2009年6月14日日曜日

本「「世間」とは何か」

<本の紹介>
古来から、日本人の生き方を支配してきた「世間」という枠組。兼好、西鶴、漱石らが描こうとしたその本質とは。西洋の「社会」と「個人」を追究してきた歴史家の視点から問い直す。

「世間」とか「社会」とかって言葉の違いをあんまり意識したことはなかった。
でも、話し言葉では「渡る世間に」とか「世間は狭いね」とか、「世間」を使うことが多いように感じる。
逆に、「社会」って言葉は文字として見ることが多い気が。教科書とか、新聞とか。

おもしろいなーと思いました。
自分を日本人の代表だとは思わないけど、日本に生まれてずっと日本に住んできて、やっぱ見える範囲は大きい社会じゃない。もっと狭い、自分と関わりのある人たちの範囲を自分の社会として見てるんだろうなって思いました。
多分、それぞれの人たちのその範囲を「世間」って言って大きくずれてないと思うし、自分が今までに大事にしてきた人たちも、これから大事にしていきたい人たちも、この「世間」の中に入る人たちだったりする。
本の中では、同じ電車に乗ってる人でも自分と関わりのない人に迷惑がかかってもそこまで気が回らない人も、自分と一緒に乗ってる人に同じことされると気分を害したりして、そこに境界線があるんじゃないかって書き方をしてて、「たしかに」とか思っちゃいました。

その「自分の世間」の範囲を広げていければって思ってもいるし、年々広がっていってるような気もするけど、だからと言って世界中の人たちとつながろうとまでは思ってない。そこまで大きな社会で生きているわけじゃない。

ただ、世界の人たちは「6次の隔たり」でつながっているわけだから、自分が自分の周りにいる人たちと楽しく笑って過ごしていくことを続けていければ、それを受け取った誰かがまた他の誰かにつなげていければ、いつか世界の裏側の人にも届くんだ。だから、自分の世間を大事にしていこう、と改めて思いました。

あと、日本特有の文化として、こんなこともあるんだそうです。
・世間を騒がせたことをお詫びしたい、という言葉は
 英語やドイツ語に翻訳することができない。
・宝くじにあたると日本では世間をはばかって隠したりするが、
 アメリカでは新聞に堂々と顔写真がでる。
個人的には、そんな日本の文化の方が好きです。

周りにいる人たちのおかげで、自分も活きる。
自分がいることで、周りにいる人たちが活きていく。

自分が今いるのは、両親はもちろんたくさんの人たちのお世話になってきたからだ。
だから、その人たちに自分にできるだけのことを返せる人になりたいです。
そして、もらった分は自分たちだけのものにせず、自分の同世代や後輩たちに確かにつないでいけるといいなと思います。

この本が明らかにしたかったことは全然違うのかもしれないけど、周りの人たちの存在とか、その人たちとの付き合い方について考えるいいきっかけになった本でした。

2009年6月13日土曜日

本「男の一生 (上)」

<本の紹介>
秀吉に仕えて一介の野武士から十一万石の大名に、やがて悲運の最期をとげる前野将右衛門の生涯を、新史料を駆使して描く戦国ロマン

三国志を読んで以来、「歴史小説は勉強になる。うん、読もう!」と感じてた。
そんな中どっかの本でオススメされてたこの作品。

恥ずかしながら、遠藤周作の作品と言っても何一つ知らなかったです。
この人が知られていることは知ってた。でも、何故知られているかを考えたことはなかったし、今もわかってないです。これから色んな本を読み比べていく中で、そんなテーマも考えて行けるといいなと思います。

で、この本。
正直こういう主人公は好きでした。自分の好きな女の子にうまいこと思いを伝えることはできず、その女の子を信長に取られ、その信長への奉公を「あの子取られたから絶対やだ」とか言っても結局は女の子に流され奉公する。でも飽きっぽいし本気で従ってないから続かない。
で、バカにしてた秀吉に力を貸したらあれよあれよと、、、

良禽は木を選ぶ。
いい家来は主人を選ぶ。

誰と一緒にいたいのか、誰と一緒なら自分と家族を守って行けるのか。
それは、今の社会でもそんなに変わらない。仕事の選択肢は確かに増えてる。

「どんな仕事でもやれよ!やんねぇと斬る。」このご時世、そこまでは言われない。
でも、どんな業界、どの会社って選んだとしても、結局はそこのトップだったり、直属の上司だったりを下はよく見てる。理不尽な要求だったり、受け入れられない価値観だったり、選びたくない選択肢でも仲間や家族の為を思えば逃げられなかったり。
似てるよ、というか、変わらないよ。

自分についてきてくれる後輩や、自分に声をかけてくれる仲間ももちろん大事にしなきゃだけど、たまにはそれだけじゃなくやりたいことやっちゃったりするとこも変わらない。

自分の活かし方って意味じゃ、考えさせられるとこはあったかな。
もしも自分にその仕事を遂行できるような能力がない場合、それでも結果を出さなきゃいけない場合、あなたならどうしますか?

「できません、誰か他の人をアサインして下さい。」これもある意味正しい判断だろう。
医者とか命を預かる仕事なら、「やればできるかも?」なんて成功率の仕事をしちゃいけない。でも、これでその人の評価が上がるかと言えば、人によっては下がるかもしれない。
結局、できてないわけだから。そいつを食わしてる意味がないわけだから。価値を提供できてないわけだから。

そうでなく、誰ができるのかを見極めてできる人と一緒にやっていく、このスタンスを取れると基本的には何でもやれるんだろうな、と思いました。
この主人公の最大のファインプレイは、秀吉との出会いを逃さずにしっかり捕まえたことだった。それには、秀吉が他の人とどう違うのか、他の人との付き合いから学んでおく必要があったはずだ。それをしてたからこそ、見えたものがあったんじゃないかなと。
そういう意味で、今いろんな人に会っておくことって大事だろなと思いました。

遠藤周作の代表作は他にもあると思うけど、さくさく読めるんで読んでみてもいいと思います。

2009年6月9日火曜日

本「仕事に役立つマインドマップ」

最近、自分の周りにいる人に貸してもらうことが多くなった本ですが、相変わらず図書館でも借りてきてます。

続いて読んだこの本は、半年以上前に図書館に予約して、やっとまわってきた本。
一般にどんな本が読まれてるかってのは本屋に行っても最近のしかわからない。
人へのリサーチベースで積み重ねて精度を上げていくべき類のものだと思うけど、俺はある程度この「図書館で予約を待っている人の人数」を参考にはしています。

世代をまたいで参考にできる数字ってのは、自分たちの世代に閉じた付き合いじゃ得られないですから。

<本の紹介>
脳のはたらきに沿って“思考を地図化”するテクニック。紙とペンさえあれば、いつでもどこでも始められ、アイデアが湧き、仕事の効率がアップします。トニー・ブザンによって発明され、ビル・ゲイツやアル・ゴアをはじめ、グローバル企業のビジネスパーソン、各界のリーダーたちが使っている革命的思考ツールである。

初めて知ったのはもっと前だったけど、実際に仕事に使い始めたのは2年くらい前だったかな。そーだ思い出した、当初は「特性要因分析の手法」ってことで入社すぐに部長に教えてもらったんだ。
それから、今は自分の仕事を進める際の基本はこれになってます。セミナーにも行こうと思ってんだけど、10万のオーダーは非常にキツイ。。。まぁ、いつか行きます。ちゃんと教えて欲しいし、そこでできる人脈にも興味があるし。

そんな自分がセミナーに一番近づけると思った本がこれで(なんせトニーブザン直伝の本だし)、結果的にも非常に為になりました。

ゼロベースにしろフレームワークを使うにしろ、何かを考え出すときにアイデアがどんどん湧き出る人と「うーん・・・」って言ってるだけの人がいる。その違いはなんだろう。
「世界最高の工場を手に入れることはできても、アイディアがなければただの箱」。こんな言葉もある。

アイデアを出せるか出せないか、それによって人の選択肢は大きく変わってくる。
大げさに言えば、「一生言われたことをやり続ける」か、「好きに生きる」か。

そこまで変わんねーよって、実際そうかもしれません。
でも俺は、ここまで変わると思ってやってます。
アイデアも出し方次第だし、どこまで形にできるかとか、協力してくれる人がいるかどうかも大事だけど、多分こういう考え方ができる人は非常に力になる。自分個人としても、誰かの力にもなるときでも。そして、それは日々の積み重ねで差としては広がる一方にしか進んでいかない。だから、早くやり方を覚える必要がある。10年後に覚えたんじゃもう遅い。

仕事の進め方が変わる一冊になるかも知れません。
マインドマップだけじゃなく、TEFCAS成功メカニズムとか、他のフレームワークや考え方のヒントもたくさん載ってて、読み終わって貸したげた後輩は「目から鱗」って言ってました。

もし、今の仕事をもっと効率的に進めたいとか、もっと早くとか、もっと漏れなくとか、手戻りを押さえたいとか、そういった改善がしたい人がいれば、少なくとも無駄にはならない本だと思います。
うまくいけばこれ1冊でOKかもしれない。笑

よかったら読んでみて下さい。
一緒にでかい仕事をできるようになったら、これ使ってやりませぅ☆

2009年6月8日月曜日

本「日本は「侵略国家」ではない!」

この本は、「渡部昇一の昭和史 正」に続いて、親父がオススメって貸してくれた本。

<本の紹介>
「「田母神論文」が日本人の歴史観を正す」「愛国心こそが、国を守る原動力である」。祖国を愛する渡部昇一と田母神俊雄が大提言。田母神俊雄による懸賞論文「日本は侵略国家であったのか」も収録。

戦争は悪で、なるべく避けなくちゃいけないとは思う。
そして、そんな戦争を欧米の列強と同じく日本も引き起こしたことがあって、その為に国内外に多大な犠牲を戦争中も、戦後の何十年も払い続けることになった。今だって原爆の後遺症とか、そういった傷は完全に癒えているわけじゃない。
でも、それでイコール「日本は悪い国」にはならないとも思う。日本が戦争を仕掛けるように仕向けた人物がいた。日本を貶めたかった国があった。資源のない日本に対して、包囲網を敷かれた。それに対して、日本は国民の英知を集めて、植民地にされることなく肩を並べようと全力を尽くしていたけど、状況がそれを許さず、国として戦争を仕掛けざるを得なかった。
ただ、資源確保(&本土に直撃を受けない為の領土確保)の為に植民地化したアジアの国だって、無碍に食い荒らしたわけじゃなく、インフラを整備したり教育を施したり、日本が援助することで国として独立できるようにって考えて対応をしてる。満州国の王に日本人でなく、溥儀を迎えたのがいい例だろう。植民地なのに、満州国の国民数は飛躍的に増え、国は潤っていった。安心して暮らせなきゃ、人は集まって来ない。この数字は、僕らにとって大事な数字なはずなんだ。
そして、理由がどうあれ引き起こしてしまった戦争に関して、日本は裁判を受け敗戦国としての裁きを受けている。当時の罪はもう払ったんだ。いまだに「戦争を引き起こしてしまい、申し訳ありません」なんて謝る必要はない。それを言い出したら、もっと謝ってなきゃいけない国は日本以外にもたくさんあるだろう?
過去にとらわれて未来を無駄にすることはない。お互いの利益の為にも、未来に向けて話をしていくべきなんだ、と思います。

そして、それを闇に葬ってきたことで日本の特に戦後世代のジュニア以降は、そういった事実を知らされずに、東京裁判や村山談話のみを正として暮らしている。自然と、悪いことばっかりしてきた日本に対して国民の愛国心なんて生まれるはずもなく、、、。
「国がどうとか関係ねーし」とかって白けた世の中に拍車がかかっている一因になっているのかな、とか思います。俗に、こういう状態のことを文民統制(シビリアンコントロール)とかって言うんじゃなかったっけ?

「日本は悪い国だ」って言うとうなずかれて、「日本はいい国だ」って言うと非難される。外国人にされるならわかる。やり返してやるだけだ。でも、同じ日本人にそういう反応をされたくない。
日本が好きだ、日本に生まれて良かった、って誇りを持って言える自分でいたいし、自分たちの世代だけじゃなく、次の世代やこれからの世代にも「この国に生まれて良かった」って、そう思ってもらいたい。だからこそ、自分の国の歴史くらい、知っておいても良いと思います。その為に、読んでみて欲しい本だと思いました。

大友慧

今日、サッカーのWebサイトをいつも通りに徘徊してたら、大友慧のblog発見。

彼はもう俺のことなんて覚えてないと思うけど、小学生の時に同じチームでサッカーをしてた。あのときからめちゃくちゃうまくて、「なんでそんなことできるの!?」って感じだった。そんな彼は今FC岐阜でプロサッカー選手として頑張っている。みたい。

ごめん、仙台→鳥栖に行ってからわからなくなってた。
だから、見つけてすごく嬉しかったです。

そんな彼のblogを読んでて、上がった一節。

>>>>>
長谷部 誠選手がヴォルフスブルグのマガト監督(ドイツでは、かなり有名)から言われた言葉

生活のすべてを

サッカーに捧げるんだ

プロは、たくさんの人達を

喜ばせなければならない。

そのために普通の人の

何十倍、何百倍も

努力しないとダメだ。
<<<<<

俺は、プロSIerだ。
職業は違っても、立場は一緒だ。

同世代として、負けてらんねーなって思いました。
周りの人たちみんな喜ばせてやる!!!
その為に、まだまだできること増やしていきたいなと思いました。

P.S.
先日、あのとき同じチームにいた奴と話をしてたときのこと。
A「○○、何でサッカー始めたの?」
B「××と遊んでるのが楽しくて、××が始めたから」
C「俺も」
A「俺も」

そんな××がいてくれたことをありがたいと思うし、チームメイトとして慧と出会えて、彼がこうやってサッカーを続けてくれてるのもあんときを思い出せたりして嬉しく思います。
今度、試合も見に行ってみようかな。

2009年6月6日土曜日

本「こころの処方箋」

<本の紹介>
あなたが世の理不尽に拳を振りあげたくなったとき、人間関係のしがらみに泣きたくなったとき、本書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微かな震えを聴き取り、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。

ちょっと仕事で体制変更があったりした時期で人間関係の機微に敏感になってたとこだったんで、「いつか全部読んでやる本リスト」にリストアップされてたこの本を読んでみました。

人間関係は確かにストレスになることもあるけど、これからも0にできない以上は自分で対処できる強さを身につける必要がある。俺は自分で言うのもなんだけど、一匹狼タイプよか周りとコミュニケーション取りながら仕事を進めていくタイプ(理想は阿吽レベルまで高めたひ)なんで、相手のケアについても勉強しておく必要があるし、自分も何度か倒れてるんで、まだまだ試行錯誤しながら仕事のやり方については日々トライ&エラーしてる感じです。

で、この本はそういった部分でいくつか良い視点をもらえた本になりました。

「イライラは自分の見通しのなさを示す」
イライラは、自分の何か-多くの場合、何らかの欠点に関わること-を見出すのを防ぐために、相手に対する攻撃として出てくることが多い。イライラしてきたら「何か見通してないぞ」とゆっくり構えると、有益な発見が生じてくることがある。

「100点以外はダメなときがある」
常に80点の努力を続けてきた人は平均値としては非常に高いが、100点以外はダメなときも80点を取っていては結局ダメ。が、常に100点を狙うと人間関係が攻撃的になる人もいる。100点は時々で良い。

「やりたいことはやってみること」
やりたいことを我慢してやるべきことをやっているときは概して効率は上がらない。しかも、次の日も上がらなかったりする。逆に、やるべきことをしないでやりたいことをした人は次の日すっきりして案外効率が上がったりする。やりたいことをしたのだから、と仕事もちゃんと終わらせようとする。エネルギーも、やりたいことをしてるときはほとんど疲れないので、全体の消費量は特に変わるわけでもない。やりたいことは我慢せずにやった方が良い。

「ものごとは努力によって解決しない」
「自分の努力が足りない」とか「頑張ってるのに報われない」とか言う人がいるが、逆に「努力すればうまくいく」なんてことがあるのか。人間が自分の努力によってなんでも解決できると考える方がおかしくないか。解決するはずのない努力を免罪符にしていないか。

「自立は依存によって裏付けられている」
自立と依存は反対ではない。自立は十分な依存の裏打ちがあってこそ、そこから生まれてくるもの。人間は誰かに依存せずに生きてゆくことなどできない。自立は依存を排除することでなく、必要な依存を受け入れ、自分がどれほど依存しているかを自覚し、感謝していることではないか。依存を排して自立を急ぐ人は、自立でなく孤立になってしまう。

「強いものだけが感謝することができる」
他人に心から感謝する、ということは大変なこと。自分が他人から何らかの援助や恩義を受けた事実を認めねばならない。正面から取り組んで事に当たるとき、人間のエネルギーは不思議に開発される

他にも、「あ、そういう視点も確かにあるな」って思うことが多くて、自分の視野の狭さや考えの偏ってたことに気づけたことが一番良かったことかも。。。
人との付き合いを苦手にしている人もいるけど、てんぱっちゃう人もいるけど、それでも隠居しないで自分の力で働いて生きていこうと思ってるなら、うまくストレスを逃がしながら前向いてやっていくことが必要で、その方法についてもうまいこと書いてるんで読んでみて損はないと思います。

よかったらどうぞ。

2009年6月2日火曜日

本「江戸の繁盛しぐさ」

<本の紹介>
互いの傘を外側に傾けてすれ違う「傘かしげ」、あとから乗ってくる客のためにこぶしひとつ分の幅を詰めて空間をつくる「こぶし腰浮かせ」など、江戸の商人たちが築き上げた「気持ちよく生きるための知恵」満載!

この本は、Aちゃんが紹介してくれたんだけど、「日本人のいいとこってもっとあると思うんだ」って話をしてたとき教えてもらった本。
早速読んでみました。

結構大事なこと言ってるなって感じた。
そして、江戸時代ってすごいじゃん、とも感じた。

単に安穏と過ごしてたから平和な400年だったわけじゃない。
一日一日をもっと良くしていこう、お互いに気持ちよく過ごしていけるようになろう、そうした努力を積み重ねてきた400年だったんだってことが、よくわかりました。時代を治めていくのは確かにお上だったかもしれない。でも、お上だけじゃ世の中は治まらない。
やっぱり庶民一人一人の意識や生活レベルによる部分も非常に大きかったんじゃないかなと思いました。今、希薄だなと自分が感じている部分。
今の時代にこの時代の人たちがいたら、仕事めっちゃできる人たちだったんだろな~と思います。自分もそうだけど、なかなか相手への気遣いってのができてなかったりするときもある。
そんな余裕なかったりして。で、後から後悔・・・orz

「この人と会うのは自分の人生で今の一度きりかもしれない。だから今日の付き合いを美しく、大切で楽しいものにしていこう。」
「汗を流している人がいたら冷たいおしぼりや水を一杯出すとか、健康状態は見ればわかるのに「お元気ですか」なんて言わない。見て分かることは口に出さずに実行する。」
「意見の不一致を歓迎すること。2人の人間がいて、いつも意見が一致するならそのうちの1人はいなくてもいい。改善を求めるなら、違いがあることを大事にすべき。」
「うまくいっている勉強会はメンバーが良いのはむろんだが、縁の下の力持ちとして幹事が実にきめ細かく気配り、手配りをしている。何かおもしろそうだ、自分の得になりそうだと、目先の計算で動く人が増えているだけに、幹事役がきわめて貴重な存在になってくる。最終的には縁なき衆生は去っていくにしても、幹事があってこそ人の輪ができる。」
「言葉は「言の端」ではなく、事(行為、行動)と同じ意味を持つ。言葉の乱れは生活の乱れ、逆に、生活の乱れは言葉の乱れ。」

こういったことが当たり前にできなきゃ、「江戸の人」としては笑われた。
あと、心に残ったのは相手を見て、相手に合わせて自分の振る舞いを変えることが当然と思われていたこと。相手が乱暴な言葉遣いなら、こちらもそうする。相手が心のこもった応対をしてくれるなら、こちらもそうする。

なんとなく、そうなってるし、それでいいんだろうな、って思いました。
だからこそ、自分がその人と気持ちいい付き合いをしていきたかったら、自分が相手にどれだけ気持ちよく思ってもらえているかが大事になる。
お金の問題とか、自分さえよければ良いとか、そういうことでなく。

先人に学ぶことってまだまだいっぱいありそうすね。