2021年8月1日日曜日

立川食べ歩き隊、立川最大のFBコミュニティへ

 僕らの始めた立川食べ歩き隊(通称食べ隊)、昨日(7/31)で人数が2,970人になり、これまで「立川最大のFBコミュニティ」を謳っていた「立川人のココいいよ(通称 立ココ)」と並びました。と言ってるそばから今日新たな参加リクエストを承認して人数が増え、 8/1 15:20 現在では 2,973人。人数的には僕らが立川最大のFBコミュニティとなりました~!^^


別に人数を増やしたかったわけじゃなく、みんなで楽しむ、せっかくならおいしいものを食べたいってところを大切に続けてきただけだけど、10人くらいで始めた自分たちのグループが立川で最大になるなんて、すごく貴重な経験をさせてもらったなと思います。

こうやってコミュニティが大きくなってこれた理由はいくつか思い当たるけど、ひと言で言えば「人に恵まれたこと」に尽きると思う。一緒に運営してくれているメンバーはもちろんのこと、このコミュニティを楽しく盛り上げようとしてくれるメンバー、違和感のある投稿に自分から軌道修正をかけてってくれるメンバー。立川を離れても気にしてくれて、人をつなげてくれたりニュースを送ってくれたりするメンバー。みんなで楽しんでこれたから、自然とそれが周りの人たちにも伝わって大きくなってきた。そんな感じはする。


この食べ隊があるおかげで、僕にとっての立川での暮らしはずいぶんと楽しいものになり、他の町に住むことをもはや考えなくなった。同じまちに住んでいる人たちの顔がたくさん思い浮かび、コロナ禍でさえなければ「今暇?」レベルで集まれるような感覚が持てる人たち。そんな暮らしをこのまちで続けていくのは、きっとこの先も楽しいだろうと思う。


今では、FBコミュニティなのに名刺を持っていたり、今年に入ってからはクラウドファンディングでみんなで一緒に着れるTシャツをつくったり、一体感を感じられるような企画も実現したりしていて、仕事と家族、学生時代の仲間たち以外のいいつながりが生まれていると思う。

またひとつ区切りを超えて、この先も楽しんでってみたいと思います。^^

2021年7月4日日曜日

戦線復帰へ

6/23(水)に退院してから10日が過ぎ、今日で10日目。

その間にやっていることを記しておく。

  • 熱は下がって動ける状態になっているけれど、ベッドから動かなかったので足の筋肉がごっそりない。そのリハビリも兼ねて、ほったらかしになっていた部屋をゆっくり掃除、洗濯、、まずは安全な自宅で家事から。
  • とにかく足腰を元に戻したい。初日は2,000歩、2日目は5,000歩、3日目7,500歩、4日目朝5,000歩と夕方5,000歩で1万歩、5日目は一気に10,000歩歩いてみる…という具合に、少しずつ歩数を増やしてみる。最初は足が思ったように動かずふらふらして、前から走ってくる自転車を急によけれないもんだから少し怖さも感じた。そして、毎日筋肉痛。とにかく1日中足が痛い、けれど治すためには必要だし、と運動を継続。5日目くらいから、歩くだけなら筋肉痛はなくなり、動きやすくなってきた印象。
  • ただ、まだ信号が変わる直前に急に走ったりはできず、走ってみてもすぐに息が切れるのと、深呼吸ができないもんだからゼーハー言ってしまう状況。肺活量も歩けるようになってから鍛えていかねばと痛感しつつ、10日経った今も無理はしないでいる。
  • 記録のために書いたコロナ戦記を、退院した事実と合わせて友人・知人に展開。周りにコロナ感染者がいない人もいて、多くの人に読んでもらえたよう。「コロナの認識を改める」「熱が出た友人にシェアしていいか」等々、少しでも参考になっていれば嬉しい。経験した事実をなかったことにせず、できれば誰かのために役立てたい。
  • 退院しても1週間は出社せず自粛していた(熱も下がっているので、テレワークで業務はスタート)。まず体力が1日持たないのと、免疫を戻さないと人からまたウイルスをもらうのも怖いし。それで問題ないスケジュールだったのも幸いした。疲れたら遠慮なく休む、を繰り返して徐々に活動時間が増えていっている。最初は半日くらいだったけど、1週間で6-7時間は活動継続できるようになってきた。8時間業務に戻るにはもう少し時間が必要かなと。(肺が十分に動いていないのと関係ありそう)
  • 退院後1週間経った6/30に初めて(やむを得ない業務もあり)出社。久々に社内のメンバー何人かと顔を合わせ、帰ってきたことを実感。ただ、自宅でテレワークする以上にやっぱり疲れる。。ので、16時頃には上がらせてもらう。だんだんと負荷をかけながら、業務に問題ないところまで体調を戻していきたい。
  • 食生活でいえば、入院前の数日の自宅療養中に手配された自宅療養用の食糧セットの段ボール3箱が家に届いていて、数日で入院となったためにほとんど残っていた。保存の効く食糧が大量にあり、自宅のスペースを取られるのでそれを削りながらしばらく過ごしている。食費的には、入院中の食事もすべて東京都持ちだったので、6月はほとんど食費がかかってないことになる。ここは助かった。
  • 入院中に、毎朝、どんな朝食メニューになっても必ず出てきた牛乳パックは、退院後も継続して飲むことにした。栄養や効果はあまりわかっていないが、意味があるのだろうとしばらく続けてみることにする。
  • それと入院中の検査で、自分の場合は血のさらさら度が低く、血栓ができやすいと言われたのでなるべく常時水分を手元に置いて、補給しながら過ごしている。これは入院していろいろ検査してもらって、よかったことの一つだろう。
  • 元気になってきたので、徐々に、お酒を交えたオンライン飲み会や、この週末(7/3-)から飲食店での出来立ての料理も楽しみだす。実際のコロナ感染&入院体験を聞いてみたいと思ってくれる人は多く、大抵は質問大会の状態。答えられることはなんでも答えるので、お気軽に連絡ください。
  • 料理を楽しむといっても、退院後10日経っても嗅覚は戻っていない。ので、味覚のみで楽しんでいる感じ。いつか戻るのだろうか。この嗅覚のリハビリも必要かもしれない。というわけで、人生で初めてアロマとか買ってみたりしている。が、まだ効果は出ていない。
そんな状況です。人の身体はすごいですね。退院後数日は、足を普通に歩ける状態にすることを念頭に生活していたけど、そこはしっかり回復しました。今は活動時間を少しずつ増やしていて、これが問題なくなれば次は運動強度かな。肺活量を増やすことと、あといつか嗅覚を取り戻すことができればいいと思いつつ、ひとつひとつ取り組んでいます。

2021年6月27日日曜日

ありがとうレトロ

先日、早稲田にあるひとつのお店が20年の歴史に幕を閉じた。


▼ル・カフェ・レトロ閉店 / 最後のバースデーのお知らせ

https://lecaferetro.jp/wp/?page_id=694


ル・カフェ・レトロ。23区内での自分たちの活動拠点のひとつとして、本当にお世話になってきたお店。

オーナーの松吉さん、(当時)店長の竹中くんには、「こういう企画やりたいです」「いいね!」というこちらからの持込企画も、「お店、こんな風に使ってもらえない?」「いついつのイベントシーズン、なにか仕掛けてよ」なんてお店からのオーダーに応えることもあったり、両手では収まらないくらい一緒にこの場所でイベント企画をさせてもらってきた。立川に活動拠点を移してからはごぶさたしてしまったけれど、個人的には思い出の詰まったお店。そんなお店にもついに終わりがきた。寂しくも、ひとつの時代が終わった感覚。


このお店との最初の出会いはいつだったろう、と遡ると、きっかけは援農企画「畑楽」をした2009年だったなと。この企画は直接お店とは関係はなく、「畑の隣にDJブースを立てて、音楽を楽しみながら農作業を手伝い、取れたての食材をその場で東京のシェフが調理し、現地の地酒と一緒に楽しもう」という企画でした。これはこれで楽しくて、今思うとだからこそ次の展開につながったいいコンテンツとメンバーが揃った企画でした。

▼畑楽 BREAK BEANZ

https://www.youtube.com/watch?v=7SH3fyQaG6g&t=120s


そこから、一緒に行ったメンバーと「同世代の懐メロでも流しながら、隣の仲間たちとその曲当時の思い出を話せるイベントとかあったら、人がつながっていきやすいよね」とそういうことのできるお店を人づてに探しつながったのがレトロでした。コンセプト的にも、古きよき友人とまた出会う場所、をテーマにしているところがばっちりでしたね。^^


そんな形で始まったお店との関係では、PartyTimeと称した貸切交流会イベントを不定期でさせてもらったり(DJセット持込+mixテープのCD配布)、イベント時にはオリジナルのマンガカクテルを「ドラゴンボールのドラゴンハイボール!」とか「ドラえもん」「ワンピース」「北斗の拳」なんて漫画のキャラクターや名台詞をイメージしてつくってもらったり、マンガナイトでは各お店に置く本棚企画をスタートさせてもらえたり、盟友山内くんとフォトトランプの写真展をさせてもらったり、2010年のサッカー南アフリカW杯のときはパブリックビューイングもさせてもらったり(階段にも座るくらい、お店壊れるかもと思った人の入りでした。懐かしい)。奥多摩でのサイクリング「奥トレ」のオフ会なんかも都心の方が集まりやすいメンバーもいたので、何度も使わせてもらってきました。


基本的にはこちらのやりたいは全部受け入れてくれながら、料理は「炭水化物多めで」とか「立食でもつまめるもので」とかざっくりとしたオーダーにも応えてくれて、さらに「俺ならこうするかなー」って+αしてくれるお店からの提案もあり、お店ととてもいい関係が築けていたのが自分の中ではとてもやりやすく、あの頃のレトロで培ったそういうイベント運営側の経験値と「人を集め、集まった人たちの楽しみとできることを増やしていく」方向性は、今はアラウンド立川での飲食を楽しむグループ「立川食べ歩き隊」として活かされているなと感じますね。


20年のお店の歴史からしたら、2010年~2015年あたりの5年くらいの短い期間でしたけど、あの時できた縁を大事に、レトロがなくなってもそこでつながった人たちと別の場所、別の形でまた何か、これからも一緒にやっていけたらと思っています。


長い間、お店の運営おつかれさまでした。

ありがとうレトロ。

大きな感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございました。

2021年6月24日木曜日

生き残るために

 コロナでの入院中から退院後まで、本当に多くの人に励ましの声をかけてもらいました。

自分がこれまでに知り合い、共に過ごした周りの人たちのやさしさに改めて感謝をし、自分は人に恵まれてきたのだなぁと実感をしたし、そういう人たちだからこそ自分のような大変な目にはできればあってほしくない。何か還元できるものはないか、と考えたとき、今回の経験から2つ伝えられることがあったのでまとめて書いておきたいと思います。


①「基礎体力は大切だ」という話

1つ目は、基礎体力の話。僕は普段「ぶらつくジャック」という毎日の歩数をはかって勝負するゲームを歩くの好きな仲間内50人くらいでしているのですが、結果的にこれをしていたことが今回の生還できたキーポイントだったように感じました。

40℃近くの発熱が数日続いたら、普通ならフラフラ状態ですよね。でもいざ入院となった先で医師の問診に答えていて言われたのは、「思ったより体力消耗していないですね」「体がお強いのですね」ということでした。「基礎体力はあるほうなので」と答えてはいましたが、このコロナ禍の半分テレワークのような状態でぶらつくジャックがあることで、1日1万歩近くは「他の人たちに負けないために」歩く必要があり、実際に歩くことが習慣になってました。最初自転車通勤していたのに、歩数が稼げないからと徒歩通勤に切り替えたりするくらい。笑。

結果、毎日2時間弱は歩いていてちょっとやそっとじゃバテない体力はついていたし、それを持ちだしながら過ごせたことで、味覚と嗅覚をロストして食欲が一気になくなってしまっても発熱期間中に体力をあまり落とさずに済んだ、という面もあったなと思います。

そういう意味では、ぶらつくジャックの対戦相手になってくれているメンバーにはいつも歩くモチベーションをありがとう、と感謝ですね。

歩くだけなら誰でもできるので、ぜひ1日の中で歩けるタイミングを見つけてみなさんも基礎体力づくりに励んでおくと生還できる確率が歩いた分だけ上がると思います。1人では続かないという人、僕も同じだったので仲間とぶらつくジャックを始めました。興味ある人は、招待しますので声かけてください。いろいろ作り込んだスプレッドシートをお見せしましょう。^^


②療養先を選べるなら「迷わず入院」すべし

もう1点は、療養先の選択が命の選択になり得る、という話。最初陽性となったとき、自分は保健所から①自宅療養、②ホテル療養、③入院の3択からどれかになる、という説明を受け、①の自宅療養を希望しました。これは、仕事にいきなり穴を開けられないけれど、自宅の仕事環境を②③で構築はできないでしょう、という環境面での消去法でした。(ディスプレイいくつもあるし、インターネット回線は計測不能なくらい早いし大きいホワイトボードあるし仕事をするには申し分のない環境)

自分の場合は1人暮らしで、発熱していても同居人にそれをうつす心配はなかったので保健所側も割とスムーズに「①がよければどうぞ」という形でした。保健所側にとっても、病院やホテルの手配の話がなくなるので楽な面もあったのかもしれません。ただ、そのまま症状が回復するくらい軽度のものであればそれでよかったかもしれませんが、病状がよくならない場合、実は選択肢として①はあまりよくなかったなと後から思うと感じました。

その理由は大きく3点あって、まず「医療行為が受けられない」。次いで「食事を自分で用意する必要がある(が買いに行けない)」。そして「素人判断に頼らざるを得ない」。この3点。

入院したからこそ比較ができた、というところですが、やはり他のたくさんの症例を見てきている医師の方の判断に頼ることができるのは、個人のサンプル数1の症例+インターネット上の玉石混交の情報をベースにするよりも余計な疑いを持つ必要がなく、精神的な安心感という意味で大きかったなと思います。また、発熱した際にもナースコール1本で解熱剤や冷えたアイスノンまで無限に処方される。薬の効きが悪いと感じたら、別の薬を試すことも提案してもらえる。ここにさえいれば水際で生き残れる、という物心両面でのサポート体制はありがたかったなと。
レントゲンも、採血も、血糖値の検査ツールも点滴も皮下注射も専門の医療機器とその扱いを心得た人たちにお願いできるという点でも、データを見ながら回復傾向が把握できるというアプローチからも選べるなら入院、と感じました。

そして食事についても、やっぱりあたたかい食事、それも野菜中心で明らかに健康に良さそうなメニューがベッドで待っていれば出てくるという点も非常にありがたい。熱がある中で食事を準備するのはどうしても億劫で、「食べれればなんでもいい」「ゼリーとかでいい」となりがちだったのでこれも回復には大きなポイントだろうと感じました。

最後は1つ目で書いたことの裏返しですね。入院していない状態で、素人判断に頼らざるを得ない対応を自分で決めて、後で後悔しないか。症状が改善しなかったときに、後から「あの時こうしていれば」と思わないか。そういった点でも、自宅療養は患者側に判断とその責任を委ねられる分、プレッシャーもまたあるなと感じました。

そんなわけで、保健所から選べると言われたら必ず「入院」を希望した方がよいと感じました。別にVIP待遇の個室でなくても相部屋でもなんでもいいです、医療行為を受けられる環境に入れるかどうかが命の選択に直結すると感じました。
特に、症状が悪くなる時は一気に悪くなってしまうので手配とか言っていられなくなる前に。。


以上の2点、多くの人たちはすでに気をつけていることかもしれませんが、改めて命の危険を感じて生還できた大きなポイントだったと思い、書かせてもらいました。

みんなでこのコロナ禍を生き残れるといいですね。
同じような状況になり得る、誰かの参考になれば幸いです。

2021年6月20日日曜日

コロナ戦記

 2020年からのコロナ騒動、これまで巻き込まれつつも感染はせずに済んできたのだが、ついに感染してしまった。ワクチンも少しずつ広がり出して、あと数か月で逃げ切れるかもという段階で。。

ただ、貴重な経験であることは間違いないので、記憶をたどってどんな感じだったか一次情報として書き留めておこうと思う。


▼6/5(土)-6(日) 発症【発症1-2日】

6月最初の土曜、久しぶりに頭痛が、、と熱をはかってみると37.8℃の発熱。その後39.2℃まで上昇。土日は体を休めることにするも、翌週からは念のためのテレワーク確定。かかりつけ医というほどではないけれど、以前診察してもらった内科が日曜は休診日だったので翌月曜に診察に行くことに。この時は、まだ「復帰するためにPCR陰性の証明が必要だから」程度の意識でした。


▼6/7(月)-8(火) PCR検査【発症3-4日】

朝の体温で37.9℃。危険水域というわけではないけれど、PCRは早めに検査をしておきたい。ということで午前中に診察を受けた。PCRは、指定の医療機関でなかったので検査を企業に委託する形にしているとのことで、16,000円の検査料がかかったけれど、まぁ何か所もめぐっていられるほど体力に余裕がない。そのままそこで検査をして、唾液を専用の容器に吐き出して結果を待つことになった。それと症状の緩和という意味で解熱剤(カロナール錠)と咳止めが1週間処方。

結果は3日-5日後と聞いていたので、その間もテレワークで仕事。途中で「味覚、なくね?」とコーヒーを飲んでいても違和感があることに気づく。「これは陽性じゃなかろうか…」とか思っていたら、案の定検査翌日の6/8(火)夕方、PCR陽性の速報の連絡が届く。さて、ここから忙しくなりそうだ。

ひとまず会社に陽性の連絡を入れ、保健所からの電話でいろいろと今後の動き方を説明される。まずは病状や濃厚接触者の心当たり、そして療養が①自宅療養、②ホテル療養、③病院療養のどれかになること。いきなり②③に行かされても、仕事が急に調整できないので①を希望する、と伝えて調整いただくことにした。


▼6/9(水)-11(金) 自宅療養【発症5-7日】

自宅療養となったので、数日かかって援助物資や自宅での検査キットが送付されてきた。正直、スーパーなどの買い出しに行けない中でECでポカリやカップ麺等を購入していただけだったので食糧は助かった。発熱は続いていて、39℃台もちらほら。その度に解熱剤を飲んでいたので、解熱剤の残数が1日のうちにもどんどん減っていく。その残数を保健所やフォローセンターの方と連絡を取りながら、再調達の話などをしていたが、薬にこの先どれだけ頼ることになるかわからない状態であれば入院して治療をした方がよい、という判断となり、保健所の指示で翌日から入院となった。
幸いにして、陽性確定してからここまで数日あり、仕事の方のキャンセルや打合せの延期はほとんど調整がついていたので特に影響はなく。リードタイムをしっかり活かせた形となった。(延期してしまったみなさんには本当に申し訳なく思っています)


▼6/12(土)-16(水) 入院療養:発熱地獄編【発症8-12日】

さて、保健所手配の送迎車に乗ってやってきた入院先。もちろんVIP待遇など望むべくもなく、4人相部屋の3人目でした。その日から毎日毎食ごとに検温・血圧・パルスメータと聴診による体調面のチェックが行われ、初日はそれ以外にもレントゲンを撮ったり、採血検査をしたり長いコト問診を受けたり、日常生活用の着替えレンタルとかローソンのリモート購買手続きとか、手続きだけでだいぶ疲れた感じでした。。でも変わらず発熱はしていて、39.3℃。病院の野菜中心の病院食は出ているけれど、味覚もなく(さらに嗅覚もない!)、さすがに39℃の熱が出ていてまったく食べる気も起らず半分程度で食べ残す。

翌日からも発熱は収まることなく、発熱のたびに解熱剤をもらってどんどん飲んでいく。発熱はついに40.4℃と40℃台に乗った日もありました。この辺りは体力というか、気力が持たなくなりそうなタイミングが何度かありましたね。「誰もが老人になれるわけじゃないんだよな…。俺はここら辺までかな」とか考えてしまったりして。。

ただ、こういうタイミングで毎食、看護師さんたちに様子を見てもらっていると元気が出るのは確か。至れり尽くせりとは言わないけれど、毎日優しく声をかけてもらえるのは1人暮らしだとありがたいですね。体調が崩れても、気持ちが折れそうでも、ナースコールさえすれば誰かが来てくれる安心感はありました。医療の現場の人たち、こんな頑張ってんだっていうリアルな体験ができたのもいいところだと思えました。

そんな中、食べれない状態の解消のために点滴をすることになったのだけど、自分の腕の血管はとても見つかりにくいらしく、肘の内側に針を刺すことに、、角度的に1日8時間腕を曲げてはいけない、と言われた2日間はきつかったですね。寝返りも打てない、PC作業やスマホを見るのも肘を曲げずにはできない。もうここに打つなら点滴いらない、とまで思えた出来事でした。

そして追い打ちをかけるように、肺機能が低下。。パルスメータの数値が下がってきてしまった(通常「97-99」→「92-94」)ので、その強化のためにステロイド剤を投与することに。同時に酸素吸入コードから鼻に直接酸素を取り込む。パルスメータも一時的に検査のときだけつけるものではなく、毎日24時間指につけっぱなしのタイプになり、一時期自分の身体には鼻に酸素吸入コード、肘に点滴、指にパルスメータと3つの管がまとわりついている、という状況になりました。動くに動けずにしんどかった。。

ちなみにこのステロイド剤は、血栓の原因になり得るということもあり毎朝夕には血をさらさらにするための皮下注射がスタート。さらに血糖値を上下に散らしてしまう副作用があるとのことで、その日からは毎食前にはまた1つ検査を追加。血糖値の計測をしながら必要であれば食前に血糖値を抑える注射をさらにもう1本打つ、という形になりました。

一体、この入院生活で何錠の薬を飲み、何本の注射をこの体に打ったことだろう。


▼6/17(木)-20(日) 入院療養:自然治癒編【発症13-16日】

そんな発熱地獄にも突然終わりが来ます。6/17(木)、一気に発熱が収まり何事もなかったかのように発熱期間終了。どうやら体力的に乗り越えることができた模様。解熱剤の力を借りずに(肺のステロイド剤は変わらず飲んでいるけれど)、1日を36℃台の平熱で過ごすことができました。あのどうやっても下がらなかった熱はどこに??
食欲もすっかり回復し、味覚も徐々に戻ってきた段階。嗅覚はまだまったく戻らずで、「クリリンお前には鼻がねえ!」って言われる気分てこんな感じか、とか思いつつ体力は順調に回復している様子です。
気になる血糖値も上がることなく安定している中でステロイド剤での肺機能の回復だけが進み、それも当初の予定期間を経て解放。徐々に体についていた管が取れ、行われる検査が減っていき今に至ります。まだステロイド剤の影響でしゃっくりがここ数日でやすい状態で、地味に体力削られたりしているけれど、熱はないし、食欲も戻ってきたし、日常生活には支障はなさそうなレベルになってきました。

いい経験をしたと言えば聞こえはいいけど、実際問題こんなに厳しい状況になったの社会人になって初めてだったかもしれないくらい、命の危険を感じる時期でした。コロナ、やっぱりなめたらアカンすね。

ぼちぼち退院の話も出てきているので、あとはこのまま静養して、無事に退院を迎えたいと思います。ひとまず発症から今日までの顛末についてはそんな感じ。

周りを見ると、まだまだ感染者も減ってはいないし、後遺症も長く残っている人もいるようで油断はできないけれど、ひとまず生還できそうなのであるコロナ感染患者の記録として残しておこうと思います。

2021年5月18日火曜日

40代へ

先日、おかげさまで40歳になりました。

みなさん誕生日のメッセージやコメント、ありがとうございました。これまでのひとつひとつの出会いに感謝をしながら読ませていただきました。


ひとつの区切りなので、30代の記録のためにここまでの総括をしておこうかと。


ここまでずっと意識はしてきたのは「20代を広げる年代、30代を固めていく年代にしよう」ということ。

その20代では社会人になり、ビジネスの現場を知り、多くの友人をつくり、資産をつくり運用することを覚え、「自分の可能性を広げるためにできること」にフォーカスをして動いていた。

そして30代では、その広がった素材から自分の生きていく方向性を決めていくべく動いてきた。「そこに経験したいことがあるかどうか」でときには転職もしながら、自分のやってみたいことはやってみて、その経験を経た結論として、自分の道として「IT」を選んだ。

新卒で選んだ答えも「IT」だったので最終的には同じ答えに戻ってきた形になったけれど、この期間の遠回りは「僕はこれでいく」という確信や覚悟を持つためには必要で、自分の働く姿勢はだいぶ変わったように感じている。時代を支え、変えていくのはやはり「テクノロジー」だ。社会に必要であり力を注ぐべきものだと感じる仕事に取り組めているのは、幸せなことだと思いながら働けるようになった。

そして、自分の暮らしていきたい地域を立川に決め、そこに根を下ろしていくためにまちの人たちとつながる基盤を整えてきた。これも、少ないながらも東阪いくつかのまちに住み、全国のまちづくりの仕事を通して「そのまちに覚悟を決めて暮らしている人たち」に触れて考えたこと。自分もそんな思い入れの持てるまちでそのまちが好きな人たちと暮らせたらと取り組んできたことで、おかげで楽しげなメンバーとたくさん知り合え、いい形になってきたなと思っている。年収がいくらとかひとつでも多くの場所に縁をとか考えているときりがないし、それって実は1つの場所、1つのことを突き詰めていったらあとからつながってできていくもんだと思う。


そんなわけで、運と縁に恵まれた30代を経て、40代をどうしていこうかという話。直近で感じている変化としては、自分の役職が上がったこともそうだけれど、自分に限らず「周りの人たちもみんな、できることが増えてきた」なと。

自分たちが「こういう社会をつくりたい」と思えば、それに対してできることが個人単位だけでなくそれぞれに動かせる組織や経験値があったりして、実務のレベルで実現させることが簡単になってきた。何年もの付き合いの中で信用できる仲間たちがそうなってくれているのは、とても心強く感じている。

また、自分たちに力を貸してくれる先輩方も同様で、一段スケールが上がった「できること」がありながら、話を聞いてくれアドバイスをくれたりする。一気に世界が開ける瞬間が増えてきた。「若いうちから動いていたなら、いつか君にもそういうタイミングが来るよ。それを楽しみに」って言ってくれた人がいたけれど、ぼちぼち今がそういうタイミングなのかもしれない、と感じています。


そういう意味では、これからどんどんギヤが上がってできることが増え、つくりだせる楽しみは大きくなっていきそうでこれからの10年は本当に楽しみ。この先、どんな未来をつくり、どれだけのことができてしまうのだろう。これはもう、行けるところまで行ってみるしかないですね。

これまでにできてきた仲間たちと、これからできていく仲間たちも含めて笑って過ごせる10年間にしていきたいと思います。

40代が終わる頃、「この10年が1番楽しい10年だったな~」と思って終われることを願って、40代スタートの所信表明としたいと思います。それでは、はりきっていってみよう!


2021年5月9日日曜日

方向性を伝えることの重要性

先日、全社のオールスタッフミーティングがあった。

その場で、自社の全体としての状況の共有や、自分の管轄している本部のこの1年の成果や課題、またそれを受けての今年1年の方向性を発表させてもらったりしてきました。

コロナ禍でこれまで続けていたスタイルでの仕事ができなくなったことはありましたが、それに合わせて形を変えた仕事、また形を変えるために生まれた仕事に合わせて対応できた面もあり、業績も前年比でプラスにはならなくとも、それほど落とさずに終われたのはよかったなと思います。

また、それなりにGW前から作り込んだ資料だったので、発表自体もいい形でできたかなと思うし、自分としても節目節目でこういう形で数字面や個々の成果を振り返れることはとてもいいリフレクションにもなっているなと感じます。


で。


その一方で、コロナ関連のニュースを見ていて思うのは、ここができていないなということ。今、国の全体状況と何を目指して取り組んでいるのか、それがどこまで進んでいるのかが不明瞭かつ、共感できるものではないことが1つ。

その方向性の上で、どんな課題があるので誰々にどうしてほしいのか、という形でメッセージを伝えることができていないことがもう1つ。

だから、個々の判断で動くことが求められてしまい、その判断が個々の間で背景や事情の違いから異なるものになっていくことに対して、分断が発生していってしまう。


総じて、リーダーシップが足りていないように感じる。国も、都も、市も。

であれば、自分はどうするのか。せめて自分の理解している進め方を明示して、自分はここを目指してこうしていくよ、という話が空中戦で終わらずに、地上戦になるようにアプローチを変えながら進めていく必要があるんだろうな、と感じました。


なんにせよ、減ってきてしまっているコミュニケーションをどう増やしていくか。そういうところにもっとケアをしていけるといいなと思いますね。あと、もっとわかりやすい資料や見せ方がないのか、お互いの考え方を合わせるためにできることの模索とか。


安心して頼れるならそうするけれど、そうでないなら降りかかる火の粉は自分の手で払っていかないといけないなと思う最近です。

2021年5月2日日曜日

協力隊への協力隊

 出かけられないGW、昨日(5/1)は地域おこし協力隊を終えたばかりの友人からコンタクトをもらい、壁打ちに付き合っていた。

3年間という期限付きで仕事としてこれまでまったく縁のなかった地域に入り、その中で暮らした時間を振り返ってのリフレクションは、自分自身が経験したことのない分新鮮で、しかも着実にステップアップしてきたことが見て取れて「あぁ、いい経験したのだろうな」と聞きながら感じたものでした。

自分が生まれ育ったまちですでに地縁を持っていても、3年間の期限がなくても、そういうものを積み上げてこれない人が多い。その違いってなんだろう。


答えのひとつに、目標設定があると思う。

「いつまでに、何を(何かを)する」

これを持ちながら暮らしているかどうか。そして、

「それをするために、今はこの作戦で行く」

という戦略面の作戦を決められているかどうか。


そういう目標や当面の取組を設定できていなくても日々を過ごすことはできてしまうわけで、それを毎日積み重ねればその差はどんどん大きくなる。


自分もある程度、そういう「これからの進め方」は考えてきているつもりだけれど、まだまだできることはありそうだなと感じた出来事でした。


その地で頑張って欲しい、という思いと、そういう経験をしたメンバが立川に来てくれたら一緒に楽しいことも仕掛けられるんだろうな、という思いと両方を持ちながら、オンラインでの再会を楽しんだのでした。

2021年4月11日日曜日

まん延防止措置の中途半端さ

いよいよ明日4/12からまん延防止が始まりそうですね。(東京は5/11までの1ヶ月)

これ、立川も範囲に入っている(八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田)ものの、隣接する8自治体(国立市、日野市、昭島市、国分寺市、 武蔵村山市、東大和市、小平市、福生市)では入っている市はなく、とても中途半端な施策に感じます。

立川の人は、21時まで飲みたければ隣の市に行けばOKになる。


そして、この6市が選ばれた理由も基準がよくわからない。

感染者数だけでいえば、4/9までの数字で多摩地域はこうなる。(★が対象)


市町村 感染者数(4/9)
ーーーーーーーーーーーー
八王子市 2914 ★
町田市  2044 ★
調布市  1521 ★
府中市  1367 ★
三鷹市  1203
西東京市 1197
立川市  995 ★
武蔵野市 974 ★


1万人あたりの感染者人数にすると、こうなる。

市町村  感染者数/万(4/9)
ーーーーーーーーーーーー
福生市   68.94
武蔵野市  65.63 ★
調布市   63.43 ★
三鷹市   62.49
西東京市  58.05
昭島市   56.29
小金井市  55.17
立川市   55.06 ★
狛江市   52.39
羽村市   52.11
府中市   51.94 ★
あきる野市 51.5
青梅市   51.09
八王子市  50.56 ★
日野市   47.84
町田市   47.11 ★

どちらもで立川市より上位にいる三鷹市と西東京市はなぜ入らない?感染者数の割合でいえば、市内で行動していても感染する確率が高い福生市はなぜ入らない?

この6市だけが突出しているデータがあれば見せてほしいですね。どういう基準で選んでいるのか、知りたいところです。というか、多摩地域で1つの市だけで生活が完結している人はほとんどいないのだから、出すなら出すで全域に出すほうがまだ足並みを揃えられる。

「立川から入ってくるな」、逆に「立川には行っちゃいけない」そういうやりとりや、「いいなぁそっちは入ってなくて」という不公平感を助長もする。


感染者をまず減らすことを考えるなら、そんな部分的な施策でガクンと減るのか疑問。まずは、感染者の数をゼロを目指して減らしていきたいのではなかったのか。

コブ取りじいさんの話ではないけど、「減らした暁にはこういうことがしたい」はあっていいと思う。これからの暮らしの希望にもなる。でも、減らすことに注力せずにそのやりたいことは叶わない。まずは減らすことに注力をすべきだと思う。

そういう意味では、時間や行動を制限されないと減らせない自分たちを棚に上げて、制限されることを非難するのは順番を間違えているとも思うので制限は基本的に守る。その上で、今回指定から外れた地域がどういう動きになるのか(他の地域に足並みを揃えだすのか、それとも「自分たちは助かった、むしろ制限区域のお客さんが来てくれるチャンスかもなので積極的に営業しよう」とか言い出すのか)、は見ておく必要があるのかもとも思いました。


日野は新選組のふるさとを謳っているのだから、こういうときこそまちのお店の御用改めでも新選組の隊服を着てすればいい。いいPRにもなると思うけど。


2021年4月4日日曜日

クラファン100%達成!までの道のりを振り返る

立川食べ歩き隊で始めたクラウドファンディング、3/25(木) にスタートして無事に5日間で3/30(火)、100%達成!


はじめてのクラファンでどうなることかと思っていましたが、ひとまず早々に100%達成ということでほっとしました。^^ まだ期間は4/23(金)まであるので、この先どこまで伸ばせるかというところですが、まずはひとやま越えた感じです。

みなさんご協力&応援本当にありがとうございます。


そんなこんなでこのプロジェクトのことを知ってくれる人も増えてきたので、この辺りで今回のフェスT企画がどんな風に進んできたのか、その推移を備忘がてらまとめて振り返って書いてみようと思います。^^


発端は今年の 1/23(土)。FBグループ「立川食べ歩き隊」の管理部で「フェスTいいかも!」「いいね、やってみようか」なんて話が出たところから。

アイデアを少しまとめて 1/29(金)、 立川食べ歩き隊のみなさん宛にフェスTの話をしてみたところ大反響。「いいねー!」「欲しいねー!」「それ着たい!」と大いに盛り上がり、そのままの勢いで

2/1(月),2(火)と食べ隊の中で興味のある人を募って説明&ブレスト会。

お店の負担がないようにクラファンでやることや、お店を訪ねてもらうきっかけにTシャツの受取はお店にしようとか、食べ隊のいつものお店訪問レポートを邪魔しないように別のグループで委員会をつくろうとか進め方の概要が決まっていきました。


そして 2/6(土)にはフェスT委員会が結成され、25名ほどで進めていくことに。

みんなの自己紹介を聞きながら、「こういう立川が好きなメンバーとやれるのは楽しそうだ」とワクワクしましたね。^^ こうやって誰かの思いつきに2つ返事で乗っかってくれる人がたくさんいることが食べ歩き隊のホントにやってて楽しく、素敵なところだと思います。

2/7(日)には早速、委員会でロゴの掲載店舗数の検討と30店舗の選抜方法を決める投票をしました。30店舗にしたのは、「視認性」と「お店をたくさん入れたい思い」とを両立するロゴの大きさで、音楽フェスなどのTシャツデザインを参考に5列×6行くらいまでかなと話し合った結果で、

選抜方法の投票結果は、「食べ歩き隊でよく投稿されていたり、協力してくれたり縁のあるお店を優先する」「委員になったメンバーの推し店を次点として優先する」「逆に、他の雑誌で出てくるからとか、食べログの点数が高いからとか、輝く個店で表彰されているからとかの理由での選定はしない」「立地のバランスや、お店のジャンルのバランスは考慮はするけどそれだけで選ぶことはしない」という内容でした。まぁ、食べ歩き隊らしいTシャツになるのだろうなと思える結果になりました。^^


そこから、過去によく取り上げられているお店や、食べ隊の名刺で推し店になっているお店などをピックアップして候補を絞り、30店舗になるまで各店舗に声をかけていくことにします。


2/11(木)には各店舗にTシャツ掲載の許可&ロゴ提供のお願いをするペライチの紹介資料とロゴ提出フォームを作成、各店舗への声かけを手分けしてスタート。

すでにフェスT委員のメンバーとお店の方とが面識あったりで「もちろんOK!」「盛り上げよう~!」と即答してくれるところもある一方で、「今PR活動は自粛してて」とか残念ながら今回は掲載できないお店もあり(その場合は別のお店をまた選んで打診)、少し時間がかかり30店舗のOKが揃ったのは 3/3(水)のことでした。

その間、並行してTシャツのデザインをスタート。OKをくれたお店のロゴを収集しながら、フロント面のデザインをどうしようか、そしてTシャツの色もどうしようと委員の中で検討して、こちら(↓)のデザイン4案×色候補4案に絞って食べ歩き隊の中で投票を2/23(火) - 26(金)で実施。

 

 
その結果、「④ TACHIKAWA」×「Ⓓ ダークネイビー」が最も票を集めていたので、これで今回は進めていくことにしました。実はこの④番目は元々候補にはなく検討が進んでいたのですが、フェスT委員のオンライン会議での「立川のMAPの形が活かせるといいよね~」ってひと言から30分、その場でキャラ化を果たしたんですよね。その後、このキャラは立川の小学校でみんなが習う「立川の形はピストルの形」というエピソードから、まちの形をかたどった「タピトル君」と名付けられました。愛着を感じるなかなかかわいい感じになりましたが、くるりん、ウドラに続く立川の新キャラ登場なるか。^^


こうやって、みんなが決めることに参加協力してくれ、さらにはアイデアも期待の声もいつもかけてくれるのは本当にモチベーションになりますね。^^ ただ今回はエコバッグもつくろうとか色のバリエーションも欲しいとか声はあったものの、最初からあれもこれもやろうとすると進まなくなるという判断もあり、まずは1パターンのTシャツのみ、で実績作りを優先して進めることにしました。


ということで、デザインと集まったロゴで試行錯誤を重ねて、3/11(木) Tシャツデザインが決まりました!^^ 思った以上にかっこよくなって、「みんなのアイデアとスキルを結集するとこんなにいいものができるんだ!食べ隊、そしてフェスT委員すごいな」って、みんなで進めてきてよかったなぁとテンション上がりましたね~。



そしてこのTシャツデザインを元に、立川のまちの魅力からお店や食べ歩き隊としてやってきたことも含め伝えていけるように、クラファンページを文章も写真も何度も何度も書き直し、リターンの内容も決めて審査に出したのが 3/18(木)。

クラファンの事務局からは予想通りにロゴの著作権等の確認は入ったものの、お店の方から直接いただいていたロゴ提出メールや賛同の声を見てもらって、標準期間1週間で 3/25(木)の夕方、晴れて審査通過を果たしたのでした。^^v


そこからは、上で書いた通りにその日(3/25)の21:00にクラファンスタート!となるわけですが、スタートしてからも地域メディアに取り上げてもらうなど、食べ歩き隊のメンバーの縁が情報発信の大きな助けになってくれています。(本当にありがとうございます!^^)


▼立川新聞
「立川食べ歩き隊」の飲食店応援のかたち!飲食店を応援するとともに、立川の街全体がより元気になるように支援してみませんか?http://tachikawatimes.com/tachikawatabearuki2103.html/

▼立川経済新聞
立川の飲食店30店のロゴ入りTシャツで応援 CFで協力呼び掛けhttps://tachikawa.keizai.biz/headline/3354/

▼イマ de × タマ
「立川食べ歩き隊」の飲食応援フェスT大作戦~立川飲食店を支えよう!~https://imatama.jp/article/news/Tachikawatabearukitai


この思いつきからクラファン100%までの約2ヵ月というスピード展開の間、本当に多くの人たちの協力を得て、「応援するよー!」と声をかけてもらって今回の企画が進行してきました。完成したTシャツはもちろん、それを着てお店や外で乾杯するのも楽しみですが、それだけでなく、ここまでに至るプロセスの中でできてきたいくつもの縁こそがこれからの立川での暮らしをますます楽しいものにしてくれるんじゃないかな~と、そんな楽しい予感でいっぱいの2021年の春です。^^

まだまだ楽しくなるよう、はりきっていってみよう!^^

#立川フェスT

2021年3月26日金曜日

フェスTクラファンはじめました!


立川の仲間たちと2015年につくり、そこから市内の飲食店で食べ歩きをしながら情報交換と交流を重ね、今では市内外2,400人のメンバーと一緒に楽しんでいる「立川食べ歩き隊」。

「食べログより信用できる」と評価もされるローカルネタ満載の食べ歩き情報とともに立川が大好きな人たちが集まり、テイクアウトや少人数でのお店訪問以外の形でも「なにか自分たちにできることはないかね」ってメンバーで話し合っていくなかで生まれたのが、「自分たちの応援している大好きな飲食店のロゴを背中に集めたフェスTをつくろう!」というクラファン企画でした。

「このまちが好き」「食べ歩きが好き」、そして「このピンチをみんなで一緒に乗り越えようぜ」というメッセージがマスクをしながらでも相手に伝わるカッコいいTシャツを仲間たちとデザインし、足掛け2ヵ月コツコツ準備してきたクラファンページもようやく昨晩審査も通り、スタートにこぎつけました!


まさかこんなところでかつて行きまくった音楽フェスと、今の飲食を楽しむ活動がつながってくるとは。そして自分がクラファンをする側になるとは。でもどちらも好きな自分にとってはなんともテンションの上がる企画です。これみんなで着て、まんパクとかBBQしながら乾杯とかできたら超楽しいだろな~と。^^


この企画に賛同し、「食べ歩き隊でやるならぜひ自分たちのロゴも入れてやって」とお店の大切なロゴデータを快く提供してくれた飲食店さん合計30店の一覧は以下の通り(順不同そして大感謝)。みなさんの好きなお店も含まれていますかね。^^

やさいのShot BAR あぐりこ / Bistro アナログ舎 / 釜焼鳥本舗 おやひなや / 家偉族 ~kaizoku~ 立川本店 / まぜそば かぐら / カフェ cocokara / cafe sov / 焼鳥 かもしや / 焼肉 ギュウミー / 餃子天国 / 中国料理 五十番 / Sakamichi Brewing / 酒歩 たから / バル ダダッコ / 立川ビアホール / 魚トの神 立川 / NaNairo PasTa /  Norwegian Wood / ハピマルシェ / ワインとクラフトビール はるばる / ふじみ食堂 / In Camera PORTA / つけ蕎麦 BONSAI / 喰わせ屋 みつてる / もつ焼き処 美の田 / MOON HOUSE / 洋風小料理屋 モリノナカ / 四つ角飯店 / チャコールダイニング るもん / レインボウスパイス


たくさんのまちの人たちとつくりあげてきたこのクラファン企画、ぜひ成功させて、その暁にはみんなでこの先何度もこのTシャツを着てこのまちで乾杯していけるといいなと思っています。アラウンド立川のみなさま、ぜひ応援よろしくお願いします~!^^


▼立川食べ歩き隊(From Facebook)の飲食応援フェスT大作戦!

https://camp-fire.jp/projects/view/392912


▼立川食べ歩き隊

https://www.facebook.com/groups/WeLoveTachikawaTabearuki


#立川フェスT

2021年3月14日日曜日

効率と効果は違う

 先日のマルベリーフィールドでの講座を前に、「講座の参加人数が足らないので協力をお願いできないか」と相談があり、自分も知り合いに連絡をしたりする中で思ったことがあったので後日談として自分のしている工夫を書いてみたい。

それがタイトルの、効率と効果は違うということ。


「効率のいいこと」をすれば参加したい人が増えるのではない。

(しないよりはいい、というのは間違いはないけれど)


やるべきは、「効果の高いこと」。

20人しか参加できない講座をやるのに、何千人と声をかける必要はないし、大きな広告費用をかける必要もない。それよりも、自分の周りの、講座の内容で盛り上がりそうな「興味が合うことがわかっている人」や、講師とぜひつながってもらえたら次の展開が楽しみになるメンバー、また参加者同士としてつなげたい人がいる人とか、その場に集まることに意味を持つメンバーにその声をかける理由も伝えながら個別に声をかけるべきだと思っているし、自分はそうしている。ついでに別のことの話がしたい人っていうのでもいい。

誰でもよかったわけじゃなく、その人に来てほしいと思っていることを伝えたら伝わる人には伝わるし、そういう伝え方をしなかったなら逆に誰でもよかったというニュアンスで伝わってしまう。

ノウハウやツールで解決するのではなくて、熱意とともに1対1のコミュニケーションを重ねていくことが大切だと思いますね。


あまり、こういう部分は企画を考える中で意識されないのでは、と思える部分だけれど、自分の応援している活動で相談を受けたら話すようにしているので書いてみました。


るろうに剣心の刀匠・新井赤空のセリフではないけれど、

「俺を訪ねて、立川に来な」

そんな風に言えるくらいの相談する価値のある人になれたらな、とか思いますね。

2021年3月7日日曜日

つながる楽しさ

 最近感じていること。

1つ1つの仕事は小さなものかもしれないし、そのひとつひとつは一見、関りがないことに思えたりもする。でも、どこかでつながってくる。

それは、実績を評価して経験知として同じような案件の引合という形かもしれないし、単純に単価アップという形で評価につながるケースもある。また、お手並み拝見案件をしっかりこなしたことで、次の案件や別のお客さまを紹介いただくという形のこともあるし、そこで一緒に働いていた人たちが別の案件を持ってきてくれることだってある。「一緒にまた働きたいから」なんて言ってくれたらとても嬉しい再会になる。また、時間を経たことで別の話として進んでいたこと同士がフックとなる共通項を持ち出して一緒に進められるようになったり。

転職や離職後に相談をしてくれるケースもあるし、国の方針や世の中の情勢で向こうからテーマが降ってきたりすることも。

他にも、一緒に働いていた現場担当者クラスの人たちが、それぞれ何年か経ち役職につき責任とともに決裁権も持っていたりして、話が早くなったりする。

全然違った形で出会ったのに、気づけば一緒に仕事や活動をしていたり。


そんないろいろが、自分も少し年を取り、いくつかのプロジェクトを任されて担当してきた中で見えてきたり。大変だけど、やりがいや面白さという意味では、仕掛ければ仕掛けるほど形になるものもあったりして面白くなってくる。

思惑通りにいかないこともあるけれど、それをなんとかしようと取り組んでいれば見てくれる人もいて、気づけば思惑よりもうまくいくケースもある。先が見えない世の中に、先が見えないことに取り組んでいることって本当に面白いなと思う。

まだまだ、変わり続ける景色をたくさん見ていけたらと思う今日この頃です。

2021年2月28日日曜日

昭和記念公園の話@マルベリーフィールド『大人の教養講座』

 


今日はマルベリーフィールドの大人の教養講座に参加してきました。

昭和記念公園のパークキーパーの方が講師となり、国営昭和記念公園が公園になる前はどういうところで、どういう思いとともにつくられていったのかや、楽しく歩く見どころポイントを教えてくれたり、とっても充実した講座でした。^^



印象的だったところを少しだけ列記すると…
  • まだ計画地の100%オープンはしていないこと。
  • 春の見どころのひとつ、チューリップガーデンは世界最大の花公園「キューケンホフ公園@オランダ」の園長を招聘してつくられたこと。(どうりでレベルが違うわけだ…)
  • 桜の剪定にも、昭和記念公園ならではの特徴があること。(今度の春は、意識して見てみよう)
  • ライトアップも飾り付けによる演出よりも公園が持つポテンシャルを生かす方向性で考えられていること。
  • 公園の敷地はもともとすべて基地ではなかったこと。
  • 実は、多摩ニュータウンの土も使われていること。
  • 残堀川の流路変更が昭和記念公園造成に伴い行われていたこと。
  • 公園内のほとんどの道がまっすぐでないわけ。(これは設計者の本を読んでいたので知ってはいたけれど、自分も心を動かされたところが今回ピックされていて嬉しかったです)
  • 昭和記念公園のシンボル、みんなの原っぱのケヤキは植えたものではなく、公園になる前からそこにあったケヤキなこと。
  • 公園内の幅員は「大人2人が並んで歩けること」が基準になっていること。
  • 古いベンチには、それだけ多くの人がそこに座り、同じ景色を眺めて過ごしてきた物語があること。
  • 公園になる前の既存樹木は、18,000本もの樹木台帳として残され、公園に活かそうと計画されたこと。(安くつくれればいいわけではない、という仕事への愛情の込め方に共感)
  • 入口すぐのカナールがパリのシャンゼリゼ通りと共通点を持つこと。また、上が平らなのにも理由があること。
  • 公園内には3つの並木以外に、知られていない第4の並木が存在すること。
  • 日本庭園の池の水抜きには、藻との戦いという苦労の歴史があったこと。
…まだまだたくさんのことを教えてもらえて、本当に充実した時間になりました。やっぱり自分の知らない世界を知っている人の話を聞くのは、いつでもワクワクしますね~。^^

講座の終わりには今回限定昭和記念公園の植物を素材にスワッグをつくってみたり、ウクレレ奏者の方の演奏を楽しんだり。^^

小さな頃からじいさんに連れられ訪れたりしてきた昭和記念公園だけど、今日初めて知ったことがたくさん。次の公園散策がまた楽しみになる、いい時間になりましたとさ。ちゃんちゃん。

声をかけてくれた勝澤さん、いいお話をたくさん聞かせてくれた峰岸さん、また今回の講座の関係者のみなさま、どうもありがとうございました!^^









2021年1月11日月曜日

正月その後

正月休みに痛めた首を静養させながらの年始の10日間。
正月らしいことがほとんどできていません。

家族と顔を合わせる機会も動けずにパス。おせちも食べてない。
新年会なんて話はご時世的にも出るわけもなく。
初詣も今年はまだ行けてないですね。。。
いくつかの初詣の定番の神社を除けば、神社は空いているようだけど。

箱根駅伝を少し見ながら、予選会で中大と勝ったり負けたりしていた創価大があんなに躍進するとは思わなかった。中大は、往路で順位が上がらなかったけど、復路はなんと3位で総合12位フィニッシュ。今回はほとんどカメラにうつらなかったものの、年々力をつけてきていることは実感できた。王者が毎年入れ替わる戦国駅伝になってくれているのを幸いに、このまま行けば数年でシード権獲得まで復活できるんじゃないか、と期待を持たせてもらった結果だと前向きに捉えている。

まぁ、後輩たちも頑張っていることだし、自分も無理せずまずは首を治すことが優先ですね。

少しわかってきたのは、やっぱり首が支えている頭って重いということ。寝ていて首に力をいれられない状態から起き上がるのは、頭の重量感を感じる。
そして、首は肩からの筋肉が密接に関係していて、寝る姿勢も肩の位置を少し変えるだけでずいぶん楽になるし、痛めたのもどちらかというと肩の凝りからだろう。12月の師走らしい駆け込み仕事をこなすために、PC作業の時間がどうしても長くなっていた。その疲れが休みに入ったのと寒くなって出たように感じる。
仕事のペースも今年は途中でストレッチをする時間を強制的につくるとか、考えたい。

さて、やらなきゃいけないことはたくさんある。ひとつひとつ乗り越えていきまっしょい。

2021年1月1日金曜日

2021謹賀新年


あけましておめでとうございます。

2021年、新しい気持ちで頑張っていこうと思います。

去年の振り返りを踏まえて、今年は何に取り組もうかと考えていたのですが、僕は大きくこの3つですね。


▼戦略なきところに戦略を

戦略、というかどういう作戦でどういう方向に向かっていくのかが整理できるとスムーズに動いていくケースが多いと感じるので(これは周りの地力とお互いの理解度が上がってきたということでもあるかも)、そういう部分の整備・お手伝いを増やしていけるといいなと。


▼つなぎ役として

自分の強みがこのまちで多くのプレイヤーとつながっていることと、IT面で広く支援ができることにあるので、そういった強みを生かすなら「特定分野の掘り下げ」よりも「つなぎ役」として動くほうが価値があるかなと。企画に人を巻き込み実現に向けて動いていく。そういう動き方ができる人になりたい。


▼育成へのシフト

2020年に苦労した部分で、ここは今年解消に動かないといけない。チームとして勝てるように、を意識するなら1人1人に個別の武器を持ってもらうことと、サッカーチームではないけれどポジションとフォーメーションが必要。その部分ができてくると、自分たちにできることが増えていきそうかなと。


これまでの、「自分の実力をもって担当範囲以上のできる範囲をやりきる」というスタンスでは去年チャンスに対して時間・リソース的な限界を感じたことも多く、次のステージを見据えるなら上記の3点は避けられない。また、ここにチャレンジできる体制・陣容は整ってきた。最初のパスを預けられるメンバーと、まだまだ伸びしろと向上心のある若手たち。そういうチームをどうやって強くしていくか、に取り組めたらと考えています。

なにせ、コロナ禍はまだまだ続き、ITの必要性は勢いを増している。僕らが成長することが組織を強くすることになり、取引先・関係者を強くすることになり、地域・経済圏に競争力を持たせることになる。それは最終的に、自分たちを守ることにもつながっていく。


ちょうど1年前、2020年の元旦にこんな形で次の10年の動き方を書いていました。(引用)

次の10年の課題は、フラフラしながらも固めてきたまちでの地盤とITの経験値を活かしながら、今後想定される世の中の変化をどう乗りこなすか。チャンスに変えていくか、かなと。

思い返すと、コロナ禍でよりこの方向性は必要とされたなと。今年はここにさらに多くの仲間たちと取り組んで、社会の役に立ちながら、自分たちも楽しみつつ経験値を積み上げ次の可能性を広げていく、そんな1年にできるといいなと思います。


と決意は新たにしたものの、年末に痛めた首が治らず、今日はおとなしくしていようかなと。。丑年だけに牛歩でもいいから、前に進む意思を持ち続け取り組んでいきます。


諦めないなら、焦ることもないさ。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2020年12月31日木曜日

2020年の振り返り

さて、2020年もラスト1日となったので、毎年恒例の振り返りをしてみます。

今年は、パンデミック災害を予期せずに経験することになった、というのが大きい脅威だったことは間違いない。その中での自分のニュースを列記してみます。

▼家族

  • まずは誰もコロナ感染せずに健康に年末を迎えることができていることに感謝を。
  • 年始に熱海へ。ただその後はコロナ禍での接触を控える形に。

▼個人

  • 健康づくりのための「ぶらつくジャック」は順調に継続。出歩くのを控えながら過ごしていたが運動不足解消のため秋からドラクエウォーク&徒歩通勤をはじめ、個人的な歩数は10,000歩を余裕でキープ。免疫対策としても外の空気を吸う時間をつくる習慣は保ちたい。
  • リアルに会うことが激減。オンラインでの連絡を含めても、連絡をとった延べ人数は2019年の2割弱に一気に減る。(月平均で2019年約410人→2020年約340人)
  • マンガと映画メインでのインプットは継続していて、計1543冊(本2冊、マンガ1452冊、映画89本)。去年(2019年)が1492冊だったので、去年並かな。。印象に残った作品でいえば、こんなところです。
    • 本:デジタル変革とそのリーダーCDO / 日本を救う未来の農業
    • マンガ:重版出来! / 王様達のヴァイキング / ワールドトリガー / ゴールデンカムイ / ホームルーム / ちひろさん / 左ききのエレン / 健康で文化的な最低限度の生活 / 昭和天皇物語 / 灼熱カバディ / 響~小説家になる方法~ / 疾風の勇人 / ゴッドハンド輝 / Dr.STONE / セトウツミ / すみれファンファーレ / 銀の匙 / ハイキュー!! / ウイニング・チケット / BLUE GIANT SUPREME / さよならもいわずに / MOONLIGHT MILE / キングダム / フイチン再見! / 傘寿まり子 / SK8R’S / SPY×FAMILY / ワカコ酒 / 鬼滅の刃
    • 映画:ピアノ・レッスン / あん / 薄桜鬼 / カルテット / 海月姫 / パトリオット・デイ / 私をスキーに連れてって / 天気の子 / 新聞記者 / 翔んで埼玉 / バケモノの子 / スウィングガールズ / ジョーカー / 逃げるは恥だが役に立つ / ウォーターボーイズ / 南極物語

▼まちでの活動

  • 自分も関わった立川の第三次観光振興計画の発効1年目。いきなりコロナで大打撃。
  • ヒガシヤマト未来大学は大きく関わることもなく終息。人が集まる系の活動なのでやむを得ない面もあり。
  • 立川食べ歩き隊はコロナ禍で #立川エール飯 を市内で最初に始め、テイクアウト見本市を行い情報共有を促進、テイクアウトMAP を立川新聞と共同で作成。その後、 #立川エール飯 は行政の施策に進化した。また、1,500人を機にデザイン名刺を持ち、タペストリーを作成。宴会は自粛していたがグループの規模は年内に2,000人を突破、市内人口の1%を超えた。また100人増のタイミングで作成する紹介店舗リストは好評で、2,000人の記念には多摩の情報誌「BALL.2」に掲載もされた。

▼仕事

  • 立川本社への勤務地変更と自社の中での昇進。組織の4本部制への移行の中、その1つ(インフラ基盤)を本部長として担当することに。
  • 産学連携での里芋AIプロジェクト1年目。農業×ITは可能性が大いにあることを実感。初年度から灌水区と無灌水区で約3倍の収量差を実現。手続き面で苦戦した面はあったけれど、学びも大きく今後の各大学との産学の取組には活かせそう。
  • 自社テレワークスタート。可能なメンバからテレワーク体制にシフトさせ、助成金等でのテレワーク体制の構築につとめる。各社の状況に合わせて柔軟に対応はしたが、社会情勢の影響もあり規模縮小となるところもいくつか(まぁこれはしょうがない)。
  • 取引先各社のテレワーク体制の構築サポート。ここが急ぎで対応をお願いされるケースが多く、急ぐ理由もわかるし可能な限り稼働を挙げて対応した。忙しかった。。主にUTM設置によるリモートVPN環境構築と、端末調達&配布。あとはTeamsやZoomでのオンラインMTG開催サポート。GIGAスクール対応として15人体制を組んで対応したところも。「地域のIT企業に末永くお願いしたい」と新規に相談してくれるところが増えたのも、このコロナ禍の影響か。
  • 自社HPをリニューアル。リニューアル後の問合せ件数は3倍になり、情報発信が大きく進歩。
  • 茅野拠点の構築。ワーケーションの社内体制づくり、また長野の企業・学生とどう接点を持つかを模索。
  • 大学授業に協力。学生の自由な発想に触れながらビジネスのメソッドを伝えていくのは新鮮な経験。
  • 社内でもレクリエーションの一環として歩こう会をリスタート。テレワーク中の運動不足解消とコミュニケーションの促進への一手として。

▼まちの動き

  • 自分がしたことではないけれど、まちの大きな変化としては、コロナ禍での映画館や飲食店の閉鎖・休業が相次いだことがまずひとつ。花火大会やイベントものも軒並み中止。これは寂しい。。ただ、お店を残すために自分たちがお店に行けるかといえば行けない状況が続いているので、早くそっちをなんとかする(コロナの状況を落ち着かせる)のが先かなぁという印象。そんな中でも、人が集まり続ける老舗の人気店舗は健在。自店のファンをコツコツ増やしてきたお店と、一見さんベースだったお店との違いが露呈したようにも感じる。
  • そんな中、グリーンスプリングスがオープン。とても素敵な空間。新たなまちの観光名所、拠点のひとつに間違いなくなるだろう場所。本来はオープン記念のイベントも盛大にやってスタートダッシュをかけたかったでしょうが、この状況で静かなオープンとなり資金繰り等厳しいとは思うけれど、続いてほしい場所ではある。
  • それと、対パンデミックという意味での行政や各組織の動きはいち市民としては物足りない印象。市長からの情報発信は基本月イチの市報のみで発信頻度が増えることはなく、まちづくりを掲げている団体や災害時に備えて活動していたはずのグループはこういうときこそ何かをするべきだと思えるが、そこも発信はなく機能していない。市の補助金とかもらっておいて結局そんなものか、とか思いました。市の施策として市民全員に各1万円を配布したり、お店のスタンプラリーはじめたりpaypayでのキャッシュバックプランに対応しているのはわかるけれど、市としてどうコロナ禍を乗り越えようとしているのかという作戦や戦略的なメッセージは伝わってこず、国や都に準じるメッセージを発するのみ。結局本人任せになっている印象はある。

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とまぁ、1年を振り返るとコロナ禍で発生したことに対してどう対応するか、というテーマの中で、仕事ではITが社会インフラなことを実感しながらお世話になっている人たちの力になりつつ、次の仕掛けも着々と。そして出歩けなかったのでインドアでのインプットに継続して注力しながら、まちのプレイヤーとの取り組みでは(主に食べ歩き隊で)形になるものがいくつか生まれたり。大変な1年ではあったけれど、得られたものもあった1年でもありました。

来年はまた明日、年始の決意表明として書きますね。

今年1年、そんないろいろな取り組みの中で本当に多くの方にお世話になりました。ありがとうございました。また来年もそれぞれのできることを持ち寄って、楽しみながら前向きな取組を仕掛けていけるといいなと思っています。引き続き、どうぞよろしくお願いします。

2020年12月13日日曜日

プレゼン力

今の職場での課題のひとつに、提案やプレゼンを任せられるメンバーの少なさがある。

結局、提案もプレゼンも量をこなすことで徐々に書きたいものが書けるようになっていくのだと思うけれど、その量をこなすために準備する機会がとても少ない。

そのために、「提案書を書いてほしい」と伝えても出てこない。出てきたものを、修正しないとお客さまの前に出せない。


文句を言っていても始まらない。

この部分を育てられるようにならなければ、より大きなステージは望めない。

そのための方策づくり、ネタづくりに注力する。

ここが来年のテーマかな、と思う最近です。

2020年12月6日日曜日

ようやくの鬼滅の刃

 


鬼滅の刃、すごい人気になってましたね。最終巻が先日出た、とまた新たな話題もあったりして。

職場でもそんな話が出ていて、「マンガ全部貸しますよ」と言ってくれた人がいたので22巻まで借りてきて一気読みしてみた。

感想は、

・キャラクターと世界観がわかりやすい

・そして主人公がとてもいいヤツ

・物語の目的もはっきりしている

とは思いました。

でも、これでそこまで売れるようになった理由はわからなかったかな。。

・絵的に血が飛び散るシーンも多く、見れない人も多いのでは。

・必殺技が真似のできないものが多く、アバンストラッシュとか霊丸とかかめはめ波とか牙突とかそういう遊びは難しい気も。

・決めゼリフみたいなものもなく、話に出すにしても「見たか見てないか」「読んだか読んでないか」はあるけど、どういう形で出したらいいのか。。

とかそんなことも思いながら読んでました。

考えられるのは、

・それぞれのキャラクターがなぜそういう立ち位置にいるのか、背景が後出しでも説明されることで共感を得やすい

・侵略するのではなく、大切な誰かを守る(なかで接していく人たちも守る)というスタンスは共感を得やすい

・それぞれ弱いところを持ちつつ、勇気を出して前を向く部分がしっかり描かれている

・メインのキャラクターが子どもたちと同じ世代なので子どもたちが投影しやすい

・それぞれの生まれや個性が違っていることを活かした武器、そしてそれぞれの技があり、比べなくてよいと思える部分は時代性も感じるかも

この辺りは印象に残る部分かなと。


同じような話のマンガでいえば、「デビルズライン」「東京喰種」「亜人」「血と灰の女王」「寄生獣」「うしおととら」「シャーマンキング」「ブリーチ」「幽遊白書」とかはそうかなと思いつつ、どこが違うんだろう?と比較しながら考えてみるのもおもしろいなと思いました。

とりあえず、アニメもAmazon Primeで無料で見れるとのことで、今ようやく見始めています。。まぁ、話題のひとつとしてという感じですかね。

2020年11月29日日曜日

第三波

 コロナ禍の第三波が来ているとのこと。

日に日に東京の感染者数の人数も増えていて、仕事の関係でもピリピリしている。インフルエンザや風邪も引きやすい時期なこともあって、発熱する人もいたりするので連日のようにPCR検査の話が出たりしている。

その一方で、GoToを使ってどこかに行ったとか、どこどこのお店がオープンしたから並んだとかお客さんに会いに行こうとかそんな話も出てきている。

両立させないといけないのはわかるけれど、仕事をしっかりこなそうとしたらこのご時世にあえてどこかに出かけたりはできないし、する気も起きない。そういう人たちをうらやましいとも思わない。それでコロナになったら、お客さんになんて伝えたらいいんだ。

休日も関係なく仕事をしないとまわらないような状況で、倒れるわけにはいかないのでそんなことを思う週末です。