腹が痛すぎて,連休明けからいきなり午前休取っちまった。
やっと動けるくらいに回復したんで,これから出勤します…。
みなさんも季節の変わり目は気をつけてくださいね。
立川食べ歩き隊の隊長、そして立川観光コンベンション協会のプロデューサーをしている僕の個人的な見聞録です。 立川の耳寄り情報や、イベントや企画の裏話、いろいろお出かけしてみた報告とかも。
2005年9月26日月曜日
2005年9月25日日曜日
DIVING TOUR旅日記~富戸編~
二日目、富戸。
富戸へは、古谷さんってインストラクターと一緒に行ったんだけど、この人はホント趣味を仕事にして人生を生きてきたような人だった。
1日目の夜に合流して、家に連れてってもらったら、なんか人がいっぱい。
今日一緒に潜ってた人、明日潜るからってきた人、みんなでテーブル囲んで飲んでた。んで刺身つまみながら、ダイビングの話や音楽の話、関係ない話までいろんな話をしてた。
今日で帰るって人が帰っちゃったあとは、和哉と古谷さんの二人で話してんのを俺は聞いてるだけだったけど、興味深い話がいろいろ聞けて、すごい勉強になった。酒も「正雪」「嘉美心」って極上日本酒2本立てでまじうまかったしね。メモ程度に書いておくと、
◆ダイビングは伊豆で始まった。
◆伊豆で潜るならやっぱり最高峰はIOP(伊豆海洋公園)。
◆IOP以外にも潜るところはたくさんあるけど、IOPが一番古く、一番潜りがいがある。
◆俺らが生まれる前からあった。
◆ダイビングはインストラクターについていくだけ、サーフィンは自分で海の状態、波の状態を見極めなくちゃいけない分だけ難しい。
◆ウインドサーフィンはその上、風まで読める力がないとできない。
◆だからサーフィンとウインドサーフィンの方が難しいけど、死なない。ダイビングは簡単だけど、死ぬ。奥が深い。
◆今年の神子元はジンベエザメとか見れておもしろかった。
◆神子元は30本以上潜った人しか行けないが、30本ってのはただの指標であって、やっぱそれなりの実力が伴ってないとってこと。ダウンカレントに巻き込まれたら経験少ないダイバーは生きて帰れない。なんせ自分の吐いた泡が上に上がっていかないんだから。
◆獅子浜は汚いが、裏を返せば流れがない→穏やか。初心者を教えるには最適。台風が来ても獅子浜なら潜れる。天気が悪くなればなるほどこむポイント。
◆ガンガゼ(ウニのでかい奴)なんかは汚い海にしかいない。
◆ダイバーは酒飲みが多い。窒素酔いと関係が?w
◆目指すものによって、ダイバーが場所を選べばいい。30,40mを目指すならそれなりの脚力がいる。IOPもしかり。のんびり潜りたいなら、川奈や獅子浜でいい。
◆道具を持つならAQUALUNGがやっぱいい。戦時中のノウハウを使ってるのはこことかだけ、他のと比べると30m,40m潜ったところで真価が問われたときに性能の差が出てくる。
はじめは、「なんだこのおっさん」て思ってたけど、話を聞くうちにその人の器のでかさ、歴史を感じて、話にのめりこんでく自分がいた。人ってほんと見かけによらないよなー、これだから人との出会いはおもしろいよ。
ま、古谷さんは酔っ払ってて、次の日なーんも覚えちゃいなかったけど。笑
んで、朝を迎えメシ食って器材準備して、出発。
天気も昨日に引き続き最高で、波もすっごい穏やかでダイビング経験の少ない俺にはダイビング日和。海の中の透明度もすごくよくて、ちょっと離れたくらいじゃ問題なかった。昨日の川奈と同じ海に入ってるはずなのに、イソギンチャク畑とか珊瑚みたいにキレーだったし、海の地形も岩場、砂場、いろいろ入り組んでて楽しめた。こーいうところに集まる魚って多いんだろうね。
まぁ古谷さんは勝手な人だから(笑)あんま魚の説明とかはしてくんなくて、自分で探して「あれ何?」って調べてく感じになっけど、まぁこっちも気ままにできるんでそーいうスタイルならそれはそれでありかなと。1本目はそんな感じで様子見で終了。俺も、古谷さんも、お互いの力量を見ながら潜ってた感じ。エアーの減り具合とか。
2本目は、肺に空気を貯めて浮く。貯めた空気を出して沈む。基本的なことだけど、肺が浮き袋だってことを意識しながら潜ってたらずいぶん楽に潜行できるようになった。思うに、人間の肺は2段階の空気の量を調節できるんじゃないかな。だから深呼吸って言葉が出てくる。まぁ真相はわかんないけど、なにはともあれ、自分のダイビングのレベルが上がった2本目だった。海老を守る下のダテハゼ、上のハナハゼの関係を知った上でじっくり観察できたりね。
いやー、やっぱダイビングは楽しいっすね。
また機会つくって潜りに行きたいもんだわ。
やってる人、よかったら声かけてくださいな。
富戸へは、古谷さんってインストラクターと一緒に行ったんだけど、この人はホント趣味を仕事にして人生を生きてきたような人だった。
1日目の夜に合流して、家に連れてってもらったら、なんか人がいっぱい。
今日一緒に潜ってた人、明日潜るからってきた人、みんなでテーブル囲んで飲んでた。んで刺身つまみながら、ダイビングの話や音楽の話、関係ない話までいろんな話をしてた。
今日で帰るって人が帰っちゃったあとは、和哉と古谷さんの二人で話してんのを俺は聞いてるだけだったけど、興味深い話がいろいろ聞けて、すごい勉強になった。酒も「正雪」「嘉美心」って極上日本酒2本立てでまじうまかったしね。メモ程度に書いておくと、
◆ダイビングは伊豆で始まった。
◆伊豆で潜るならやっぱり最高峰はIOP(伊豆海洋公園)。
◆IOP以外にも潜るところはたくさんあるけど、IOPが一番古く、一番潜りがいがある。
◆俺らが生まれる前からあった。
◆ダイビングはインストラクターについていくだけ、サーフィンは自分で海の状態、波の状態を見極めなくちゃいけない分だけ難しい。
◆ウインドサーフィンはその上、風まで読める力がないとできない。
◆だからサーフィンとウインドサーフィンの方が難しいけど、死なない。ダイビングは簡単だけど、死ぬ。奥が深い。
◆今年の神子元はジンベエザメとか見れておもしろかった。
◆神子元は30本以上潜った人しか行けないが、30本ってのはただの指標であって、やっぱそれなりの実力が伴ってないとってこと。ダウンカレントに巻き込まれたら経験少ないダイバーは生きて帰れない。なんせ自分の吐いた泡が上に上がっていかないんだから。
◆獅子浜は汚いが、裏を返せば流れがない→穏やか。初心者を教えるには最適。台風が来ても獅子浜なら潜れる。天気が悪くなればなるほどこむポイント。
◆ガンガゼ(ウニのでかい奴)なんかは汚い海にしかいない。
◆ダイバーは酒飲みが多い。窒素酔いと関係が?w
◆目指すものによって、ダイバーが場所を選べばいい。30,40mを目指すならそれなりの脚力がいる。IOPもしかり。のんびり潜りたいなら、川奈や獅子浜でいい。
◆道具を持つならAQUALUNGがやっぱいい。戦時中のノウハウを使ってるのはこことかだけ、他のと比べると30m,40m潜ったところで真価が問われたときに性能の差が出てくる。
はじめは、「なんだこのおっさん」て思ってたけど、話を聞くうちにその人の器のでかさ、歴史を感じて、話にのめりこんでく自分がいた。人ってほんと見かけによらないよなー、これだから人との出会いはおもしろいよ。
ま、古谷さんは酔っ払ってて、次の日なーんも覚えちゃいなかったけど。笑
んで、朝を迎えメシ食って器材準備して、出発。
天気も昨日に引き続き最高で、波もすっごい穏やかでダイビング経験の少ない俺にはダイビング日和。海の中の透明度もすごくよくて、ちょっと離れたくらいじゃ問題なかった。昨日の川奈と同じ海に入ってるはずなのに、イソギンチャク畑とか珊瑚みたいにキレーだったし、海の地形も岩場、砂場、いろいろ入り組んでて楽しめた。こーいうところに集まる魚って多いんだろうね。
まぁ古谷さんは勝手な人だから(笑)あんま魚の説明とかはしてくんなくて、自分で探して「あれ何?」って調べてく感じになっけど、まぁこっちも気ままにできるんでそーいうスタイルならそれはそれでありかなと。1本目はそんな感じで様子見で終了。俺も、古谷さんも、お互いの力量を見ながら潜ってた感じ。エアーの減り具合とか。
2本目は、肺に空気を貯めて浮く。貯めた空気を出して沈む。基本的なことだけど、肺が浮き袋だってことを意識しながら潜ってたらずいぶん楽に潜行できるようになった。思うに、人間の肺は2段階の空気の量を調節できるんじゃないかな。だから深呼吸って言葉が出てくる。まぁ真相はわかんないけど、なにはともあれ、自分のダイビングのレベルが上がった2本目だった。海老を守る下のダテハゼ、上のハナハゼの関係を知った上でじっくり観察できたりね。
いやー、やっぱダイビングは楽しいっすね。
また機会つくって潜りに行きたいもんだわ。
やってる人、よかったら声かけてくださいな。
2005年9月24日土曜日
DIVING TOUR旅日記 ~川奈編~
もう先週の話になるけど、3連休でひさびさに和哉とダイビングに行ってきた。
学生の頃に始めてみたはいいものの、予想外に金と時間がかかっちゃってCMAS(ってダイビング団体)の1☆(一般的に言う「オープンウォーター」)のライセンスまで取って、「あとは社会人になって余裕ができてから。」つってやめてた。
それから4年後、やっぱりあの海の中の世界にもう一度行きたくて、一緒にライセンス取った和哉に宿から何から全部手配してもらってダイビングしてきますた。
ちなみにこの和哉、俺がやめた後もずっとダイビングを続けてて、ダイビングショップの手伝いをしながら中大で院生してるバスケ好きです。もう280本強潜ってて、下手なインストラクターよりダイビングの経験値もあるし、頼りになる相棒ですわ。(ま、はじめの何本かは俺の方が上手かったんだけどね、今じゃ天と地の差ですが。w)
んで、金曜の夜に伊豆に向けて出発~。
まず最初の目的地の川奈に着いて集合を待って、今回お世話になる「STAY DREAM」の人たちと合流。一緒に海まで行って、誓約書とかいろいろ書類書いて、レンタルで機材全部借りて(これがまた本当にレンタル?ってくらい調子いい奴だった。)、一緒に潜る人とかショップの人と話して時間待って、ダイビング開始☆
最高の天気、海の透明度も良好みたいで、インストラクターのAKIRAさんも「今日は海の透明度もいいですし、早いとこ潜っちゃいましょう☆」って言ってたくらいに絶好のコンディション。
まずは一本目。ENTRYでやっぱひさびさにタンクしょって歩いてたからかふらついたけど、海に入ってからはマスククリアも問題なく、すんなり行けた。
伊勢海老が岩の奥の方に隠れてたり(野生の見たのは初でした)、コケギンポって岩の穴に入って顔だけ出してる、端から見たら人面岩みたいに見える奴とか、アジの大群とか、イザリウオやハナハゼ、ダテハゼなんかもいて、いろんな海の生き物にまた会えたのが嬉しかった。
でも、やっぱなんつってもまたこの海の世界に帰ってきたってのが嬉しくて、やたらとぐるぐるまわってみたりw、ボーっと海中から水面のキラキラしたの見てたりしてた。
まぁでも、ひさびさにやったから肺とかBCもうまく使えなくて、やたらと立ち泳ぎしたりエアーの減りが激しかったり課題の残る一本でもあった。
んで、ダイビングは体の中に窒素がたまっちゃうから、1本目と2本目の間隔を空けなくちゃいけない。てことで、その間にメシ。炎天下の中、海見ながら食べる弁当はうまかったっす。ゆっくり休憩しながら、和哉とダイビングの話や前にいたサークルの話、今の話とかしてた。
2本目は、1回目でだいぶ慣れた感もあり、満潮だったのもあってENTRY楽ちんで、海の中純粋に泳ぐことと魚を見ることを楽しめた。とりあえず1本目にWEIGHT前回と同じ7kgで潜ったんだけど、BCとかまったく調節しないと沈んでく一方だったんで(だから上に行くのに立ち泳ぎになっちゃうんだけど)今回は1kg減らして6kgにしてみたけど、全然問題なかったね。蛸壺の中に入ってる蛸を見て、ドラクエとかで深海にある城にいるえらい奴ってこーいうイメージから作られたのかな?とか思ってみたり、砂地から首だけ出してるホタテウミヘビ(泳いでるときはホタテ+ウミヘビだと思ってたんだけど、上がって聞いてみたらホタテウミヘビって種類だったんだって。俺ホタテを一生懸命探しちったよww)、カサゴとか俺でも知ってる魚も見れたし、そうそうアオリイカの卵にも触ったな。枝豆みたいなんだけどすごいふわふわしてて気持ちよかった。こっからイカが生まれてくんのかぁ~。で、帰りに正月のイベントの名残で残してあるらしい鳥居をくぐって帰ってきた。海ん中には昔使ってたであろうものや、沈んできたお宝、ガラクタがたまに落ちてたりして、そーいうのを見てるのも楽しかったりする。いつか沈んだ船とかも見てみたいなぁ~。
んで陸に上がって、とりあえず今日の予定は終了。いやぁ、大満足ですた。んで片付けて着替えて、ログ書いて、一緒に潜ったみんなのログブックにもコメント書いて、金払って、記念写真撮って解散。すごい楽しかったなぁ~。こーいうのはひさびさだし、なんか新鮮だった。ちょっとBreakersっぽいかな。
解散後は、各自自分らの車で帰るんだけど、俺らは一路メシ食いに「かね光水産」って店に行ってきた。城ヶ崎にあるんで、知ってる人もいるんかな?芸能人の色紙とかもいっぱいあって、有名な店らしい(全然知らねぇけど)。んで、混んでなかったんでここで夕食をとることに。俺はオススメって書いてあったジャンボエビフライ定食。ありえねーでかさ!30cmを楽に越えるエビフライ。こんなの見たこともねぇよ。ほんとにエビフライ?って感じでした。それとカニ汁がこれまたうまくて。たまにカニ汁は食べるけど、これ以上にうまいカニ汁には出会ったことがなかった。やばかったなーここ。
で、一日目終了。とりあえず書くのに疲れました・・・。
でも、これ残しておくとあとで見たとき意外と使えたりするんで、覚えてる限り備忘として書いておくことにします。
学生の頃に始めてみたはいいものの、予想外に金と時間がかかっちゃってCMAS(ってダイビング団体)の1☆(一般的に言う「オープンウォーター」)のライセンスまで取って、「あとは社会人になって余裕ができてから。」つってやめてた。
それから4年後、やっぱりあの海の中の世界にもう一度行きたくて、一緒にライセンス取った和哉に宿から何から全部手配してもらってダイビングしてきますた。
ちなみにこの和哉、俺がやめた後もずっとダイビングを続けてて、ダイビングショップの手伝いをしながら中大で院生してるバスケ好きです。もう280本強潜ってて、下手なインストラクターよりダイビングの経験値もあるし、頼りになる相棒ですわ。(ま、はじめの何本かは俺の方が上手かったんだけどね、今じゃ天と地の差ですが。w)
んで、金曜の夜に伊豆に向けて出発~。
まず最初の目的地の川奈に着いて集合を待って、今回お世話になる「STAY DREAM」の人たちと合流。一緒に海まで行って、誓約書とかいろいろ書類書いて、レンタルで機材全部借りて(これがまた本当にレンタル?ってくらい調子いい奴だった。)、一緒に潜る人とかショップの人と話して時間待って、ダイビング開始☆
最高の天気、海の透明度も良好みたいで、インストラクターのAKIRAさんも「今日は海の透明度もいいですし、早いとこ潜っちゃいましょう☆」って言ってたくらいに絶好のコンディション。
まずは一本目。ENTRYでやっぱひさびさにタンクしょって歩いてたからかふらついたけど、海に入ってからはマスククリアも問題なく、すんなり行けた。
伊勢海老が岩の奥の方に隠れてたり(野生の見たのは初でした)、コケギンポって岩の穴に入って顔だけ出してる、端から見たら人面岩みたいに見える奴とか、アジの大群とか、イザリウオやハナハゼ、ダテハゼなんかもいて、いろんな海の生き物にまた会えたのが嬉しかった。
でも、やっぱなんつってもまたこの海の世界に帰ってきたってのが嬉しくて、やたらとぐるぐるまわってみたりw、ボーっと海中から水面のキラキラしたの見てたりしてた。
まぁでも、ひさびさにやったから肺とかBCもうまく使えなくて、やたらと立ち泳ぎしたりエアーの減りが激しかったり課題の残る一本でもあった。
んで、ダイビングは体の中に窒素がたまっちゃうから、1本目と2本目の間隔を空けなくちゃいけない。てことで、その間にメシ。炎天下の中、海見ながら食べる弁当はうまかったっす。ゆっくり休憩しながら、和哉とダイビングの話や前にいたサークルの話、今の話とかしてた。
2本目は、1回目でだいぶ慣れた感もあり、満潮だったのもあってENTRY楽ちんで、海の中純粋に泳ぐことと魚を見ることを楽しめた。とりあえず1本目にWEIGHT前回と同じ7kgで潜ったんだけど、BCとかまったく調節しないと沈んでく一方だったんで(だから上に行くのに立ち泳ぎになっちゃうんだけど)今回は1kg減らして6kgにしてみたけど、全然問題なかったね。蛸壺の中に入ってる蛸を見て、ドラクエとかで深海にある城にいるえらい奴ってこーいうイメージから作られたのかな?とか思ってみたり、砂地から首だけ出してるホタテウミヘビ(泳いでるときはホタテ+ウミヘビだと思ってたんだけど、上がって聞いてみたらホタテウミヘビって種類だったんだって。俺ホタテを一生懸命探しちったよww)、カサゴとか俺でも知ってる魚も見れたし、そうそうアオリイカの卵にも触ったな。枝豆みたいなんだけどすごいふわふわしてて気持ちよかった。こっからイカが生まれてくんのかぁ~。で、帰りに正月のイベントの名残で残してあるらしい鳥居をくぐって帰ってきた。海ん中には昔使ってたであろうものや、沈んできたお宝、ガラクタがたまに落ちてたりして、そーいうのを見てるのも楽しかったりする。いつか沈んだ船とかも見てみたいなぁ~。
んで陸に上がって、とりあえず今日の予定は終了。いやぁ、大満足ですた。んで片付けて着替えて、ログ書いて、一緒に潜ったみんなのログブックにもコメント書いて、金払って、記念写真撮って解散。すごい楽しかったなぁ~。こーいうのはひさびさだし、なんか新鮮だった。ちょっとBreakersっぽいかな。
解散後は、各自自分らの車で帰るんだけど、俺らは一路メシ食いに「かね光水産」って店に行ってきた。城ヶ崎にあるんで、知ってる人もいるんかな?芸能人の色紙とかもいっぱいあって、有名な店らしい(全然知らねぇけど)。んで、混んでなかったんでここで夕食をとることに。俺はオススメって書いてあったジャンボエビフライ定食。ありえねーでかさ!30cmを楽に越えるエビフライ。こんなの見たこともねぇよ。ほんとにエビフライ?って感じでした。それとカニ汁がこれまたうまくて。たまにカニ汁は食べるけど、これ以上にうまいカニ汁には出会ったことがなかった。やばかったなーここ。
で、一日目終了。とりあえず書くのに疲れました・・・。
でも、これ残しておくとあとで見たとき意外と使えたりするんで、覚えてる限り備忘として書いておくことにします。
2005年9月21日水曜日
2005年9月16日金曜日
幹部連飲み
今日は仕事帰りにこの前のPartyTime幹部連で飲んできた。
ちゃんぼ、悠、健一、ふぃっちゃん、大和、ゆうき、小柳津、道祖土。
酒に溺れた悪魔の子たち。笑
いろんな人と飲んできたけど、こいつらで飲むときは無敵だね。
また飲めんの楽しみにしてまっす☆
ちなみに、次のPartyTimeの開催は今日話した感じ恐らく新年会兼ねて1/7(土)か1/21(土)なんで、そっちもよろしくどうぞ☆
手伝ってくれる片腕同時募集中でっす☆
ちゃんぼ、悠、健一、ふぃっちゃん、大和、ゆうき、小柳津、道祖土。
酒に溺れた悪魔の子たち。笑
いろんな人と飲んできたけど、こいつらで飲むときは無敵だね。
また飲めんの楽しみにしてまっす☆
ちなみに、次のPartyTimeの開催は今日話した感じ恐らく新年会兼ねて1/7(土)か1/21(土)なんで、そっちもよろしくどうぞ☆
手伝ってくれる片腕同時募集中でっす☆
2005年9月14日水曜日
stay hungry, stay foolish
これ、やばい。すげー感動した。
好きなことして生きていきたいもんっすね。
リバネス社長の丸さんのブログに抜粋があったんで、そのまま掲載させてもらいまっす。
ちなみに全文
以下、アップルコンピュータ創立CEOのスティーブ・ジョブス氏の
スタンフォード大学卒業祝賀スピーチからの抜粋と改変。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
スティーブン・ジョブスは大学を出たことがない。
リード大学を半年で退学。
リード大学は国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学であり退学したことでカリグラフィ(飾り文字)の授業にもぐっていた。
6ヶ月も過ぎた頃には、大学に何の価値も見出せなくなっていた。
自分が人生で何がやりたいのか全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。
当時はかなり怖かったが、振り返ってみると、あれは人生最良の決断だった。退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、とりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めた。
これが後々のアップルに非常にキーとなる。
もしドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わる。
自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができたことは幸運でした。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。
がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に会社を、クビになった。
その時は分からなかったが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったということが分かってきた。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができた。
続く5年のうちにNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオである。
思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、アップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にある。
これから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。
自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは最善の防御策である。
自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品です。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものである。
時間は限られている。
「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」
好きなことして生きていきたいもんっすね。
リバネス社長の丸さんのブログに抜粋があったんで、そのまま掲載させてもらいまっす。
ちなみに全文
以下、アップルコンピュータ創立CEOのスティーブ・ジョブス氏の
スタンフォード大学卒業祝賀スピーチからの抜粋と改変。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
スティーブン・ジョブスは大学を出たことがない。
リード大学を半年で退学。
リード大学は国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学であり退学したことでカリグラフィ(飾り文字)の授業にもぐっていた。
6ヶ月も過ぎた頃には、大学に何の価値も見出せなくなっていた。
自分が人生で何がやりたいのか全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。
当時はかなり怖かったが、振り返ってみると、あれは人生最良の決断だった。退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、とりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めた。
これが後々のアップルに非常にキーとなる。
もしドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わる。
自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができたことは幸運でした。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。
がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に会社を、クビになった。
その時は分からなかったが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったということが分かってきた。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができた。
続く5年のうちにNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオである。
思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、アップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にある。
これから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。
自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは最善の防御策である。
自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品です。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものである。
時間は限られている。
「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」
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