2010年1月4日月曜日

本「二十一世紀に生きる君たちへ」

司馬遼太郎記念館にて、購入した1冊。

<本の紹介>
「子どもは何をしなくてはならないのか?」「人は何のために生きるのか?」その答えが、司馬遼太郎の肉声で聞こえてきます。二十一世紀を迎えた、日本人のすべてに語りかける心のメッセージ。むだのない、考え抜かれた名文が私達の感動をよび起こします。
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自分にきびしく、人にはやさしく。
社会とは、支え合う仕組みのことだ。
人も自然もいたわれる、頼もしい人格になること。

どんなに文明が進歩したとしても、僕たちが忘れちゃいけないことはシンプルだ。
記念館には、この一冊の文章全てが展示されていた。そして、みんながそこで立ち止まって、司馬さんの言葉に耳を傾けるんだそうだ。誰に言われたわけじゃないけど、自分も自然とそんな1人になって最後まで読んでました。

司馬さん、一度でいいからお会いしてお話してみたかったですけど、残念ながらもうそれは叶いませんね。でも、司馬さんが残してくれたメッセージを胸に刻んで、自分なりに頑張ってみようと思ってます。楽しみにしててくださいね。ありがとうございました。

本「坂の上の雲(8)」

<本の紹介>
本日天気晴朗ナレドモ浪高シ―明治三十八年五月二十七日早朝、日本海の濛気の中にロシア帝国の威信をかけたバルチック大艦隊がついにその姿を現わした。国家の命運を背負って戦艦三笠を先頭に迎撃に向かう連合艦隊。大海戦の火蓋が今切られようとしている。感動の完結篇。巻末に「あとがき集」他を収む。
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この本を読みながら、「司馬さんが読者である自分達に伝えたかったことはなんだろう」ってのを考えてました。そして、明確に書かれてはいないけど自分の中では「日本人である君たちの先人には、誇りにしていいこんな人たちもいたんだよ」とかそういったことなんだろなと思ってました。
そして、その答えを探しに、この8巻を読み終わる日に大阪に飛んだ。目的は、司馬遼太郎記念館。安藤忠雄が設計しているってのもあって、一度見に行きたいと前から考えていたけど、「これ以上のタイミングはこの先来ないでしょ」っと思い立って行ってきました。向かう途中のバスの中であとがきを読み進めていくと、「登場人物たちがおかれている条件下で、たえず『日本人とは何か』ということをあたまにおいて考えてみた」という一節があった。
自分が作品を通して感じた答えが、司馬さんが伝えたかったこととそう遠くなかったことを嬉しく思ったし、読書の楽しみってこういうことなのかな、とも思いました。
本の中で目にしていくのは活字の一つ一つかもしれないけども、その活字が重なって単語になり、文章になり、物語になっていく。その物語には、活字一つ一つでは表現できない意味があり、情景があり、伝えたい想いが隠されている。
本に書いてあることをそのまま受け取るんじゃなく、その「本を読む」ことを通して本に書いていないことまで自分の感性で感じていく。そんなことができてくると、読み手としての楽しみもまた出てくるんじゃないかなと思いました。

多分、100冊読む前にはたどりつけなかった場所だろうな、と素直に思います。
本にもいろいろあるのと同じように、著者もみんな違う。人間性や育った時代、環境、嗜好や考え方の癖、その違いが作品である本から少しだけどつかめるようになってきたってのは大きな収穫だろうと思いました。

あと、坂の上の雲って作品の由来も最後にわかりました。
なるほどね、うまいなと。

この作品を全部読むのは骨が折れるかもしれないけど、それだけの価値のある作品だと思います。読んだ人よかったら感想言い合いませんか~。

本「イヤならやめろ!」

<本の紹介>
会社が元気になる仕事の極意。「おもしろおかしく」が社是。精一杯頑張っても仕事がおもしろくない時は、その会社と決別する時だ。とんでもない、そんなことできるはずがないと言われてもやり抜く人を求めたい。元祖学生ベンチャーが語る経営術、仕事論、人生論。
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この本はおもしろかった。
どんな社会人にも当てはまるような経営者が現場に求める本音、失敗から得られた教訓がたくさん書かれていて、非常に参考になる部分の多い本だと思います。

特に、新人~3年目くらいの人は読んでみてもいいんじゃないかなぁ。

いくつか、自分の参考になった箇所をあげてみます。
・できるようにならないのは「上司の指導がない」から。細かく教えられないと動けないでは困る。テーマを与えられたら、まず自分でどんな文献があるか調べろ。
・「ご飯ができた」と「お米ができた」は、そこに至るまでの苦労の度合いが違うから、達成感も大きく違ってくる。だから若い世代には、たとえ当人が嫌がっても改めて、「田植えをして草取りをして、実ったら脱穀して、玄米から白米にして、飯を炊いて、ああ、飯だ」という経験をさせてあげるように心掛けている。
・「ダメ」と判断する時に真剣に考えていれば必ず代案が出るはず。
・経営者の立場は営業のことも、開発のことも、財務もなにもかも同じレベルで心配し、それについて勉強している。しかし担当者は朝から晩まで担当のことばかりやっているわけだから、本当はそのことについては経営者よりエキスパートである必要がある。バランサーの意見に個々の専門家が感心してもらっては困る。
・これから本当に必要なのは、マニュアルのないところでどうするかであって、マニュアルができたものはなるべく自動化の方に移していかなければ、逆に生き残れない。
・本来会議は、議案の内容について相当なエキスパートで、しかも案件に対して批判もアドバイスもでき、あるいは自分が責任を持って実行する、というような立場の人だけが集まるべき。少なくとも、それぞれの能力と権限と立場によって必ずその議案に対して発言し、賛成・不賛成を唱え、その理由をはっきり述べられる能力のある人だけが集まるべき。

こういう人を師匠として一緒に仕事ができたら、それは幸せなことだろなと思います。

本「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」

<本の紹介>
ブック・コーディネイターという職業をつくった、内沼晋太郎の仕事術。
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春に知り合った内沼くんの出している本。読もう読もうと思っていて、やっと読みました。
同じ世代を違う場所、違う考え方を持つ人たちの中で生きてきた内沼くんの考え方とかやってきたことをなんとなくは教えてもらっていたけど、詳しく聞いたことはなかったんで読んでみて参考になる部分が多くて、しかも対照的な両A面ていう形の本が新鮮でおもしろかったです。
自分の仕事が「時間でお金をもらう仕事」と「成果でお金をもらう仕事」、「お金をもらう仕事」「お金をもらえてしまう仕事」「お金をもらわない仕事」のどこに位置するのかと、それをどうしていくべきかっていうマッピングは他に見たことがなくて(多分、1企業のみに勤めて一生を過ごしていくサラリーマンにはいらないからかも)、早速自分でもやってみたりしてました。
本の楽しみ方っていう部分でも、文章に線が引いてあったりメモが書かれていると本の価値は一般的に下がるけど、それによって初めて「どこにでも売ってる本」から「世界に一つだけの本」になるって発想も面白いなぁ、確かに他の人が落書きした教科書とか読むの楽しかったしなぁ、とか思って、単純に「本」っていっても演出の仕方とか視点を変えることでいくらでも魅力は掘り起こせるんじゃないかな、と思いました。

同世代なら特に、一読の価値のある本だと思います。
どんな仕事をしてても役立つこともたくさん書いてあるし、よかったら読んでみてください。

2010年

明けましておめでとうございます。

去年は今までの活動に加えて新しい活動をいくつか始めてみたりして、いろんな人と知り合うことで成長した部分や広がった世界があって、「自分はこれからをどういう人生にしたいのか」に悩んだ一年でもあり、ものすごく考えた一年でもありました。
そして、「自分の考えていることは相手の考えや価値観からのフィードバックに触れることで、どんどんより良いものに成長させられる」ってことを大きく感じた一年でもありました。「何をするか」も大事だけど、やっぱ「誰とするか」の方が大事なんじゃないかなぁ。なんて。

で、とりあえず去年の目標に対する振り返り。。。

◎年間100冊の読書。
 ⇒10月半ばに達成。
×毎月1つペースでの資格取得。(計12個)
 ⇒結局取得した資格はゼロ。
○新しい試みで結果を見える形で出すこと。
 ⇒料理教室は実現できた。他にもR&Bに関わる中でフォトトランプしたり、PartyTimeから
  50000円超の寄付を実績として残せた。できなかったことも多々あるけど、ある程度評価して
  良いくらいの活動はできてたかなと思います。
△7時起床。午前中の時間の有効活用。
 ⇒夏~秋の終わりまで挫折したけど、朝食会にも(近いときは)コンスタントに出れたし、
  今まで以上に意識はできてた1年だったかなと。
○丁寧な人付き合いをすること。
 ⇒前向きに、これからも付き合っていきたい人が明らかに増えたし、その中で学んだことも
  多くて結果を見ればできていたのかな、と。

結果的にはそんなに悪くなく、「本・人・旅」を通した「出会い」によって得られた部分が多かったように思う。そして、それは自分が自分から動いたことで得た結果でもあり自分の考えている出会いのバランスとしても偏ることがなく、上々だと思いました。

ただ、去年は思えなかったけど、今だから思えること。

自分には「目標」はあっても「目的」がなかった。
その目標をクリアすることで、どうなりたいのか。その部分がぼんやりしているから、一見バラバラな目標設定にも見えてしまうように思いました。

なので、自分の今年の動き方は、、、
「目的」(目標+意味)
★より多くの人たちが笑顔でいられる時間を少しでも増やすこと。
★必要としてくれる身内の助けになれる自分でい続けること。

「目標」
■年間120冊の読書。(月10冊)
■年間50タイトルの映画鑑賞。(本もいいけど、本だけじゃなく)
■四半期に1つペースでの資格取得。(計4個)
■毎月1度は朝食会参加。(主催も含め計12回)
■20品の新メニューを覚える。
■なんでもいいから「東京自転車普及活動」として評価できる実績を残す。

もちろん自分の仕事も頑張るんですが、このくらいは頑張りたいと思います。
やるぞーーーーー!!!!!

2009年12月17日木曜日

決意表明

自分の道が見えてきた。

15歳:「IT業界に進もう」とおぼろげながら決意した。
 -Windows95とかが出てきて、感覚的に「これは知ってないとマズイ」と思った。
18歳:理系の高校を卒業して、IT業界に進む為の大学/学科を選択した。
 -ITは当たり前の世界になり、狭いながらも確実にIT業界に進む為の素地ができていく。
22歳:IT業界で今の会社を選んだ。
 -高校の仲間、大学の仲間の多くがIT業界に進んだおかげで、IT業界であればどの会社でも
  知り合いがいる状態に。
 -「仲間と飲むのが好き」が高じてPartyTimeをはじめ、同世代の別の業界にも徐々に
  つながりが増えていく。
26歳:国内最大規模のPJにて死に物狂い、初めての不動産購入。
 -綱渡りの中で死線を共に乗り越えた、心から戦友と呼べる職場仲間ができた。
 -背水の陣で戦いきったことで、大きな成長を果たせたことが自信になった。
 -人とのつながりの中から新たな活動が生まれたり、世代の異なる人たちと関わっていく
  ことで多くを学ばせてもらって、さらに視野が広がった。

そして、28歳。誕生日に、yu1roに言われたこと。

二十八を縦に並べて組み合わせると、「耕」の左側、「耒(らいぶ)」になる。
この字は、かつては「来る」という意味でも使われていたそうな。
だから、今までに自分たちが培ってきたもの、耕してきたものが、やっと形になるのが28歳という年なんだ。

それを聞いてから、自分はこの一年間を「人生を変える一年にしよう。」と思った。
そして、今まで以上に精力的に動いてきた。

お誘いメールがたくさん来て、若干うざいと思った人もいたかもしれません。ごめんなさい。
でも、誰でもいいからって送ったメールは1通もない。自分が一緒にやっていきたいと思っている人、この人に来て欲しいと思っている人にしか送ってません。だから、お誘いがたくさん来た人は「それだけ自分にそう思われている」って理解してもらえたら嬉しく思います。

その中で、いろんな人に会って、その人の価値観を話してもらったり自分の考えをぶつけてみたりしながら、自分の認識の足らないところとかスキルの足りないところ、これからの自分がどうありたいのかみたいなところを少しずつ今までの自分と照らし合わせながら考えてきた。
ミラーの法則じゃないけど、自分のことは自分だけを見ててもわからない。たくさんの人にヒントをもらって、今の答えに辿りついてます。

その答えは、ありきたりかもしれないけど「より多くの人が、より豊かに生きていく為に自分にできるサポートをしていきたい。」ってことでした。

自分は、誰かに喜んでもらえることをするのが好きなんだ。そして、それが目に見える人であればあるほど、その人が笑顔になるのがはっきり想像できればできるほど、自分は頑張れる。
それは、お金の問題じゃなく、自分のあり方としてこうありたいって問題だったんじゃないかと。

そして、IT業界の仕事ではなかなかそれが見えにくいのは事実かなぁと。世界中でものすごくたくさんの人たちを幸せにしていることは事実だと思うけど、極端なことを言えば、最高のサービスはできて「当たり前」という認識をされているけど、使うユーザがそれぞれ違うのだから全ての人に100点をもらえるシステムは最初の段階では作れない。そういう性質の仕事の中で、社内の人たちは別にして、担当窓口のお客さん以外で自分たちに笑顔を見せてくれるお客さんに出会えたことって少なかったなと思います。
で、逆にそれが「仕事でないのにやってる活動」の中で出会う人たちにははっきり見える。
ありがとうって言ってもらえる。たくさんのお金がもらえなくたって、その一言があったかく
感じられて次につながっていければそれだけでいいんじゃないかって思う気持ちがあるし、それが、例えばPartyTimeが10年続いてる大きな理由だと感じてる。
「仮にもし、自分が頑張れることを仕事とすることができて、自分のリソースをそこに集中できたら、それって最高なんじゃないかな。」
そう思うと、もっと自分の見えている人たちに対してはっきり喜んでもらえると思えることを自分の仕事とすべきだと、そう感じました。そして「そんな気持ちでこの業界にいたら、この業界が大好きで本気でこの業界で仕事をしてる人に失礼だ。自分はここにいちゃいけないんじゃないか」って思いもあって、今月でIT業界から離れることにしました(自分が本気でIT業界の仕事に打ち込んでいたときに今の自分を見たとしたら、やっぱりそんな風に考えて仕事してる先輩を多分許せない、とも思いました)。

※今の職場で働けたことになんの後悔もしていないし、ここで働けたからこそ、この仕事で出会えた人たちがいたからこそ、導き出せた結論だと思ってます。これからも、仕事は離れても一生付き合っていきたいと思っている人が何人もできたのは、本当に自分の財産になってます。念の為。

そして、「じゃ、IT業界でなく何をしたら喜んでもらえるんだろうか」って部分について。
自分は、自分の周りの仲間と笑ってられる時間がこれからもたくさんあるといいなと思うし、みんなにそれぞれ一度しかない人生の中で、その人が笑ってられる時間を1秒でも長くすることに自分の人生を使いたいと思った。
で、そのためにはその人の健康な時間をもっと長くできるような仕組みを考えていくことだと思って、それを自分の頑張る領域にしたいと思いました。

そして、持論ですが健康には「身体にいいおいしい食事」「体力を落とさないだけの運動」「社会的な人とのつながり」の3要素が揃うことが必要で、その中でみんながなかなか持続可能な形で取り組めない分野である「運動」にスポットライトを当てて、「自転車」をもっと普及させたい、という思いを持ちました。自分が2年くらい自転車通勤をしていて感じていることもあったし、おそらく、1人でもできて歩行よりも移動時間が早く、普段の生活に一番取り入れやすい運動が「自転車」だと思っています。

具体的なことはまだ構想中で言えないけど、レンタサイクルを東京で実現できたらビジネスシーンでも保育の送迎にも、駅の近くに集中せざるを得ない飲食業界にも、期間限定で必要な中高生の自転車通勤にも、渋滞緩和にも、放置自転車の有効活用と減少にも、環境破壊にも、移動時間の短縮にも事故の削減にも、金銭的な負担にも、突発的な電車のストップにも、なにより自身の運動不足にも効果があると思います。
そして、それはお互いの人生をより充実したものにするだけでなく、自分たちの思いを文化として子供たちの世代、孫たちの世代に残せることだと思います。自分たちから次の世代へ贈るなによりのプレゼントになるんじゃないかなと思ってます。

当面の間は金銭的な苦労もあると思うし、そこをなんとかしなきゃいけないのは事実。
最終的な形には20年、30年て歳月が必要になるかもしれない。
でも、「自分に適性があると信じられて自分が本気で取り組みたいと思えること」を確信を持って見つけられたことは、大きな前進だと思っています。

共感してくれた人、ぜひ力を貸してください。
1人の100の行動より、100人の1つずつの行動のほうが、はるかに強いことを僕たちは知っています。誰もが自分なりの社会に対しての貢献ができると思うし、それは方法によっては世の中に大きなインパクトを与えることができると思っています。

気分は明治維新。

世の中を自分たちでよくしていけたら、最高だなと思います☆

2009年12月5日土曜日

PartyTime #19ありがとうございました☆

今日は、自分に近しい仲間に声をかけて19回目のPartyTimeをしてきました☆

■会場の話
今回のお店は早稲田のle cafe RETROで。
(このお店、早稲田生には有名なお店らしいすね。参加不参加に関わらず早稲田OBOGから「今回レトロでやるんだね~、懐かしい。」って声をたくさんかけてもらいました。)
ここは、codaくん(a.k.a. DJ BREAK BEANZ)の高校の同級生が店長をしていて、そのつながりで紹介してもらったフワトロオムライス屋。知らない人はぜひ行ってみてください。おいしいし、お店の持ってる空気感が良くてゆっくりできます。

■コンセプトの話
毎回新しいことを何か1つやれたらってことで、前回のPartyTimeはリレーションマップだったりレジェンドに合わせてだったりしたけど、今回のPartyTimeは「音楽」の要素と「懐かしさ」を前面に出した感じでやってみました。
きっかけは、畑楽(←映像見れるようになりました!)してたときにcodaくんが「kiji、イベントやるなら音楽やるよ☆」って言ってくれて。人とのつながりでできることが広がってくのってすごくいいなと思ったし、そしたらお店もレトロなわけだし、codaくんも店長も同い年で来る人も同世代が集まるんだし、、、って、すごく自然に、気づいたら「懐かしさ」に持ってけない要素がなかった。
で、プロジェクタもあったんで過去のPartyTimeの写真もスライドショーで延々と流すことにして、昔来てくれた人がその当時を懐かしんでくれたらいいなぁと。忘れてた過去から思い出す本当の自分ってのもありだもんね。

俺は、健一とちゃんぼと「大学時代の飲み仲間」に戻ってイッキ大会とかワルノリしてましたわ。言いたいことは、「飲んでから」。あぁ~、すげぇ気持ち悪かった。あの時の俺ら、こわいゎ。
でも、そんなコンセプトが本当に店員含めこの空間に居合わせた人たちに大好評で良かったです。普段、お店で絶対聞けないようなドラゴンボールとか90年代TKラインナップとか、初期のモー娘とか電気グルーヴとかチャゲアスとかみんな大喜びで、リクエストもどんどんしてたみたいで、良かった。笑。店員さんたちもテンション上がって、踊りながら働いてたし。最後、めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔でみんなが帰っていくのとか、店員さんにも「今日は楽しかった~ありがとうございました☆」って言ってもらえるのとか、幹事冥利に尽きました。

■参加者の話
参加者も店キャパ限界の80人を超えてフレンドリーな人ばっかり集まってくれて、強制的に話してもらうようなオペレーションをしなくても問題なくみんなが知り合って盛り上がってってくれて、なんか安心感みたいなものもあったしこういう人たちと知り合えてて幸せだな~とか思いました。
多岐に渡る仕事をしてる人たちが参加してくれてて、仕事の話も聞いてておもしろかったです。店長もシフト外してマイグラスで参加してるし。笑。

同じものを自分の目線で見ててもいつも同じに見えるけど、違う人が見たらちょっと違って見えてくる。そして、いろんな人の考え方や見え方に触れると、自分の視界がはっきりしてくる。
カメラに例えるなら、ファインダーの外にあった景色が視野が広がることでちょっとだけファインダーの中におさめられるようになるとか、ぼやけてしまっていた部分の理解が深まることでちょっとだけ解像度が上がるとか、そんな感じかもしれない。

こういう場があることで、ちょっとずつ進んでたものが一気に加速することもあると思います。新しいアイデアをもらえたり、やりたくても自分にはできないと思ってたことが「俺も混ぜて」って手を上げるだけでできるようになったりするかもしれない。
自分の頭で深く考えることは大事だし、やめちゃいけないけど、たくさんの人と話して自分の考えを深めていくことで開ける道もあると思ってるし、そういう部分で協力しあっていける関係が参加者同士でできていくと素敵だなと思います。

■寄付の話
で、最後。このPartyTimeが毎回している寄付ですが、今回は「TABLE FOR TWO(略してTFT)」に寄付をさせてもらうことにして、TFTで社会人ボランティアをしているKENくんからみんなに簡単な活動の紹介をしてもらって。
「せっかく寄付をするなら、そこで頑張ってる人の話が聞けた方がいいと思うんだ。もし良かったら、お願いできないかな?」
そんなリクエストに気軽に応えてくれたKENくんに感謝してます。ありがとう。

そんなこんなで、今回も無事に終了しました。
いつも手伝ってくれるちゃんぼ、健一、哲平、けーじ、音楽を担当してくれたcodaくん、全面的に協力してくれた店長、スタッフのみなさん、TFTの紹介をしてくれたKENくん、そして参加してくれたみんなに感謝を言いたいです。

ありがとうございました☆

まぁゆっくり飲めなかったし、また改めて飲もうか☆笑