2007年7月24日火曜日

本「沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇」

今日、やっと3巻も読み終わった。。

長かった。そして、重かった。
何故、ジャンボジェットは墜落してしまったのか。

多分、この作品の一番肝になる巻だと思うけど、それだけあって取材もしっかりして書いてるのが伝わってきた。

その場しのぎ的な対応に終始する加害者側の会社。
真相を明らかにしようとする警察や事故調査委員会。
家族を失っただけでなく、残された人たちの人生までも狂っていく遺族。
親方日の丸の会社と、国家ともいえる規模の会社、そして、日本政府。
国家間の問題のハズなのに、それぞれがリアルに感じていない現実。
加害者側の1人として、自分は業務上関係なくとも責任をしっかり取ろうとする、責任感のある人たちもいた。逆もまたしかり。
遺族にも、事故を真剣に受け止めている人、受け止められない人、甘い汁を吸おうとする人、手のひらを返したように冷たく扱われる人、いろんな人がいて。

それでも、前に進まなくちゃいけない。
人の強さってなんだろ。幸せって、やっぱ金じゃない。
とか、いろいろ考えさせられました。

でも、つらつら書いたけど、真っ先に個人的に思ったのは、親父の感想と同じく「書きすぎ」かなってことでした。そこまで細かく書かなくたって、伝わると思ってしまった。

確かに細かい設定まで書いてあるし、いろんな世代、業種、人生を歩んでる人に対して興味をそそるテーマだから、ドラマにはしやすいと思う。
作りやすく、観てもらいやすいって意味では。

でも、これは俺が「読者」として未熟だからかもしれないけど、やっぱここまで事細かに書かれると読んでる方としてはかえって疲れるなって思いました。
読み物のくせに、「2度3度読んでみたいと思うか?」と言われると、すごく疑問。

まるで、この人の備忘録を「一応ここに全部書いといたから、一通り目ぇ通しといて」って読まされてるような印象は否めなかった。

あ、別にそれが「悪い」って言ってるわけじゃないんです。
俺が「こう思った」ってだけの話で、読む人が読めば「ここまで書いてあるなんてすごい」って思うだろうし、それ通り越して「ここまで書いてくれてありがたい」って感謝する人もいるんじゃないかな。

ただ、そんな俺でも3巻に入って初めて感じたことがあった。

俺最近、仕事も他も、リアリティに欠けてる。
仕事は楽しくやってりゃいいわけじゃない。

なんなんだろ、頑張ってるつもりだし、成長もしてると思うけど、なんとなくフワフワしたもんがあって。

自分が成長してるから、それでいいのか。
相手を成長させるってことはできてなくないか。
お客さんの業務の理解が足りなくないか。
ついでに業界知識や、必須スキルを身につけるの諦めてないか。
上司や部下、同期からの見え方が変わったりしてないか。
計数に気を配ってるか。
自分の精度が全体的に落ちてないか。
自分が身につけたいスキルがわかってるのか。
お客さんが言ってくる前に、先手を打ててるか。
いつも問題が起こることに慣れて、不感症になってないか。

そういう仕事に関してのコトがいつも優先されて、人に会うことを忘れてないか。
周りで一緒に仕事してる人たちはケアできてるか。
周りの人たちは俺以上に大変な思いをしてるかもしれない。
自分の話ばっかり、聞いてもらおうとしてないか。

1,2巻読んでも思わなかったけど、それぞれの人生と、その中での仕事。
登場人物にも、リアルな世界で付き合いのある人たちにも、大なり小なりいろんな問題がみんなにあって。
そいつと上手く付き合っていけたらいいんだけど、たまに「俺このままでいいのかな」って思うこともあります。

変な違和感を恒常的に持って、納得できずに、でも生きるために「いつかきっと」って我慢して、じきに考えるのが億劫になって世の中に流されていきそうな自分が未来にいる気がして。

大抵こういうときは自分の中で良くまわってないときなんだけど。。。
だからこそちゃんと、自分のことをリアルに感じてたいと思いました。

I believe in everything I feel!

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