2020年1月8日水曜日

映画「トランセンデンス」

著者 :
ポニーキャニオン
発売日 : 2014-12-02
いつか観るリストにあったので、観てみた1本。AI系の映画という意味では「こういうケースもある」という例を示した1本だと思います。シンギュラリティのことをトランセンデンスともいうんですね。ナノロボットのくだりはベイマックスにも通ずるところがあったり、人が修復されていく様子はよくあるアニメやらの自己修復にも近い見え方だったり、いろんな映画やシーンから拾ってきたような映画だったけど、最終的には人の意志としてどこまでアリとするか、という線引きは考えておいたほうがいいなと思いました。早くAI使えるようにならねば。。

2020年1月7日火曜日

映画「荒野の用心棒」

著者 :
パイオニアLDC
発売日 : 2002-08-23
夕陽のガンマンを見てからの、西部劇シリーズ。こちらの方がヒーローっぽい作品でしたね。用心棒としての打ち合いの強さと、弱気を助けるスタンス。なんとなく、西部劇としての見どころは「目」なのかなと思いました。相手と一瞬で勝負の決着がつく緊張感のある間、その見極めをするための「意志の強さ」を秘め「どんなことも見逃さない」というときの漢の目はかっこいいと思いました。こういう目をした漢に最近会っただろうか。自分の目はどうだろうか。そんなことを考えた1作でした。

2020年1月6日月曜日

映画「卒業」

著者 :
KADOKAWA / 角川書店
発売日 : 2018-06-29
いつか見るリストに入っていて、観てみた1本。最初は高校からの卒業なのかなと思いきや、いろんな卒業が織り込まれていて予想がつかないストーリーでした。ひとつひとつ、クリアしていかないといけないすね。親の意向や誰かの都合は聞いてもいいとは思うけど、それだけで自分の進む道は決めるべきではない。多少ひとには変に見られたり争うことになったとしても、自分がこうしたいと思うことは伝えてみるといいかもしれないと思いましたね。サイモン&ガーファンクルのミセス・ロビンソンもいい感じでした。

2020年1月5日日曜日

映画「走れ、絶望に追いつかれない速さで」

中川監督作品ということで、「Calling」と合わせて観てみた1本。人の弱いところ、心ない一言や大きな挫折や失敗、ともすれば飲み込まれてしまいそうな絶望を感じるときって誰もが持っていると思う。それに負けずに生きていくのに必要なのは、めげずに次を仕掛けていくことと、周りにいる人なのかなと思いました。速すぎてバテてしまってもよくないけど、新しいことが生まれている間、そして近い将来に見えている間は頑張れたりする。ただ、まいた種はすぐに形になるわけじゃないから、走りながら次の種や周りへの声かけをしながら暮らしていくのはひとつ必要なことかもなと思った1本でした。

映画「Calling」

著者 :
TOブックス
発売日 :
「四月の永い夢」で国立を取り上げた中川龍太郎監督に興味があり、観てみた1本。ポツポツと交わされる言葉があるだけの、ほとんど会話のない映画だけどどこかから物語が動くのかな~と思いながら見ていました。八方塞がりの状況で働いている人もいる。頑張っても頑張っても、相手に届く確率のとても低いやりとりを相手を信じて続けている人もいる。自分の周りや職場にも、なかなか人には言い出せないけどそういうものを抱えている人もいるんだろう。自分から見えている一面だけで人を判断したりしないようにと、そして誰かの支えになれるときはなろうと思った1本でした。

映画「あん」

著者 :
ポニーキャニオン
発売日 : 2016-03-16
「萌の朱雀」と同じ河瀨直美監督作品。こちらは東村山のハンセン病資料館で見聞きした話とかなり近く、本当に同じ監督の作品なのかと思うくらいメッセージの強い作品でした。それを「あんこ」を使うことでやわらかく伝えている。お見事、と思った1本。行ってみるとわかるけど、かつてそうだったというだけで資料館のあたりは人工的な静けさ、清浄なんだけど神秘的よりも消毒された清浄さに近い印象を受ける。作品中みたいな噂が流れたらどうなるか予想がつく。でも病気は罪ではない。これからも、人がいろいろ試すほどパンドラの箱を開けるようなこともあるだろうけど、人にやさしくありたいと思った1本でした。

映画「萌の朱雀」

著者 :
バンダイビジュアル
発売日 :
どこかで目にして、タイトルに惹かれて観てみた1本。過疎化していく小さな村の風景を残した作品で、はっきりしないキャラクターとセリフを見ながら状況を読み解いていくような感じは日本の映画っぽいなと思いました。ただ、あまり監督がなぜこの作品を撮りたかったのかとか、そういう現状があることを認識できた山村の人たちになにかヒントがあるかとか、そういう視点で見ようとするとあまり得るものがない映画にも感じました。何年も印象に残るようなインパクトはなかったなと。それと、タイトルの意味が結局作品中ではわからなかった1本でした。

2020年1月4日土曜日

映画「マッシュ」

著者 :
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日 : 2007-04-13
どこかで紹介されていて、観てみた1本。あまり特筆するような点はなく、米軍の戦時中の医療テントの中で起こる、真面目な新入りをいじって楽しむ先輩の医者たちと、軍の中での男女の話、そしてストレス発散に賭けフットボール、、医療テントだから、手術のシーンなんかもあったけどそれはある種日常として描かれていて、そんな日常の医療行為に隠れているような夜の話や、医療テントだからこそマリファナや強壮剤も多く保持していて、それを流用してのドーピングありのフットボールとかはアメリカらしいキャラクターとシナリオに感じました。物語としちゃ面白みは少なかったすね。

年始家族旅行@熱海

年始に、毎年恒例となる温泉旅行に行ってきました。
今年2020年は熱海へ。

ちなみにさかのぼってみると、こんな感じで毎回違う温泉を訪ねていました。
2019年:勝浦
2018年:なし(自分の仕事の都合)
2017年:河口湖
2016年:鬼怒川温泉
2015年:伊東温泉
2014年:ハワイアンスパリゾート
2013年:伊香保温泉
2012年:箱根

1泊だけだけど、毎年家族で顔を合わせてゆっくり話す機会になっている、楽しみな旅行。

今年は「自分のためにも記録を残す」ことをしっかりやっていきたいので、早速書いてってみます。(結構、写真は残っていても文章がないと忘れてしまうことも多くて。。)

まず、熱海へ。今回は踊り子号に乗りたいメンバーは踊り子で。僕は砂川七番からモノレールで多摩センターまで1本なので、そこから小田急で小田原乗換で熱海へ向かいました。小田原駅はちょうど箱根駅伝のランナーが来る前後だったので、移動が困難になるくらいごった返してましたね。箱根登山鉄道は2本待ちくらいに行列ができていて、「今から箱根に行っても間に合わないので、小田原で見てください」ってアナウンスが流れてました。

熱海駅着
熱海駅で合流してみると、熱海駅もすごい人の数。一時期閑散としていたらしいけど、それなりにこの辺りは復活しているみたいですね。家族連れで訪れている人が半分以上、あとはおじいさんおばあさんたちだけでゆっくりって感じの人たちもちらほらって感じ。

お昼集合だったので、早速海の幸を堪能しようと飲食店を探すも、そういう状況で駅の近くのお店はどこもいっぱい。。少し離れたところで「熱海漁師めし どろめ 7号店」がおいしそうだったので入ってみました。(静岡県熱海市咲見町7-32)

どろめ外観
頼んだのは、「どろめ丼」。いくつかの人気のネタを選択肢に3色丼がつくれるんですが、僕はネギトロ・いくら・釜揚げしらすを選択。どのネタも本当においしくて、気がついたらなくなってました。。ここ、本当においしいすよ。熱海訪れたらぜひ。^^

おすすめの3色「どろめ丼」
今回の旅行はノープランでその場で決めていくスタイルの割には、最初のお店にすんなり入れておいしいものにありつけて、幸先のいい1年になりそうかも!
お腹もふくれたところで、宿に荷物を預けて少し散策。潮の香りとか砂浜を歩いたりとか久々だったので、テンションも上がりますな。

砂浜と熱海城
向かった先は、熱海城。大きなまちではないので、砂浜や海岸沿いをゆっくり話しながら歩いて、アタミロープウェイで登ってすぐ。これ乗ったの、調べてみたら2007年以来でした。もう干支ひとまわりしてたなんて。

アタミロープウェイ
熱海城は、観光用につくられた城で戦国時代にはここに城があったわけではなかったそうですね。まぁ、熱海はあまり歴史の舞台にはなっていない地ですし城はいらなかったのかもしれないですね。

熱海城外観
熱海城に入ると、大きな金の鯱が。これは見覚えある。12年鎮座していたんですね~。中の展示はまったく覚えがなく、多分前回に来たときはしっかり観てはいないと思われる。。

金の鯱
 熱海城の展望台では、熱海の全景を一望!これを見せるためにこの城は立てたんでしょうね。正月の快晴に恵まれて、いい景色が眺められました。

熱海全景
ロープウェイを降りて宿に戻り、温泉でゆっくりしてから夕食。夕食では大きなお刺身の船なんかも出ちゃったり、正月らしい豪華な食事を堪能させてもらいました。いや~、絶対食べすぎ。。でもおいしい料理は話を盛り上げるし楽しい時間でした。

盛り上がる舟盛り
そして一晩寝て、朝の温泉に浸かったのちに今日は家族で初詣に来宮神社へ。やはりお正月ということもあって、すごい人出でしたね。この来宮神社は熱海の地主の神様なんだそうな。今年も家族が健康で、幸せに暮らせますように。

来宮神社
そして、この来宮神社には樹齢2,000年となる大楠があったので見てきました。全国でも2位の巨樹、幹周り24mってすごい。こんな風に自分の土地にどっしり根を下ろして暮らしていけるといいなぁとか。

樹齢2,000年の大楠
人間との大きさの比較
さすがに大きかったですね。。奥多摩にも倉沢のヒノキって千年ヒノキがありますが、スケールはこちらの方が大きいですね。2,000年前って、西暦と同じくらいか。人の歴史を一緒に生きてきた樹、なんですよね。。ありがたや。

そして、大楠の傍らにはこんな碑も見つけました。八重の桜でその人物像を知ることになった徳富蘇峰先生、オピニオンリーダーとしての生涯の最期はこの熱海だったのですね。「情報発信」に注力したい自分としては、これも幸先のいい出会いになりました。

蘇峰先生の碑
そんな来宮神社に来た記念に、なにかひとつ身につけられるものをと五色のひょうたんのお守りを入手。敷地内に五色の杜という休憩施設があり、五臓の意味を込めたお守りとのことで食べ歩きが好きな自分にもぴったりかなと。今年も健康第一でいきたいすね。

ひょうたんお守り
帰り道には、お稲荷様にもご挨拶。鳥居のトンネルが絵になります。

鳥居のトンネル
来宮神社をあとにして、次の目的地として今回向かったのはMOA美術館。タクシーのおじさんに「モア美術館」と目的地を告げたところ伝わったは伝わったのですが、「読み方はエムオーエー美術館だよ」と教えてもらいました。海の見える美術館で有名なだけあり、すごい急坂を登った先にありました!
道中の景色もよくて、空気がきれいな冬、天気快晴のタイミングで来れてよかった~!

MOA美術館入り口
ぽかぽか日当たりの気持ちいい庭があり、美術品だけでなく海の絶景もとても楽しめるところでした。昨日、熱海城で熱海全景を見て満足していましたが、段違いに広々していていいですね!

景色を眺めてのんびり
美術館の中にはしっかりした能舞台があり、洋式の美術館だと思っていたら日本の美もとても大事にしていることが伝わってきました。ちょうどこのあと、獅子舞があるとのこと!正月感ありますね~!

能舞台
他にも、金色の茶室があったり。これいくらかかってるんだろう。キラキラしてて、僕は中に入っても落ち着けなそうかも。。^^;

金色の茶室
ちょうど尾形光琳の展示をしており、屏風絵や作品群の数々を見せてもらうことができました。目にしたものを形に残すすごい才能を実感。こういう人と話してみたら、どんな話ができたろう。

尾形光琳 秋草図屏風
そして、MOA美術館には国宝が3つあるそうですが、そのうちの1つを今回は見ることができました。それがこの「色絵藤花文茶壺」。藤は好きな方なので、じっくり見てきました。

国宝 色絵藤花文茶壺
そしてしばらく展示を見た後に、獅子舞!能舞台で運よく真正面の前の方に座れたので、獅子舞正面からの写真をどうぞ。

獅子舞
後ろの板張りの松が絵になりますね。新年らしく、ラストは獅子が新年をお祝いしてくれました。

獅子舞からもお目出とう
そんなこんなでMOA美術館、2-3時間はかかるボリュームのある美術館をゆっくり見て回って、ひと息ついたところで終了。いやぁ、景色も展示も正月の催しも堪能させてもらいました。

ガラス張りの景色が1枚の絵のよう
そして熱海の駅に戻って、今回の家族旅行は現地解散。おつかれさまでした。

自分はせっかく熱海まで来たので、ちょっと寄ってみたかったスポットを巡って帰宅することにしました。

湯河原駅へ
訪れたのは熱海から1駅の湯河原。こちらで行ってみたかった記念館や美術館に立ち寄ってみました。正月休みでもやっているかなと思ったのですが、戦果はあまり上がらず。。

西村京太郎記念館
まずは西村京太郎記念館へ。入口まではたどり着いたのですが、ここは閉館中でした。1/4(土)スタートとのこと(訪れたのは1/3)。残念。

閉館。。
気を取り直して、次は近くのかぼちゃ美術館へ。

かぼちゃ美術館外観
残念ながら、ここも撃沈。。そうか、観光地でも休んでいるところは休んでいるんだなぁと、諦めて次の目的地へ。お次は、人間国宝美術館。

人間国宝美術館入口
ここは人間国宝の作品ばかりを集めた美術館。さっきのMOA美術館は国宝となった作品を見ることができましたが、ここは「人間国宝」となった人の作品を集めた美術館とのこと。あまり格調高い施設という印象もなく、勢いのある作品が所狭しと並んでいて、まるで作者たちの同窓会みたいな印象の美術館でした。^^

外には岡本太郎作品

小平の平櫛田中作品も

かぼちゃ美術館は入れなかったけど草間彌生作品

こんな美人画も(鏑木清方作品)

そしてピカソの作品もたくさん

反対側には岡本太郎作品

こんなカラフルな焼き物も
そして、なんと湯河原では細川元首相も作品作りに励んでいるそうですね。人間国宝にはなっていないですが、評価を高めているとのことで細川元首相の作品もいくつも置いてありました。

細川元首相の作品
また嬉しいことに、この人間国宝美術館では、観覧後に1杯の抹茶のサービスがついているのですが、それをなんと「人間国宝の方+@が焼いた茶碗を使って」楽しむことができるんです。この日も、ずらっと並んだお茶碗の中から好きなものを選んでよいとのこと。自分はなかなか触れる機会がなかった細川元首相の作品で抹茶を堪能させてもらいました。モノによってはウン百万もする作品を実際に手に取り、お茶碗をお茶碗として使うことができるなんて、なかなかない貴重でぜいたくな体験でした。。

細川元首相のお茶碗で抹茶を楽しむ

他にも人間国宝のお茶碗がズラリ
そんなこんなで寄り道も終えて、今回の熱海への旅は終了。多摩センターでキティちゃんのライトアップを少し歩いて楽しんで、立川まで戻ってきました。

多摩センターのライトアップ

家族連れで楽しむ人たち
来年はまた自分が企画を担当することになったので、今度はどこの温泉にしようかな。また何か考えて、家族での次の旅行も楽しめるといいと思いました。おしまい。

2020年1月1日水曜日

映画「ピアノ・レッスン」

2020年最初の1本は、こちらも映画仲間に教えてもらった作品。紹介してくれた本人が表現者だからか、セリフなしで感情を伝えきる主人公の女性のある種の美しさとか潔さは他の映画にはないものだなと感じました。ただ、映画としての面白さという意味ではそんなに惹かれるものはなかったかな~。原住民と開拓者の間で文化の違いを乗り越え折り合いをつけるには、どちら側にも相手の文化を受け入れる器のある人物が必要で、でもその役割を担う人にはそれ相応のプレッシャーや悩みもあるはず。そういった日々に音楽や異性との安らぎの時間はより甘いものになる。そんな印象の1本でした。

謹賀新年 -2010年代の振り返り-

明けましておめでとうございます。
今年も1年、よろしくお願いします。

今日から2020年代の10年に入ることになるので、
1年単位の振り返りに加えて10年てスパンで見てみるとどうだったかな、と振り返ってみることにします。そんな直近10年を踏まえて、これからの10年はどうしよかなとか。

■仕事の変遷について
 10年前、新卒で入社した大手独立系ITの会社を退社してから転職エージェント、ユーザ系IT、EC物流、まちづくりのデザイン事務所と自分の興味の変遷に合わせて仕事を変え、今は地域の中小独立系のIT会社に勤めて5年目になる。6社目。
 キャリアを転々としたそれぞれに理由はあったし、行ってみてよかったと思ってはいるけど、一番実感したことは「お金がなくなると、自由が制限されていく」ことでした。これは働く業界を変えたタイミングは特に。その業界については未経験なのだから当然、給料も底辺になる。だからこそ必死で技術を身に着けていくわけだけど、その間はキツかったなぁ。。

■運用について
 そこで考えたのは、「お金にも働いてもらう」こと。ただこれも、いろいろと試してみて、毎日金額が変動するものは気になって自分自身の仕事のパフォーマンスに影響するので一定期間預けるタイプのものを探すことになった。そして、利率の一番いいものを選ぶとリスクも合わせてついてきて何度かは失敗。。総資産の8割ロストなんて手痛い経験もしたけど、そのおかげで今は利率を追うことよりダメージを受けづらくすることを大切にするようになった。
 大きなケガはしにくい、ある程度安定した運用基盤はできていると思う。(●成果①)

■仕事と趣味の両立について
 ここも、10年前は「経験してきたITと、これから見直されるべき自転車のどちらも兼ねられる仕事ができないか」を模索しようとしていた。そこでいろいろ情報収集をしてみたけど、なかなか自転車単体で稼ぎにしていくのは難しそうな印象だった。
 そんな折に、瀬戸内や山里で自転車ツアーガイドとして動いている人たちがいることを知り、奥多摩で縁あって知り合えたトレックリングでの日帰りサイクリングツアーもやってみた。これはかなり好評だったし自分も気持ちよくやれていたけど、天候悪いと中止、夏や冬は厳しい時期の制約、それと平日の稼ぎや人数上限の問題もあって難しかった。ただ、おかげでだいぶ奥多摩~青梅間は詳しくなったので、趣味で案内することはしていきたいと思っている。(●成果②)
 そんな中、ユーザ系IT、そしてEC物流と担当していた全国規模の会社で埼玉での大仕事が一区切りしたタイミングで、九州もしくは四国に転勤の打診が。トレックリングを通して地域に根づく楽しみを実感していたこともあり、何年かごとに転勤を強いられる規模の会社は自分は方向性が違うなと退職。そのタイミングで地域に根づくことに関わる仕事をしていたまちづくりのデザイン事務所に声をかけてもらえたので、「これも縁」と入ってみた。
 ここでわかったのは、まちづくりの仕事で収益化するのはマーケットがそもそも小さいのと地元の理解を得る相手が多いことで(BtoBで一発話をまとめればドカンというのに比べてという意味で)、時間がかかること。その収益化までの時間が稼げずに疲弊していくパターンが1つあることを知った。ただITの浸透度や習熟度もとても低いので、ここはサポートしてあげたいし、それが地域には必要なんだとも思った時期でした。
 そこで選んだのは、改めてのIT。なにせITの経験値は持っていたし、収入は働く業界で決まる面がある。その意味でITは拘束時間は長い傾向にあるけど稼ぎは安定している社会基盤。そして個人的にも好き。ただし、全国規模の企業ではなく、地域から転勤がない地元の中小企業かつ地域のサポートに前向きな企業。こういう方向性があるなら、自分の考えてきた環境に近いはずと中途採用に応募して、そんな環境を活かして仕事をして今に至る、と。(●成果③)
 並行して、まちづくりは興味のある分野&経験値もある分野なので仕事の空いている時間には関わるようにしている。(●成果④)

■自分のまちを探して
 10年前は港区に住んでいた。そこから、国分寺→十三@大阪→立川と住む場所を変えてきたわけだけど、まず、10年前に港区に住んでみたことはメリットがたくさんあった。若いうちに都心に住み、機動力をあげていろんな場所に出向いたりイベントに参加してみたりするのは必ずプラスになる。自分もそれが大いに学びにもなったし、今も生きたつながりになっている友人も多い。
 ただ、自分の場合はタワーマンションを買って住んでいたので、ローンは収入が減るといきなり重荷に化けた。ローンが終わるまで踏ん張ってそこで一生暮らすのか?、ということを考えていたタイミングで、東日本大震災発生。浦安あたりはマンション価値がゼロになった例も目の当たりにして、売れるうちに売ることにした。次は、必ず地盤の固くて、水害の危険もないところへ。
 そして家族にも近い国分寺に住むことにした。港区から通えていた23区内で仕事をしていたので国分寺からの通勤は大変だったけれど、生活はとても気楽になった。ローンからの解放。生活水準支払額の低減。せっかく住み始めたし、多摩地区のことを知ろうと片っ端から地域の本を読んでみると、多摩地域には2つの暮らしがあることがわかった。1つは、ベッドタウンとしての暮らし。もう1つは、職住近接型。暮らしの充実度がはっきり高いのは、職住近接型とのこと。次にやることは、仕事を23区から多摩に移してくることだ。で、声をかけてもらえたデザイン事務所に入ることにしたのでした。
 そのデザイン事務所では多摩地域で暮らす前段で、大阪のヘッドオフィスで半年仕事のやり方を覚えてほしいとのこと。戻ってこれるなら半年くらいは問題ないかと、大阪に引越した。仮住まいなので事務所に近くて安いならどこでもよく、十三にそんな部屋を見つけてそこへ。ただ、大阪は個人的にはノリツッコミ的な会話に慣れてなかったり、すぐに帰るつもりだったのもあり、あんまり積極的に交友範囲を広げたわけではなかったすな。。でも大阪に行かなければ話せなかった人たちの話がたくさん聞けて、スキルや経験値としても得たものはとても大きく、事務所の引越しも手伝わせてもらったりしたので大阪のいろんな物件を見に行くことができた。
 それと、この先の自分に影響の大きかったこととして、西日本の各地域でまちづくりを「自分のまちの問題」として本気で取り組む人たちに会ったことがある。これは大いに刺激になった。そこにサポートに行く自分との思い入れの量の違いからくる熱量の違いは実感せざるをえなく、そういう「自分の地域のために頑張る人たち」をうらやましいと思い「自分もそんな風に思えるまちでやるぞ」と思った場面も何度もあった。そんな大阪暮らしも当初の約束期間満了で、東京に戻ってきた。
 元々多摩に仕事を移すことが目的で入ったそのデザイン事務所は東京では立川を拠点にしていたので立川に引っ越す。やっぱり、多摩は水が合うというか、住んでて気持ちいいと改めて思ったのがこの時期でした。「ここだ」と。今は、この山や自然に近く都心へのアクセスもいい立川が自分にとって見つけたかった「熱量を注げるまち」になりましたね。(●成果⑤)
 立川は基本的に地盤が固く、水害の危険性も多摩川沿いを除けば低い。そんな立川の中でもさらに砂川の方に引越しをして、危険性をさらに下げた暮らしをはじめたのが今ですかね。先日の超大型台風クラスがいつかまたきて多摩川が氾濫したとしても影響はなさそうで、静かだし、とても気に入ってます。(●成果⑥)

■立川のまちづくりとの関わりについて
 最初は、立川に戻ってきてからのデザイン事務所のメンバーとして旧市役所である子ども未来センターの運営スタッフとなったところから。そこでの仕事自体が「地域の市民活動団体の支援」だったので、自然と立川の市民活動団体で活躍している方や行政職員との接点は増えていった。みんな立川が好きで、自分のできることで立川を盛り上げたいと思っていて、接していて楽しい仕事でした。(●成果⑦)
 ただ、ITエンジニアだった自分からすると、それぞれの活動も環境もITでサポートできる余地はとても大きいと感じ、自分はITで地域やまちづくりをサポートしようとデザイン事務所は離れることにした。そして、地域のIT企業に転職をし、ITで地域をサポートする枠組はまだできていないものの、地域のIT企業との情報交換ができる体制は整え、自分自身も最先端のIT事情が入ってくる立場にはなっている。(●成果⑧)そこからのサポートは今後考えたいテーマのひとつ。
 さらに、立川市の市民委員として声をかけてもらい、「総合戦略検討委員(2015)」「観光振興計画検討委員(2019)」と市の計画づくりにも参画をしている。今後の方向性を市の計画としてどう考えるか、いいヒントになるコメントができるよう自分も勉強しながら関わっている。(●成果⑨)
 また、子ども未来センターで働いていた頃のつながりを継続し、さらに総合戦略検討時に得られた知見なども盛り込んで「立川食べ歩き隊」を結成。10人程度ではじめたグループは、今1,000人を越え、行政側からも「無視できないグループ」と評価をされ、実際にこのグループに入って立川に引越してきた人や転勤を決めた人も生まれている。立川の多種多様なプレイヤーが一堂に会すまちのプラットフォームになりつつある。(●成果⑩)

ざっと振り返ると、10年間はこんな感じで過ぎていきました。
次の10年の課題は、フラフラしながらも固めてきたまちでの地盤とITの経験値を活かしながら、今後想定される世の中の変化をどう乗りこなすか。チャンスに変えていくか、かなと。

今後想定できる変化点やテーマは、こんな感じになるのかな。

▼世の中の変化
働き方改革 / 2020東京オリンピック開催 / 5G / 2025年の崖 / SDGs / 人手不足 / 少子化 / 高齢化 / 地球高温化 / AI / RPA / 脱原発 / 消滅可能性都市増 / 外国人労働者増 / 自動運転 / スマート農業 / 大地震
▼立川(多摩)の変化
人口微増から人口減への転換 / 大きな建築投資の終了(ハードからソフトへ) / 公共施設の統廃合 / 大学の都心回帰 / 大工場の移転

どれも重要なテーマで、「あとはやるだけ」なものはない。だからこそ、「今こんな状況」「こんな事例がある」なんて情報を地域の中で共有していくことが必要になる。それも、別の地域だって同じようなテーマを持って取り組むのだから、企業や行政のみで考えているテーマではなく、むしろ地域や経済圏対抗の様相を呈していくことが予想される。
スピード感を持ってフィードバックループを早く回していくことがより重要視されていく、というか、人口減の流れの中でなので、一度遅れを取ると逆転はしにくいかもしれない。そんな10年になるんだろう。

そういった意味では、立川食べ歩き隊みたいなまちのいろんな立場の人がすでに1,000人単位で集まっているグループは貴重かもしれない。これへの注力は自分も楽しめているし、より意味のある形を模索しながら進めていきたいなと思っています。そこに、最先端のIT事情を自分も織り込んでいけると意味も出てくるように感じる。

2010年代に経験できたことを無駄にせず、2020年代も関わってくれる人たちとの情報交換を大事にしながら暮らしていけるといいすな。
それと家族との時間をこれまで同様つくることと、健康でいることと。(目指せ標準体重!)

どうぞよろしくお願いします。