考えられている。森を守るため、シカの数をどうコントロールするのか。水源林の新たな課題だ。

■人間と動物と


  • 人間が人間の視点で理解し書き記した「自然」なるものと、実際いまそこにある「世界」とは、大きな隔たりがあった。
  • 人間の言葉では翻訳できないような事柄もあった。ある事柄について、対応する人間の言葉がないことを雨が説明すると、先生はひどく不思議がった。それなくしてどうやって生きていくのか、と先生は言った。

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