2020年1月13日月曜日

多摩地域の治山と治水の話

■水資源について

  • 「青の革命」という言葉がある。「水資源と人とのかかわりにおける、土木技術を中心とする河川中心主義の水資源管理から、流域圏環境と調和した統合的流域圏・水資源管理への(革命的な)変化」を意味しており、「緑の革命」になぞらえて1996年にヨーロッパで提唱された。
  • しかし遠く明治以前を顧みれば、山を治めるものは川をも治める、という治山治水思想が日本の国土保全の根幹をなす哲学であったことは、言うまでもない。
  • 日本では、水や川の管理主体と森林や農地の管理主体は、お互いほとんど関係をもたないまま、100年以上にわたり国土開発・保全を行ってきた。「緑のダム」という思想は、森林の機能論を超えて、この縦割り構造を根底から覆す力をもった思想であり、この思想を過去100年間無視し続け、河川管理に尽力してきた国土交通省や都道府県の担当部局が、この思想に拒絶反応を示すのは、やむを得ないことなのだろうと思う。
  • 西ヨーロッパ諸国およびアメリカ合衆国においては、1990年代前後から「統合的水資源管理」と呼ばれる政策へと転換がなされてきている。統合的水資源管理というのは文字どおり、自然界にあるあらゆる場のあらゆる状態の水をひとつながりのものとしてとらえて水を管理しようというものであり、そのためには「流域全体」の観点、「自然の水循環」の観点、そして水質の観点からも水の生態や動向を把握し考慮することが求められている。土地利用の面からは森林と農地が重要視され、開発の規制がなされていることはいうまでもない。
  • 明治になってからは、それまで主に民間事業、地方の事業として行われてきた森と川の管理が、国家的事業として実施されるようになり、その集大成が河川法、森林法、砂防法のいわゆる「治水三法」であった。
  • 川の水を増やすため、もう一つ考えられる方法は、中下流部に残る湧水を守ることだ。東京都では、年々湧水地点が減っている。2000年の調査では、5年前に比べて70ヶ所の湧水が消失してしまった。原因は、地表がアスファルトや建物におおわれて、地中に雨水がしみ込まなくなったこと。東京都では、雨水のしみ込まない不浸透域の面積が、区部で8割、多摩地区で5割に及ぶ。しみ込まなかった雨水は、下水管などを通じて、川に注ぐ。これだと川は、雨の直後に増水するが、雨が降らない日が続けば渇水に陥る。
  • WHOはこう予言しています。20世紀の戦争は石油の争奪戦から始まった。しかし21世紀は、きれいな水の争奪戦によって始まるだろう、と。
  • 水にとって必要なのは、浄化ではなく、尊敬なのです。
▼世界水フォーラム
  • 2012年3月、仏マルセイユで開かれた第6回世界水フォーラムでは、4つの問題が指摘された。
    • 1.人口が増加し、生活様式が西欧化して肉食が増えることで、2050年までに食糧需要は約70%増加する。農業の水消費量は20%近く増加する。(※現状ベースで試算した場合)
    • 2.帯水層(地下水を含む岩や土の層)からの取水量がこの50年間で3倍に増え、現在では飲料水全体の約半分を占めること。水管理の見直しと節水努力が必要。
    • 3.気候変動がもたらす水問題への対策費は、2020年から2050年の間に、年間137億ドル~192億ドル(約1兆1300億~1兆5800億円)に達するということ。
    • 4.世界で約25億人が不衛生な環境に暮らしており、2015年を期限とする国連ミレニアム開発目標を達成できない可能性が高い。安全な飲料水の確保の目標は達成される見込み。
  • そのほか今後の不安要素としてあげられているのが、食糧やバイオ燃料確保のため、欧米、中東各国、中国、インドがアフリカで農地を取得していることです。自国の需要を満たすために他国の水資源を浪費し、その地域が犠牲になるのではないかとされています。
▼上下水道について
  • 上下水道には多くのエネルギーが使用されている。上水道では、水源からの取水・導水、浄水処理、各家庭まで送水・配水に、年間約79億kWh。下水道でも、導水、下水処理、放水に年間約71億kWh。上下水道合わせて年間約150億kWhになり、これは原子力発電所1.5基が創出するエネルギー量に匹敵する。
  • 浄水方法には、緩速(かんそく)ろ過、急速ろ過、膜ろ過がある。それぞれにかかるエネルギーを比べると、緩速ろ過、急速ろ過、膜ろ過という順番になる。
  • これからの水循環を変えていくためのポイントは、下水処理を細分化していくこと。具体策としては、建物やコミュニティ単位で、汚水や雨水を処理する小規模な浄化槽の設置を義務づけ、その処理水を、トイレの洗浄水などに使う。この方法なら、わざわざ下水処理場から各家庭まで新しい水路網を作らなくても、処理水の循環利用ができる。課題としては、浄化槽を設置するための場所が必要なこと、定期的なメンテナンスが必要なこと、ぐらいだろうか。決して不可能なことではない。
  • 下水処理水の水質についても、行政サイドは、「大規模な下水処理場なら水質管理もしやすいし、高度処理施設の導入を進めやすいので、処理水の水質が良くなる」と言う。これに対して、「下水処理場は、基本的に不安定な施設。いったん工場排水由来の毒物などが流れ込むと、処理層の中では微生物が大量死を起こして、2~3ヶ月に渡って浄化能力が回復しない。大きな処理場でこうした事故が発生すると、不完全な処理水が大量に流出することになります。リスクを分散させる意味でも、小規模な処理施設をたくさん作る方が良い」
  • 現在の東京の下水道では、し尿も生活雑排水(し尿以外の生活排水)も工場排水もまとめて、大規模な処理場で処理している。背景にあるのは「規模が大きくなれば、効率的でコストが下がる」という行政サイドの考え方だ。これに対して宇井さんは「生き物相手の技術では、規模を大きくすれば効率が落ちてコストもかかる」と言う。今の下水処理は、「味噌もクソも一緒」の状態だ。本当は、し尿と生活雑排水と工場排水とは、全部別々の系統で、それぞれに適した生物処理をした方が、効率的だそうだ。
  • 節水の方法には、今まで利用していなかった水を使う、という方法もある。一つは雨水だ。東京都では、両国国技館や東京ドームで、屋根に降った雨水を貯え、トイレの洗浄水や防火用水に使っている。これまで日本では、トイレの水にまで水道水を使ってきた。考えてみれば、それはとても贅沢なことなのだ。もう一つ利用できる水。それは、これまで捨てられていた下水処理水だ。新宿の東京都庁周辺やお台場、品川などでは、近隣の下水処理場の処理水が再利用され、トイレの洗浄水として使われている。下水処理水の循環利用。
  • これからの都市の水リサイクルを考える上での一つの答えがここにあった。ただ、こうして下水処理水を利用するには、一つ大きな問題がある。処理した場所から利用する場所まで、処理水を送り届けるルートが必要なのだ。下水処理場から各家庭まで、水のリサイクルのためだけに新たな水路網を作るというのは、いかにも非効率だ。何かうまい手はないものだろうか。
  • これまで推進されてきた大規模下水道建設の背景には、高度経済成長期の日本で幅をきかせてきた大量消費大量廃棄の思想が透けて見える。「大量のゴミを出した末、大規模な焼却場を作る」という考え方と、「大量の水を汚した末、大規模な下水処理場を作る」という考え方はイコールだ。
  • 冬場の水温の低下は、川の生き物にとって、季節を知るための信号だ。下水処理水の割合が高い東京都の神田川では、性成熟したアユが見つからない。これは、本来の産卵期である秋になっても水温が下がらないためではないかと心配されている。
  • 高度処理を進めたとして、最後に残る問題は、臭いだ。現在の高度処理を行ったとしても、処理水に独特の下水臭さは残ってしまう。臭いまで取り除くスーパー高度処理はできないのか?実はそれも技術的には可能だ。オゾンを使った処理をするなど、浄水場で導入されているような技術を用いれば、臭いまで取り去って、きれいな水を作りだすことができる。ただ、これには、莫大な予算と処理場面積が必要で現実的ではない。
  • 東京湾は、日本で最も汚れた海の一つだ。東京湾に注ぐ河川の流域には、実に2500万人の人々が暮らしており、日本国内の下水処理水の3割以上が東京湾に注いでいる。しかも奥まった地形の内湾なので、いったん流れ込んだ汚れは外洋に流出しにくい。東京湾が汚れるのも当然といえば当然だ。汚濁が加速した背景には、自然の水質浄化場である干潟が失われた影響もある。東京湾ではかつて、至る所に干潟が広がっていた。干潟には、無数のアサリやハマグリが住み、ノリの養殖を行うための海苔ひびも並んでいた。
  • 戦前まで、東京湾のノリ生産高は全国のおよそ50%を占めており、ダントツで日本一のノリ産地だった。アサリやノリは、有機物、リン、窒素などの「汚れ」を栄養分として取り入れることで海水を浄化する。干潟は、「栄養分=汚れ」が循環するための、要となる場所だった。
  • 海の汚濁が進んだことで生まれた問題は、赤潮や青潮だ。赤潮は、植物プランクトンの大発生によって起きる現象で、海水が赤や茶色に染まる。東京湾では、水温が上がって日照時間が長くなる春から秋にかけて頻発する。大発生するプランクトンの種類はその時々だが、有害なプランクトンが発生すれば、魚や貝が大量死する。さらに、大発生したプランクトンは、死骸となって海底にたまり、ヘドロになる。ヘドロが分解される時には水中の酸素が使われるため、海底近くの酸素濃度が下がり、貝類などに被害が出る。
  • 赤潮に輪をかけて深刻な被害をもたらすのは、秋から冬にかけて発生する青潮だ。青潮が起きると、海水は青緑色に染まる。この青緑色の水は、猛毒の硫化水素を含んでおり、海底の生き物ばかりでなく、中層を泳ぐ魚の命も奪う。東京湾では年に40~60回の赤潮と、2~3回の青潮が発生している。東京湾は、多くの生き物にとって、決して住みよい場所ではない。
  • 多摩川のように水が流れている場所では、窒素やリンは、水に溶けている。それが東京湾に流れ込み、水が淀むと、栄養分として植物プランクトンに吸収される。植物プランクトンが増殖すると、その先に待っているのは、赤潮であり青潮だ。窒素やリンによる富栄養化は、多摩川にとっては大きな問題にならなくとも、東京湾にツケが回る。
  • そもそも物質循環の根本に立ち戻って考えてみれば、日本には、食糧や家畜飼料、農業肥料などの形で、窒素やリンの化合物が大量に輸入されている。大量に供給された窒素やリンが、最後に流れ込むのは、海だ。東京湾は、地球規模の循環のゆがみが凝縮された場所なのだ。
  • お台場は、東京湾の中でも、特に汚れた地域だ。原因は、都市下水の流入。下水による汚染を調べる指標となる。ふん便性大腸菌群の密度が、170万個/100m?に達することもある。環境省の基準では、海水浴に適した水域のふん便性大腸菌群の密度は、1000個/100m?以内とされている。お台場ではその1700倍もの数が記録されるわけだから、相当ひどい。
▼漠然と思うこと
  • 僕たちは本当に水を有意義に使えているんだろうか。もっといい使い方があるような気がして、気になることを調べてみてます。
  • 港区の下水処理場は、雨になると海に下水を垂れ流しにしている。住んでたからわかるが、臭かった。。
  • 雨水が川に流れてしまって、一気に集まることで川の水かさが増えている。もっと地域に水を溜めておくことはできないんだろうか。
  • 雨水と下水を一緒に下水道管に流している箇所もある。下水処理場のキャパは最大流入量に従って建設されていることと思うが、この下水道管を分けていくだけでも流量は減らすことができるのでは?
  • 下水の中にも種類があるはず。便も洗剤もディスポーザーで砕いた食材も、全てを同じ要領でろ過していくのは効率的なのか?
  • 自然にできた川の流れよりも、人工的な水道管・下水道管の流れの方が流量のコントロールはしやすい。電気を生むことは考えられないのか。これができれば、大きな川を持たなくても発電できる地域も増えるのでは?
  • 水と生態系との関わりはどうなのだろうか。水の量が川から減ってしまうことで、いなくなった生物や、川がキレイになったことで戻ってきた魚などからも学べることはあるのでは?
  • 自分たちの水に流してしまったものが薄められて川に戻されるまでに必要な水の量はどのくらいなのか?
  • 水道料金は、果たして適切なのか。そんなに必要なのか。逆にもっとあればできることもあるのか。
▼防災のためのアイデア
  • 水難時に電柱の上にしがみついている人々がいる。水がどこまでくるかの印があれば、その助けになるのでは?洪水が多摩川で起こったら、いったいどうなるのか。電柱にしがみつける人がいたら、それだけ人を救える可能性がある。
  • 信じられないが、家が土手よりも低いところにある。いまほとんどがそう。1階部分はしょうがないとしても、2階くらいは土手より高いところにしないと、いざとなったときに、逃げるところがない。
  • かつて多摩川流域の農家の軒下には、ほとんど和舟がぶらさがっていた。多摩川が氾濫したときのために備えて、軒下にロープでぶらさげてあるわけです。それでもし水が上がってきたら、舟が勝手にプワーンと浮く仕組み。もちろん、いまはそんな準備をしている家はない。代々、反乱が起こってきた川だから、昔の人たちは、庶民の知恵として舟の設置を考えついたのでしょう。いざというときの防災対策として自衛していたわけです。ところが、いまは土手下にも一般住宅が軒を連ね、マンションが建ち、防災対策はほとんど皆無の状態。
  • やはりおらが村、おらが故郷の川を、そこに住む方がよくしていくというのが大事。呼ばれれば行くが、役割の中心は東京の方が担えるようにしないといけない。
  • 移動水族館は幼稚園からも声がかかるようになりました。以前は移動動物園を呼ぶところが多かったようなのですが、子どもがノミにやられたり、毛が気管支に入って喘息をおこしたりするので、じゃあ代わりに水族館を呼ぼう、というところが増えているらしいのです。
  • 大人のための紙芝居も作ってみました。子どもを1人で川に行かせてはいけない、サンダルばきで行ってはいけない、安全のためには、ライフジャケットを常備すること。そして、実際にあった事故の話をして、注意を促すという内容です。
  • 河川の洪水緩和と水質浄化という機能についていえば、ヨーロッパでは人工構造物や施設に頼るばかりでなく、湿地や氾濫原といった生態系がもつ機能をより生かし強化するために、そういった生態系を広げたり回復する「河川再自然化」と呼ぶ施策が実施されている。これには過剰農業生産を抱えるEUの農地転用政策も複合している。
  • 日本の国土の約3分の2は森林で覆われているにもかかわらず、大規模な洪水被害はつねに日本各地で発生している。これは、大降雨により洪水ピークの発生前に流域が飽和し、降った雨のほとんどが河川に流出するようになり、災害をともなう大洪水が発生するからである。また今後、森林面積を大幅に増加させることは無理であることを考えると、森林を「緑のダム」として洪水調整機能を期待することはできない。
  • しかしながら、まだ多くの地域では、安心しきっているのではないか。安全が確保されてはじめて安心できるのであるが、安全が確保されているかどうか確信のないまま「根拠のない安心」に浸っているところがある。「緑のダム」といった耳ざわりの良い言葉に安住して、地域の安全を過信したり、無関心になってしまったりしては、将来禍根を残すことになろう。
  • ただ、ここで注意しなければならないのは、安心しすぎていないか、ということである。実際、各地で甚大な被害が起こっている。とくに、2004年の新潟の水害では、河川堤防の決壊が30ヶ所にもおよび、災害弱者である高齢者ばかりが十数人亡くなった。堤防があれば安全といった「根拠のない安心感」から目を覚まさせる機会となるとともに、高齢社会の防災対策の重要性をクローズアップさせたという意味で貴重な社会的経験となった。
  • 安全・安心な社会の構築のため、治水、利水事業は営々としてなされてきたし、河川流域において生活を営むわれわれは、(流域によって異なるが)一定の安全度のもとに安心して暮らしているといえる。
  • 高時川流域において、過去の年最大二日雨量の系列を用いて、確率統計分析を行い、50、100、150、200年確率の2日雨量がそれぞれ、357、415、451、478mmであることが知られている。

■東京都の水がめ

  • 東京都の水がめは奥多摩湖、狭山湖(山口貯水池)や多摩湖(村山貯水池)があり多摩湖は、東大和市が選定する「東やまと20景」にも選ばれている人造湖です。http://www.city.higashiyamato.lg.jp/index.cfm/34,0,360,622,html
  • ダム水源地環境整備センターが提唱する「ダム湖 100選(ダム本来の機能だけでなく、四季を通じた美しい景観や歴史的価値、人と自然のふれあい等を評価した全国65のダムに認定)」に東京都からは奥多摩湖と多摩湖が選ばれています。
  • 奥多摩湖の満水時の貯水量は東京ドーム150杯分で、都民の利用する水の約2割にあたります。
▼多摩湖(村山貯水池)と狭山湖(山口貯水池)
  • 村山貯水池と山口貯水池は、都民の貴重な水がめとして、大正から昭和初期にかけて築造されたアースフィルダム(堤体を粘土や土砂等を使用し固めたダム)。村山貯水池は西の上貯水池と東の下貯水池に分かれており、「多摩湖」の通称で人々に親しまれてきた。
  • 埼玉県との境を挟んで山口貯水池があり、「狭山湖」と呼ばれている。
  • これらの貯水池は、小作取水堰及び羽村取水堰から水を取り入れ、東村山浄水場へ送っている。
  • IHI瑞穂工場を迂回するように進むと、野山北公園自転車道の起点がある。多摩湖(村山貯水池)への導水管の上を走っている。1921年からの導水管建設時、その後の狭山湖の堤防工事のときには、資材運搬のための軽便鉄道が走った場所だ。本当ならば、羽村からまっすぐ自転車道が伸びていてもおかしくないのだが、工場と横田基地が間にでんと居座っている。ちなみに、基地の向こうの羽村側は神明緑道として整備されており、基地がなければ羽村堰から1本で自転車道が続いていたかもしれない。
  • 利根川水系の渇水時には東村山浄水場を経由して朝霞浄水場へ水を送ることができ、重要な役割を担う施設となっている。
▼ユネスコ村
  • メルヘンの世界だった終点の「ユネスコ村」はすでに無く、駅跡地には、UFOのような遊技施設が鎮座していて、駅であったことをしのばせるものは何も残っていない。幸いなことに、台湾からきた527号機関車と井笠鉄道からきたダブルルーフ客車4両だけは、西武遊園地内で、「レストランぽっぽ」として再利用されており、現在もみることができる。

■玉川上水

  • 多摩にとって、玉川上水は格別の意味がある。今から350年以上前に、多摩川上流の羽村市の堰から9市4区を通り、新宿区・四谷大木戸まで約43kmを標高差わずか100mの勾配で、1年弱(8ヶ月と伝わる)という短期間で掘り抜いたこの水路は、江戸の水不足を解消し、武蔵野台地の新田開発の原動力となった。1965年まで全区間が現役だった玉川上水は、江戸と東京、そして多摩の繁栄を支えた。
  • 水が地中にすいこまれるなど、玉川上水の開削工事は2度の失敗を経て完成したそうです。また1870年、荷物運搬に2年間、船運に使われたこともありましたが、衛生上の理由で中止されました。
  • 水量が多くて流れも速く、当時は「人食い川」とも呼ばれていた。落ちたらまず助からない。身投げする人も少なくなかった。
  • 太宰治が入水自殺した地でもある。ちなみに太宰治が入水自殺したあたりの玉川上水沿いは、『風の散歩道』というステキきわまりない名前になってきれいに整備されている。
  • 多摩モノレールと西武拝島線がそれぞれの玉川上水駅で交差しており、多摩モノレールの玉川上水駅は東大和市の最南部にあります。東大和市の公式HPでは、玉川上水周辺のウォーキングルートを紹介してます。http://www.city.higashiyamato.lg.jp/index.cfm/34,1339,360,620,html
  • 玉川上水駅から下流に向かって左の道路に入ると、小川分水の放流口手前で足湯ができる。地元の人たちが野外に設けられた足湯場でのんびりとくつろぐ、その名も「こもれびの足湯」。隣接するごみ焼却施設から出た排熱を利用して、汲み上げた地下水を温めて循環させているのだとか。
  • 利水という役割をすでに終えている羽村堰が、いまだに多摩川水系を分け、中流域から遡上する魚を阻害しているのです。現在、多摩川の源水は、全部埼玉方面へ流れています。流れが分かれる場所を「分水界」と言います。奥多摩の水系にこの分水界があり、埼玉県境と三鷹市付近まで、荒川と多摩川が接しています。この流れに羽村堰があり、玉川上水が掘り抜かれている。つまり、多摩川源流の水はすべて荒川水系へ注いでいるわけです。その水は東村山の貯水池に入って、浄水場を通り首都に住む人々の生活用水になっている。
  • 東京都羽村市にある羽村堰は、もともと江戸時代に玉川兄弟が江戸の町に水を引っ張るために造ったものです。しかし、昭和32年に小河内ダムが竣工してからは、上水の役割がしぼみ始めました。昭和30年代の多摩川の異常渇水を契機に「河川の水量を管理しすぎるのはよくない」と行政も認識を新たにしました。昭和40年には淀橋浄水場が廃止され、玉川上水の機能は羽村取水口から小平監視所までになり、下流は空堀になったのです。この後、小平監視所から下水処理水を流し、空堀をやめる運動が起きて、いまの清流になりました。
  • 多摩川の水を堰入れ、江戸まで堀を通そうという玉川上水の開さくは、江戸の水不足を一挙に解決するための一大事業であった。幕府は上水工事を羽村の富農、加藤庄右衛門、清右衛門兄弟に委託する。その折、支給された普請入用金が金6000両という。羽村から大木戸まで、距離にして43km、比高およそ100mの大工事を、この二人は提灯測量でやってのけた。しかし兄弟は、大きな障害に突き当たった。幕府から支給された工事費が、下高井戸までの工事で尽きてしまったのだ。
  • 幕府に増額を求め出ても認められず、やむなく兄弟は自分の田畑や家屋敷を売ってその費用に当てた。兄弟は、この工事の完成によって玉川上水役に取りたてられ、名字帯刀を許された。
  • 玉川上水 生きもの調べ
▼千川上水
  • 玉川上水を水源とし、西東京市新町と武蔵野市桜堤との境界に分水口のある千川上水。現在は清流復活事業で一部水辺が復活している。
▼野川
  • 国分寺を源流に世田谷区二子玉川あたりで多摩川に合流する、自然っぽさをうまいこと演出したなかなかきれいな川。
  • かつては『七人の侍』のロケ地にもなった。
▼高尾山
  • 高尾山の水道はこれまで沢水に依存していたため、季節や天候によっては大きな影響を受け、渇水状態となることもしばしばあった。また近年、観光客の増加と共に水需要も増している。このため、地元から安全で安定的な水道の供給を要望する声が高まりこれに応えるため、東京都水道局は水を供給するシステムを高尾山につくることを決めた。当初、標高差が400m以上もある高地に安定的に水を供給することは非常に難しいと考えられていたが、平成18年から平成22年の5年にわたる工事の末に完成した。
  • 高尾山に水を供給するシステムをつくるための課題は標高差約400mの山頂までどのように水を送るか、またどのように各家庭や施設まで水を届けるかという点だった。
  • そこで高尾山では2ヶ所にポンプを設置し、水を送る手法を用いた。この2ヶ所のポンプはそれぞれ異なる能力を持ち1段階目で170m、2段階目で210mの高さまで水を送ることで合計380mの壁を克服することに成功した。そして、高尾山配水所からの標高差によってお客さまの元へ水を流下させたり、さらに高い区域にはポンプを用いて水を届けます。

■堰やダムについて

  • 水利権のない堰は、本来取り壊されなければいけない。水利権が剥奪された最近の例としては、新潟の不正取水があります。JR東日本が信濃川を分断してダムを造り、それで発電して山手線を走らせていたわけですが、ところが予定の水よりもたくさん取水していたから、水利権を剥奪されてしまった。水利権が失効したわけなので、ダムを壊さなくてはいけないのですが、解体にとんでもない費用がかかる。結局、堰を開けっ放しにする方法で地元の漁協は落ち着いているようです。
  • 国交省に「脱ダム、堰撤廃」の相談に行くと、「そんなこと百も承知です。でも魚と人間とどっちが大事ですか?」といわれる。魚と人間が共生できるかどうかを探っていくのが大事なのではないでしょうか。二者択一で自然環境の問題を考えるのは危険だと思います。人間の勝手で汚染や公害が起こったのですから。いまや、ダムがなくても人間は生きていける。水の取り方を変えればいいだけです。
  • 本来なら上がるための魚道だけでなく、下りるための魚道もなきゃいけない。それは簡単に造れるはず。滑り台でいいんですから。
  • 放置された人工林はモヤシのように弱く、すぐに倒れて山を崩していく。大量の樹木や土砂が川を埋めダムにむかう。ダムは水をためるだけでなく土砂もためるのである。たまった土砂を流せば大量のヘドロも流れ出す。結局ダムで洪水の解決はできないのである。
  • ダムのような近代技術は新築のときが一番よくて後は老朽化していくばかりである。ところが第十堰は違う。この堰は、洪水や渇水という自然現象とこれに対する人間の知恵、この両者の応答作業によって生き物のように成長してきた。年輪を経るほど自然になじみ、安全度が高まり、愛着がわいてくる、そんな技術である。今私たちが必要としているのは、このような時間尺度で川にかかわる技術(1000年技術)ではあるまいか。
  • 最近は、すでに数千ものダムが造られてしまった日本の川に、これ以上ダムを造る必要があるのか、という疑問が各地で聞かれる。その一つの理由として、日本の水資源があまり気味になっていることがある。高いコストをかけてダムを造り、新たな水利権を生みだしても、誰も買いたいと思わなくなった。最近のダム建設の主目的は、水資源の供給ではなく、洪水の軽減になってきている。
  • 調布堰のアユが天然アユだとされているのは、調布堰より下流では稚アユの放流が行われていないからだ。遡上期のアユが川を下ることはほとんどないから、調布堰のアユは、東京湾から上ってきた、天然アユだと考えられる。
  • 調布堰は、夜もおもしろい!そんな噂を聞いて、私はさっそく懐中電灯を手に現場へと出かけた。不安になり始めた矢先の午後8時。懐中電灯の光に、ピカリと何かが光った。近づいてみると、、、エビ、エビ、エビ。水の流れに沿って、テナガエビの行列が続いている。光っていたのはエビの目玉だった。どうやって示し合わせたのかは分からないが、何しろ突然エビの大群が押し寄せてきたのだ。エビたちは、堰の段差が作りだした滝を避け、陸に上がって水際のコンクリートの斜面を歩いている。

■川の生き物

▼特徴
  • 川の生き物の最大の魅力は「暮らしのすべてを見られる」ことだ。海は、広くて深い。広い場所で特定の生き物を探しだし、追いかけるのは難しいし、深い場所にスキューバのタンクを背負って潜れば、限られた時間しか観察できない。それが川ならば、たいていのポイントへは素潜りで近づける。時間にしばられないから、じっくりと観察できて、生き物たちの一日を肌で感じることも容易だ。限られた狭い場所であるがゆえに、孵化から、成長、産卵にいたる、生き物の一生を見つめ続けることも難しくない。
  • 「川というのは、実におもしろいテーマなんです。一本の川が上流から下流まで流れていて、その流れの速さも周辺の環境も変化する。そこに生息している生物も変化する。また季節によっても変わるし、一日のうちでもどんどん変わる。都市人の身近にあるダイナミックな自然なんですね。これを上流から、途中河原でキャンプしながら下がってくると、いろんな発見をするし、自然とのつき合い方みたいなものがわかってくる。これが一日や二日じゃダメなんですね。子供たちはあまりにも便利な生活にどっぷりとつかっているから、それくらいだとただボーっとしてて、何もできない。でも三日目あたりから、野生みたいな本能が目覚めてきて、四日目あたりになると、自分でどんどん工夫して、イカダをあやつったり、生き生きと活動を始める。子供を自然に返すには、川が一番と思ってます。」
▼減少
  • 生き物が減った原因は、洪水対策のために、川の中にあった大きな岩が除去されてしまったこと。大きな岩がなくなると、川の流れが単純化して、深い淵や早い瀬が消え、生き物の数も種類も激減してしまった。
  • 1999年に発表された環境省のレッドリストによれば、日本の川魚のうち、88種が絶滅を心配されている。
▼魚道
  • 流域住民の声に突き動かされる形で、多摩川は建設省が始めた「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」のモデル河川第一号として指定を受けることになった。日本全国の数々の名川をさしおいて、この大都会の川で、全国に先駆けた重点的な魚道整備が進められることが決まったのだ。
  • 魚道はなぜ道として機能しなかったのだろうか。当時、多摩川で多く作られていた魚道は、古典的階段式魚道と呼ばれるタイプのものだった。現在、日本には5000~1万個の魚道があり、その9割以上が、この古典的階段式魚道だ。
  • 魚が魚道の入り口にたどりつけない原因として決定的だったのは、堰の段差とは別に、第二の段差があったことだ。第二の段差は、魚道の入口の下流側にあり、魚が越えられないほど高いものだった。この段差は、堰の建設当初にはなかったが、年月を経るうちに二次的に生まれたものだ。通常、川底は水の浸食作用を受けるため、絶えず削られている。河床が一定の高さに保たれるのは、上流から流れてくる土砂が、削られた分を補って堆積するからだ。
  • ところが高度経済成長期以後の多摩川では、次々と堰が作られたため、土砂が堰き止められ、下流へ流れなくなった。すると、堰の下流では、寝食を受けた場所に土砂が供給されなくなり、河床が下がる。一方、堰の水が流れ落ちる「たたき」の部分や魚道の部分は、コンクリートでできているので、寝食されることもなく、一定の高さを保ち続けた。こうして生まれたのが、たたきや魚道と、その周りの河床との間の落差、第二の段差だ。
  • 魚道として採用されたのは、ハーフコーンを右から2本、左から2本と、2本おきに互い違いに配置する方法だった。これだと、魚の休憩場所も確保できるし、メインストリートの流速も制御できる。
  • 魚道が必要なのは、堰があるからだ。その堰は、すべて必要だろうか。多摩川に多いのは、農業用水の取水堰だ。だが、周辺の都市化が進むにつれて、多摩川周辺の農地は次々と消え、用水路を使う農家も激減している。それでもなお、巨大な堰が必要だろうか。堰があることのデメリットは、生態系を寸断することだけではない。堰は、水だけでなく土砂の流れを堰きとめてしまうから、堰の上流では土砂が貯まり、下流では河床低下が起きて、治水上の問題を生む。海に流れる土砂がへるため、日本各地で砂浜が消失する現象も起きている。
  • 堰を撤去しようとする時、必ず問題になるのは、水利権だ。水利権とは、流れている水を排他的に利用する権利、つまり水を堰き止め、農業用水や水道水として利用する権利のことだ。これは元々、水争いの泥沼化を防ぐために設けられたもので、その歴史は河川法ができる以前にまでさかのぼる。堰を撤去すれば、用水路に水が引き込めなくなるので、用水路の利用者には、先祖代々受け継がれた水利権を放棄してもらわなくてはならない。これは、そう簡単なことではない。
  • 用水路を守りたいと望むのは、水利権を持つ人だけではない。長い歴史を持つ用水路は、町の景観の一部になっており、水辺が憩いの場になっているケースも多い。阪神大震災以後、用水路が防火用水として見直され始めている経緯もある。
  • 用水路に関わる多くの課題を乗り越えていくための強力な推進力となるのは、やはり流域住民をおいて他にない。水辺環境の潤いを享受するのも流域住民なら、水害のリスクにさらされるのも流域住民、河川管理のコスト負担をするのも流域住民なのだ。流域住民からの突き上げがあって初めて、行政は動く。流域住民の意見をまとめていくための前提として必要なのは、彼ら自身が判断を下すために必要な知識や経験を持っていることである。
  • 日本の川の流域住民は、どれほど川を知っているだろうか?自発的な判断ができるだろうか?堰が撤去できるかどうか、問題の本質はここにある。
  • 今の日本では、新たなダムや堰を作るかどうかで世論が盛り上がることはある。しかし、現存するダムや堰について要不要を語られることは非常に少ない。この議論がまな板に乗った時に初めて、「魚がのぼりやすい川」がよみがえるのではないだろうか。
  • 「水が汚れたから多摩川にアユが上らなくなった」という話は多摩川の下流地域でのみ当てはまる理屈にすぎなかった。多摩川の中上流部に天然アユが上らなくなった最大の原因は、水質汚濁ではなく、それ以前に行われた堰の改築だったのだ。

■浄水について

  • オゾン処理はオゾンのエアーを通すだけのことです。オゾンは毒性も強いですが、ものすごい分解力があります。だからありとあらゆる殺菌脱臭に使用されていますが、下水処理場にオゾン処理を組み込むと、下水道料金が水道料金より高くなってしまう。無添加石鹸の普及しか、今は手がないと思います。
  • 汚れ落ちがいいのは構わない。泡切れがいいのも結構です。だけど匂いが長続きする石鹸、合成洗剤が要らないと思いました。この匂いが下水処理場では落ちないのです。無添加石鹸と呼ばれるもの、匂いもなんにもない石鹸を使うと匂いは消えます。下水処理場の方でも、添加された匂いをなんとかしようじゃないかと工夫してはいるんですが、オゾン処理までしないとダメなんです。
  • 荒川流域には畑が多い。だからチッソやリンが川へたくさん入ってくる。すると動物プランクトンも植物プランクトンもたくさん育ちます。プランクトンが死ぬと、腐敗物質となって水が汚れていく。こうして汚れのメカニズムができあがってしまった。どうやって水を最低限、人間が汚さずに利用できるかが課題なのです。利根川も同じ状況です。群馬・栃木・茨城・埼玉・千葉をまたぎ、途中から江戸川に分離して、東京に入ってくる。こちらも下流部に下水処理場はできていても、上流部はまだまだです。
  • 多摩川には10の下水処理施設があります。マンションや団地の単位で持っている施設も入れると、もっと数は増えます。もちろん埼玉にもいくつかはあって、どぶみたいだったのが、せせらぎになっている支流もある。でもそれは埼玉だけの話であって、荒川の本流がそれまでに汚れてしまう。本当に必要なのは上流域で、そこに大規模な処理施設がなくてはいけないわけです。
  • 下水処理場の水がほとんど流れ込んでくる多摩川に対して、荒川の下水の混入率は50%程度。それなのに多摩川のほうが水質はきれい。でも荒川は、まだ下水処理場が完備されていない事情があります。だからなかなか比較のしようがない。荒川の汚染は、埼玉県の整備が遅れているのが大きな理由です。川は行政をまたぎますから、群馬も栃木もまだまだできていない。ですから、非処理の下水がそのまま川へ流されます。関東といっても地勢が違うし、コストもかかりすぎるので、簡単に処理施設を作れないのです。
  • さらに汚れが少なければ下水処理施設は円滑に稼働するかというと、そうはいかない。下水処理は汚れが少なすぎても、水量が少なすぎても処理が進まない仕組みになっている。下水処理施設にも限界がある。
  • 水の汚れは多くても少なくてもダメで、下水処理場は一定の汚れと水量を考えて設計されている。だから、一度に大量の汚れや排水が流されると、うまく処理しきれずに汚れた水がそのまま放流されてしまうんです。大量の汚れを処理しようとすると、大量の酸素が必要になり、電気も大量に消費してしまう。
  • 「下水処理のシステムは一見うまくいっているように思えますが、様々な問題点も抱えているんじゃないんですか?」「ええ。まず、下水処理が苦手な物の存在があります。現在の下水は微生物を使って行われています。このため、微生物が働けなくなる物質と微生物が対応できない物が弱点になります。また、下水の配管を詰まらせたり、引っかかったりする物もダメ。具体的にあげますと、合成洗剤に含まれる界面活性剤。天ぷら油・ラードなどの油脂類。ティッシュ。タバコの吸い殻。毛髪。高濃度の薬品類。ガソリン、灯油。シンナー。
  • 多摩川上流水再生センターと八王子水再生センターは、多摩川の地下深くを横断するトンネルによって結ばれています。このトンネルの内部には、送水管や送泥管などが配管されていて、水再生センター間で相互に送水、送泥ができるようになっています。2つの水再生センターが補完しあうことで、施設の効率的運営が図られるとともに、災害時のバックアップ機能も確保されている、というのが、都のセンター公式見解を含めた稼働についての仕組みです。
  • 多摩川上流水再生センターの処理区域は、東京都の青梅市・昭島市・福生市・羽村市・瑞穂町の大部分、立川市・武蔵村山市・奥多摩町の一部で、計画処理面積は10074haです
  • 家庭の水の消費は、炊事、洗濯、風呂、トイレの4つでほぼ全部です。風呂の残り湯で洗濯すると20%ダウン。雨水でトイレを流すと24%ダウン。節水コマを入れて節水トイレにして、手洗いより食器洗浄機の方が水の消費が少ないから洗い物から解放されて、それでも水の消費量は減っていきます。

■ろ過について

  • 一般的な浄水方式には、生物浄化法(緩速ろ過)と急速ろ過があります。
▼急速ろ過
  • 急速ろ過は薬品をつかって水をきれいにします。戦前の日本では生物浄化法の浄水場が多く建設されていましたが、戦後アメリカの技術が導入され、高度経済成長期に大量の水をろ過するために「急速ろ過方式」が普及しました。しかし、生物浄化法のように有機物やアンモニアを除去能する能力ありません。そこで塩素殺菌を行ないます。
  • また、マンガン、臭気、合成洗剤などは除去できないので、水の味は悪くなります。急速ろ過は、初期投資のほか、電気代、薬品代など維持費がかかります。複雑な機器の操作も覚えなければならないし、高価な機器を交換するなどメンテナンスも必要で、10年、20年すると施設更新しなくてなりません。
▼緩速ろ過
  • 一方、緩速ろ過は、初期投資は急速ろ過と同じくくらいかかりますが、維持費はほとんどかかりません。長持ちするので、明治、大正、昭和初期に建設されたものが、いまでも現役で稼動しています。急速ろ過に比べて電気代も、薬品代もかかりません。
  • メンテナンスは腐った藻や砂ろ過槽にたまった汚泥をときどき取り除く程度です。
  • 長野県須坂市では緩速ろ過方式の西原浄水場を4年前に稼動開始しましたが、その後一度も削り取り作業をしていません。微生物がきちんと働く環境が整っていれば、人間が手を加える必要はないのです。つまり、ローコストで安全な水ができる技術です。
  • 生物浄化法(緩速ろ過)は、ろ過層の表面に棲む目に見えない生物群集の働きで水を浄化します。森の土壌が水をきれいにする自然界のしくみをコンパクトに再現したものです。

0 件のコメント:

コメントを投稿