2026年5月13日水曜日

【散策】森鷗外記念館&旧宅

続いてやってきたのは「森鷗外記念館」。


このまちで一番有名になった人、なのかな。
まちの観光スポットを巡っていると、至るところに登場している。

傾いた森家の希望として、群を抜いて成績がよかった森鷗外は上京、軍の中で出世していく傍ら文学でも結果を出していく。
その二足のわらじの両立と二面性について紹介していく展示でした。
(展示は写真撮影禁止だったので、外にいた胸像のみ)


展示に記念写真がたくさん残っているところを見ると、そういう表舞台に立つことも多かった人物だったのだろうし、(話したことはもちろんないけど)それを続けるには社交性もある程度必要なはずで人と話すのも好きな人だったのかな、というのも感じたところ。

そしてそんな社交性は、いろんな宛名に出していた手紙からも伺えるそう。先日「一葉記念館」を訪ねた際に、樋口一葉は森鷗外に紹介されたことが女流作家として注目を浴びるきっかけになったというエピソードが紹介されていたけど、こちらの記念館でもその話は紹介されていて、同じ時代に生きていた人たちなんだなぁ、と。

お隣の旧宅もセットで見れたので見てきました。




門を出たところから。


ただ、僕の個人的な森鷗外の印象は、「脚気を誤診した人物」。
偉くなった(陸軍軍医総監)彼のこの誤診のせいで、脚気の原因だった白米を食べることが陸軍では推奨され、結果日露戦争時に数万人の兵士が死亡することにつながった。(海軍はこれにすぐ気づいて食事を切り替えて撲滅していたのに)
それがあって、自分で食べるお米は胚芽米(白米の3-4倍のビタミンB1を含む)を選ぶようにしている。
まちなかの雑談ではなく、偉くなった人の誤判断は大惨事を招くことになりかねないことの代表例。

でもこの話は、この記念館の中では1ミリも触れられてなかった。
「あえて」なのだろうなと、「記念館といえど全てが紹介されているわけではないんだな」と思った訪問でもありました。
まぁ、地域の小さい子も「地元の偉人」として見に来るのだから紹介はしにくいかもしれませんね。