2009年5月28日木曜日

本「共依存症」

<本の紹介>
頼まれなくても他人の世話に明け暮れる。相手を喜ばせようといつも自分は後回し。そして、思いどおりにならないといって腹を立てる―この本は、自分の人生を他人に捧げてしまった「共依存症者」への処方箋である。なぜいつも自分が犠牲になるのか。なぜうまくいかない人間関係にしがみつき、相手をコントロールしようとして結局振りまわされるのか。「愛しているだけ」で相手を変えることができるのか。本当に、あなたがいなければ彼は駄目になるのか。こんな疑問に自らも共依存症に苦しんだ著者が明快にアドバイス。自分が変われば「他人に振りまわされない人生」が手に入る。

この「共依存症」って言葉を見たとき、ドキッとした。
周りを振り回す人はわかりやすい。そして、振り回される側に立ってみると、たまったもんじゃない。けど、その振り回す人を自分が変えるのはかなり大変。。。
でも、学校だったり職場だったり何かの団体だったり、そういった人が集まる場所にはそういう「振り回す人」が自分の周りにいることもあるもんで、自分もそうだし、転職相談なんかに乗ってるとそういう類の相談を受けたりして。
そんな時、「どうしたもんかな・・・」と思ってました。

最も賢明な判断は、「近づかないこと」だと思う。
それができれば、他の生活にも支障が出るなんてことはなくすことはできる。
人から逃げてばかりいるようじゃダメなんだけど、どうしても合わない人と一生一緒にいなきゃいけないなんてことはないと思う。それで他の生活にも支障をきたすようなら、失うものは大きいし、守りたいと思うのが普通だと思う。

ただ、それができない人もいる。
夫婦とか、親子とか、社会的な制約とか。

そうなった場合にやっぱり振り回されることになってしまうけど、一概に振り回す側だけが全て悪い、だとちょっと人によってバラつきがありすぎる気がして。それだけの問題なのかなと。

振り回される側の人が、「自分はダメな人間だから、そんな自分につきあってくれる人なんてこの人くらいしかいない」とか諦めちゃってたり、「こんなひどいことをする人だけど、自分じゃ何もできないから私が面倒みてあげなきゃいけない」とか思い込みすぎちゃってたり、なんだかんだで相手に依存して自分が今の生活を望んではいないのに納得してたら、多分結局変われない。

自分は相手に依存するのではなく、自分自身にのみ依存する。相手は関係ない(全く0だとは言わないけど)。
相手を最優先にせずに、自分を優先させることはそんなに恥ずかしいことじゃないと思います。そう思えるようにならなきゃ、自分の望んだ人生なんて運任せでしかない。
運に任せることを自分で選んでおいて、うまくいかないことを嘆いちゃいけない。

自分が八方塞がりになって、閉じ込められていると感じていても、外に出る唯一の方法は通り抜けること。これしかない。怖くても、壁にぶつかってみるしかない。

そんな状況に陥っている人がいたら、もしかしたら出口が示されている本になるかもしれないです。

俺は自分の価値観を大事にしているし、やりたいことは自分がどう思うかだけで判断しちゃうことがよくあるんで、それで周りを振り回すことも多々ある気がします。苦笑
ごめんなさい。「B型ぽい」ってよく言われます。
でも、それで誰かを攻撃しようって思いはないし、もし一緒にできるなら俺が一緒にやりたい人だから声をかけさせてもらってる。別にそこで一緒にできなくても、断られるのも慣れてるし相手の価値観で話してもらうようにしてます。

要は、相手のことを考えて、声をかけられるかどうかなのかな~。
この辺の按配って難しいですね。

あ、それと読んでて嬉しい単語が出てきました。

シグニフィカント・アザーズ。
ある人の周囲にいて、その人の人格形成に重要な意味を持つ人。

Limp Bizkitの2ndアルバムのタイトル。
全米で700万枚以上のセールスを出したモンスターアルバムのタイトルの意味がずっとわかんなかったけど、こんなとこでわかるようになりました。
そう言われると確かに、俺の人格形成に意味を持ったアルバムの1枚です。納得。

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