立川食べ歩き隊の隊長、そして立川観光コンベンション協会のプロデューサーをしている僕の個人的な見聞録です。 立川の耳寄り情報や、イベントや企画の裏話、いろいろお出かけしてみた報告とかも。
2021年9月21日火曜日
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2021年9月11日土曜日
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2021年8月15日日曜日
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2021年8月1日日曜日
立川食べ歩き隊、立川最大のFBコミュニティへ
僕らの始めた立川食べ歩き隊(通称食べ隊)、昨日(7/31)で人数が2,970人になり、これまで「立川最大のFBコミュニティ」を謳っていた「立川人のココいいよ(通称 立ココ)」と並びました。と言ってるそばから今日新たな参加リクエストを承認して人数が増え、 8/1 15:20 現在では 2,973人。人数的には僕らが立川最大のFBコミュニティとなりました~!^^
別に人数を増やしたかったわけじゃなく、みんなで楽しむ、せっかくならおいしいものを食べたいってところを大切に続けてきただけだけど、10人くらいで始めた自分たちのグループが立川で最大になるなんて、すごく貴重な経験をさせてもらったなと思います。
こうやってコミュニティが大きくなってこれた理由はいくつか思い当たるけど、ひと言で言えば「人に恵まれたこと」に尽きると思う。一緒に運営してくれているメンバーはもちろんのこと、このコミュニティを楽しく盛り上げようとしてくれるメンバー、違和感のある投稿に自分から軌道修正をかけてってくれるメンバー。立川を離れても気にしてくれて、人をつなげてくれたりニュースを送ってくれたりするメンバー。みんなで楽しんでこれたから、自然とそれが周りの人たちにも伝わって大きくなってきた。そんな感じはする。
この食べ隊があるおかげで、僕にとっての立川での暮らしはずいぶんと楽しいものになり、他の町に住むことをもはや考えなくなった。同じまちに住んでいる人たちの顔がたくさん思い浮かび、コロナ禍でさえなければ「今暇?」レベルで集まれるような感覚が持てる人たち。そんな暮らしをこのまちで続けていくのは、きっとこの先も楽しいだろうと思う。
今では、FBコミュニティなのに名刺を持っていたり、今年に入ってからはクラウドファンディングでみんなで一緒に着れるTシャツをつくったり、一体感を感じられるような企画も実現したりしていて、仕事と家族、学生時代の仲間たち以外のいいつながりが生まれていると思う。
またひとつ区切りを超えて、この先も楽しんでってみたいと思います。^^
2021年7月4日日曜日
戦線復帰へ
6/23(水)に退院してから10日が過ぎ、今日で10日目。
その間にやっていることを記しておく。
- 熱は下がって動ける状態になっているけれど、ベッドから動かなかったので足の筋肉がごっそりない。そのリハビリも兼ねて、ほったらかしになっていた部屋をゆっくり掃除、洗濯、、まずは安全な自宅で家事から。
- とにかく足腰を元に戻したい。初日は2,000歩、2日目は5,000歩、3日目7,500歩、4日目朝5,000歩と夕方5,000歩で1万歩、5日目は一気に10,000歩歩いてみる…という具合に、少しずつ歩数を増やしてみる。最初は足が思ったように動かずふらふらして、前から走ってくる自転車を急によけれないもんだから少し怖さも感じた。そして、毎日筋肉痛。とにかく1日中足が痛い、けれど治すためには必要だし、と運動を継続。5日目くらいから、歩くだけなら筋肉痛はなくなり、動きやすくなってきた印象。
- ただ、まだ信号が変わる直前に急に走ったりはできず、走ってみてもすぐに息が切れるのと、深呼吸ができないもんだからゼーハー言ってしまう状況。肺活量も歩けるようになってから鍛えていかねばと痛感しつつ、10日経った今も無理はしないでいる。
- 記録のために書いたコロナ戦記を、退院した事実と合わせて友人・知人に展開。周りにコロナ感染者がいない人もいて、多くの人に読んでもらえたよう。「コロナの認識を改める」「熱が出た友人にシェアしていいか」等々、少しでも参考になっていれば嬉しい。経験した事実をなかったことにせず、できれば誰かのために役立てたい。
- 退院しても1週間は出社せず自粛していた(熱も下がっているので、テレワークで業務はスタート)。まず体力が1日持たないのと、免疫を戻さないと人からまたウイルスをもらうのも怖いし。それで問題ないスケジュールだったのも幸いした。疲れたら遠慮なく休む、を繰り返して徐々に活動時間が増えていっている。最初は半日くらいだったけど、1週間で6-7時間は活動継続できるようになってきた。8時間業務に戻るにはもう少し時間が必要かなと。(肺が十分に動いていないのと関係ありそう)
- 退院後1週間経った6/30に初めて(やむを得ない業務もあり)出社。久々に社内のメンバー何人かと顔を合わせ、帰ってきたことを実感。ただ、自宅でテレワークする以上にやっぱり疲れる。。ので、16時頃には上がらせてもらう。だんだんと負荷をかけながら、業務に問題ないところまで体調を戻していきたい。
- 食生活でいえば、入院前の数日の自宅療養中に手配された自宅療養用の食糧セットの段ボール3箱が家に届いていて、数日で入院となったためにほとんど残っていた。保存の効く食糧が大量にあり、自宅のスペースを取られるのでそれを削りながらしばらく過ごしている。食費的には、入院中の食事もすべて東京都持ちだったので、6月はほとんど食費がかかってないことになる。ここは助かった。
- 入院中に、毎朝、どんな朝食メニューになっても必ず出てきた牛乳パックは、退院後も継続して飲むことにした。栄養や効果はあまりわかっていないが、意味があるのだろうとしばらく続けてみることにする。
- それと入院中の検査で、自分の場合は血のさらさら度が低く、血栓ができやすいと言われたのでなるべく常時水分を手元に置いて、補給しながら過ごしている。これは入院していろいろ検査してもらって、よかったことの一つだろう。
- 元気になってきたので、徐々に、お酒を交えたオンライン飲み会や、この週末(7/3-)から飲食店での出来立ての料理も楽しみだす。実際のコロナ感染&入院体験を聞いてみたいと思ってくれる人は多く、大抵は質問大会の状態。答えられることはなんでも答えるので、お気軽に連絡ください。
- 料理を楽しむといっても、退院後10日経っても嗅覚は戻っていない。ので、味覚のみで楽しんでいる感じ。いつか戻るのだろうか。この嗅覚のリハビリも必要かもしれない。というわけで、人生で初めてアロマとか買ってみたりしている。が、まだ効果は出ていない。
2021年6月27日日曜日
ありがとうレトロ
先日、早稲田にあるひとつのお店が20年の歴史に幕を閉じた。
▼ル・カフェ・レトロ閉店 / 最後のバースデーのお知らせ
https://lecaferetro.jp/wp/?page_id=694
ル・カフェ・レトロ。23区内での自分たちの活動拠点のひとつとして、本当にお世話になってきたお店。
オーナーの松吉さん、(当時)店長の竹中くんには、「こういう企画やりたいです」「いいね!」というこちらからの持込企画も、「お店、こんな風に使ってもらえない?」「いついつのイベントシーズン、なにか仕掛けてよ」なんてお店からのオーダーに応えることもあったり、両手では収まらないくらい一緒にこの場所でイベント企画をさせてもらってきた。立川に活動拠点を移してからはごぶさたしてしまったけれど、個人的には思い出の詰まったお店。そんなお店にもついに終わりがきた。寂しくも、ひとつの時代が終わった感覚。
このお店との最初の出会いはいつだったろう、と遡ると、きっかけは援農企画「畑楽」をした2009年だったなと。この企画は直接お店とは関係はなく、「畑の隣にDJブースを立てて、音楽を楽しみながら農作業を手伝い、取れたての食材をその場で東京のシェフが調理し、現地の地酒と一緒に楽しもう」という企画でした。これはこれで楽しくて、今思うとだからこそ次の展開につながったいいコンテンツとメンバーが揃った企画でした。
▼畑楽 BREAK BEANZ
https://www.youtube.com/watch?v=7SH3fyQaG6g&t=120s
そこから、一緒に行ったメンバーと「同世代の懐メロでも流しながら、隣の仲間たちとその曲当時の思い出を話せるイベントとかあったら、人がつながっていきやすいよね」とそういうことのできるお店を人づてに探しつながったのがレトロでした。コンセプト的にも、古きよき友人とまた出会う場所、をテーマにしているところがばっちりでしたね。^^
そんな形で始まったお店との関係では、PartyTimeと称した貸切交流会イベントを不定期でさせてもらったり(DJセット持込+mixテープのCD配布)、イベント時にはオリジナルのマンガカクテルを「ドラゴンボールのドラゴンハイボール!」とか「ドラえもん」「ワンピース」「北斗の拳」なんて漫画のキャラクターや名台詞をイメージしてつくってもらったり、マンガナイトでは各お店に置く本棚企画をスタートさせてもらえたり、盟友山内くんとフォトトランプの写真展をさせてもらったり、2010年のサッカー南アフリカW杯のときはパブリックビューイングもさせてもらったり(階段にも座るくらい、お店壊れるかもと思った人の入りでした。懐かしい)。奥多摩でのサイクリング「奥トレ」のオフ会なんかも都心の方が集まりやすいメンバーもいたので、何度も使わせてもらってきました。
基本的にはこちらのやりたいは全部受け入れてくれながら、料理は「炭水化物多めで」とか「立食でもつまめるもので」とかざっくりとしたオーダーにも応えてくれて、さらに「俺ならこうするかなー」って+αしてくれるお店からの提案もあり、お店ととてもいい関係が築けていたのが自分の中ではとてもやりやすく、あの頃のレトロで培ったそういうイベント運営側の経験値と「人を集め、集まった人たちの楽しみとできることを増やしていく」方向性は、今はアラウンド立川での飲食を楽しむグループ「立川食べ歩き隊」として活かされているなと感じますね。
20年のお店の歴史からしたら、2010年~2015年あたりの5年くらいの短い期間でしたけど、あの時できた縁を大事に、レトロがなくなってもそこでつながった人たちと別の場所、別の形でまた何か、これからも一緒にやっていけたらと思っています。
長い間、お店の運営おつかれさまでした。
ありがとうレトロ。
大きな感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございました。
2021年6月24日木曜日
生き残るために
コロナでの入院中から退院後まで、本当に多くの人に励ましの声をかけてもらいました。
自分がこれまでに知り合い、共に過ごした周りの人たちのやさしさに改めて感謝をし、自分は人に恵まれてきたのだなぁと実感をしたし、そういう人たちだからこそ自分のような大変な目にはできればあってほしくない。何か還元できるものはないか、と考えたとき、今回の経験から2つ伝えられることがあったのでまとめて書いておきたいと思います。
①「基礎体力は大切だ」という話
1つ目は、基礎体力の話。僕は普段「ぶらつくジャック」という毎日の歩数をはかって勝負するゲームを歩くの好きな仲間内50人くらいでしているのですが、結果的にこれをしていたことが今回の生還できたキーポイントだったように感じました。
40℃近くの発熱が数日続いたら、普通ならフラフラ状態ですよね。でもいざ入院となった先で医師の問診に答えていて言われたのは、「思ったより体力消耗していないですね」「体がお強いのですね」ということでした。「基礎体力はあるほうなので」と答えてはいましたが、このコロナ禍の半分テレワークのような状態でぶらつくジャックがあることで、1日1万歩近くは「他の人たちに負けないために」歩く必要があり、実際に歩くことが習慣になってました。最初自転車通勤していたのに、歩数が稼げないからと徒歩通勤に切り替えたりするくらい。笑。
結果、毎日2時間弱は歩いていてちょっとやそっとじゃバテない体力はついていたし、それを持ちだしながら過ごせたことで、味覚と嗅覚をロストして食欲が一気になくなってしまっても発熱期間中に体力をあまり落とさずに済んだ、という面もあったなと思います。
そういう意味では、ぶらつくジャックの対戦相手になってくれているメンバーにはいつも歩くモチベーションをありがとう、と感謝ですね。
歩くだけなら誰でもできるので、ぜひ1日の中で歩けるタイミングを見つけてみなさんも基礎体力づくりに励んでおくと生還できる確率が歩いた分だけ上がると思います。1人では続かないという人、僕も同じだったので仲間とぶらつくジャックを始めました。興味ある人は、招待しますので声かけてください。いろいろ作り込んだスプレッドシートをお見せしましょう。^^
②療養先を選べるなら「迷わず入院」すべし



