今年に入ってからの怒涛の日々が、先週末に大きな山を越えた。
フリースタイル餃子祭りもルミネ立川でのやまなしワインラウンジも大盛況で、いい結果で終われたのでよかった。いい経験させてもらったなぁ。
わかったことがたくさんあって、やっぱり自分がやってみないと経験値は貯まらない。
走りながら武器を拾って、また次の企画をはじめていこうかと。
次は何をしようかな、と。
今年に入ってからの怒涛の日々が、先週末に大きな山を越えた。
フリースタイル餃子祭りもルミネ立川でのやまなしワインラウンジも大盛況で、いい結果で終われたのでよかった。いい経験させてもらったなぁ。
わかったことがたくさんあって、やっぱり自分がやってみないと経験値は貯まらない。
走りながら武器を拾って、また次の企画をはじめていこうかと。
次は何をしようかな、と。
今日立川の情報収集をしていたら、T-BIKE終了のお知らせ。
何度か使わせてもらったことがあったけど、自分は立川で自転車を持っているのでほとんど使うことはなかった。少人数の友だちが来たときに、立川をちょっと案内しようかと思った時に駅の近くで借りれる自転車はわりと助かる場面はあったのだけど、実際の稼働率はあんまり高くなかったのかな。
当初はなかったHELLO CYCLINGがまちのそこら中で使えるようになり、電動キックボードの設置にも積極的な立川でこれ以上ビジネスとしては大きくはならないという判断があったのかなと思う。
おつかれさまでした。
▼T-BIKE(指定管理者自主事業)サービス終了のお知らせ(令和6年3月24日)
https://www.city.tachikawa.lg.jp/kotsutaisaku/mobile/documents/t-bike.html
▼T-BIKE
https://www.ecostation21.com/t-bike/
最近、立川の観光コンベンション協会に関わるようになり、この数か月で一気に立川の観光ドメインの人たちとの接点が広がっている。
これまでも立川の決して少なくはない人たちとつながりがあったと思っているけれど、切り口が立川食べ歩き隊ベースな以上、「Facebookをやっていて、立川の食に興味のある人」がメインだった。「食」と「観光」は関連する部分は多いけど、切り口を変えるとそこに属する人たちとつながれるのはとても嬉しいところ。
「立川の観光」目線で外の人と中の人と、つながりながらできることが増えていくといいなと思っています。
ただ、入ってみて立川には大きく横たわっている問題が1点あることに気づく。
立川は、「泊まれない」。ホテルはほぼ予約がいっぱいな状況がずっと続いていて、この先パレスホテルもなくなるという。その上で、観光の文脈やまちづくりの文脈でイベントは増えて来ていて、立川ステージガーデンにはファンが集まるイベントが結構あるけど、大阪とかから追っかけてくる人たちが泊まる場所がない。
日帰りしか受け入れないのでは飲んでも早く上がるしかないし、この問題をどうするか、解決策が必要だなと思っています。どうするべきなんだろう。。
前回のブログ記事から早いもので3ヶ月が経ってしまった。
「何を書こうかな」と思っていくつか案は考えたものの、前回の投稿を読んで「あ、3ヶ月前はここにいたのか」と思ったのでその話を。
前回「何度も誘うのは迷惑かもしれないけど、自分の声をかけたい人にはかけるべき」みたいなことを書いていたけど、ここからの試行錯誤で自分が認識したのは「上記の正しさ」と、「これまでやりとりがなくても、コミュニティに入るきっかけを求めている人は意外と多い」という事実。
というのも、自分は立川食べ歩き隊の隊長。立川食べ歩き隊で何かを企画するなら、全員が自分のことを知らなくても意識はしてくれている、という立場。
そんな隊長の立場の僕から「今度こんなイベントをするのでよかったらどうですか?」と声をかけてみると、「自分も参加してもいいんだ」と思ってもらえる人もいる。これを一般メンバがやると、ただのナンパと取られてしまうケースもある中で、組織の長がやることでグループとしての歓迎の意志を表すことができるのだ、と認識したのがここ数か月でした。
悩んで、やってみて、わかったことがあって。うまくいったことは続けて、ダメだったことは別のアプローチを考えて。それを繰り返しながらも、3ヶ月前とは全然違うところに来れていることを実感したので、ちょっと嬉しくなってそんなことを書いてみました。^^
最近、自分で企画するものが増えていて、中でもその会を成立させるために自分も仕入というか、バスの費用だったり飲食店との最低金額(人数)の約束だったりをした上で開催するケースがちょくちょくある。
それはそのリスクを負うとできることが増え、イベントの付加価値は大きくなるのだけど、ある意味ノルマのような金額的なハードルが設けられることになる。 達成できなければ、自腹で払うことになる。それでもやるかというところで判断(と覚悟)が求められる。
まぁ「やりたいことは、やるべきことだ!」が合言葉なので、基本はやってみる方向にいつもなります。笑。
でも、そういう企画をしたときに、声をかけたい人はわりと一緒だったりする。自分が楽しい時間を一緒に過ごしたいと思って企画しているのだから当然そうなってしまうのだけど、イベントを連発して企画すると、どうしても何度も同じ人に声をかけることになってしまって、申し訳ないなと僕も思うし相手もどこか1回は来てくれても、他は断るケースが多く、何度も断るのいやだろうな~と思いながら声をかける、という形になりがちなのが最近の悩み。
ただ、自分は「人生は短くてできることはできるときにやっておきたい派」なので、「絶対にこの人が一緒じゃなきゃこのイベントはやらない」というもの以外は、その日に来れる人たちと一緒に楽しめればいいや、で企画することが多い。その、「その日に来れる人って誰」というところで声をかけやすい人から声をかける感じになる。
もし自分が声をかけてもらえる方だったら、行けたのに声をかけてもらえなかった、それを後から知るのは残念に思う。なので、人からされて嫌なことはなるべくしない精神に則り、僕から「断ってくれて全然いいけど声はかけとくね」と今日も声をかけています。
人によっては、「自分の仲良ししかいない集まり」なら参加しやすいけど、「自分も知らない人がいる集まり」はそれなりに心の準備をして参加したいって人もいる。
そういう相手のスタンスや性格にもケアできるところはケアしつつ、僕自身はできればより多くの場所やお店に行ってみたいし、それを通していろんな出会いをしてみたい。世界が広がっていく感覚を味わいたい。
その辺、相手に合わせすぎると自分は我慢をする形になってしまうので、ある程度は割り切って、「僕が僕のやりたいことをやっているので、一緒に楽しんでくれる人は一緒に楽しみましょう」という感じで進めていくのが自分の精神衛生的にはいいのだろうなと今日も企画を練っています。
先日の飲み会で「私は自分から声をかけて断られたら少なからずガッカリもするし、また断られたらと思うとだんだんその人を誘えなくなる」って言う人がいて、「そういう感覚の人もいるのか」と新鮮な反応をしたら「普通はみんなそうだよ」と言われてしまった。
でも、そこでいちいち意気消沈していたら、話は全然前に進まない。
企画自体が面白くなかったかもしれないし、たまたま興味のある分野じゃなかったかもしれない。興味のある分野で面白そうな企画だと思ってもらえたとしても、それがその人の空いてるスケジュールではなかったかもしれない。
仮に空いていたって、最優先は自分の家族や仕事のこと。その優先順位がある中で、その息抜きの時間や他の友だちとの予定がないときで、場所的にも行ける距離。費用もまぁ割高には感じない。そんなときだけ、だいたいの人はOKをしてくれる。
自分の企画の魅力をあげることも必要だけど、自分が働きかけられる範囲を超えた、不可抗力ともいえる要素がたくさんあるのが当たり前。どちらかといえば、Noと言われるほうが確率が高くて、全滅の可能性だってあるのが企画をするということだと思う。
それでも、だからこそいい企画ができることは価値があるのだし、来てくれた人は自分の誘いに応えてくれた、というのが企画した側としてはとても嬉しく感謝もするし、考え方として確率論を頭にいれながら考えていかないといけない。
要は成功率の法則。
「より多くの人に会えば、より多くのYesに会える」ということ。
最近、企画をたくさんしすぎて、結局声をかける回数も増え、それに比例して断られることも多々ある。でも全然めげる気はしない。断られる中でも、「その日は行けないけど、どっかで飲みたいとは思ってたから別途行こうよ」「こういうの好きそうな人がいるから、今度紹介させてよ」なんて新しいつながりや機会がNoの中からも生まれてくる。(こともある)
だったら、YesでもNoでも、やらないよりはやった方が、声をかけないよりはかけた方が意味がある。少なくとも、自分が来てほしい、連絡を取れたらいいなと思っている人には。
そんな風に考えて自分は企画をしているし、だから断られること自体はYesを増やすためのNoだしまったく気にならない。むしろそれがないとYesは増えないから、ありがたいと思っているところもあるくらい。
そんな考え方でやっているよと伝えたら、珍しがられた、という話でした。
でも、僕はこれでいいと思うんですけどね。
3連休の初日、フットサルの元日本代表・立川アスレの皆本さんとアリーナ立川立飛で行われているハンドボールの試合を見に行ってきました。
目的は、フットサルと同じくメジャースポーツではないハンドボールの興行を見に行ってみることと、ローカルアイドルとして先日知人に紹介してもらった「Spoon's」のパフォーマンスを見に行くこと。
ハンドボールの試合を見に行く日がくるとは。それも、フットサルの元日本代表選手と。そして、ローカルアイドルのパフォーマンスを見に行く日がくるとは。といういろいろ初めて尽くしの日になりました。
ハンドボールの試合もパワーとテクニック満載で面白かったですし、これからの展開も楽しみ。どんどん仕掛けますよ。^^
少しごぶさたしてますが、この間もたくさんの企画を仕掛けています。
そして、仕掛ければ仕掛けるほど安全地帯が広がっていくというか、実績が積み上がり信頼をしてもらえ、次の企画がやりやすくなっていく感覚。
その中で、最近一段レベルが上がったかもと思えるのは、企画に「縦の軸を通す」ということを意識出来だしていること。
A1という企画の前後に、A0とA2を配置して、B0の企画が生み出されるのを待つ。とか、
数年後にE5という段階くらいになっていると組みやすい外部環境の変化の見込みがあるから、その前段としてABCDのフェーズ4つに分けた段階をクリアさせたい。そのために企画している、という構成があって手元の企画を進めている、とか。
ただそのそれぞれ1つ1つも面白い企画であってほしいと思っているので、それぞれがAとして回数を重ねてもいい、ABCまでしか進んでいなくてもきっと楽しい、という形は保ちつつ。
忙しくはしているけど、そんな形で自分の頭では大きな方向性を意識しながら進めていても、手元の企画の中で新しいアイデアだったり、参加してくれた人、手を挙げてくれた人と組むことで思いもよらない次の動きにつながっていったりする。
それを楽しみながら、いつも新しいことをやっていく、そこに乗っかってくれる人、一緒にやるよと言ってくれる人と話をしながら楽しみが増えていくといいなと思いながら過ごしてます。
話せば話すほど、動けば動くほど、自分の中に鮮度の高いネタが増える。それも面白いし、どんどん仕掛けていきたいですね。
「きじはオンラインサロンとかやったらいいのに。きっと立川でつながりを求めている人とか、おいしいお店を教えてほしい人とかたくさんいると思うよ」という声をいくつかいただき、自分もそういう人たちの力になれるといいかなと突然ですが、オンラインサロン、試しに始めてみることにしました。
*
基本的にはファンクラブと同じようなイメージで、
① 僕の企画するイベントの先行案内をします
お出かけツアーの参加者募集や「立川で何人かで飲むけど来ますか?」的な先行案内を送ります。最近5,000人を超えた食べ歩き隊で数人を集める投稿は難しく、でも新しく入ってきた人で食べ隊のメンバーを接点を持ちたいという人の声は聞くので、そういう方の入り口となれたらいいと思っています。
② 立川のお店のトリビア的な話の紹介
立川食べ歩き隊のメンバーたちと立川のお店で食べ歩いている中でお店の人に聞いた、トリビア的な話を紹介していければと。こういうサロンに入っていてよかったな、と思えるちょっと他の人に話したくなるような小ネタを紹介していこうかと。
③ 立川で情報収集している中からピックアップニュースをお届け
自分が数年かけてつくってきた立川の情報網から、「これ面白い」「知っておいた方がいいかも」というニュースをピックアップしてお届けします。みなさんに代わって僕が立川の情報を収集してお渡しする、という感じですね。
*
上記3つの情報が手に入って、月の会費は500円。ハードルは低いと思いますので、興味のある方はぜひ気軽にご参加お待ちしています。
*
▼ 食べ隊隊長 きじのワルダクミ倶楽部
https://tsunagime.stores.jp/items/6467405ab5941f002bac145d
今度の週末(5/27)、三鷹のひとはこやカフェにて「第2回 植本祭」に登壇することになりました。
日時:5月27日(土) 14:00~15:30
場所:ひとはこやカフェ(三鷹市下連雀1-5-7 つばめハウス1階)
登壇者:マンガナイト 山内 康裕、立川食べ歩き隊 木嶋 雅史
会場のひとはこやカフェは2023年3月24日にオープンした「シェア型本屋」ということで、店内の本棚のひとくちオーナーになれるそう。
今回は10年来の盟友、マンガナイトの山内くんに声をかけてもらい、一緒に登壇となりました。山内くんからはマンガナイトのこと、僕からは立川食べ歩き隊のことを紹介したのち、お互いに持ち寄った本の紹介をして参加者さんと交流する、という流れになるそうです。
主催は中央線コミュニティデザインさん。ずっと中央線にはお世話になってきているけれど、そんな中央線の「駅」から少し離れた場所でもコミュニティ形成や事業創発に向けてチャレンジをしていくとのことで、その辺の話も聞いてみたいところです。
もともと読書は好きなので、そういう"本"がひとをつないでいくスペースでどんな本の話が聞けるか楽しみですね。特に申込等は不要なようなので、当日フラッと、ご都合のつく方はぜひご参加お待ちしています。^^
立川食べ歩き隊、5/18で5,000人になりました!
2015年9月にはじめて8年、大きくなったもんですね~。この間、おいしいものを食べながら思いがけない出会いや楽しみがたくさんあり、この立川で暮らすことがどんどん楽しくなっている。ほんとにこのコミュニティをつくってよかったなと思ってます。
最近は規模が大きくなったことでこじんまりと「今日飲みに行ける人~?」的な呼びかけをグループ全体にするようなことはできにくくなってしまったけど、その分この写真のガレーラジャックのような「人数がいるからできること」に手が届くようになってきていて、いつも経験したことのない何かをさせてもらっている感じ。
まだまだ未訪店もたくさんあるし、新しい楽しみをつくりながら楽しんでいければと。
引き続きみなさんよろしくお願いします!
「立川食べ歩き隊のHP」をなぜつくったかというと、この食べ隊で「飲食店応援Tシャツ(通称フェスT)」を2021年以来2年振りにつくることにしたから。このTシャツのことを、FBをやっていない人たちにも知ってほしいと思ったからです。
立川で人気の飲食店30店のロゴをバックプリントに集めたTシャツをみんなで着て過ごすことで、「飲食店とお客さん」という関係がひとつのチームになっていく。
そんな取り組みができたらと、候補のお店ひとつひとつを有志の実行委員が訪ね、ていねいに企画の趣旨を説明し、賛同してくれたお店の大切なロゴをいただいてつくってきたこのフェスT。
僕はこんなにまちのいろんな人が関わり、その一人一人の「このお店が好き!」「いつもお世話になっているこのお店を応援したい!」という思い入れを集めながらつくるTシャツをこれまで見たことはないです。
ぜひいろんな人にこの企画そしてこのTシャツのことを知って興味を持ってもらえたらと。そしてできれば手に入れ、それを着て僕らと一緒に立川のまちで楽しんでもらえたら嬉しいなと。^^
今回は第2弾のチャコールとオレンジのフェスTとともに、前回第1弾のときのフェスTも復刻白Tとして購入可能です。趣旨に賛同してくれ、力を貸してくれたお店はそれぞれ以下の通り。みなさん知っているお店はありますかね。
▼フェスT第2弾(2023)参加店(30店)
NEO JAPANESE STANDARD / 弁慶 / 宝華らぁめん / 日本酒と焼肉 吉岡太一 / うなぎ しら澤 / らーめん ぱったぱた / Gatto di Mare / 伍楽 / 立川 田田 / 居酒屋 餃子のニューヨーク / 酒亭 玉河 / kashinoki coffee / ADAM’S awesome PIE / 青海 / あて鮨 喜重朗 / TARO’S COFFEE ROASTERY / スパイス越境 / 鮮魚と地鶏料理 ねんごろ / Bonga’s Curry&Dining / デリシャス / 鶏だしおでん ねりもん / 炭火焼鳥 あら / 島想食堂 / le builds cafe / 玉屋KITCHEN / 天婦羅・うなぎ 良銀 / バナナ食堂 / 熟成寝かせ蕎麦 たかや / パスタビーノ ハシヤ / GALERA FOOD MARKET TACHIKAWA
▼フェスT第1弾(2021)参加店(30店)
やさいのShot BAR あぐりこ / Bistro アナログ舎 / 釜焼鳥本舗 おやひなや / 家偉族 / まぜそば かぐら / カフェ cocokara / cafe sov / 焼鳥 かもしや / 焼肉 ギュウミー / 餃子天国 / 中国料理 五十番 / Sakamichi Brewing / 酒歩 たから / バル ダダッコ / 立川ビアホール / 魚トの神 立川 / NaNairo PasTa / Norwegian Wood / ハピマルシェ / ワインとクラフトビール はるばる / ふじみ食堂 / In Camera PORTA / つけ蕎麦 BONSAI / 喰わせ屋 みつてる / もつ焼き処 美の田 / MOON HOUSE / 洋風小料理屋 モリノナカ / 四つ角飯店 / チャコールダイニング るもん / レインボウスパイス
そんなフェスTの購入は以下のページから。
▼食べ隊オリジナルグッズ販売ページ
https://tabearukitai.stores.jp/
※ 4月末までのオーダー期間に集まった注文数で注文生産。お届けは5末~6月初旬の予定。
最新情報はこちらの立川食べ歩き隊公式ページへ
https://tachikawa-tabearuki.net/
このプロジェクトを通じて立川の飲食店を応援しながら、自分たちも知っているお店やまちの仲間が増え、立川のまちがさらに楽しく、盛り上がりを見せるようになれば嬉しいすね。届くのが早くも楽しみ。これ着てみんなで乾杯しましょい!
どうぞよろしくお願いします。^^
2015年にはじめ、これまでFBグループのみで運営してきた立川食べ歩き隊。
今や4,600人と立川最大、小さなまちと同じくらいの規模になったこのコミュニティの仲間たちと、もっとこのまちで楽しいことをたくさん仕掛けていけるようにとこれまでの食べ隊の来歴や活動を紹介できるHPをつくってみました。^^
▼ 立川食べ歩き隊HP
https://tachikawa-tabearuki.net/
制作期間 4日で一気にここまでつくったので、あとはおいおい充実させていければと。作りながら思い返すと、日々のおいしかったお店の情報交換だけじゃなく、みんなでいろいろ企画もしながら楽しんできたなと改めて。
なによりその間にできてきた仲間たちとの出会いに感謝。大切なものは、ほしいものより先にきた。これからも、自分のできることは出し惜しみせずに力になりながら楽しんでいけるといいと思う。
よかったら興味のある人はのぞいてみてください。立川のおいしいお店がたくさん見つかるグループです。楽しい仲間たちも。^^
昨日は初めてのフットサルリーグ(Fリーグ)観戦。
立川アスレティックFCのホーム・満員のアリーナ立川立飛に過去5年連続優勝の常勝名古屋オーシャンズを迎えての1戦はめちゃくちゃ盛り上がる先行されながらの逆転劇で4-1で大勝利!
2,000人を超える応援の声も力になり、ホームでこんな盛り上がるゲームが見れるの最高でした。^^ 自分たちのまちのスポーツチームが日本代表選手を3人も抱え、日本一をかけて全国のチームとバチバチ戦っている。そして、そのチームと自分たちの距離もとても近くて、先日のガレーラジャックも楽しみに来てくれたりしていて。そんな、人となりを知っている選手たちが目の前で頑張ってるのを応援するのは、こっちも元気をもらえますね。
一緒に応援に行った友だちと楽しみつつ、現地で会えた知り合いと「いましたね~!今日は勝ちましょーね!」「逆転勝ち!やりましたね~!^^」と一緒に喜べたり。
今回は初めての観戦だったのでそんな経験は少なかったけど、会場には2,000人を超えるほぼ同じ目的で集まっている人たちがいたわけで、こういう試合のあるたびに会場に足を運びながら知り合いが増えてったりしたら、ホームで定期的にゲームがあること自体が自分たちの顔を合わせる機会づくりにもなってくれるよなとかつてのオトナリのコンセプトを思い出したりもしていました。
もちろん終わった後は祝勝会!現地で、見る場所は違ったけど集まっていた仲間でお店に集まり、あれがよかったここがすごかったって話をしているのも楽しい時間でした。^^
立川アスレのみなさん、おめでとうございます~!
また観戦行きますね!
さて、2022年もいよいよ終わり。
今年はどんな1年だったかなと、簡単に振り返ってみたいと思います。
まずは健康面(今年の年始の目標は「予防に力を入れること」でした)。
先日、ガレーラ立川の1周年記念と立川食べ歩き隊が4,000人になった記念でイベントを開催したときの話。(めちゃくちゃ盛り上がって楽しかった!)
これがまた、自分のプロジェクトマネジメント力が問われる企画で、やりきったことが個人的には大きく自信にもなったので感じたことを少し書いてみる。
通常、自分が仕事でプロジェクトマネジメントをする際には大抵一緒に仕事をしたことがある、人となりを知っているメンバーがいて、WBSや課題の管理はやり方もお客様の希望納期と予算感もある程度決まっていて(やりたいことは決まってなかったり変わっていくこともある)、そこに収めつつどう最大限のことをしていくか(何を切り落としながら着地させていくか)という形で進めていくことが多い。そこには、雇用関係と受発注の関係という金銭に紐づく関係性が存在していて、やりがいを感じることも多いけれど、中には多少嫌なことやモチベーションの上がらないこともある。でもやれば見込み通りの金銭が手に入ることになる。
でも今回は、金銭的な報酬なしの挙手制で実行委員を募り、180人のイベントに30人の実行委員が集まった形。ガレーラと食べ歩き隊の間にも、食べ歩き隊の実行委員の間にも、雇用関係も保証される金銭はない。僕も同じく金銭的な報酬はゼロ。仕事ではないが、やりたいことだからやるという領域の話。
そんな中でのプロジェクトマネジメントは、「どうメンバーのやる気を維持し楽しい雰囲気のまま当日を迎えられるか」という点が非常に大切、というかむしろこれだけできれば、それぞれのメンバーは力を発揮してくれ、自分の思った以上の成果が生まれてくることになる。
そのためにまずは自分から、当日までに必要な役割からボトムアップした体制図をつくって見てもらい、それぞれのメンバーが今回の実行委員になぜなってくれたのか、どんな役割を担いたいと思っているのかを発表してもらうことからはじめてみた。
そしてその発表内容から、それぞれを独断と偏見でチームに割り振っていく。ここでどうみんなの納得感を高められるかが大切なポイント。みんなの主張を聞くだけでは成立しないので、僕が知っているそれぞれの得意なことや性格も加味して期待できる役割を割り振らせてもらった。結果、2日くらいかけてみんなが納得できる体制図に名前が入ったものができ、各チームのリーダーが決まった。
そこから、ある程度チームのリーダーが率先して推進をしてくれ、全体への投稿だと気兼ねしてしまう人たちも会話が増えて楽しく進められたように感じた。
今回、こういう形をとったのは単純に運営スタッフの手が足りないのもあったけれど、それよりもコミュニティのイベントに初参加の人たちが手持無沙汰にならずにコミュニティに入ってこれるようにという狙いもあった。それを実現しつつプロジェクトとしてはマイルストーンを設定しながら個々の発注納期を守って進めていく必要があり、正直大変なプロジェクトマネジメントではあった。(仕事の年末進行で追われる案件もあったりで…)
それを見て「もっと周りに振ってもいいのでは?」と言ってくれた人もいるけど、初参加の人たちが気持ちよく参加するためにはある程度こちらで受け持つ範囲を大きくしておく必要はあるかなと思っていて、次回以降は今回の経験から少しお願いできる範囲が増えていけばいいなと。
特に今回は自分たちで何でも決められるわけじゃない立ち位置(ガレーラのイベントに便乗して楽しませてもらう立場)だったので、こちらで決めていいこととガレーラの方針を確認したりOKをもらって進めるべきところの采配は自分が意識的に引き取って取りまとめを進めたところがある。これはこれでスピード感を維持するためにはよかったのかなと。
ただこの辺は、マネジメントをする立場の人それぞれのプロジェクトマネジメントのスタイルとかやりやすいパターン、チームメンバのスキルの把握具合、その状況に合わせたマネージャーの受け持つ範囲、作業をどこまで振りどういうスパンでチェックするのかの判断、関係者との認識の合わせ方(ツール含)などその場で調整できることも多いのだなと、仕事の場よりもそれを感じたところでもありました。
結果的に事前準備も当日の運営も大きな事故は起こさずに終わらせることができ、「200人程度のイベント」「30人の運営組織」「1ヶ月での実現」「5時間のイベント」「ガレーラ立川初のイベント」「初参加の人たちの交流」「記録にしっかり残すこと」などなど自分1人では到底クリアできないいろんな要素を全体統括としてプロジェクトマネジメントして、多くの人たちに満足して帰ってもらえたイベントとなって本当にホッとした。
このレベルのイベントなら、次はもうちょっと余裕を持って対応することもできそうな自信になったかなと。
そして今回改めて感じたのは、仕事のスキルは、仕事の場だけで磨くものではなく、また仕事で得られたスキルも、還元されるのは仕事の場だけでなく楽しみたい自分の関わる全ての場で活用できるよなということでした。そういう意味で、いろんな経験を公私ともに意識的にしてってみる、そしていろんな立場の人たちと話をしておくことが未来の自分にプラスになるのだなと改めて感じた直近の出来事でした。
今回、なんとかいい形でプロジェクトを終えることができ、力を貸してくれた人たちに本当におつかれさまとありがとうを言いたいですね。打ち上げは年明けの予定。ゆっくり楽しみたいです。
(しばらくは年末年始だしゆっくりすることにします)
砂川闘争が始まったのは1955年。本や展示で調べることはできても、当時の話を聞ける人はもう少なくなっているので貴重な機会でした。
*
冒頭は立川に飛行場ができた話から。立川飛行場の完成が1922年だから、今年はちょうど100周年になるそう。飛行場をつくった当時、そこが戦時に重要拠点になるところまでは想像できただろうけど、その後の敗戦、米軍基地となり、返還後の立川のまちを形づくる大きな資産となっていくことは想像できなかったと思う。羽田空港は、立川飛行場を軍用にするため追い出された新聞社等の飛行場が必要となってつくられたものだ、という話も初めて聞いた話でした。
そして、この講座で知った砂川闘争と青木市五郎さんの話。
まず米軍基地に自分の土地を取られてしまった1人である青木さんは、1945年の敗戦後に自分の土地が米軍基地になること自体は止められないまでも、「その土地は自分が貸したものである」という賃貸借契約を結ぶために基地に1人で乗り込んだ。はじめは相手にされなかったが5回目でようやく当時の責任者と話ができ、書面を得る。この書面が、その後歴史を変えるために大いに役立つことになる。
そして1955年の砂川闘争。この闘争が始まるきっかけは米軍の朝鮮戦争で、1953年に休戦になった米軍はその休戦期間に軍備・体制を整えるべく、より大型の飛行機も着陸できるよう立川飛行場の滑走路を拡張しようとした。その計画は、立川飛行場の南北に走る滑走路のうち、南側は青梅線の線路があったため拡張できず、北側の畑をつぶす計画だった。そしてそれは、砂川村としては東西を分断され、暮らしが成り立たなくなるインパクトの大きなものだった。
そのため、砂川の住民が反対の意思を表明する反対同盟を結成、町議会もそんな住民の声を聞いて反対決議。その結果を受けて町長も反対の意思を表明する、というボトムアップでの合意形成がされていくことになった。これにより、米軍の依頼を受けた国の方針であっても測量などには町として協力しない、というスタンスで警官隊と対峙していくことになる。
そこから、「流血の記録 砂川」という50分ほどのドキュメンタリー映画を鑑賞。
砂川の人たちの一致団結した姿、「心に杭は打たれない」というスピリットに胸を打たれながらも、他国同士の戦争のために同じ日本人の警官隊と地元住民とが、戦地ではない場所でこんなにも争わなければいけないのかと、その間の「米軍の兵士は笑っていた」というナレーションも含め、敗戦国とは、戦勝国の目線とは、警官は誰を守るのか、ということを考えさせられました。
その一方で、今「歴史を受け入れてきた立川」とそれがいいことのように言われてはいるこの地域で、この当時は別のまちだったとはいえ砂川の人たちの「自分たちに降りかかる火の粉は払う」とお上の決定を団結してボイコットする様子や、警官隊を退けて「ワッショイワッショイ」とゴキゲンにはしゃいでいる様子を見て、その人たちの血が今もこの地に受け継がれているのだなと感じもしました。この地域の人たちは、なんでも「はいはい」と受け入れてきたわけではないのだよなと。
そんな「流血の記録 砂川」には出てこなかったこの時期の話として、並行して冒頭の青木さんの賃貸借契約書は、この拡張計画を中止に持っていく大きな役割を果たすことになる。「拡張」という話が出る中で、「いや、その前に貸していた現在の滑走路の土地を返せ。それも原状復帰のためコンクリートははがした状態で」と青木さんは米軍に申入れる。この申入れを聞くとなると、滑走路は拡張そのものが意味を持たなくなる。(途中の滑走路が一部なくなるのだから離着陸できないという話)
そんな話を解決する必要にも迫られ、結果としてこの揉めに揉めた測量行為は中止に追い込まれ立川飛行場の滑走路拡張も中止、フル活用できる目途のなくなった立川飛行場にいた米軍は横田基地に移動し立川飛行場は全面的に返還。
これが立川駅の近くに大きく自由に使える土地を生み、その後のファーレ立川や昭和記念公園、今のグリーンスプリングスにつながっていく、という立川史の大きな分岐点になっていった。
そして跡地の活用については、実は今とは別の案が先にあった。立川市の住民でつくった最初の計画では大きな公園のほか、大学の誘致や基地周辺で生活困窮していた人たちの住宅などにも使おうとしていたそう。ただ、それは採用されずに今の形になっていったという裏話も聞け、実際にその利用計画案も見せてもらえた。こちらが選ばれていても、今とは違った立川が出現していたのだろう。
最後に、砂川学習館周辺の砂川闘争の史跡を巡ってエピソードを聞いて、青木さんのお孫さんに当時のキーとなった滑走路内の土地も案内してもらって、講座は解散。青木さんの話で印象的だったのは、「当時砂川の全員が反対だったが、砂川闘争の間には国や東京都から土地の持ち主への切り崩しがあり、金銭取引に応じたり、闘争期間中に発生した飛行機事故に身の危険を感じて砂川を離れた人たちもいた。でもそれは、基地拡張"賛成派"ということではない。みんなが反対をしていたのだ。その中に、生活のために、家族を守るために土地を手放す決断をした人たちもいたことは理解できる。だから僕らは、そういう人たちを条件派としてお互いを尊重している」という話。
この時、やむを得ず土地を手放した人たちの中には負い目を感じていた人もいるのかもしれない。でも、日々の暮らしの中で大切にするものはそれぞれ違う人たちが、いっときでも同じ土地で仲間として暮らしたことを縁として、またこの地で笑って再会できたりするといいと思ったりもしました。
そんな感じで今回の「砂川闘争を知ろう」は、自分の暮らす立川の歴史を知るとても充実した学びの時間になりました。この講座、15人限定だけど大人気だそうで、「初参加限定」にしているのに僕は実はキャンセル待ちの3人目だったのですよね。2-3日前にようやく参加可能の連絡が来て参加できてほんとによかった。
説明してくれた島田さん、案内してくれた青木さん、スタッフのみなさん、どうもありがとうございました。