2003年7月24日木曜日

今更だけど・・・

おいっす、ひさびさ。
それにしてもなっげぇ~梅雨だね。もう高校生までは夏休みだってのに。
なんか最近は異常気象ってのが普通だよね、逆に通常な方が少ないんじゃん?

あ、でもそういや今年の花見はいい時期だったっけ。
普通のことってあんま覚えてないんだよなぁ~。

っとまぁそれはいいとして、なんかかなり遅くなっちゃったんだけど・・・
今月の9日に中大を元気にする会って団体(通称元気会)で「院か就職か!?」ってイベントをやったんだ。
それはFootstepの方にも書いてあるんで知ってる人もいるかと思うんだけど。

んでね、そんときの講演してくれてる人の話の中にいろいろといい話っつーか普段自分じゃ考えないこと、それを体験した人じゃないと話せないこととかいろんなためになることがあったんで、ちょこっとメモしとこうかと思います。

俺なりに考えたことなんかを加えながらね。
あ、これが遅くなったのにはワケがあって、俺らはその会んとき運営やってっから全部の話を聞いてらんなかったんだよね。
それだけで覚えてるうちに書いても良かったんだけど、この会でやったイベント(特に講演会)ってのはログを残してあんだ。
ホームページ見てみ?
話した内容とかそんときの写真とか、企画書やビラ、アンケート結果などなど・・・
んでそれをみんなで今回も手分けしてつくったわけさ。
ちなみに俺は今回講演会やってるときは記録係(写真撮るだけ)、終わってからは集計(アンケートまとめる役)やった。
んでみんなのがやっと出来上がってきたんで、いろんなデータを参照したりしながら書けるんで今更になっちゃったけど書こうかなって思ったんだ。

まずはこーいう講演会に出ることの意味。
俺は自分なりにはわかってるつもり。ていうか自分なりの意味を持って出てるんならどんな風に考えててもありだと思う。
他の人の考えなんか時間割いてまで聞く必要ないじゃんって言う人もいるかもしんないけど、俺はそうは思わない。
ってのは、まぁ暇だからと言えばそれまでなんだけど、こーいう講演を聞くことによってちゃんと聞いてれば絶対自分に残るもんがあんだよね。
講演する人にもよると思うけど。
でも下手くそな講演をしてるからって得るもんがないことはないよね?
「あーやっちゃダメなんだ。」とか「俺ならこーすんのに。」とか思うだけでも俺には意味がある。
もしも聞かなかったらそんなこと考えもしなかったわけだからさ。
プレゼンって程ちゃんとした形でなくとも人の前に出て話すってことは誰でもあるんだから、いい勉強になるはずなんじゃない?
しかも、今回ただだし。

ぶっちゃけちゃうと俺もはじめは院か就職かなんて決めちゃってたからあんま俺には関係ねぇなぁ、なんて思ってたんだけど、「講演会かぁ・・・しかも去年やってすげぇ評判良かったらしいしな・・・ただで聞けるいい機会だしいっちょやるかぁ」的なのりで俺もやってた。


んで、心に残ったというか大事だと思った1つ目。
院に行くにしろ就職するにしろ、30才んなった時の自分がどうありたいかイメージして、それに必要な方を選ぶべきだってこと。
これは就活中にもよく言われたことではあった。
だから初めて聞いたわけでもなんでもなかったけど、これから進路を決める人は絶対考えた方がいいと思う。

例えば俺なら、学部で大学を卒業して就職することにしたわけだ。
なんでこーしたのか?

まず、俺はぶっちゃけ一人で黙々と勉強していくようなことは苦手なんだ。
それは昔からわかってはいたんだけど、大学入ってから再確認した。
一人でやってくタイプだとしたら、俺はこうはなってなかったろうな。だから、院に行って研究とかは向いてないと思った。
親のお金かけてやるわけだからね、頑張ろうって思ってないなら行くべきじゃないっしょ。
んで、自分の30んときにどうなってたいかってのも、研究をしてある程度の成果をあげるとかそーいうんじゃなくて、ITの技術屋としていろんなことに精通してたいと思った。
これからまだまだ伸びる可能性のあるこのITって分野で、時代を創るってのができる奴になりたいと思った。
漠然としてるけどね。まぁ見果てることなく夢はでかぁく!って感じっす。
そのためには、院に行って研究を続けるよりも早く社会に出て、同じ2年を使うんでも将来につながる2年にしたいと思ったから学部卒を選んだ。

俺のマネする必要はないけど、これ考えると自然と自分の道が見つかるんじゃないか、て思う。


2つ目。
根っこに一つしっかりしたものを持っていれば、枝葉はあとからいくらでもつけられる。

これは、俺もそう思う。
なんかさ、中学んときとか頭もすごく良くてスポーツ万能で何をやってもすごい奴っていなかった?
確かにその人に才能があったからってのもあると思うんだけど、そーいう人ってのは何事もしっかり取り組んでっから他の人より頭一つ抜けてたっていうのも言えるべ。
逆に「こんなんできなくたって困んねーよ」とか「俺はこんなもんっしょ」とか言ってる人は何やってもそう。
全員が全員そうってわけじゃないけどさ、思い当たるフシのある人っていると思う。
ちなみに俺は後者かな、途中まで頑張るけどある程度のレベルまで行くと手ぇ抜く。これ一番わかってんのはみんなの親かもね。
それってさ、根っこんとこは同じだと思うんだ。
だからね、根っこを強くしなきゃ、しっかりしたもんにしないとどんだけいろんなことやってもどうしても薄くなっちゃうかなって。
だから根っこに一つ自分の自信になるようなことをすること。
これがすごく大事になってくるんじゃん?
意外といろんなことの根本は同じかな、と。調べ方とか、練習したり、成果をどうやってみんなにアピールするか、とかさ。

俺なら、今の自分の学科をまとめてみんながすごく仲良くなれるようにできたことはすげぇ自分の自信になってる。
こんなのは、ほんとなんでもいいと思うけどね。
でも、自分が頑張ってやったことってのはすごく自信になると思うよ。
あ、そうだなにもないなって思う人は富士山登ってみるといいかも。
Breakersの企画にも参加してみ?いちいち自信になるから☆


3つ目。俺らは20年前、30年前のことを学んでる。

これは意外な盲点だった。
俺らの学科だけじゃないと思うんだけど、大学ってのは過去レポあって当たり前のとこだ。
実験のレポートもそうだし、もちろんテストだって過去問がある。
中には、昭和50年代の奴とかもあるんだよね。
もう平成も10年代になってるってのに、未だにそんなレポートが普通に使われてる。
てことは・・・考えたことなかったけどそんな時代の人たちと同じこと勉強してるってことなんだよね。
ありえね~。技術大国日本ってどうなってんだよ。
いちお日本で上位5%に入ってるって大学がこんなことでいいんかよ?やれやれだぜ。
そりゃ企業も1から育てるわけだよね。
世界じゃ大学で最先端学んで卒業した人材が一番技術を持ってる人になってんのに・・・。
って勉強してない俺が言えることじゃないけどさ・・・


他にもいろいろとあるんだけど・・・今回は疲れたんでまた今度。
みんなの参考になる話になってるといいけど。
もっと聞きたいって人は飲みにでも行こうぜ、朝までコースでも全然おっけーなんで☆

2003年7月8日火曜日

この道を行けば

今日は、起きたら小雨がぱらついてたのもあって、家にいたよ。
んで、レンタルビデオ店行ってビデオを何本か借りてきて、家で見た。

う~ん、いつ振りだろ?レンタルビデオを鑑賞すんのって。
多分去年まで遡んないとダメな気がする。

しかも、そんとき借りたのは「ストロベリーオンザショートケーキ」ってのと「夢のカリフォルニア」だったかな?
あんまドラマって見ないから題名があってんのかわかんないんだけど、ダチに「俺が出てるから見てみ?」って言われて見たんだよね。
そんなもんだから、見ても話なんか全然飛ばしてそいつの出てるとこだけ見てウケてた。笑
だから、しっかり見ようと思って借りたのはほんとにひさびさだったなぁ。

んで、今日見たのは「ブラックホール」ってのと「エボリューション」って2本。
まぁどっちも系統は似てるっちゃ似てるかな。

まぁそこんとこは俺の趣味だからあんま気にしないで。
やっぱスカッとしたいかんね!
ガキっぽい?うっせうっせ~。

で、俺の見た感想書いていきまっす。

まずは「ブラックホール」。

はっきり言って、あんまおもしろくなかった。
★☆☆☆☆ってとこかなぁ。
なんか俺的にはそのブラックホールが出来ちゃったあとのどーにもなんない映像を見たくて借りてきたんだけど、そんなシーンは少しで、前振りってかその実験がされるまでのやろうとする側、食い止める側の争いみたいなところに重点が置かれちゃっててちょっと俺は拍子抜けを喰らった気分だった。まぁそこの映像も少しは見れたから良かったけど。
あとは、ちょっと難しいかもね。普通の人が見たら。俺はまぁ理系の人間だし物理多少かじってるから映画の中で言ってることは大体わかったけど、初めての人が見ても多分わかんないかなって思った。素粒子論とか電子を加速させるって言ってもわかんないっしょ?でも、俺は受験勉強でもろそこやってんだよね。

まぁそれだからこの映画に興味を持ったって言えなくもないんだけど。

ブラックホールってさ、ほんと特別なもんじゃん?特異点って。質量の重くなったもんがその重さ故にどんどん核の方にに凝縮されていって、ある密度を超えると爆発するorブラックホールになるってのが俺の記憶してるブラックホールのでき方なんだけど。合ってるかな?
んでね、こっからは俺の受験時代の記憶の話だから、どこまで合ってるかはわかんないって断っておくけど・・・みんなは知らないかもしんないけど、地球にもそうなる可能性ってあるんだよ?一般的に言われるモノってのは、質量の重いものになりたがる性質があんだ。多分俺ら人間もそう。ずぅっと時間が経つと、一番重い鉛になる。なんでだっけな・・・o(-_-?)oここんとこがはっきり言えないと、全然説得力ないよね。(^^;
たしか、一番安定した元素だからとかなんとか・・・とにかく、そうなんだ。そこんとこは、また興味出てきたからなんかの機会に調べておくよ。
んで俺らも鉛に向かうけど、それは地球にも言えることで、質量の重いものは重力で一番早く核の方に行くから、第一段階として地球の核が鉛になって、それからだんだんその鉛の塊が大きくなって、いずれは地球全体にまで及ぶ。そうなると、あとは凝縮されていくだけで、最後には凝縮されたときの熱で爆発するか、さっきも言った通りブラックホールか、てわけ。

ま、俺らが死んだずぅーーーっとあとの話なんだけどさ。

それにしても、ブラックホールって不思議だよね。今も宇宙にあんだから、どんどんいろんなものが吸い込まれちゃってもおかしくないのに、俺らは今も生きてる。ま、だんだんそのときに近づいてんのかもしんないんだけどさ。これは、宇宙が膨張を続けていて、その早さが非常に早いからだって話を聞いたことがある。どんどん星と星が離れてくのが早すぎて、ブラックホールも宇宙の核になった場所からは遠ざかってっかんね。あ、宇宙のはじまりについて今(まぁ5年は昔の話だけど)言われてる理由って知ってる?普通は知らないかもね。でもこの分野って俺は好きで、結構自分でも調べたり勉強したりしたんだよね。
まぁその宇宙の始まりについては今度話すことにするよ。

んでこの映画では、石油資源の枯渇に伴う代替資源の模索に関して、ブラックホールという高密度な場所からエネルギー資源を取り出すというものだったけど、実際現実に起こらない、とは言い切れない部分もあると思う。
確かに石油資源はなくなるものだし、外国の資源だからこの前の戦争んときみたくなっちゃうとどーにも資源のない日本って国は不利だよね。どんなに技術大国日本って言っても、その材料がなきゃ宝の持ち腐れ、なんもできないって言われてもしょうがないんだから。
今研究がどうなってっかは知んないけど、核爆発を新たな資源にするってのが原子力発電じゃん?あれはあまりに危険だよね、俺は反対とまではいかないが、できれば他から発電できればいいなと思ってる。プルトニウムの半減期(放射能が半分になるまでにかかる時間)って何年だっけ?2万4000年とかだっけ?あり得なくない?2万4000年経って、やっと放射能が半分になるんだよ?そんなのつくり続けたらどぉなんだよ。かと言って、風力や太陽光なんかじゃ変換率が悪すぎるし、天候にも左右されっしね。てことで、核融合。これは俺が高校んときに授業受けんのすっげぇ好きだった予備校の先生が言ってた話なんだけど、核爆発だと、プルトニウムってのが出るけど、核融合だとそれはないんだって。しかも、核爆発と比べっと桁違いのエネルギーを手に入れることができて、しかも地表の70%を占める海から材料となる水(!)を取ってこれるって話。これなら水だし危険はないし、他で電力を補う必要もなくなる。ただそれはわかってても、その核融合をするためには特別な環境をつくる必要があって、その環境がつくれないからまだ実用化は全然先になるだろうって言ってた。なんでも、ものすごい高熱の下にやんないと、核融合って現象は起こらないんだってさ。あれから4年経ったけど、まだそんな情報が一般の人まで降りてこないってことは、無理だって諦められたか、もしくはどっかで国家機密でやってたりしてね?
はやく実現するといいなぁ~。って俺が言ってもしょうがないか。

そんなこんなで、おもしろくはなかったけどいろいろと昔のことを思い出させてくれる1本になりましたとさ。

お次は、「エボリューション」。

これは俺好きだなぁ~。おもしろかった!★★★★★!
映画としてもおもしろいし、題材も俺は好きだし、挿入されてる音楽のセンスなんかもよかったと思う。

映画館でやってるときもおもしろそうだなぁって思ってはいたんだけどね、なんで行かなかったんだろ?
きっと行く相手が見つかんなかったんだろうなぁ。
まじ映画館って一人じゃ行けないし、見たいもんによっちゃ女と行くもんじゃなかったり、逆に男同士でこれはねぇだろってのもあるし、ちびっ子と一緒に見るのもな・・・って思ってやめちゃうこともある。
難儀な場所だぜ。

でもこの映画はひさびさにおもしろいなぁって思ったなぁ。金もかかってるだろうけど、そんだけのもんはあった。
てか、こーいうの見せられるとまた映画つくるの参加せてみたいって思うよね、別にその映画に出なくてもいいから、技術的なとこ、例えば音楽や照明、CGとかでもいい。ちょっと参加するだけで、あとで“自分がこれに参加してたんだ”って絶対達成感ってか満足感得られると思うんだよね。今はまだ何もできないけど、いつかそんなこともできるといいなぁ。

これもさ、今んとこは多分ない話なんだけど、まぁ簡単に言うと
隕石が落ちてきて、その隕石が急速に進化していく話。

俺はこれ見るまで、地球の歴史って漠然とその流れは知ってたよ。
隕石が落ちて・・・月と地球が分かれて・・・地球が丸くなって・・・火山が爆発して・・・雨が降って・・・海ができる。
海ん中で単細胞生物が生まれ・・・その中から植物が育ち・・・陸に進出して・・・大気に酸素が満ちる、だろ?
んで環境が整った時点で生物の進化が始まるんじゃん?まずは海から。魚、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類。んで人間が生まれ、今に至る。
こんな感じじゃなかったっけ?

でも、その流れが早いもんなのか、遅いのか、それを考えたことは今までなかった。
宇宙のどっかの星では、俺らより文明の進んだ国があるかもしんないっていうけど、ほんとかな?
なんか比べるもんがないから、進化のはやさがどうだってのはわかんないけど、もしこの映画みたいなことが起こったら大変だなぁって思う。

人間なんて頭使わなきゃあまりにも無力だもんね。
武器持たなきゃ勝てない動物なんかいっぱいいるっしょ。
ほんとに戦ったら犬にだって勝てないし、猫にだって、ねずみにだってやられると思う。

でも、だからこそ人間の武器である頭をもっと使うべきだし、俺ももっと自分の力を伸ばしていきたいと思ってる。
そして、無力だけど他の動物にはできないことを俺らはできる。「豊かに生きる」ってことをね。
人生を楽しむことができるってのは、俺らに与えられた特権だよね。

なら、俺はそれをめいっぱい使って生きたいっすね。
仲間と一緒に。

なんか映画の感想のはずが違う方向に飛んじゃったような気がするけど・・・まぁいっか。
てことで、俺がこの日にこの作品を見て思ったのはそんなとこでしたぁ。
またいつかこれを見たトキに、俺が何を思うのか楽しみだな。

んじゃ、そんな感じで、まったに~。
アディオスアミーゴォ☆

2003年7月7日月曜日

千夜一夜

せっかくの七夕の夜だったってのに、あいにくの天気んなっちゃったね。
星見をしようと外に出ても雲しか見えないし霧雨降ってっし。

でも、ものは言いよう考えようってね。

雲の上はるか彼方じゃ織姫と彦星が一年に一回の逢瀬をしてる。
そんな2人にとって特別の時間を、神様は地上の人間には見せたくなかったのかもしんないよ?
「まぁまぁせっかく会ってんだからさ、野次馬なんて野暮なことすんなよ」なんてね。
まったく神様って奴ぁ、粋な演出してくれるもんだぜ。

この雨も今日だけは天の川の水かもしんないって思えたら、霧雨ってのもちょっと神聖な感じじゃん?
なんか水のカーテンみたいでさ。

昔の人は七夕のとき何してたんだろ?
今の俺と同じように星見を楽しみにしてたんかな?

そんなことを考えながら、七夕を過ごした俺でした。

2003年7月6日日曜日

七夕ということで

今日は七夕だね、みんな何して過ごすつもりなんかな?

バイト?デート?俺らん中にはゼミとか研究でそれどころじゃないって人も多いと思う。
てっか一番多いのがそんな奴らなんかもね。

んでもってそんな中俺の予定は・・・なし、です。悲しいことに。∑(゚□゚;ハウッ
いや学校には行くんすけど。
最近暇なんだよなぁ~、まぁ新たにバイトでもすりゃいいのかもしんないけど、これから夏休みでダチと旅行行く機会も増えるだろうってトキにわざわざバイトを始めることもないかなって思って今は静観してまっす。
もしかすっと後期になってもやんないかもだけどね。
来年からいやでも働くわけだから。

んで七夕っていう節句がちょうどあったんで、これから入社まで俺はどうしていきたいのかをちょっと考えた。
別に節句じゃなくても常に考えてはいるんだけど、時間もあったからね。

まず基本方針として、無駄な時間として過ごさないってのがあるわな。
何してもいいけど、入社するときに今の俺を振りかえって、“あんだ全然変わんなかったんだな”って思いたくはないね。

とりあえず今考えてるのは、卒研・資格等の勉学面で手抜きをしないってことと自分の経験値を高めていくことの2つを平行させていくこと。

勉学面に関しては、幸い俺の今いる研究室は他の研究室に比べてそんなにキツクない。
まぁ、それを事前に調査した上で入ってるわけだから当たり前なんだけど。
なんでそんな研究室に入ったのか。理由は簡単。

自分の時間が欲しかったから。卒研に1年間を費やすつもりはさらさらなかったから。

俺は大学院に行かない。研究は長くやっても1年間だ。後期から卒研を始める研究室が多いので、学部で卒業するほとんどの学生は半年間しか研究をしない。そんな腰を据えて研究する時間のない中で、しかも俺らのいる分野(ってか他んとこもそうなのかもだけど)ってのは、研究施設によって研究内容が絞られたりする。果たしてどんだけの研究ができるんだろ?って考えてたトキ、先輩からあるアドバイスをもらった。「本当に研究をしたら、俺ら中大じゃ施設で国立大とか企業にはかなわないよ。半年間やってもほとんど成果をあげることなんかできやしない。ならお前は楽なとこでいいから研究してたらできなかったことをいろいろやればいんじゃない?」俺はホントその通りだと思った。
「理系の大学生やってんだから、親にお金出してもらってんだから、勉強頑張んなきゃ顔向けできないっしょ。」なんて言う人もいるかもしんないけど、ほんとにそうなんかな?んじゃ勉強さえやってりゃ親が喜ぶの?成果上がってないのに?極端な話言っちゃえば半年間勉強は頑張ったけど、知識として多少増えただけで勉強以外がなんにも伸びなかったとしても、それでもいいんかな?
俺はそう思わないんだよね。ならその時間使って自分のしたいことであったり、これからの自分に必要になるようなことを勉強するってのもありだと思う。資格取ろうとすんのもありだし、土地や日本の文化についても勉強してみたいと思う。他にも学ぼうと思えばいくらでも学ぶことはできるよ、時間さえあればね。時間をかけて読書するってのもわるくないことなんじゃない?
つまり俺が言いたいのは、研究に全ての時間を費やすつもりはないけど、何も勉強しないでこれからの時間を過ごすつもりもないってこと。随分甘いことを言ってんなって思うかもしんないけど、俺はこうしていきたいと思う。

んでもう一つの経験値を高めていくってこと。これは主に旅行、イベント、人とのつながりの3つだな。

旅行することで経験値が高まるってのは、一人旅とか、旅行に意味を持たせる人はわかるかもしんない。旅行することで、自分の国や他の国、その土地の人の暮らし、どんな色を持った人たちがいるのか、俺との違い、その人たちの良さはどこにあるのか、そういう暮らしになる気候、土地的な条件があるのか、どんな料理があるのか、観光で収入を得てるのか、それとも農業や他の仕事で収入を得ている人たちが多いのか、本当にいろんなことがわかる。その中で自分がどうするか、初めての土地でまずどこに行くか、何をすべきか、どんな人なら自分は話しやすいか、何を感じるのか。相手のことや世界のことを知るのと同時に自分についての理解ってのも深まるんだよね。そんな旅行をいろいろとする中で、自分ってものを確かめながら、いろんなところでの出会いを大切に成長していきたいと思ってる。ここは自分のコアになってると思えるところだし、よっぽど旅行に行ってる人と比べない限り、今の時点でもかなりの開きがあると思う。これは俺が生まれた星の下がよかったっつうか、両親とかダチ、いろんな環境に恵まれたからなんだけど、もっともっと伸ばしていきたいね。

お次はイベント。就活を終えて、先輩と話したとき受けたアドバイスに「学生にはできて社会に出たらできなくなることってなんすか?」「うーん・・・失敗かな」って言われたことがあって、“なるほどな”って思ったんだよね。だから、いっぱい失敗しとこうと思った。いやまぁはじめから失敗する気でやるんじゃないよ?成功するか失敗するかはわかんないけどとりあえずやってみっか的なスタンスになったってことなんだ。
これは自分でやってる何ヶ月かに1回のパーティー企画もそうだし、他の人がやるイベントへの参加であったり俺の参加する団体でのイベントの企画側としてもそう。
参加者として参加するのは、ほんと気が楽だよね、誰か知ってるダチが一人でもいるイベントなら。自分では何も準備しなくていいし。でも講演会とかだと自分じゃ思いつきもしない考え方に気づかされたり、プレゼンも勉強になるし、サッカー観に行くのだっていろいろと得るところはあるよね。話題性ってのもあるし。楽しい中でも周りにいる人から吸収したりできる。
来週(もう今週か)に迫った富士登山や元気会での企画は自分は真ん中で動くことはあんまないけど、企画側として何人もで一つのものを作り上げたり、一つのことを達成したりする達成感なんかいいもんだし、もっとどんどんやって行きたいと思ってる。
あとは自分の飲み会かな。これは自分のって言っても俺一人でやってるわけじゃなくて、ゆうにははじめ随分助けてもらったし、大和にもいっつも力を借りてる。あとは虎も俺が呼べばよっぽどのことがない限り来てくれるって安心感があるから、ぶっちゃけ誰も参加者がいなくてもこいつらさえ集まれば俺としては楽しい飲みになるから、躊躇なくイベント開催に踏み切れる。でもはじめは何やりゃいいのかわかんなかったし、かなりぎこちなく店の手配、参加人数の把握、値段交渉等やってたんだけど、今じゃやっぱ何度もやって慣れてきたとこがかなりあんね。慣れたもんだよ。俺ここやるから、そっちよろしく、みたいな。できれば卒業してからも、このメンツとはこういう関係であり続けたいと思うし、この企画も続けていけたらって思ってる。次回開催は8月、日程決めなきゃね。それよりまずは電電飲みだわ。

んで、最後は人とのつながり。やっぱ自分が成長するのに、一人で成長できることって俺に限って言えば少ないね。これは、俺が俺一人だと弱いってのもあんだと思うけど、他の人を見てそこからいいところを盗むことができるってのも大きいんじゃないかって思う。俺から盗めるところは他の人にもどんどん盗んでいって欲しいしね。上の旅行・イベントって二つは比較的新しい人、刺激、自分の知らなかった世界を求めるものなんだけど、最後はやっぱ今あるもの、この4年かけて自分が手に入れたものであったり、趣味であったり、ネットワークってものを大事にしていきたいな、と。別れもあれば出会いある、それはわかってっけど、今までに知り合ったダチとも仲良くやっていきたいから、そのためにできることがあんならしていきたいな、と。まぁ具体的にこれやるってのはここに関してはわかんないんだけど。強いて言えば会えなくてもメールはしてみたり、できるだけ連絡を取るようにしてみる、こっちからいくスタンスを大事にするって感じかな。

この3つを大事にしながら入社までの期間を過ごしていきたいと思ってまっす。今んとこ。
てな感じで、長くなっちゃったね。

最後まで読んでくれてありがとさん。バイ!

2003年7月4日金曜日

Flame

おいっす、月日の経つのは早いもんでもう7月だね。

こっからの季節俺は好きだなぁ。
やっぱ開放感あんもんね!

んでそんな季節も到来した今日7月4日、ほんとは俺は横浜にいるはずだったんだ。
まぁ延期んなっちゃった企画だったんだけど。

なにをやろうとしてたかっていうと・・・船上ビアガーデンパーティー!
横浜の山下公園に泊まってる氷川丸(←知ってる?)の船上でビアガーデンしようと思ってたんだよね。
おもろそうっしょ!?

あそこは定番のデートコースって言われるだけあってすっげぇおしゃれなとこだし、船の上で飲んだことなんてないっしょ?
ビアガーデンに行ったことないって人もいるかもしんない。
んで船は動かないから船酔いの心配もないし、夜はあの公園がライトアップされっから外でおいしいお酒を飲みながらの夜景ってのも格別だろぉって。
いいべぇ~。帰りには中華街にも寄れるしね。

5月にもやったけど、俺の思いつきで企画するパーティーの7月バージョンさ。

でも・・・延期した。

まぁ準備期間が短かったってのもあるけど一番の理由は・・・早稲田のイベサ「スフリ(superfree)」の問題。
知ってるよね?有名な話だから。
2chもあんときは祭んなってたし、情報は今いくらでも入ってくるでしょ。
俺のダチも何人かあそこのイベント行ったことある奴いたし、俺と同じ世代の結構知られてる大学行っててサークル活動とかしてる奴はほぼ一回くらいは聞いたことあんじゃないかって思う。
超有名サークルだったかんね。
ちなみに俺んとこの入学式にもビラ配りに来てたわな。

んでもってあいつら俺の企画したイベントに来たこともあったんでちょっと喋ったことあったんだけど、あんなことしてたなんて知らなかったなぁ。
知らなかった、じゃすまないけど。あいつら呼んだのは俺のミスだった。
あれはいかんぜ、まじ。
まぁ全員が全員やってたわけじゃないとは思うけど。

でもさ、あいつらのおかげで早稲田がすっげぇ今叩かれてっけど、なんかそれもどうなんだろね?
なんかあれに乗じて早稲田潰しにかかってる奴らがいるような気がしないでもないって感じるな、俺は。
だってさ、捕まってる中に早稲田じゃない人間もいるんだよ?
なのにそいつの大学はあんま叩かれてないじゃん。
あそこに所属してた奴の出身大学なんてほんといっぱいあるはずなのにさ。
それに俺が見たビラにはスフリは早稲田のサークルとは書いてなかったような気がする。

俺が受験するときは最難関レベルが早慶上智って言われてたけど、大学に入ってみて人数の多さじゃ上智は一歩遅れをとってる感がある。
んで早稲田と慶応の2大勢力になるわけだけど、今回のことで早稲田が落ちるとしたら慶応の一人勝ちじゃん?
もしかこの早稲田叩きやってんのは慶応の連中か・・・!?
なんて、ちょっとそうなっちゃうのも俺は嫌だなぁ~なんて感じるね。
ま、どうでもいい話かもしんないけどさ。

んでもってスフリだけが悪いかって言うと、俺はそうでもないと思う。いや悪いのは間違いねんだけど。
よく「これは氷山の一角に過ぎない」ってテレビとか雑誌が言ってるけどさ、ホントそうでしょ。
今回は運悪くスフリが捕まったね。まぁやってること派手で目立ってたってのもあると思うけど。
でも、こんなことやってるサークルなんてのはホント星の数程あんじゃねぇの?

言っておくけど、俺はやってねぇかんね。

でも、いろんな人からやっぱ話聞くとそういう風に噂されてるいわゆるヤリサーなんていっぱいあるよ。
どこの大学にもあるんじゃん?もちろん俺の大学にだってあると思う。
2年前くらいにそんな噂聞いたことあったもん、確か。
それにサークルなんてもんは非公認だから、聞いた話じゃ新歓の時期だけ嘘のサークルつくってビラ女子大にだけ配りに行って新歓コンパっつって女の子呼んで当日来た子には「今日サークルの人みんな来れないんだってぇ~。」とか適当なこと言って合コンみたくしちゃう奴らもいるって言うしさ。
ぶっちゃけなんでもありなわけさ。

今回スフリの捕まんなかった奴だってまたいくらでもそんな組織はつくれるわけだし、大学生だけじゃなくて社会人だってこんなんは全然あるんじゃん?
だって大学生はいずれ社会人になるんだからさ。

だから、一網打尽にしようったってそれは無理ってもんだ。

んじゃ、どーすりゃいいのか?
決まってるべ、自分で決めるしかないっしょ。

そーなんのが嫌ならそーいう場に行かなきゃいいし、飲みたいなら信頼できる奴らと行けばいい。
でもしそーいう盛り上がる場に行きたいなら自分の責任の下行けばいいけど、行くにしてもそこが大丈夫なとこかわかんないまま行くのは危険。
なら調べてから行く、とか行ったことある人から聞いてから行くとか人数集めるとかするべきだべ。

なんも考えないで一人でビラだけもらって行くってのはあまりに安易な気がする。
まぁ大学に入りたての新入生にそこまで調べて動けってのはちょっと無理な話ではあるんだけどね。

それにそーいう場に行けば友達もできるし、普段は聞けないような話が聞けちゃうこともあるし、彼氏彼女ができちゃう場合だってあるってことを考えればでっかい飲み会に行きたくなる気持ちもわかる。

事実俺も飲み会は好きだし、自分でも企画したりするし。
俺が1年の新歓の時期は、やっぱ飲み会でできた友達と他の飲み会に行ったりしてどんどん友達作ってったかんね、だからこそ今すっげぇ楽しい学生生活を送れてるし、学科なんてほぼ知り合いって状態になってる。
まじこんな仲良い学科も珍しいんじゃん?って感じだもん。最高だよ。

でもそうなるかああなっちゃうかは一見しただけじゃ見分けつかないもんなぁ。
男は別にいいとしても女の子には飲み会行きまくって友達作れってのは絶対におすすめできないよね。
まぁもうちょい気をつけようぜ、としか言えないかな。

でも今回の件がみんなの警戒心を高めたのは間違いないね。
その点については個人的にはよかったんじゃないかって思う。

名乗りをあげた女の子にはなんて声をかけてあげたらいいのかちょっとわかんないけど。
ごめん、でもないし、ありがとう、も違うし、頑張って、てのも変だし・・・

てことで、ちょっと俺の思ったことをずらずら書いてきたわけだけど、 ここで俺からもう一つ言いたいことが。

俺は、この事件がきっかけで社会人から「今の大学生はダメだ!」「勉強だけしてろ!」とか言われんのは心外だね。

あいつらは空の会社買い取ってパー券で運営してたとかって話を聞いたけど、その影響で他の人たちまで影響を受けるのはナンセンスだと思う。
実際俺の知ってる人ん中にも、学生団体みたいな形で空の会社の名義で動いてる人がいるけど、そーいう人たちは本当に自分の夢に向かって生きてたりすんだもん。
「石垣島のパイナップルを関東のみんなに広めるんだ!」って言って農業インターンやってる奴とこの前話したんだけど、金はないけどその会社を共同出資って形で持たしてもらって、「いずれは俺らのつくったパイナップルで稼ぐんだ!」って俺に熱く石垣島のパイナップルと沖縄本島のパイナップルの味の違いがどうやって出来るのか語ってくれた。パイナップルの甘さは気温で決まる、とか沖縄本島と石垣島は東京と大阪くらい離れてることとか、ほんといろんなことをすっげぇ楽しそうに話してくれた。
思わず俺が石垣島でパイナップルつくりたくなっちゃったよ。

そんな奴らだっているし、すっげぇマジメに勉強に取り組んでる奴もいれば、自分の好きなことを極めようと頑張ってる奴もいる。
そういう奴らが、「あのスフリと同じ今の大学生は・・・」ていう観点で見られるのは、勘弁ならねぇな。

就活中、面接官に「大学時代に頑張ってきたことを教えて下さい。」って言われて、
「イベントサークルで4年間頑張ってきました。3年次には幹部としてみんなをまとめ、笑われ役として場を盛り上げていました。自分が企画したイベントが成功したときの達成感は今でも忘れられません。」とか答える人がいたとして、今までだったらそこから統率力だとかコミュニケーション能力だとかのプラス評価につながってたのが、そのイベントのことについてはイベントサークルってだけで聞かれなくなって「勉強の方はどうでした?」とか聞かれるようになってっちゃうとしたら、本当に頑張っててもそういう風に見られなくなったらちょっと悲しいなぁ、なんて。
まだ俺の友達には就活中の奴もいるし、早稲田の奴なんかはさらにキツクなるんじゃないかって思う。
ただ“同じ早稲田”ってだけで「あの早稲田か・・・」って。

いろいろと考えることの多い出来事だった。
つながりがゼロじゃないだけに。

んで本題に戻るけど、その俺主催のパーティー、まぁ趣向は変わるかもしんないけど来月あたり(今月は大学はテスト期間なのさ)にやろうかと思ってるんで楽しみにしてて!
今回は前回就活で来れなくて待ちわびてる人もいると思うし、頑張んないとなぁ!!!な、大和?

ではでは、またね。ちゃお~。

2003年6月28日土曜日

土地への縁

おいっす、みんなひさびさっすね。
元気にやってんのかな?
なんか最近天気もよく変わるけど(おかげで洗濯物がびしょびしょ・・・)、季節の変わり目みたいだから体調には気をつけてね。
風邪引いてる人が多いみたいだから。

さてさて、俺が最近ここに書かなかったのは、なんででしょう?
待ってる人がいる(かもしんない)のに。

・・・ちょっとパソコンから離れようと思ったんだ。
ウェブサイトを持ってる人はわかると思うけど、これってちゃんと更新しようと思うとかなり生活に割り込んでくるよね。
んでそこから離れた生活をここ一ヶ月思い出してました。

まぁ、そんなとこです。
実際はパソコンから離れらんなかったんだけどね。苦笑
これからはちょこちょこ書くつもり(あくまでつもり)。

あ、文章だけど、先月ちょっと変わった感じにしたけど、やっぱ無理です、戻します。笑
こっちの方がやっぱ俺は書きやすいや。
あれはトモダチに影響されてなんだけど、そいつの文章は誰かの文章真似てるとかで、物語風になっててさ。
“俺もこんな文章が書けるようになりたい”と思って練習したんだけど・・・ダメだわ、やっぱ。笑
てことで自分の一番書きやすい言葉で書いていこうと思います。

で、今日は“土地への縁”ってことについて書いてみようと思う。

俺ね、旅行好きなんだ。
高校の頃からトモダチと旅行に行ったりするようになって・・・大学でもトモダチと行ったり、サークルで行ったり、一人旅もした。
つるんでる奴らはよく知ってると思う。

んでさ、思うのが“一度行ったところって、縁ができるなぁ”ってこと。
なかなかわかりづらいかもしんないけど、例えばすっげぇちっちゃい頃に行ったことがあるとこって自分に記憶はないかもしんないけど、親がそこについて話してんのを聞いたり、写真で見たりしてるよね。
そーなると、次にそこが出てきたとき親しみ感じたりするじゃん。

そこに行ったことのある人がいると、いきなり仲良くなったような気分になったり。

俺はそーいうのを結構大事にするタチだと自分でも思うんだけど、そう信じさせるような出来事が最近いくつかあったんで紹介すんね。

まずは先月俺が京都に行ったときのこと。
俺がここに行った理由ってのも“修学旅行で行ったあそこにまた行ってみよう”ってものだったんだけど、そこから帰ってきて数日後、ある会社の最終面接(この会社は最終がグループディスカッションなんだけど)、同じグループになった人の中に京都から来てる人がいて、その人につい先日京都にいたこと話したらそこからすげぇ仲良くなってそのグループディスカッションも楽しくできたんだよね(まぁ、結果は落ちちゃったんだけど)。

んでこの前長崎に行ったときのこと。
親父の生まれ故郷で、親父方の親族はいまだにここにいる人もいるんだけど、そんな長崎に俺はこれまた修学旅行以来に行ってきた。こんだけでもかなり縁があんだけど、観光したとこも自分が修学旅行で行ったとこ、ダチが行ってきたって言ってたとこ、そこをまわる途中で現地の人と話す中で教えてもらったとこ、だった。んで帰ってきて数日後、俺が来年から勤めることになる会社の内定者同士の飲み会でのこと。なんと、長崎出身の人が。まぁ言うまでもなく一気に仲良くなれちゃった。

俺ってやっぱ恵まれてんのかもね。こんな続くなんて普通あり得ないもんな。
でも、行ったことによって縁ができたってことは間違いないんだよね。

行ったことがあるってだけでそんときはなにもつながらなくても、あとからつながることがあるっていいなぁと思う。

飲み会の場とかでもそうじゃん。
「どこどこ出身」「実家どこで、今どこに住んでるよ」「学校どこどこだよぉ」「昔そこ住んでた」とか、そん中にちょっとでも共通点あったりするとそれだけでうれしくなったり、世間って狭いなぁなんて感じたりしちゃう。

普段みんなはあんま意識しないことなのかもしんないけど、俺はそんな“縁”を大事にしていこう、と思うんだわ。
これからもずっと。

てことで、みんなの地元に行ったときはよろしく頼むわぁ。

2003年5月29日木曜日

もう一つの視点

つい先日、世界の中の東京、という新たな視点を手に入れた僕。
だが、なんとなく納得いかないことがいくつかあったのでその疑問をいつか解消したいと思っていた。

そして、少し時間に余裕をつくり、銀行に行って話を聞いてきた。
餅は餅屋、蛇の道は蛇。何事も知っている人に聞くのが一番の近道だ、と思っている。
もちろん一人に聞いてそれをそのまま信じるのは危険なので、何人かの意見を総合しなくてはいけないが。

そこでわかったことがある。
どんなに日本がダメだ、と言っても、僕の生活圏は日本。
海外に行くことはあるだろうが、いつかは日本に帰ってくるつもりだ。

ならばわざわざ世界という視野を持つ必要はない、ということ。
為替の変動に左右される、どちらかと言えばリスクの方が目につく外貨預金には、少し自分に資産ができて、そこから余裕を出せるようになってからでも遅くはない、と。
もちろん金利は日本円で預金するよりいいかもしれないが、外貨にするのに手数料がかかり、もちろん戻すのにも手数料がかかるので、メインバンクにするのはただ自分の資産を減らすだけになってしまう危険もある。
日本の銀行では破綻しようが個人の資産はなんとか保険というのがあるため、確実に守られるから安全だという話を聞いたことがある。
そしてそれは外貨預金には適用されないらしい。

この前話を聞いた人は、生活圏がアメリカの人だった。
だから、$ドルで預金することを基本に考えていたし、今日本にいると言ってもいずれは向こうに帰るという前提があった。
僕はそれをそっくりそのまま自分に当てはめていたが、そういう問題ではないことがわかった。
いろいろな要素があって、その自分のおかれた状況で自分に合うものを選ばなければいけない。
僕は何も知らなかったんだな、と少し反省した。

それに加え、東京にもリスクはあるが、それを言うならNYにはテロ、中国近辺にはSARSの危険もある。
他の人の話では今の日本には1ドル150円くらいの価値しかないからいずれそうなるよ、という人もいるし、アメリカのブッシュ政権はどうやら円高ドル安の状態の方が輸出には好都合だからそっちの方向で動きそうだ、と言う人もいる。
そういういろいろなことがあり、だから先が読めない。
そしてそこがリスクであり、おもしろいと感じる人もいるのだろう。

なかなか僕には難しい問題である。
これからじっくり考えようと思った。

2003年5月26日月曜日

世界の中の東京

今日、僕は世界の中の東京、ということを感じた気がした。
と言うとよくわからないかもしれないが、確かにそうなんだ。

時刻はすでに18時をまわっていた。
ここは上智大の中。
この前来た時と違い、授業の終わった学生で溢れた構内は騒がしかった。

そんな中、僕は去年の夏に初めて出会った友達と花見以来の再会を果たした。
そして、その場を離れ、共に夕食を食べにある店に来ていた。

そこで聞いた話が、非常に興味深い話であったので、少し紹介したいと思う。

僕はすでに就職活動を終えた身であったが、もしこの場に就職活動中であり、そして志望業界が銀行・生保などの金融系の人がいたならば、僕なんかよりもっと参考になったのではないか。

みなさんは東京に住む、ということをどう考えているだろうか?

僕のような若者にとって、東京で一人暮らしをすることは一度はしてみたい夢であり、ステータスにもなりうると思う。
そして、老後になるまでは東京にいたい、というのが僕の考え方だった。

さっきまでの僕ならば。

それを悪く言う気はさらさらないが、僕が今日再認識した事実をみなさんが聞いた上で、どう思うか決めても遅くはないのではないかと思う。

今日、震度6という大きな地震があった。
僕は外に出ていたのでほとんど影響を受けなかったのだが、電車に乗っていた友達は電車が止まってしまって身動きがとれなくなったりしていたらしい。

みなさんの知っているとおり、日本は地震の多い国である。
常に大地震に襲われる可能性がありながら、僕達は十分な対応策を持たずに日々を過ごしている気がする。
日ごろの行いの良い僕(反論は一切受け付けない)などは、”大地震が起こったところで自分だけは生き残れる”という妙な自信を持っていたりもする。

では、実際にそんな大地震が起こったらどうなるか?

最近建築された建物は倒れないかもしれない。
というのも、六本木ヒルズなどは森ビルの社長である森さんの、「大地震が起きたとき逃げ出す街ではなく、逃げ込む街をつくりたい」というコンセプトに基づき設計をしているからである。

しかし、まず間違いなく、僕の今住んでるアパートはつぶれてしまうか、火事で燃え尽きてしまうだろう。
台風が来ただけでもぐらぐら揺れている築○十年のこのボロアパートが、とても大地震に耐えうるとは僕には考えられない。

そして、火事。
これは僕のボロアパートを含む木造の家に住んでいる人たちには避けては通れない災害となるであろう。
そして、その火事が引き起こすのが、爆発。
東京に大地震が起こったとき、その爆発の火種として非常に数も多く、危険なものは何か。
車である。
普段は便利かもしれないが、そんな大災害が起こったとき、車は大きな爆弾となる。
車がそこかしこで爆発をしだすと、もう僕達にはどうにもならない状況になってしまう気がする。
今なにげなく吸っている空気もこのままなはずがなく、火事や爆発などで熱せられ非常に高温になった空気の中で、僕達に何ができると言うのだろうか。

ただここまでの話は単なる過程の話であって、実際に起こったときにそうなるかはわからないし、第一大地震が起こらなければ別に僕達にはなにも関係のないこと、と言ってしまえるのかもしれない。

それでは、最近は地震が多いが、大地震の起こる確率はどのぐらいあるのだろう?

ある資料によると、大地震というのは70年を1サイクルとして起こっているらしい。
それでは、前回の大地震はいつになるのか?
みなさん知っての通り、1923年の関東大震災となる。

もしその資料があっているとしたら、すでに70年を超え80年目に入っている今、大地震が起こらない、ということはできるだろうか。
残念ながら、僕には断言することはできない。
むしろ近いうちに大地震が起こってしまうのではないか、この先20年、30年と東京はあり続けるのか、と不安になってしまう。

この予想が杞憂に終わることを祈るばかりであるが、ではそんな東京の現状を把握した上で、東京に住み続けること、メインバンクを日本の銀行にしておくことについて考えてみたい。

私見ではあるが世界の中の日本、世界の中の東京、という観点から見て、これほど先の見えない都市も少ないのではないだろうか。
いつ大地震が起こるかわからない世界でも稀に見る地震地帯に位置し、政治も混乱を極め、銀行はメガバンクと言われる4銀行全てが赤字。
政財界に癒着がはびこり景気の良くなる兆しもないまま、それでも人々はブランドバックを買いあさり、勉強すること、知性を磨くことを避けて通ろうとする。
全ての人たちがそうだ、とは言わないが世界の人たちから日本人がバカにされるのもわからなくもない気がしてくる。

海外の都市を見渡せば、地震などほとんど起こらず、東京と同じような生活のできるところはごろごろあるのではないだろうか。
もともと僕は政治や経済に興味はないが、それでも今の日本があまり良くないことくらいわかる。
それが全てとは言わないが、僕は今の日本に、というか東京には家を持つ必要はないのではないか、と感じた。

家を持つなら家族のためにも地震があっても大丈夫な場所に。
まぁそれは1大学生の僕にはまだかなり先の話になるだろうが。

そして、メインバンクを日本の銀行にしておくこと、これはどうなのだろう?
僕の場合、よく考えもしないで大学にもあって便利な郵便局を使っているのだが、メインバンクを日本の銀行にしている人も少なくないと思う。
というか、ほとんどの人がそうかもしれない。

例えば今預金している銀行が赤字を出している。
僕達に直接の影響はないかもしれない。
それでも、あまりいい気分はしない。

そんな銀行の利率が1%、そして一方世界で通用する外貨を扱う銀行の利率が5%だとする。
みなさんはどちらを選ぶのだろうか?
もちろん外貨で預金をすることには僕も多少の抵抗はある。
安定を求めるなら、無難に日本の銀行の方がいいのだろうか?
ついそう考えてしまう。

ただ、この安定という言葉、少しひっかかる。
¥エンと$ドル、果たしてどちらが安定していると言えるのだろうか?
僕は必ずしも¥が安定しているとは言えないような気がする。
こんな不安定な情勢の中で、世界的な基準がどちらか、という点から言って僕は$に1票入れたいと思う。
もしかしたら反論したい方もいるかもしれない。
そんな人はどうぞ教えてください。メールお待ちしています。

いつ大地震の起こるかわからない日本でのみ使われている¥がどこまで安定していると言えるのか?
もしそのようなことが起きた場合、¥の価値というものはどれ程下がってしまうものなのか?
今まですごく価値のあった札束が、わずか2,3秒で紙切れ同然になったりすることは考えられるのか?

僕はみなさんに少し考えた方がいいのではないか、と言っておきたい。
世界は広く、可能性は無限。
東京に固執して自分の人生を捨てるようなことになったら、それはすごく悲しいことだと思う。

さて、そろそろ時間もなくなってきたので僕は自分の仕事に戻るけど、みなさんはどうする?
願わくば、この先の人生を自分がどう過ごすか少し考えて欲しい。
そして、一度しかない人生を共に楽しもう。

じゃ、また。

2003年5月23日金曜日

誕生日

なんかひさびさだね、メールすんの。すいません!
なんかまとまった時間がなくて、ついつい「今度でいっか」ってなっちゃってたんだよね。

ここんとこ天気の良くない日が続いてるけど、みんなはいかがお過ごしかな?
SARS日本上陸か、なんてことも言われだしてるけどまぁまだまだ大丈夫でしょ。もしも感染したりしたら、もしか感染源俺かもしんないから、そこんとこよろしくぅ。ちょうど俺が京都行ってるときに京都にいたらしいじゃん?感染源。まぁ大丈夫だとは思うけど・・・。

んでそんなこんなで、ここんとこいろいろありすぎてバタバタしてたんで軽く話していこうと思います(てっかこれ話すのって誰のためって俺のためが一番なんだけどね。記録として残しておきたいってのがもともとの始まりだからv(^o^ ))。

まず9日。就活もまわるのは終えて、あとは結果待って自分がお世話になる会社決めるだけって状態んなった。手ごたえ的には「ぜってぇ内定だわ(-_☆)V」てわけじゃなかったけど、「こりゃダメだ(+。+)」てわけでもなかった。ま、運が良けりゃ内定なんじゃねぇの?くらいな感じで。

んで10日。この日は待ちに待った(かなりプレッシャー他に苦しめられたけど)パーティー。
「中大を元気にする会」のイベントの一つとしてやったんだけど、ぶっちゃけた話幹事の俺とYの二人でやったようなもんだったね。
当日は(男多かったけど)80~90くらいの人数が集まったんだよね。
社会人から、大学院生、もちろん大学生も専門生なんかもいたんじゃないかな?
俺的には同じ高校のダチ呼んでて、そいつらと何年か振りに会えたのが懐かしかった。
あとは、俺の呼びかけに応えてくれた先輩方も普段はあんまり会う機会がないからいい再会の場になったよね。よかよか。
ほんとは色んな人に声かけてたし、もっと人数集めたかったんだけど、まぁ俺とタメな奴らはみんな就活中だったりで忙しいみたいで。
でも、そーいう人たちが「今回は残念ながら行けないけど、またやるときはぜひ誘ってよ!」って言ってくれるのはうれしかった。
社交辞令かもしんなかったけどね。

このパーティーの理想は合同同窓会なんだ。
地元の奴らから、同じ中学、高校、大学の奴らまで、大学の中でも同じ学科であったりサークルであったりってそれぞれが持ついろんなコミュニティーを一気にかき集めて同窓会やっちまえ!みたいなさ。
なかなか揃って集まれる機会も少ないんだし、そういう機会がただ「懐かしいね~」っていうだけで終わっちゃうのもなんか寂しいかなって。
どーせなら色んな人と交流する中で旧交を温めたりだとか、交流のない分野の人から話を聞いて新たに自分の世界広げるだとかってのが一気にできたらって思ったんだよね。
んでそんときに間に入って紹介できる人がいれば仲良くもなりやすいっしょ。酒の勢いも追い風になってくれるだろうしさ。
俺と同じ中学の奴らと同じ高校の奴らがここで仲良くなって、普通に一緒につるむようになったら、この飲み会やって良かったなって自分でも感じれるんじゃないかなって思う。
ただ・・・開催すんのすっげぇ疲れるんで、半年に1回くらいんなっちゃうかなぁ。
ま、またどっかでやろうとは思ってるよ。
詳しくは写真館見てくださいな。

続いて16日は誕生日でした。
つっても何もしてないんすけど・・・┐(´ー`)┌免許の更新したくらいかな。
いやぁ、しけた誕生日だったわ。
あ、そうそう自分のお世話になる会社を決定して、他の内定もらってる会社の辞退が完了したのもこの日だったね。
大げさかもだけど、「自分の一生を決定した誕生日」ってことになんのかな。

んで17日はROWのコンサート見に行ってきた。
ROW(Rondalla On Wheels)ってのは、フィリピンの車椅子楽団のことなんだけど、知ってる?
知らないよね?てか知ってるわけないんだけど、だから俺がここで紹介しておきたいと思う。
すごくいいことしてると思うから、ぜひみんなにも知って欲しいんだ。

Rondalla(ロンダリア)ってのは、フィリピン特有の弦楽合奏団を意味するらしい。
19世紀後半、フィリピンではスペイン統治時代末期に、植民地の効果的統合目的で始まったんだけど、同時に娯楽や社会的交流手段としても、フィリピンの社会に普及していったんだってさ。んでアメリカ植民地時代に入ると急速に広まり、フィリピン独特の音楽形態の一つとなるに至ったそうな。
んでここで演奏されている楽器が主に2つあって、それがBANDURIA(バンドゥリア)とOCTAVINA(オクタヴィーナ)。
バンドゥリアはハートを逆さにしたような形で、フィンガーボードとチューニングボードがついた14弦楽器だそうだ。14本の弦は6つのグループに分かれてて、この弦をプレクトラム(ツメ)で弾く楽器。
オクタヴィーナはギターのような形をした14弦楽器で、弦のグループはバンドゥリアに似てるけど、バンドゥリアよりも1オクターブ低く調弦されてっから幅広い音が出んだってさ。
まぁ、アコギみたいの想像してもらえれば問題ないね。

で、on Wheelsってのは分かるかな?直訳すると「車椅子の」ってことなんだけど、身体障害を持つ貧困家庭の子供による活動ってことなんだ。

俺がこれを知ったのは、「ふれんどしっぷASIA」っていうNGOでROWの受け入れみたいなことやってる先輩Kがいて、その人に誘われたのがきっかけだった。
「Kiji、俺の団体で今度コンサートやるから見に来てよ。」って。
まぁ予定もなかったしちょっと興味あったから行ってみたってのが正直なとこかな。

んで演奏聞いてみたら、すごくよかった。
これは実際に聞かせてあげらんないのが残念だけど、聞いた人にしかわかんないと思うからあえて言葉にはしないでおくよ。
「本当に障害持った人たちなの?」って思った。

あとはね、曲目がちょっと気になったね。
多分わざとだと思うけど、自然ってのを意識したものばっかだった。
日本の歌はさ、(これは俺の思い込みかもしんないけど)恋愛ものとかって多いじゃん?
でもさ、ここで演奏されていた曲は、”田植え歌”、”夜明け”、”グリーンスリーブズ”とか、日本の曲だと”花”、”浜辺の歌”みたいなものだったんだ。
これが俺の印象に強く残った。
”大地と共に生きる”っていうことが、すごく大事にされてるっていうか。
「自分は地球っていう星で生きているみんなの中の一人なんだ」っていうことを認識させられた。

あと印象に残ったのは、その一人が言ってた言葉の中に、
「僕たちをあわれまないで下さい。普通に接して下さい。」
ていうものがあったこと。社会ん中でしっかり生きていこうっていう意思を感じた。
んで俺は、正直強いなって思った。
俺と年もあんま変わんないのに。障害持ってんのに。今まですごく傷ついたこともあったろうに、そしてこれからもそういう風に接してくる人もいるだろうと思うのに、なんだってこの人たちはこんなに前向きに生きてんだろう!って。
演奏だってすばらしいものがあるし、なにより精神的に俺なんか歯が立たないんじゃないかって。
もし俺がその立場にいたら「もういいよぉ・・・」って人生投げ出しちゃうかもしんないと思うと、なおさらだった。

~大切なのは「何ができないか」ではなく、「何ができるか」である~

四ツ谷にある上智の聖イグナチオ教会ってとこでやったんだけど、結構人来てたなぁ~。
キャパ300くらいって言ってたから200弱くらい来てたんじゃない?
俺らが知らないとこにもすげぇ奴らっていっぱいいるんだぜ?俺らも負けてらんねぇな。

んでその後、新宿でBreakersの先輩達と飲んだ。
俺誕生日ってことでプレゼントもらっちゃった~☆どぉもありがとね!

19日、学科のダチが俺ら(5月生まれ)の誕生会を開いてくれた。
まぁ俺らはつるんでる人数も多いし毎月やってることなんだけどね。
それでも、自分が祝ってもらう立場で参加するときはうれしいもんだよね、改めてみんなありがとう!

それにしてもこの日は飲んだなぁ~、あれがいけねんだよ!ウイスキーが!
あれで完全にスイッチ入らしてもらったもんな。
ごめん途中でトイレ行って。
無理だった。けどちっと自分にショックだった。
まぁ、帰ってきて全部空けたんだから結果オーライってことで。
これからもよろしくやってこうぜ!!!
てめぇら自分の誕生日んときは覚悟しとけYO!ぜってぇツブします♪

っとまぁかいつまむとこんな感じで過ごしてました。
誕生日を祝ってくれた人たち、ほんとにありがとう!これからもよろしくお願いします。
ほんとはもっといろいろあるんだけどこれ以上長くなると読むのメンドイだろうし・・・
てことで今回はこの辺で、GOD BLESS THE FREAKS!!!

2003年5月9日金曜日

新浦安

今日で就活もとりあえず終わりかな。
あとは結果待って自分のお世話になるとこを決めるだけ、て感じ。

んで、とりあえず一段落したってことで就活の帰りに新浦安(東京ディズニーランドのある舞浜って駅の隣駅)に寄ってきた。
なんで寄ったかっていうと、まぁ「なんとなく」なんだけど。

昔、もう14年も前になるけど、ここに住んでたんだよね。
もう記憶あいまいになってっけど。

ザミーが自分のサイトでちょっと前に言ってたけど、引越す前と引っ越した後ってのは空間的なつながりがない。
そこで遊んでた奴らとも連絡も取らなくなっちゃうことが多いから、本当に昔俺はそこに住んでたのか疑問に感じることもあるんだよね。

まぁ俺の場合はそこまで違う世界みたいに感じることも少ないんだけど・・・でも今日は久々に街歩いてて嬉しくなった。
こういう感じって今まであんま味わったことなかったな。
なんか新しい街を歩くときのワクワク感とはちょっと違って、思い出にふけりながら、
そこを歩いてる人たちと同じ道を歩いてんだけど、流れてる時間は俺だけ違う、みたいな。
わかるかな?
俺の周り、俺の見てる景色はそこにあるそのままじゃなくて、やっぱり「昔はこうだったけど、今はこうなってんだぁ」みたいんなってんだよね。

でもすげぇなぁ、ほんと。
京都に行ったときも感じたんだけど、記憶って頭に残るもんってのも確かにあるもんだけど、場所に宿るんだなぁってはっきり思った。

14年も前に住んでた場所でも、駅からの道は覚えてた(そんなに駅に行った記憶はなかったんだけど)。
その当時あったコンビ二を見つけたとき、一気に記憶がよみがえってきた。
「そういやここでビックリマンとかガンダムとか買ってたんだよなぁ~。」「あの頃はよく集めてたよなぁ。」「んじゃこの奥がマリーナイースト21か。」「変わってねぇ~。」「公園とかあったよなぁ。」「サッカー初めてやったのもここだったっけ。」「窓ガラスに囲まれたホールみたいのが・・・あぁ~そうそうこれこれ!」「この辺にチャリ停めてたっけ。」「確かこのマンションに誰か住んでたよな。」「この道も全然変わってねぇなぁ。」「こっちは開発されてなかったんだよなぁ。」「あ、ここ俺が怪我した場所だ。」

なんて思いながら、そこから昔の俺んちのあるマンション(社宅)に向かった。
「あ~そうそうこんな道だった!」「そうだ近くにバス停あったかも。」「駐車場の前の・・・あそこかな?俺の住んでたとこって。」「このマンションも14年経っても変わんねんだなぁ。」「そうそうこんな公園だった!」「ここに動物の奴が・・・やっぱあったぁ!」「この坂こんなちっちゃかったっけ。もっと大きかった気がしたんだけどなぁ~。」「このテニスコートは・・・あったかも。使わなかったからわかんないや。」「そうそうこれこれ、これに乗って遊んでたなぁ。」「あの頃は新しかったんだけどなぁ・・・」「この道はこんな感じだったね。」「あそこにあいつが住んでたんだよ。」「こっちは開発されてなかったんだけどなぁ。」「この道はここまではできてたな。」「いや~あんときのまんまじゃん。」「テトラポッドみたいな遊具あったなぁ、見るまで思い出せなかったけど」「木登りして枝折ったっけ。」「ミニ四駆とかもつくったよなぁ。」「ここ超えてこっちは空き地だったんだけどなぁ、んでちょっと行くと海が・・・」「あれ?海なくなってんじゃん。」「しかも私有地・・・入れない。」「カエルとかも取ったよなぁ。」「道は昔のままなんだな。」「あ、中学校が出来てら。」「小学校はどうなってっかな。」「あった~!」「うわ懐かし~。」「我が母校!」「こっちにはプール・・・お、あったあった。」「ここにでっかいネットあったんだけどなぁ。」「あの小山はなかったっぽいな。」「へ~あんときは小さい小学校だったのになぁ。」「あそこでドッジボールとかしてたんだよなぁ。」「あ、この玄関なつかし~。」「そういや雪降ったときとかあったよなぁ。」「この2階のこの教室でガリバー作ったんだよね。」「もう知ってる先生とかいないんだろうなぁ。」「ここの1期生ですって職員室行ってみよっかな。」「あ、この校門はあんときのままだ。」「こっちの階段はあんま使わなかったんだよなぁ。」「裏にうさぎ小屋があったっけ。」「んであっちに幼稚園・・・と。」「へ~この道もあんときのままかぁ。」

なんてすっげぇ思い出にふけりながら歩いてた。一緒に遊んでた友達の名前ももう思い出せなくなってたのに、ここに来たらどんどん出てきて、なんかここにいたら会えるんじゃないか、なんて考えちゃったよ。

いや~、絶対また来よ!
多分今住んでる場所も、地元もこうやって思い出になっていくのかな。

2003年4月29日火曜日

新たなる伝説

久々に飲み会で伝説が生まれた。
またまたやってくれたねぇ、K。┐(´ー`)┌

昨日は大学の友達Oの誕生会だったんだよね。(^0^)∠※PAN!:*:・゚'★,。・:*:♪・゚'☆
ちなみに俺はお酒飲むの5連ちゃんでした。
やれやれだぜ。

んでみんなは5時半池袋東口集合で笑笑行って飲み始めたんだよ。
俺はというと・・・池袋に住んでるくせに集合時間に間に合わなくて(ちょっと他の仕事してたもんで)30分ちょい遅れてったんだ。

プレゼントなんか用意しないとなって考えてはいたんだけど思いつかなくて、
てか近いうちに旅行に行く予定だったからそんときにおみやげ買ってってあげた方がいいかなって思って持ってかなかった。
飲まされるのは覚悟の上。
てかあげてもあげなくてもどーせ飲まされるし。

んで笑笑着いて入ってみると案の定いつものノリでできあがってたね。
いきなりビン1本渡されるし。
なんも食べてなかったから空きっ腹できつかったなぁ。
あ、でも俺の分料理取っといてくれたのはありがたかった。
さんくすH。

あいかーらずみんなのペースの早いこと早いこと。
来た酒が5分持たないからね。
全種類人数分って頼み方も頼み方だよな、もうなんでもありだった。
ずっとコールかかってるし。
ここコール禁止なのに。
まぁ個室だったからある程度は多めに見てくれてたみたいだったけど。

でもみんな酔ってきて頼んだ酒が一瞬で空くから酒の飲めない時間がすごく多くなってきて・・・
だんだんKの頼み方も荒くなってったね。
まぁみんなの不満が全部幹事のKに向かうからしょうがないんだけどね。
「おい!」「酒が来ねぇぞ!」「幹事何やってんだ!」「酒が足んねぇぞ!」「飲めねぇぞ!」
んでそれを幹事のKは
「酒が全然来ないんですけど」「さっきから頼んでるんですけど」「遅いですよ」「次のも頼んでおきます」「お願いしますよ」
って言うわけさ。

んで何度言ってもコールかけて飲んでっからだんだん店の方も注意がきつくなってきて・・・
聞いた話だと追い出される寸前までいってたらしいね。
なんとか謝って時間いっぱいいさせてもらってたって話だけど。

で、この1次会でみんなは何回吐いたんだろ?
もちろん俺も吐いたさ、食ったもん全部腹に残ってなかったよ。
多分全員そうだったんじゃないかな?

でもぐでんぐでんになった奴はいなかったよね。
さすがにみんな飲み慣れてるからなぁ。
そうそう今回はピッチャーもなかったからイッキに飲む量も限られてたからね。

んで店出て2次会(当たり前だけど飲み)に移動。
この移動もかなり大変なんだよね。俺らの場合。

笑笑から出たとこ(サンシャイン通り)でたむろしてた、てか座り込んで立てない奴がいるからしょうがなかったって話もあるけど。
多分店の人にしたらかなり迷惑だよね、何度注意されても俺らどかないしさ。
んでゆーっくり、ほんと50mくらいの距離を2,30分かけて移動して広場みたいんなってるとこまでいった。

俺はちょっと電話したりではぐれてたから後から連絡取って行ったんだけどKの世話大変だったみたいだね。
主賓のOが結局世話してたみたいで愚痴られた。すまん、O。

ここでも時間かかったね、まず2次会の場所探しに行く奴がどっか行って、
んでみんな1次会で吐いてっから腹減ってるみたいでマックとかで買ってきて食って騒いで待ってた。
Kはすでに地べたに寝転んだりしてたよね。通行人がめっちゃ迷惑してたぞ、コラ!

んで2次会会場(近くの魚民)に移動した。
俺ら10人くらいだったのに20人は余裕で入るとこが与えられて寝てたりカラオケしてたりしたよね。
俺久々にBOOWY歌いまくってた。

ここは結構休憩みたいんなってたよね。
俺はほぼなんも飲まないで横んなって休んでたよ。
みんなもあんま飲まなかったし普通のカラオケボックスの広いとこみたいな感じだったかも。
この時のKはと言うと・・・さすがに疲れたのか前半はずっと横になってたよね。
後半は写真取ったりで結構回復してきてたみたいだったけど。

んで2次会終わって今日帰る組は帰って、残る奴は投票で俺んちに泊まることになった。
カラオケオールでも良かったんだけど、疲れてたし2次会で歌ったしってことで。

この移動がさ~Kの独壇場だったね、道路(駅でも)ごろごろ転がり出すし、声でけぇしその辺歩いてる人にからみまくってっし。
覚えてんのかな?ほんと手がつけらんなかった。なんでもかんでも蹴るし何言っても聞いてないし。
今までよく無事だったよな(あ、無事じゃねぇかw)。

んで先に俺は家帰って部屋片して、みんなはメシ食ってきたりで遅れてきた。
でそっからちょっと金出して酒買ってきて3次会~。(^^)/▽☆▽\(^^)
俺んとこにみんなが来たのは・・・半年振りくらい?かーなりご無沙汰だったね。
いやぁ~Kが飛ばす飛ばす。
世界は俺を中心にまわってるって言わんばかりの勢いで仕切ってたね。誰も逆らえねぇし。
8人いたんだけど、7vs1になっても1の方が強かったからね。(^^;

あぁちなみにあいつまた携帯壊してやんの。
ここに来る途中で道路で転がってたからじゃないかって言ってたけど・・・
まだ新しい携帯にして一週間も経ってなかったのにねぇ。
ま、これがハイテンションになってた理由の一つかもね。

恒例んなってっけどおでこにNGワード貼ってそれ言ったら飲む(ほぼ焼酎ストレートの濃いぃ奴)って感じでいろいろ喋ってた。
今回はあんまペース早くなかったはずだけど遅れてきたMとかかなり飲まされてたよね。
でも一番飲んでたのはKかな、やっぱ。んですぐ寝ちまいやがんの。
こんなすやすや寝てるKを見んのは久々だったかもしんない。
まぁ俺の方がいつも早く寝てたからってのもあんだけど。

んで始発が動き出す頃、帰る奴は帰って残る奴(俺とKとS)は寝た。
んで起きて、昼前になってKとSも起きた。
てか昨日の勢いはどこへやら、Kがかなり弱ってた。

しょっちゅうトイレに吐きに行ってっし、庭にも吐いたって言ってっし、「きもいきもい」って。
足も怪我してっし、頭もガンガンするらしくてなんかわけわかんなくなってた。震えてっし。)゚O゚( ヒィィィ
熱もあるみたいだった(おでこが熱かった)。でも飲んだ後って風邪薬は飲まない方がいいって言うからやめさせた。

んでとりあえずSと自分ち帰るって言うから別れたんだ。「ばいばーい」って。

そしたら30分くらい経ってからSからの一通のメールが。
「結局病院に来てます」
んで気になったから電話しようとしたんだけど・・・電波ないらしくつながんないからほっておいた。
したらまたちょっとして電話が鳴って・・・「なんか入院することになったらしいよ」って。
「はぁ?」っていちお金だけ持って(金ないっぽかったから)その病院行ってSに大体の話聞いた。
なんか帰る途中でやっぱ体調がやばいってことで病院行くことにしたらしい。

なんかあんまよくわかんなかったけどどっか悪かったらしく、検査入院かもだけど入院は入院、てことになったらしい。
ま、あの状態じゃしょうがないかもしれなかったけどね。
それにしてもビックリしたなぁ、昨日の夜「ここで俺らが飲むと必ず誰かになんか起こるんだよな!」って言ってた張本人が事件起こしやがって。
とりあえず今頃は病院のベッドの上かね。
禁飲食!って言われてたけどどーなったんだろ?
なんかよぼよぼのじーちゃんみたいになってて、一日でこうも変わるもんなんだなって思った。

ま、この報告は次回にでもしますわ。お楽しみに・・・。

2003年4月12日土曜日

新歓イベント報告記

いやぁ、4月、新年度だね。
ここんとこ忙しかったなぁ、とりあえず一段落したんでぼちぼち更新しようかな、と。
この季節、花粉症の人にはつらいもんがあっかもしんないけど、それとかけ離れたとこにいる俺はやっぱ春って好きなんだよね。

旅立ちの空桜色♪

ってわけで、卒業してった先輩、新しく入ってくる新入生、もちろん俺らも学年を一つ積み重ねるわけだけど、
新生活の始まりの合図だね。

てことで、今年度の俺の始まりの合図を報告しておきまっす。

まず、4月1日。
この日が何の日かってのは知らない人はいないと思う(忘れてた人は多かったけど。笑)。
エイプリルフールだよね。
てことで、もう俺のまわりにいる奴らには毎年恒例行事なんだけど、今年も送ったね(-_☆)V
「ほんとっぽくてうそっぽいメール」
いやぁ今年は悩んだなぁ(こんなとこで悩んでどーすんだ)。
あ、ちなみに去年は「前から付き合ってたOLの子と結婚することになりました」みたいな奴だったんだよ?
覚えてる人もいるべ、特にひっかかった人はね♪
今年のは前の晩から「何送ろっかな~」って考えてたもん。
「就活をしてきましたが、院に行くことになりました」とかじゃ全然インパクトないし、
あからさまに嘘ってわかるメール送ってもつまんないし(ひっかかってくれる人がいないと送っても全然おもろくないの)、
新年度のしょっぱなから「死にます」みたいな暗いのじゃ俺もやだしみんなもやだろうし。

てことで今年は・・・こんなとこで言わない!笑
けどかなり現状とマッチしたもので、すっげぇひっかかった人が多かった!!!
(≧▽≦)ブハァッハッハハッハ!!

笑いの止まらない1日になりましたとさ。
今日んなってもひっかかってる人がいた。

やっぱしょっぱなはこれだなぁ。

で、みんなは今年花見した?
この時期がくると俺は毎年必ず靖国神社で花見をしてるんだけど・・・
まぁ定番中の定番なんだろね。
靖国もしくは千鳥が淵行って桜の下で花見をすることって。

去年はさ、3月の終わり頃にもう桜咲いてたんだよね。
北海道にスノボ行って帰ってきたらもう散ってやがってさ、不完全燃焼で終わっちゃったんだよ。
で今年はいい時期に咲いてたね、入学式とかの頃合いでさ。

ことしは満開のときと葉桜になりかけ(まだ枝見ではなかったね)の2回だったけど、
どっちにも良さがあって満喫できたなぁ。
やっぱ日本人だなぁって、日本に生まれて良かったなぁって感じた。
でもいつも思うんだけど、日本の文化って流れる時間がゆったりしてるよね。
日本の建物、庭園みたいな空間に入ると、急に時間の流れが遅くなるように感じる。
大河じゃないけど、余裕があるっつーかさ。

それとともに、この2回の花見で感じたのは1回1回の時間はゆっくりに感じても、時間は確実に流れてるってこと。
ついこの前までは人が大勢来てめちゃめちゃ混んでたのに、4,5日経って葉桜になってくるともう閑散としてる。
あの時間はまた一年後になるんだなって考えると、はやいなぁって思うよ。

また来年、今度は働き始めてるのかな。
どんな気持ちでこの桜を見ることになるのか、ちょっと楽しみだね。

んでもって、そんな中俺は何をしてたかっていうと・・・

もちろん就活もしてたんだけど、それと同時進行でやった企画が2つあったんだ。
「中大を元気にする会」の運営委員としてね。

それが【合同サークル説明会】と【データで見る中大、話で聞く中大】っていうイベント。
どっちも新入生向けにやったイベントで、「俺らが1年の頃こんなんがあったらよかったのに」っていう気持ちから開催することにしたんだ。

俺は主に【合同サークル説明会】の方で動いてたんだ。
いちお企画担当者ってか言い出しっぺだったかんね。
これ俺の思いつきでやることにしたからさ。

就活中に合同会社説明会ってのがあって、会社についてなんも知らない俺としては会社を知る取っ掛かりとしてすごく良かったんだよね。
ブースごとになってて自分の聞きたい会社のとこに行って話聞けるし、知らない会社ばっかだから自分の世界(視野)も広がるし。

で、合同会社説明会は就活をはじめるに当たって色んな企業を知るために設けられたもの。
ならこのブースがサークルだったら、新入生んとき色んなサークルを知るきっかけになるイベントになったろうなぁって。

んで俺の知ってるサークルと、俺のダチがやってたりつながってたりするサークルを呼んでみた。
なかなか反応は返ってこなかったけど、どっちにもメリットのあることをやろうとしてるってことはわかってもらえたみたいだった。

サークル側のメリットは、新入生に自分のサークルのことを知ってもらえることと、そういう場に顔を出してるってことで学校ん中である程度認められた存在だってことをサークル内外に示すことができること、入学式後の拉致合戦みたいなことをしなくても新入生の勧誘ができること。
新入生側のメリットは、入学式後の拉致合戦じゃ一部のサークルのことしかわかんないけどこれなら色んなサークルの中から自分の興味あるとこの説明が聞けること、主体的に動けること、どんなサークルがあるのか他のサークルと比べてみることができること。

だけど、問題があった。

宣伝日数が足んない(サークルに対しても、1年生に対しても)。
春休みじゃ学校行ってもサークルの人たちはいない。
1年生が確実に学校に来るときにやらないと集客に不安が残る。

他の全てのこと(教室の確保、ビラ作り等)はできてても、肝心の人数が揃わなきゃやる意味がない。
でも時間がなかったんだよね。
それで開催日として、健康診断の日を選んだ。
これなら1年生も学校に来てるし、俺らもどーせ行くことになるからってことで勧誘しやすいし。

入学式から健康診断の日までは、3日。
その間にどれだけのサークルを参加させることができるかがとりあえずの問題だった。
サークルの数がある程度揃わなきゃ、1年生にも興味を持ってもらえないからね。
だから俺らは入学式で1年生にビラを配る部隊と別に、サークルを対象として勧誘活動をしたんだ。

なかなか話を聞いてもらえなかったけど、頑張ったかいもあってなんとか10サークルくらいは参加してもらえることになった。
ちなみに理工の入学式で勧誘に来てたサークルは60強。
いかに相手にされなかったかはわかるかな?

んでその日は連絡先となるビラをもらって終わり。
家に帰ってそのビラを見てメルアドの載ってるサークルにはこのイベントの勧誘メールを送って寝た。

次の日、いやぁ結構反応良かったんだよね。
色んなサークルから是非参加したいって返信が来てて、いろいろ質問なんかに答えながら手を尽くして当日まで勧誘活動したさ。

んで当日。
ドタキャンしたとこもあったけど(まぁ計算通り)20くらいのサークルが集まった。
入学式にビラ配りに来てたサークルが60だから・・・3分の1は参加させることが出来たってわけ。
我ながら(就活しながら)3日でよくこんだけ集めたもんだ、と思った。

誤算は1年生の反応の悪さ。
まぁ無理もないかなって感じだった。
会ったこともない人に「合同サークル説明会やってるんで見てってください~!」って言われても
普通に怪しいって思って帰っちゃったりする人が多かった。

1年生の数が全部で900人。
この日来るだろう1年生も700くらいいたはずなんだけど結局来た人は200いたかな?って感じ。

俺の今年の企画一発目だっただけにもっと盛り上げたかったなぁ。
ま、最低ラインは超えたからいっか。

・・・なんか長くなっちゃったね。
【データで見る中大、話で聞く中大】の方はいいや。
いろいろ書きたいこともあんだけど。
来年に残す記録としても。

そのうち書こうと思いまっす。
じゃね、ちゃお~。

2003年3月30日日曜日

飲み会

もう春休み終わっちまうよ、やれやれだぜ。

結局就活を通して今まで知らなかったいろんなとこに行けたことは行けたけど、旅行みたいのはゼロだったな。
残念・・・。

ま、こんなトキもあるさ。

でもって今回書こうと思ったのは、飲み会のことについて。
俺はぶっちゃけこの春休み飲み会取ったらほんとに就活しか残んなかったかな。

んでもっていつもは楽しく飲んでるわけだけど、この前(あくまで俺ん中で)全然楽しめなかった飲み会があったんだよね。
で、それがすっげぇひさびさでちょっと考えてたんだ。
今飲み会(しかも今までやったことないようなでかい規模の奴)企画してる身でもあるからさ、
「どうしたらみんなが楽しめる飲み会になったんだろ?」
「今回の俺みたいに感じる人が出ないようにするにはどうしたらいいんだろ?」
って考えて。
こっからは俺の個人的な意見。
飲み会ってのも5,6人で飲むような内輪のもんじゃなくて20人から多い方は青天井(つまりどこまでも)って場合のことを言ってることをはじめに言っておきます。

んで出た結論が、開催すんなら開催する側として楽しむこと、参加者として楽しんでる普段の飲み会と同じようには楽しめないってことをやる前にわかっておかなくちゃいけないと思った。
楽しんじゃいけないってことじゃなくてさ。

参加者が楽しめることを一番に考えて動く。
自分らがその人たちを呼んでるんだから、呼んで金払ってもらったら終わり、じゃダメだと思った。
呼んで大きなお金を出してもらってるわけだからね。
そんなんじゃ次にもしやろうとしても来てくれるわけない。
その人と一緒に飲んで、ちょっと席空けてでも誰かが一人でいるようならこっちから話しに行くとか、知り合いじゃない人同士の間に入って仲良くなりやすいようにするとかしてかないと。

もちろんそういう人がいないで楽しめるようならそれでいいと思うけど、初対面の人が多いような飲み会とか、いろんな人が来てる規模の大きい飲み会でそんなことってあんまないよね。
仲いい人で飲んでるときと勝手が違って当然。

んでもって楽しみ方ってのも人それぞれ違うよね?
大勢でコールかけあって飲むのが楽しいって人もいれば、2人とか3人とかの小人数で語りながら飲む方が好きだって人もいるし、女の子とじゃないと飲みたくないって人もいる。
2,3杯で酔っちゃう人はそんな飲ませたら危ないし、お酒の量が少なくても楽しむ楽しみ方ってのがあると思う。
ビールはダメだけどサワーならって人も、日本酒か焼酎がいいって人もいる。
お酒が好きならこだわって当然だし、自分にとっておいしいお酒を飲むことは飲み会を楽しむことにもつながっていく。

それを「僕らはこう飲むから、それに合わせて飲んでください」って言われても楽しめないでしょ。
団体としてのまとまりは出るのかもしんないけど、それじゃ偏った人が残っていくだけになっちゃうと思う。
飲める人だけとか、あんまり飲まない人だけとか。

飲み会の中でなんかイベントやるにしてもそう。
それをやって楽しむのは誰?
ここで自分がやりたいから、とかこれ見て欲しいからとかの理由でイベントすんならどーかと思う。
もちろん場が盛り上がってなくて、ここらで一発盛り上げたいとかそーいうときには有効だと思うけど、場が盛り上がってて会話が弾んでるようならあえてやる必要もないんじゃないかなって思う。
別にそれをやることが飲み会の目標なわけじゃないんならね。
そのイベントをすることが目標ならぜひやるべきだけど。

もう一つ、場所と値段について。

まず場所ね。
俺が一番大事だと思うのは、移動のしやすさ。
おしゃれなとこの方がいいに決まってるし、雰囲気のいいとこの方がいいとは思う。

でもそれよりも席が移動しやすい、例えば立食形式や座敷ってのはいろんな人と話す機会が増えるから好き。
まぁ立食で何時間も立ちっぱなしってのは疲れちゃうからちょっとあれだけど。
でも椅子席より確実に会話の機会は増えるし、みんなで固まりたいとこに固まることもできるしいいと思う。
人数のばらつきにも対応できるってのも開催する側からしたら安心できるっしょ。
飲み会はドタキャンの出るものだからね。

椅子のメリットは・・・人数が把握しやすいこと?座りやすいこと?
まぁ小人数で飲むときとかはそっちの方がいいよね、多分。
これは好き好きでしょ。

で、値段について。
安い方がいいに決まってる。
そんなん言わなくてもわかるよね。
赤字の出ないように考えて出してもらうわけだけど、相場(学生なら¥3000だべ)を超えるようだとやっぱり引いちゃう人が出てくるのは当たり前。

ならそのお金を出した人にどんだけ楽しんでもらえたか、店にどんだけのもんを用意してもらえたか、でみんなが納得してお金出してもらえるようなら俺はそれでいいと思う。

楽しませるのは俺らだから、まぁおいといて、店側に求めるもんとしてはやっぱ料理の品数、量、あとは酒がおいしいか、飲み放題になってるお酒の数(基本は飲み放題)、みたいなとこが満足いくようにするってのが大事でしょ。
飲めない人には料理で満足してもらわなきゃなわけだし。
そこで不満が出るようだといかんね。

あとは・・・そうだな、開催する側の人が喋ろうとしても参加者ははじめの挨拶くらいしか聞かないと思うんだよね。
だから途中でなんか言おうってときはそれに他の運営側がどんだけ協力できるかでみんなが聞くか聞かないかってのは決まんじゃないかなって思う。
そいつらが「もう言うこと知ってるから」って他の人と話してちゃ話になんないっしょ。
やっぱそいつらが聞く姿勢見せないと。

そんなとこかな。
なんか気になるとことかダメなとこがあったら気軽に教えてね、俺らはこうしてるよみたいなことでもいいから。
こういうのってやっぱ経験積んでかないとわかんないことが多いと思うんで。

ふぃ~、まただらだら書いちまったい。

2003年3月20日木曜日

NO WAR!

ついに今日、開戦だってね。

俺は戦争を経験したことないから、知識としてバーちゃん達に聞いた話とか本で読んだことしか知らない。

だから実感ないねぇ。
「きじ何言ってんだ?バカなこと言ってんじゃねぇぞ!」
って思う人がいたらそれはどんなことでもいいから教えて欲しい。

もちろん俺の立場は【戦争反対】。
何が起きてて、どれがどーなってどーいう経緯で戦争になったんかは俺は詳しく知らない。
メディアだってどこまで信じればいいんだかわかんないしね。
でも、戦争は起こさないで欲しかったな。
もう言っても遅いけど。

てことでこれからは「はやく終わって欲しい」って言うしかないんだろうね。
俺にできることってなんだろ?
結局無力だなぁ、一人の力って。
それなりに自分では成長してきたつもりなんだけど。

一人でできることってので思い出したんだけど、サッカー選手。
試合でゴール決めたあとって決めた選手一番注目されんじゃん、カメラ寄ってって。
それが大きな大会、大きな試合になればなる程注目度は高くなる。

んで、もう5年くらい前(あいまい)になんのかな?
98年W杯でさ、俺ら日本は初めて出場したじゃん。
そんとき当たったクロアチア、確か試合前とか大きく取り上げられてたなぁって。
国の歴史、地域の歴史、選手の境遇なんかがすごく細かく紹介されてたよね。
んでそんときにあっちが紛争みたいになってて、なんか試合で点決めた奴がすげぇ「NO WAR!」ってアピールしてたような気がする。
かーなり曖昧な記憶で、本当にそうだったかちょっと怪しいけど、俺は確かに東欧のどっかの国の奴が(もしかしたらピクシーだったのかも知れない)「これ見ろ!!!これ!!!」みたいにユニフォームの下に着てるアンダーシャツに「NO WAR!」って書いた文字(自分で書いたような文字だったって記憶してるけど)ブンブン見せびらかしてるのがあったなぁって。
そんときは「あっちは大変なのかなぁ」くらいにしか思わなかったけど、その選手の必死に訴えてる姿ってのは俺の心の中にすごく残ったんだよね。
で、今。
俺にはそういう機会を通して多くの人に反戦を訴えることはできないけど、そんな選手の思いを今更ながらに理解できて、こーいうことができるのってスポーツ選手の特権なんだなぁって思った。
自分がスポーツを頑張ることを通して被害者や見てる人に勇気を与えたり、何かを訴えることができるのっていいなぁって。
W杯で日本と対戦するっていうだけで例え点決めてなくても俺みたいな対戦国の国民に自分の国のことを、自分のことを知ってもらうことができるんだなぁって。
これもスポーツの力だとしたら、それってすごくいいなぁって思った。

それにしても、戦争って昔の戦争のイメージと大分違ってるみたいだね。
戦車が「ゴゴゴゴゴゴゴ・・・」ってどっかの映画にあったみたいなイメージを勝手に持ってたんだけど、今はすっげぇ離れたとこからミサイルで「チュドーン」って感じじゃん。
人が死ぬってのは不変でも、やっぱ時代と共にやり方ってのは変わるんだねってのが理系人間だからかな、俺の正直な感想。
こんなとこでも確実に技術の進歩を見てとれるんだなって。

ステルスでレーダーに映らないように飛んでって、空爆。
ピンポイントでミサイル発射。
迎撃も対空ミサイルであったり、迎撃ミサイルであったりが軌道解析して飛んでいく。

そのうちボタン一つで全自動戦争みたいな時代になっちゃうのかなって思った。
ゲームみたいな感覚でね。
ゲームと違う点は、実際に人が死ぬっていうとこだけ。

なんか間違った方向にどんどん進んでる気がしてならないね。
世の中を便利にしたい、快適な生活が送れるようにしたいって思って技術者達が開発してきた技術が、一気に殺戮兵器に利用される。
やっぱ技術は使う人次第だなってのを改めて考えさせられるよね。
アフォな奴らに技術持たしたらやっぱ危ないし。
権力も、なんでも同じことだと思うけど。
結局それを使うのは人なんだから、人がよくねぇといい方向には活きないんだよね。

俺にできることがあった。
自分にいつか子供が出来たら、そいつをいい奴に育てること。
ま、いつんなっかわかんないけどね、当分先、いやもしかしたらそんなん来ないのかもしんないけど。笑

最後に、1冊本を紹介して今日は終わりにしようと思う。

「残酷史」中内富太郎・著 文芸社

これは俺のサークル友達の爺ちゃんが書いた本なんだけど、実際に戦争に参加した日本人兵がどんな思いで戦争の日々を過ごしていたか、すごくよくわかる本だと思う。もちろん今の戦争とは何もかも違うっていうのはわかってるけど、こんな時期だからこそ時間のある人には歴史を振り返って欲しい。軍隊の中でのしごきとか、今の社会に形を変え組織を変え受け継がれている部分もすごく多くて、50年経って日本人ってどう変わったのか、変わってないのか考えるにはいい1冊だと思う。あと、戦争が起きたってことは最終的にはこの戦争にも決着がつくわけだけど、それで負けた方はどうなるか、どういう扱いを日本の場合受けたのかっていうのはやっぱ知られていないところが多いでしょ。だからその辺は俺的には是非読んでみて欲しいです。

それじゃ、また。

2003年3月15日土曜日

ちゃお、もう春休みも4分の3が終わっちゃったね。
あと半月もすりゃ新学期かぁ、ほんとに月日の経つのは早いもんだわ。

ところでさ、昨日ダチと話してて思ったんだけど・・・
みんなはどんな景色が好きなんだろって。
どーすか?

例えばそのダチは育った環境が都会だったっていうのもあって
大自然の中で暮らせたら、雄大な自然の中で生きていけたらって思うんだって。
だからジブリ作品でも「となりのトトロ」みたいな大自然の中で起こることを描いてるのが好きだって言ってた。

その気持ちすごくよくわかる。
俺が旅行好きなのもその辺に理由があるのかもな、って思ったんだ。
俺は山派、海派に分かれるとしたら、どっちか選べって言われたら山派なんだ。
海の近くに住んだことがなかったからってのもあるんだけど、

冬はもちろんスノボ大好きだし、山に行くよね。
あの景色ってそんときしか見れないし、その景色を見るために行ってるってのも間違いなくあるんだ。
毎回、そんときそんときの山の景色見て、「今年も来たな」ってワクワクするのがすげぇ好きだったりする。

んで夏も結構キャンプだ合宿だって山に行くことが好きなんだよね。
別にどこの山が好きだってのがあるわけじゃないんだけど、山っていうそのものが好きなのかな。
山道、峠を運転すんのが好きとかそーいうんじゃないんだ、そばに山があるっていうだけで結構満足しちゃう。

霊山って知ってる?
「○○富士」って富士の名前を冠してる山が全国にいっぱいあると思うんだけど、それ以外にもずっとその地域で崇められてきた山ってのがあんじゃん。
そーいう山ってのは、ほんと見ればわかる(俺だけなのかもしんないけど)んだ、「あ、この山・・・」って。
なんか特別なオーラをまとってるんだよね。
んでそーいう山って見てるだけで結構元気になってくる。
いつかこんな山のふもとで暮らしていけたら、てのは俺にもやっぱあるんだよね。
今そこで暮らすかって言われたら今はまだ東京にいたいって答えると思うけどね。
ま、それでも今年の俺みたいに就活とかがない限り毎年場所は違っても見に行こうとは思ってる。

結構旅行が好きだって人とかには賛同してもらえると思うんだけど。

知ってる?
こんだけ発展してる国で森が、というか自然がここまで残されている国っていうのはそう多くないんだよ?
日本はまだ7,8割(言いすぎかもしんないけど)は自然が残ってるべ。
これっていうのは日本人特有の信仰があったからっていう話もあるんだ。
トトロにも出てくるけど、大きな木や岩には神様が住んでたり宿ってたりするってよく聞く話じゃん、日本に住んでたらさ。
森の神様、火の神様、精霊・・・なんにでもそーいうのがあって色んなところでそれ大事にしてきたんじゃん?
だから、日本にはそーいうゆかりの場所も数多くあるし、自然をすごく大事にして生きてきたからこそ、今こんだけの自然が残ってる。
花鳥風月なんてキレイな言葉もあるしね。

それって都会に住んでたらちょっと忘れがちになっちゃうけど、やっぱ俺は大事にしていきたいと思う。
旅行に出れば、そーいうもんに数多く出会えて、充電できんだよね。
これは世界のどこを旅しようが日本じゃなきゃ味わえないんじゃないか、なんて思ってるんだけど。
だから俺は山が好きだし、これからもまだまだ旅行に行き続けたい。

んで、こっからは俺の好きな景色について(これまでも結構自分の意見なんですが(^^; )。

俺は、「天」ってか空を見上げるのが好きだったりする。
空ってさ、いろんな表情があんじゃん。
色にしても、雲の位置や種類、鳥・飛行機なんかの飛び方にしてもさ。
「同じ波は2度と来ない」っていうわけじゃないけど、そんときしか見れないだろっていうようなものすごくいい夕焼けとかもあれば、本当に雲一つない透き通った青空、一瞬しか見れない雷、満点の星空、流れ星とかいろいろ考えればあるよね。
そんな風にころころ変わる表情ん中でキレイだなって思える景色を見上げるとやっぱ元気出てくるんだよなぁ。

んでさ、その空もいいんだけど、みんながそれぞれ色んな空を色んなとこで見てるわけじゃん。
それはそれで全然いいんだけど、夜んなって月が出ると、真っ暗な中に月が一つあるとさ、やっぱみんな月を見るよね。
全国、いや異国で空を見上げてる人たちも同じ景色を見てんだなって考えると、これってすごいことじゃない?
北海道にいようが東京にいようが、どこにいても同じ月を、同じ景色を見てるって俺はなんかすごくうれしいんだよね。
そんなん考えて見てる人なんていないのかもしんないけど。
ご来光とかもそうじゃん、全国の何百万、何千万って人たちが同じ太陽を見てるんだぜ?
すごいことだと思うし、そういうのがあるっていいなぁって思うんだ。

んでもって今俺が見てる月は俺だけが見てた月じゃないよね?
結構自信持って言えるんだけど、今まで生きてきて月見たことない人っていないと思うんだ。
んでそれはさ、時代が違っても一緒だと思うんだよね。
時代、国が違っても全ての国の全ての人が見てるものが月であり、太陽であり、天。

歴史上の人物だって、歴史に出てこないような人たちだって遡れば縄文時代のさらに昔から俺達は同じものをずっと見て生きてきたんだなって。

星の輝きもさ、俺は天文学の知識なんかないから詳しくはわかんないけど俺が生まれるずっと前にその星が輝いた光が何百年、何千年ってかけて今見れてんだなって思うとなんか不思議な感じがすろよね。
その星が輝いてるとこにはもうその星はなくなってるかもしんないんだよ、今はまだ光が届かないけど。

そーいうの考えるとさ、時間軸を超えたもんとして空って本当に魅力があるっていうか、惹かれるもんがある。
それで悩みが解決するわけじゃないけど、見てるとなんか元気が出てくんだ。

ま、こんなこと考えるのって俺だけなのかもしんないけど。
でもそう思って空を見ると、違うもんが見えてくると思う。

ちなみにそんなんもあって、俺はジブリん中じゃ空の神秘を描くラピュタが好きです。
奇しくもすごい偶然なんだけど、テレビで今日ラピュタがやってたね。
妙な縁を感じたさ、んでそれを見れなかったのがちょっと悔しかった。

長くなっちゃってゴメン、でも最後まで読んでくれてありがとう。

2003年3月5日水曜日

慰霊の園

なんかもう春一番なんだってね~。
昨日は本当風強くて、コート着ないで外出たの失敗だったかな、なんて思ったよ。
こーいう時期って体調崩しやすいから気をつけないとね。
俺ら風邪引いてる場合じゃねーしさ。

っとまぁ挨拶はこのくらいにしてそろそろ本題に入ろうか。
□\(-o-\) (/-o-)/□

今ね、なんでかわかんないけどすっげぇ気になったことがあってずーっと調べてたんだ。
そんで調べてくうちにすごく考えさせられた。

何調べてたか率直に言っちゃうと”日航機墜落事故”のことなんだけど・・・。
みんなちょっとくらいは聞いたことあるよね?

これが起きたのが1985/8/12だそうだからもう17年も前のことなんだ。
俺が4歳。もちろんそんときの記憶なんか全然ないよ。

なんで気になったんだろ?
最近空港でシステムダウンがあったってNEWSが流れたからかな。
んで一回思い出しちゃうと頭から離れなくなっちゃって・・・逆に思い出すこともあったんだよね。

俺車の免許取った年の夏休みに親父と二人で旅行に行ったんだけど、そんときにこれに関係する慰霊碑みたいなとこに行ったんだ。
場所は全然覚えてなかったんだけど。
そんでそんときに聞かされて初めて知ったことが多かったんだよね。

・・・言っていいのかな?

場所は群馬県上野村、慰霊の園。
これを探し出すのもかなり時間かかったよ。
何県かもわかんないし、慰霊に関するところってことしかわかんなかったからさ。

んでそこで親父に聞かされたことってのはその慰霊碑が合掌の形をかたどったものであること。
その犠牲者の中に俺と遊んでた子ってかその家族がいたこと。
特にそれを聞いたときは軽くショックだったのを覚えてる。
「俺は今までそんなことも知らないで生きてきたのか。」とか「こんな身近な事件だったんだ。」とか。
ショック、というか驚きが多くて、でもそれ聞いて本当にその事故、そして今そこにいることをすごく自分のこととして捉えられた。
今まで対岸の火事だったものが急に現実味を帯びて見えたんだよね。

んで今思うと、それからかもしれない。
犠牲者に対しての思いやりというか、大事にしようって気持ちを持ったのって。
阪神大震災も、ぶっちゃけ俺にとっては他人事っぽいとこがあったんだ。
もちろん無事だといいな、とか義援金いっぱいあげて少しでも力になればってのは思ったよ。
神社行ったり。
でもどっか他人事だった。
自分の知り合いがいなくなったとかってのがなかったからだと思う。
自分の一番好きな人を亡くした人とか家族を亡くした人たちから見たらすごい失礼だよね。
ごめんなさい。

んでそんなことも思い出しながら調べてたんだ。
そしたらさ、結構出てくるんだよね、いろんな人の思いが。
俺ってこんなにも知らなかったんだ、て改めて今日思った。
17年前の出来事なのに、いまだにそれについての掲示板とかもあっていろいろ議論が交わされてる。
実際はこうだったんじゃないか、とかこれには裏があったんじゃないのか、とか。
遺族の人のHPや、そこに慰霊の思いを捧げるような思いを綴った文章とかも出てきて。
慰霊登山の日記も、もちろん事故についての本の紹介のHPも。
その本の種類の多さにも驚いたけど、なによりHPの多さに驚いた。
あの事故一つでこんなにも多くの人にこんだけの思いを持たせることになってるのかって考えると、やっぱり真剣に受け止めないとなって。

遺族の人の思いなんかは、俺ほんとにインターネットで見れるってすごいなって思った。
絶対に会うことのない人の感じた気持ちだとかがすごく伝わってきて、改めて事故の衝撃の大きさってものを感じた。

普段はあんまり耳を傾けないようなことなのかもしんないけど、そればっかじゃダメだよね。
阪神大震災やテロに実際にあった人の思いってのはどんだけのもんなのか俺には想像つかないけど、そういうことがあったってことは忘れないでいたい、というか忘れちゃいけないと思ったよ。

なんでこんなこと書いたかって?
俺がここに書くことによって少しでもそーいうこと考えるっていうか思い出してくれる人がいたらいいなって思って、てのが一番の理由かな。

最近というか、ここ数年で今まで貯めてきた記憶の断片がつながってきてるんだ。
・・・俺が成長してきたから、つながり始めてるんだったらうれしいな。

2003年3月2日日曜日

久々の休みのはずが・・・

ちゃお。
この前春休みんなったと思ったら、あっという間にもう3月だね。
月日の経つのは早いなぁ。

もう春休みも半分終わっちゃったと思うと、なんもしてない自分がちょっと寂しかったり。
もちろんなんもしてないわけじゃないんだけどね、就活してるしてる。

でも普段ならこの時期は・・・「どこどこに行ってきたよ!」とか「だれだれが何やらかしたぞ!」とか「これからまたどっか行って来ます!」とかそんな感じなのに、今回はそーいうのゼロだもんなぁ。

なんか”あいつは就活があるから”とかって遠慮されてるように感じることもあるし。
これって被害妄想なんすかね。

なんか就活って堅苦しい。
いついつまでに何を持ってこいとか何を提出しろとか説明会に行かないと次の選考に進めませんとかって手続きが多すぎるし、それでいて友達同士が微妙に競争相手みたいになってて情報勝負だってわかってんのに情報まわさないで受けるだけの人になりたがったりだし。
もちろん俺も多少そうなっちゃいるんだけど。
このHPにもほんとは俺がどこ受けてそこは雰囲気どうだったとか書いてもいい(てかほんとは書きたい、そんでいろんな人のそこに対する意見とか思い入れとか聞いてみたい)んだけど、このHPを企業の人に見られたときちょっと気まずいかなって思ってさ。
企業の人も俺がそこだけじゃなくていろんなとこ受けてたりすんのここ見てわかったりしたら嫌でしょ、多分。
内定あげたのにまだ就活してる・・・第一希望って言ってたのに・・・とか。
自分のとこがボロクソ言われてたらそれも気分悪いと思うし(ま、そうなった時点で即落ちだろうけどね)。
面接とかでも礼儀正しくして、自分の普段使ってる言葉じゃない使い慣れてない堅い言葉(敬語ともちょっと違うって感じてんだけど)を使わなくちゃいけないし、自分の普段を見てもらうってのじゃ面接でされる質問に対してしっかり答えられないからって面接の前にされる質問に対しての答えを練って行ったり。そんなんでわかんのかね?
普段めっちゃ使えない奴でもそれなりに用意してけばなんとかなっちゃうってか下手すりゃ使える奴よりそーいうときだけはちゃんとできたりしちゃうわけじゃん。
なんか就活ってやってる方もやられる方もおかしいよね。なんかが抜けてる気がする、しっくりこないっていうか。

今日も久々のオフのはずだったんだけど・・・結局就活関連のことしてるし。
今までできなかった(いやホントはできたのかもしんないけど)エントリーシート書いたり、説明会でもらった資料読んだり、これまでの就活の進行状況振り返って把握したりで。
あぁ~はやく落ち着きたい。

でも昨日感じて今日もちょっと考えてたんだけどさ、今年は俺たちだけど、社会に出てる人(これから出る人含む)はみんなそれを経験してんだよね。
それのウェイトがどうだってのは別にして。
だからやっぱさ、これから出る社会の人たちはみんなこれをやってきたんだから俺も逃げてちゃ勝負んなんないよな。
逃げ出したい気持ちもあるんだけどさ、正直。

院に行くっていう手もないわけじゃないじゃん、俺ら理系なんだからさ。
院に行った人と行かなかった人の生涯賃金は2億違うって話も聞いたことあるし。
それに追い風になってるのが今年の院志望者の少なさプラス大学側の新しい制度の導入。
もし俺が院志望に切り替えたら多分7,8割方行けると思う。
研究をやりたいかどうかは別にして。

ほんとそっちに切り替えたら今めっちゃ遊べると思うと・・・正直そっちの方が楽だしいいんじゃないの?なんて思っちゃうよ。

・・・

でも!!!
それじゃダメさね。
俺は俺を通す。
院には行かないって決めたんだから、就活して就職するって決めたんだから途中で棄権はしない。
これが終わればもうスノボに行けない年なんてない(おそらく)んだから、先に延ばしてる場合じゃねーもんなぁ。

なんかね、これまでつらかった体験ってなんだろ?って思ったとき、今って相当キツイよなぁって思ったんだ。
今まではそんな人生決まるようなプレッシャー賭けてつらい(精神的にクル)体験ってしたことなかったからさ。
全て自由の名の下に自分で選んでやってきた体験だったから。
どっかに行ったってのもそうだし、しごかれたりすんのもそうだし、受験勉強とかもそうかな。
つらいってのは確かにあったけど、それだけじゃなくて楽しいってのが確かにあったんだよね。
あ、言っておくけどしごかれるのが楽しいって言ってんじゃなくてバスケとかサッカーがって意味だからね。

例えばさ、登山とかしてるときって確かにつらいけど、その先に見える景色を見るのが楽しくて、達成感味わいたくてやるわけじゃん。
バスケでしごかれるのもそれ自体は確かにつらいけど、友達を完ぺきにドリブルで抜けたり気持ち良くシュート入ったりしたら気持ちいいじゃん。
受験勉強も勉強自体は全然興味ないもんだったりすんだけど(人によっちゃ違う人もいるみたいだけど)、他の人と順位競ったりさ、同じ問題一緒に解きだして勝ったりするとそれはそれでうれしいじゃん。

てっか俺って結構こうやって思ってること書いてると前向きになってくるのかもしんないなって思った。
んじゃ就職活動は?って聞かれるとさ・・・何が楽しいかな?

就活って一発勝負の面があるからまだその先にある(であろう)解放感ってのは味わってないからわかんないんだけど、やっててうれしかったのは友だちができたこと、昔の友だちに会ったりできたこと、知らなかったかっこいい建物ん中に入れたこと&見れたこととかかな。
かわいい女の子と喋れたりすんのもそれなりに楽しいよね。

その楽しいことの方を考えてやってきゃいいのかな、なんて思った。
難しいかもだけど。企業のことと全く関係ないし。

2003年2月23日日曜日

遊学働の融合

ちゃお、おひさしぶり。
もう2週間もなんも書いてなかったんだなぁ・・・なかなか忙しいと書く気が起きなくて。

インフルエンザなんかになってない?
この時期インフルエンザになると結構キツイみたいだね、やっぱり。
俺には「気をつけてね」とか「お大事に」とかしか言えないけどやっぱり体調は崩さないでほしい。

俺の方はだんだん業界に対する理解(一つだけじゃなくて、業界相関図みたいな)がいろんな業界のセミナーに参加したりしてるおかげでちょっとずつできてきて、やっと「木を見て森を見ず」っていうところから抜け出せてきたかなって感じ。
全体像をつかまないで、自分の志向とか関係なしで片っ端から足使って行動してきたけど、ようやく点が線になりはじめたよ。
まだまだだけど。

別にいらないことなのかもしれないけどね。
自分の行きたい道はもう決まってるし。

今日ね、俺の”やりがいを感じてるとき”をどう言葉で表現すればいいのかわかった。
ある会社のセミナーで社長さんが話してたことだったんだ。
題名がそれなんだけど。
遊びながら、学びながら、働く。

楽しみながら、自分の実力(スキル)を高めながら、社会や誰かに貢献してお金をもらう。
お金っていうのは”感謝”に置き換えてもいいかな。

あぁ、これが一番いいし、俺はこのスタイルを目指してきてたんだな、てのがわかった。
どんな組織に属しているときもそこを無意識にでも意識してた、と思い当たることがいくつもあって。
あいつが喜ぶから・・・とか、みんなにとってはこっちの方がいいかな・・・とか。
今まではなんて言っていいのかわかんないけど俺のやりたいことはこうで、本来そーいうもんだろ、みたいな感じで(筋とか粋とかって言葉で表現してたかな)やってきてたことにちょっと確信を持てたっていうか、そういう考えの下に動いている社長さんがいることが嬉しかった。
社長さんだったから、じゃなくて、肩書き関係なしでその人個人としてそう思って生きている人がいることがすごい嬉しかった。

てことで、遊学働の融合を目指していきたいと思った日曜日でした。

2003年2月8日土曜日

やる気がだんだん・・・

やっぱり俺はこっちの方が(左に寄ってる方が)自然でいいかな。

ここ最近就活も一息ついて、中休み。
ちょっと昨日今日と予定がない日が続いてる。
ま、昨日はほんとはあったんだけど(メンドくなって)空けたって方が正しいかな。
まぁ予定はなくともやんなくちゃいけないことはあるんですけど・・・。

ただ何か追われてる感があって自由にどっかに行ったりってのはあんまりする気にならない。
はぁ~。ダメだね、こんなんじゃ。

一発パーッとどっか行ってきちゃおうかな。
無計画に。

今日やったことと言えば・・・

ダチと就活の情報交換して、メシ食って、本買うのと就活用の写真撮ってくれるとこ探しいって、帰って洗濯物取り込んで、寝て。
んで今に至ってます。
まぁ今日はゆっくりしようと思ってたからそれで別にいいんだけどさ。

・・・なんか最近頭の方が疲れ気味かも。
久々に回転しまくってっかんなぁ。
それに就活関連でしか誰とも会わないし。

みんな、俺と遊んで俺に元気を分けてくれ!!!

とそれはいいんだけど、今日確かFriends冬旅行行った人たちは帰ってきたんだよね。
おつかれさん!!!無事でなによりだよ。
今度一緒に飲んだときにでも”やっちまった話”とか聞かしてくれなぁ。

俺も行きたかったなぁ~。
ケインかーなり熱心に誘ってくれてたし、最近顔出してなかったし。
なによりスノボだし。

ここまで全部のFriends旅行に参加してきた俺としては、途切れちゃったのはさすがにちょっと悲しいね。
ここで載せてたFriends写真も途切れちゃうわけだし。
旅行の写真をこのHPに載せといてみんなに見てもらって、みんなが喜んでくれるのって俺的にかなりうれしかったんだよね。
旅行んときの楽しかった思い出をそんとき単発で終わらせてほしくなかったから、誰もがいつでも思い出せるようにしようと思ってつくってたからさ。
俺だけが楽しむためなら別に載せる必要はないじゃん?
ぶっちゃけかなりメンドイ作業だし。

あぁ、でもみんなの写真で「これも載せて!」ってのがあるならやるよ。
自分のじゃない写真だから載せちゃいけないなんて思ってないし。
メンドイってのは時間がやたらかかるから疲れるっていうだけでやりたくないってわけじゃないんだ。
それで楽しむ人が増えたり、もっと楽しめるようになるなら全然やるよん。

ま、旅行に限らずFriendsに限らず全ての写真にそれは言えるんだけどね。
どれも俺には大事な思い出で、それがなければ今の俺はなかったかもしれない。
だから・・・今回のFriends冬旅行の写真は残念ながらないけど、Friendsのみんなも他のみんなも写真館見て楽しんでってくださいな、と。

でも・・・行ったらすっげ楽しかったろうにな~。
ま、俺が決めたことだし、それはそれ。言いっ子なしだよね。
記録はまたつくればいいさ。
もし行ってたら出れなくなってた説明会とかあったんだからしょうがない話だもん。

ほんと参加したみんな、それと幹部、特にケイン、おつかれ!!!
今日はゆっくり休んでくれぃ。
また会おうや。

2003年2月2日日曜日

就活モード

ちょっと今回から真ん中にしてみようと思いまして。
読みにくかったら言いにくいかもだけど一言言ってくれるとうれしいっす。

あ~ついにこの季節がやってきてしまいましたねぇ。
テストの時期はテストの時期でそれなりに大変だったけど、みんなで同じことをやるわけだから、自分ができなくてもなんとかなる。
ぶっちゃけた話、俺はいつもそう。
みんなが全てのことを万全にしたときから、俺のテスト勉強ははじまる。

自分で言うのもなんだが、ちょっと人より記憶力がいいので人が1日かけて理解したものを結構簡単に覚えちゃったりする。
最大限に集中力が研ぎ澄まされれば、今でも瞬間記憶できるかもしれない。
そのかわり有効期限も短いわけだが。
だから、みんなが授業でとったノートをコピーして、とりあえず持ってる過去問以外の資料もコピーして待ってる。
ちょこちょこちょっかい出しながら。

そんなことばっかしてると、俺はただのやっかいものでしかないんだけど、そうじゃない。
俺には他の人にマネできない役割がある。

過去問集め&情報収集。

幸いなことに学科の七割くらいは友達な俺は、みんなの情報のパイプ役になって使える情報を集められる。

「過去問はあいつとあいつが持ってっから・・・」
「授業のことはあいつに聞けばわかるかな・・・」
「確かあいつのサークルの先輩がこの研究室だったよね?」

なんてことをして、全ての情報を俺のもとに集めることができちゃうのさ。
多いときなんか俺が生まれた年くらいのまで過去問集まってきたこともあったよ。
そしてそれをみんなに配るわけ。
そうすると俺はみんなに役立ってるわけだから、誰とでもギブ&テイクの関係が成立するのさ。
もちろん俺が与えるだけの人の方が多いんだけど。
自分じゃなにもやってないくせに。

そんでいろんな人の力を借りたテスト期間が終わると、
その打ち上げもみんなと話せる俺の役目。

と言っても俺一人でやるわけじゃなくてサポートしてくれる人はいんだけど。
まぁ人を呼んで出席確認は俺だけの役目。
これは意外と大変なんだけど、まぁそれはいいさ。

今回もそうだったよ。
31の飲みの開催。

飲みの雰囲気はまぁ写真見てもらえればわかると思うんだけど。
楽しいよ。
ぶっちゃけそこらのサークルの飲みより楽しいと思う。
役者が揃ってっかんね。



で、それが今までだったわけだ。
見事な役割分担だと我ながら思う。

でもこれからはそういうわけにはいかないんだよね。
自分のことは全部自分でやんなきゃいけない。

自分で自分のことをよく考えてみて、企業もよく調べて。
先輩の情報が間違いなく自分も使える情報だなんてこともないし。

もちろん参考にはなるよね、去年の経験談とか聞けたら。
そんでその数は俺は多ければ多い程いいと思う。
その情報が嘘じゃない、信頼できる先輩から得られるものなら、だけど。

自分で日程かぶらないように調整しておかなきゃだし、今この企業とはどこまで俺はやったのかも把握しておかないと。
締め切りもあるし、受付開始時間ってのもある。
受付開始3時間で説明会の予約が埋まっちゃうこともある。
そんでその説明会に出れないと次の選考ステップに行けなかったり。

受ける業界、企業の数が増えれば増える程それは大変になっていくわけで。
もちろん自分の体調管理もやんないとだよね。
今年はインフルエンザとか流行ってるらしいし。

あ~、就活って大変だなぁ。
やることマジ多すぎ。
違う学年の人、同じ学年でも院に行くって人はもうスノボとか行っちゃってんのに。
・・・いいなぁ。

まだ始まったばっかだってのにこの先考えると嫌になってくるよ。
動いちゃえば新しく友達できたり知らなかったことがわかったりで楽しかったりすんだけどね。



はぁ~・・・。



そろそろ切り替えるかぁ。
軽くやっていこーかぁ。
一撃で蹴散らしていこーかぁ。