- 素材が育つのに要した過去と自分の現在の技量、そして造ったモノが一人歩きする未来に対して造り手は関わることになる。
- ものづくりは人間性の投影。数百年の歳月をかけて育った木を切り倒し、一旦生命が断たれた木にもう一度、数百年の命を吹き込むことができるかどうか。魔法や奇跡に頼るのではなく、人間の能力で再び命を与え得るかどうか試されている。造り手が、それに対して全身全霊を打ち込まなければ、成功はあり得ない。夢中になって努力する日々がないと、重みは増すばかり。でもだからこそ、ものづくりの喜びは大きく広がるとも言える。
- ものづくりは一言で言えば節操。間違いなくものの良し悪しを判断できる人はほとんどいないし、造り手がそのものの良し悪しを判断しうる人と出会うのは非常にまれとなる。そうなると、いかにいい材でいい仕事をするか、悪い材で悪い仕事をするかは造り手の節操次第となる。⇒これはどこの仕事でも一緒かも。
- 焼き物の世界で、今、国宝級といわれるものの多くは作者不詳です。そういうもののよさは作った人が人にほめられるようなものを作ろうとか、芸術を作ろうとか、そういうことを考えていないということです。無心に作っている。できあがったものを誰かが使って、そのうちに壊れてまた土に帰るんだろうなというぐらいの自然体で作っている。肩の力が抜けきっているんです。
- ボウリング場のシートと同じグラスファイバが、ロケット弾の翼に使われている。花火大会と爆撃は、ほぼ同じ物理現象だ。自分が直接手渡さなくても、お金は社会を循環して、どこかで兵器の取引に使われる。人を殺すための製品も部品も、必ずしも人の死を望む人たちが作っているわけではない。
- ジョブズが天才的なキュレーターであるのは、単にテクノロジーだけでなく、新しい価値を生み出すため、人間を中心に置くリベラルアーツの軸を忘れないから。
- テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立つアップルに対し、ソニーはテクノロジーで対抗しようとした。アップルがコトのイノベーションを起こしたのに対し、ソニーはモノの性能の次元でしか考えず、何と何を結び付ければソニーらしいコトづくりができるかという発想を持てなかった。モノとコトはどう違うのか。それは、そこに人間がかかわっているかどうかです。
- つまり、コトとはモノとユーザーの関係性の中で生まれる文脈であり、物語であると言えます。体験と言ってもいいでしょう。その物語や体験に共感するとき、ユーザーは手を伸ばす。だから、テクノロジーの軸だけでなく、人間を中心に置くリベラルアーツの軸が必要なのです。
- プロパーに評価される商品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。
■モノを造れぬデザイナー
- 学校教育制度のなかでの工芸の分野は、生きた知識の欠落から、モノを造ることに対する認識が固定化してしまった。「○○学」「△△論」でくくられる知識は、鉋の刃を満足に研ぐことさえできないでいる自分になんの反省もない。
- そこで多くのものはいわゆる「デザイン」に逃げ込んでいき、最近は「まったくモノを造れぬデザイナー」が多く生まれている。しかも、それがあたかも当然のことのように思われている情況である。悲しいことだ。
- 「音楽をコンテンツという人は音楽を聴いてない人。私はものすごく抵抗がある。そんなこと考えたこともない。」「映画をコンテンツと言って取材に来た人にはいつも頭にきて、言う。僕らがやっているのは<作品>だ。<商品>とも言わないでくれ、と。」
- 「僕らは、まず、自分が欲しいものは何かを把握する。そして、同じものを多くの人も欲しがるかどうか、きちんと考えることがアップルは得意なのだと僕は思う。僕らはそのプロなんだ。だから、次にブレークするのは何だと思う?って社外の人に訪ねたりしない。」
■技能五輪
- 普通は銀色のアルミ製なのに対して技能五輪大会支給のものは茶褐色だった。そこで、競技が始まるとすぐに持参のリベットを支給品と一緒にバーナーで焼いて黒く色をつけてしまう。こうすると支給品と区別がつかなくなる。支給品をなくしても気にしないで作業ができるというのである。
■自分たちのウリを考える
- ゲームに熱狂するファンがいる一方で、実は声を出さずに静かに立ち去った人たちも多くいたのではないか。かつては茶の間でコントローラーを奪い合い、ギャラリーも一緒に楽しんだのに、コントローラーはどんどん複雑化して、差し出すと後ずさりするようになった。ギャラリーも消え、1人暗い部屋にこもって遊ぶようなイメージになってしまった。
- 「任天堂は重厚長大なものばかりつくっていてはダメだ。軽薄短小でお客を満足させることを考えろ。」「任天堂は力のケンカなどするな。よそと違うから価値がある。」
- 「貴社が潰れてしまったら、ウチは大打撃を被る。わが社が最先端を走れているのは、貴社の優秀な製品があってこそ。正当なものであれば、どんどん儲けてくれ。その利益でもっと優れた製品を開発してくれればいい。」
- 技術経営(MOT)「これまで日本をつくってきたのはものづくりだ。そしてこれからも、ものづくりが日本を支えなければならない。」
- モノを作るには工場が必要。でも、これは製造業の難しさで、工場を建ててしまうと、投下した資本を回収するためにその設備に依存することになり、身動きが取れなくなってしまう。だから私たちは、工場を持たない「ファブレス」のメーカーとして、 あくまでソフトウェアで勝負しようと考えた。
- きちんと連携して動作する部品を自分のサプライヤーネットワークから調達することよりも、安くて性能のよい部品をなるべく多方面から調達することの方が、性能の向上やコストの削減につながりやすい場合がある。 「垂直統合」の系列会社を持つことよりも、「水平連携」できるサプライヤーと広く協力することの方が 強みになる時代がくるかもしれない。
- 特許権などの知的財産権を取得することによって、企業は参入障壁を築くことができます。保護期間は、特許権が出願日から20年、実用新案権が出願日から6年、意匠権は登録日から15年。
■個人でつくれる場所も増えている
- Makers' Base http://makers-base.com/
- FabLab http://fablabjapan.org/
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